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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
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第四十九話


「どうぞ」


テーブルの上に紅茶の入ったコップを置きながら、イレーネは言った。


場所はブルハの塔。


その最上階にある教区長イレーネの部屋にエリーゼ達は案内されていた。


「………」


椅子に座りながらエリーゼは緊張した顔でイレーネを見つめる。


エリーゼが魔女認定されたことをイレーネは既に知っている筈だ。


なのにエリーゼは処刑されず、拘束すらされていない。


その考えが読めず、エリーゼは警戒が解けずにいた。


「アンネリーゼが可愛がっていた見習い魔道士が魔女認定とは、質の悪い冗談だと思っていましたが」


イレーネは表情の読めない顔でエリーゼの顔を見つめた。


今は無いが、先程までそこには魔女の印が浮かんでいた。


「黒魔道士であることは間違いではないようね」


イレーネの眼が細まる。


魔女狩り隊ほどではないが、一般的な価値観としてイレーネも黒魔道士には良い感情を抱いていない。


アンネリーゼを傷付けた魔女も、黒魔道士の一人なのだから。


「…あなたのことはアンネリーゼから聞いていました。だから魔女狩り隊に殺される前に、この目で確かめておきたかった」


アンネリーゼが言うような善人なのか、それとも彼女を欺いていた悪人なのか。


せめてこの目でそれを確かめてからで無ければ、アンネリーゼに合わせる顔が無かったから。


「問いましょう。あなたは魔女ですか? 黒きマナを宿す穢れた異端なのですか?」


「私は…」


エリーゼは言葉に詰まる。


エリーゼは魔女ではない。異端などではない。


そう自分では思っているが、それを誰が信じてくれるだろうか。


あのマギサの人々のように、自分を魔女と罵倒するのではないのか。


「エリーゼさんは魔女ではありません!」


不安そうに俯くエリーゼを庇うようにゲルダが声を上げた。


「ゲルダ…」


「…その証拠はあるの?」


イレーネは冷静な目でゲルダに告げた。


事実として、エリーゼは黒魔法を操っていた。


それでも魔女ではないと、異端ではないとする証拠はあるのか。


「証拠ならあります! エリーゼさんが使っていたあの魔法です!」


「『ニグレド』のこと?」


禍々しい黒い剣の魔法。


触れた者を腐らせる悍ましい黒魔法だった。


あれこそエリーゼが黒魔道士であることの証明に思えるが。


「だって、あの魔法はヴィルヘルムさんを傷付けなかった(・・・・・・・)


