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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
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第四十八話


「『イーラ・グラディウス』」


ヴィルヘルムの持つ十字架が炎に包まれる。


燃え盛る炎の剣となった十字架を握り締め、ヴィルヘルムはエルケーニヒに肉薄する。


「チッ…!」


十字架から放たれる炎が地面を焼き払った。


それから逃れるエルケーニヒを追い掛けるように、ヴィルヘルムは十字架を振るう。


「魔法は得意でも接近戦は苦手か? 典型的な魔道士だな…!」


「生憎と、剣だの槍だの野蛮な物を振るう趣味は無くてな!」


レイピアのように高速の突きを連続で放つヴィルヘルム。


それを全て回避しながら、エルケーニヒは片手を振り上げる。


「『グラウィス・キルクルス』」


瞬間、ヴィルヘルムの立っている地面に黒い魔法陣が出現した。


幾何学的な模様が描かれた陣が鈍く光ると同時に、ヴィルヘルムを重圧が襲う。


全身を巨人に踏まれるような感覚にヴィルヘルムの動きが止まった。


「もらった…!」


エルケーニヒの顔に笑みが浮かぶ。


大技を連続して放ったが、まだまだマナには余裕があった。


やはり、あの魔女を倒してから調子が良い。


封印を掛けたアンネリーゼが倒れたことも原因の一つかもしれないが、今はそれが好都合だった。


魔王としての力を十全に振るえるのなら人間の魔道士程度、敵ではない。


「………」


「…何?」


エルケーニヒが止めを刺そうと腕を向けた時、ヴィルヘルムは口から何かを吐き出した。


それは、血のように赤い石だった。


突然のことに思考が止まるエルケーニヒの目の前で、石が爆発的な光を放つ。


「まさか、コレは…!」


それを見てエルケーニヒはその石の正体に気付くが、既に遅かった。


光と音の爆発に呑み込まれ、エルケーニヒの姿が消える。


「…魔石とは、注いだマナを保存する性質を持つ」


巻き上げられた土煙の中からヴィルヘルムの声が響く。


「例えば、破壊の属性を持つ赤いマナを大量に注げば、即席の爆弾を作ることも可能だ」


本来なら杖の材料にしか使えない魔石。


だが、誰よりも殺し合いに長けた魔女狩り隊は、戦いと言う物に対する考え方が違う。


人の形をした者を効率よく殺す技術を研究し、人を殺す武器を作ることにも長けていたのだ。


「協会に属さぬ異端の魔道士よ。お前の敗因は、その無知だ」


「…ゴホッ」


忌々し気に呟くエルケーニヒの胸を、ヴィルヘルムの十字架が貫いていた。


口から血を零し、ヴィルヘルムの顔を睨みつける。


「…若造が。この程度で俺が殺せると思ってるのか?」


「そうだな。念には念を入れて、骨も残さず焼き尽くすとしよう」


ヴィルヘルムは十字架を握り直す。


同時に、十字架から燃え盛る炎が放たれ、貫いたエルケーニヒの身体を包み込んだ。


「やめろ…!」


その時、エリーゼの声が響いた。


黒い風を纏いながら、地面を蹴る。


その頬には黒い手のような模様が浮かんでいた。


「…それが、渇愛の魔女を殺した力か」


エルケーニヒから十字架を抜き、ヴィルヘルムはエリーゼへ振り返る。


「『ニグレド』」


エリーゼは怒りのままに魔法を発動した。


その手に握る剣が黒く染まり、炎のように揺らめく。


それはエリーゼの怒りと憎しみが形と成った黒魔法。


血を、肉を、生命を腐らせて殺す魔法。


魔女を一方的に虐殺した凶悪な呪いだ。


「死ね!」


エルケーニヒを傷付けられた怒りに支配され、エリーゼは躊躇いなく右手を振るった。


敵がどれだけ強くても関係ない。


この呪われた剣はただ触れるだけで敵を殺す。


ヴィルヘルムの回避は間に合わない。


これで勝負は決まった、エリーゼはそう思い込んでいた。


「…は」


だが、そのエリーゼの一撃は…


籠手を着けたヴィルヘルムの左腕に、掴み取られていた。


「…何、で…?」


呆然とエリーゼは呟く。


この魔法は魔女さえも殺す呪いの筈だ。


ただの人間が耐えられる筈がない。


それなのに、どうして…


「何だ、この程度か? 期待外れだな」


黒い剣を握ったままヴィルヘルムの呟く。


その顔には失望が浮かんでいた。


「…終わりにしよう。お前達は全て殺す」


剣を握り締めたまま、ヴィルヘルムは十字架を振り上げる。


エリーゼとエルケーニヒを纏めて殺害するべく、魔法を放つ。


エリーゼは剣を掴まれて退くことも出来ず、エルケーニヒも胸を貫かれた傷を治せていない。


絶体絶命だった。


「そこまでです」


しかし、最後の魔法が放たれる直前、女の声が聞こえた。


ヴィルヘルムは放とうしていた魔法を消し、女の方を振り向く。


「何のつもりだ? 教区長」


「…え?」


ヴィルヘルムの言葉に、エリーゼは声を上げた。


そこに立っていたのは、大図書館で会った司書の女だった。


温厚そうに見えた顔に険しい表情を浮かべ、その女はヴィルヘルムを睨んでいる。


「ここは私の都市です。勝手な戦闘行為は許さないわ」


「教区長イレーネ、既に聞いている筈だ。この女は魔女エリーゼ。それを処刑することは魔道協会の決定であると」


「だとしても、この都市では私の決定が優先される。魔女の身柄は私が引き取ります。あなたは、ハインリヒの下へ戻りなさい」


「………」


ヴィルヘルムは無言でイレーネを見つめた後、エリーゼの剣から手を離した。


「…きっと後悔するぞ」


捨て台詞のようにそう告げると、ヴィルヘルムはその場から去っていった。

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