「…え」


確かに『ニグレド』はヴィルヘルムに全く通用しなかった。


それをエリーゼはヴィルヘルムが何かをした為だと思っていたが…


その理由が、エリーゼの方にあったとすれば。


「きっとあの魔法は人には効かないんです。例え黒魔法だとしても、人を傷付けるような魔法ではありませんよ!」


自信満々にゲルダは胸を張って告げる。


魔女は黒魔法で人を傷付けるからこそ、魔女と恐れられる。


だからこそ、エリーゼは魔女では無いと。


子供染みた理屈を本気で信じ、ゲルダは叫ぶのだ。


「はははははは! いつの時代も、口喧嘩でガキには勝てないな!」


「エルケー…」


「だが、ゲルダの言うことは間違ってないぞ。あの黒魔法は『魔女を殺す呪い』だ。お前の魔女に対する憎しみが形になった魔法であるが故に、魔女以外には効果がない」


魔女に特化したからこそ、アレだけの強力な魔法になったとも言える。


エリーゼの願いは魔女殺しのみ。


人間同士で争う為に魔法を求めたことなど無いのだから。


「…あなたも、黒魔道士のようですね」


黙って話を聞いていたイレーネは今度は視線をエルケーニヒへ向けた。


「ああ、そうだ。俺はエルケー………いや」


そこでエルケーニヒは不敵な笑みを浮かべる。


「魔王エルケーニヒだ」


「…何ですって?」


イレーネの顔に驚愕が浮かんだ。


流石に、エルケーニヒの正体までは把握していなかったのだろう。


驚きと疑いが混ざったような目でエルケーニヒの顔を見つめる。


「ちょっと、エルケー」


「………」


咎めるようなエリーゼの視線に、エルケーニヒは笑みを浮かべるだけだった。


魔王と明かすことで、エリーゼの疑いを晴らすつもりなのだろうか。


エリーゼの黒いマナはエリーゼ自身の物ではなく、エルケーニヒの物であると。


「冗談だとすれば、笑えませんよ」


「冗談でこんなことは言わん。俺は正真正銘の魔王だ」


「…何か証拠がありますか?」


「証拠、ね」


少し困ったようにエルケーニヒは頬を掻いた。


「では、名前を…名前を、教えて下さい」


「名前?」


「四聖人の一人、赤き騎士の名前を」


イレーネは真剣な表情で告げる。


四聖人の偉業は有名だが、その素性については分かっていないことも多い。


千年も前のことなので、殆ど情報が失われてしまったのだ。


今では四聖人の本名すら失われ、赤き騎士や白き聖女など、称号で呼ばれるだけだ。


「『ゲオルク』だ。赤き騎士ゲオルク。いかにも正義の味方って感じの気障でムカつく野郎だった」


「………」


イレーネは信じられない、と言うように目を見開いた。


「…一か月前、大図書館で赤き騎士の名が書かれている物を見つけました。でも、それを知っているのは今のところ、私だけよ」


ずっと不明だった四聖人の名が発見されたのだ。


それが真実であることを確かめるまでは公表を控えていた。


だから、その名を知るのは大陸でイレーネだけ。


イレーネ以外に知っている者が居るとすれば、それは当事者のみ。


「赤き騎士ゲオルク。そこには確かにそう書かれていました………あなたは、本当に魔王エルケーニヒなのですね」


「最初からそう言っているだろう」


「…で、では…!」


ギラリ、とイレーネの眼が光った。


僅かに顔を高揚させながらエルケーニヒと距離を詰める。


「千年前、四聖人は本当にたった四人だけで千を超える魔王軍を倒したのですか? 赤き騎士と白き聖女が恋仲だったと言う本当ですか? 白き聖女が死者すら蘇らせることが出来たと言うのは…!」


興奮したように息を荒げ、イレーネはエルケーニヒに迫った。


質問攻めするイレーネをエルケーニヒは困惑したように眉を動かす。


「おい」


「…ハッ! し、失礼しました。歴史の当事者が目の前に居ると思ったら、つい我を忘れてしまって」


恥ずかし気に頬を赤らめながら、イレーネは頭を下げた。


「…歴史オタクなのか。お前」


「せめて歴史家と言って下さい」


ふう、と息を吐きながらイレーネは紅茶の入ったコップを取る。


「…どうやら、俺らと敵対する気は無くなったようだな」


「最初からそんなつもりはないわ。例え黒いマナを宿す者であっても、人の心を持つ者は『異端』ではありません」


イレーネは優しい笑みを浮かべてエリーゼの顔を見つめた。


「憎むべきなのは生まれ持った素質ではなく、その心。それが『穏健派』として私がアンネリーゼから教わったことです」


アンネリーゼの養女であるエリーゼを特別扱いしている訳では無い。


黒きマナを宿そうと、黒魔道士だろうと、善でありたいと足掻く者は異端ではなく『人間』であると信じているだけだ。


魔女となる可能性があるのなら誰であろうと殺す過激派とは真っ向から対立する考え。


それがアンネリーゼとイレーネが信じる穏健派の在り方だった。








「魔女エリーゼをブルハで発見。しかし、教区長イレーネの妨害に遭い、確保には失敗した」


通信魔法が込められた魔石を握り、ヴィルヘルムは告げる。


通信の相手はマギサに居るハインリヒだ。


「どうする? 流石に教区長に手を出すのはマズイだろう」


『…ふむ』


通信越しにハインリヒは考え込む。


元々イレーネはハインリヒと反目し合っていたが、ここまで直接邪魔して来るとは思わなかった。


まさか魔女認定されたエリーゼを庇うとは、完全に想定外だ。


『…いや、むしろ好都合だ』


「何?」


『これであの女を捕らえる口実が出来た。魔女を庇う者は、教区長だろうと同罪だ』


エリーゼを利用して邪魔だったイレーネを捕らえる。


探し求めていた聖墓の場所もイレーネを捕らえた後に聞きだせばいい。


『カスパール。シャルフリヒターを動かせるか』


『そうですね…準備と合わせて五日ほど貰えれば、ブルハに隊を配置できますよ』


通信の向こうでカスパールは答える。


その声に、ヴィルヘルムは苦々しい表情を浮かべた。


「…イレーネを捕らえるだけなら、俺一人でも十分だが?」


『抵抗されると面倒だ。シャルフリヒターでブルハを囲めば、向こうから降伏するだろう』


イレーネも決して弱くは無いが、精鋭部隊であるシャルフリヒターには勝てない。


ブルハを囲み、住人を何人か殺せば、すぐに身を差し出すだろう。


『お前はシャルフリヒターと合流するまで何もするな。いいな』


「…了解した」

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