第四十五話
長い歴史を感じさせる建物が並ぶ街並み。
魔法と共に発展した魔道都市マギサに比べれば、比較的古い建物が多く感じる風景。
あまり荒事が起きることが無いのか、剣や杖など武器を売る店は無い。
良く言えば歴史ある長閑な街、悪く言えば時代に取り残されたような田舎だった。
「…ここが」
エリーゼは街を眺めながら呟く。
大陸の東部にある都市『ブルハ』
魔道協会に管理されている主要都市の一つであり、その証拠に都市の中心にはマギサにもあった魔道協会の塔があった。
「マギサにあった物に比べれば、随分と小さいな」
「ここは支部だからね」
エルケーニヒの言葉にエリーゼは頷いた。
ブルハにある魔道協会の塔は、マギサにある魔道協会の支部に過ぎない。
魔道都市とまで呼ばれるマギサに比べ、都市に住む魔道士の数も少ない筈だ。
「あの隣の建物は何だ?」
エルケーニヒは遠目に見える塔の近くを指差しながら呟く。
街の中心にある塔のすぐ近くに、もう一つ目立つ建物があったのだ。
レンガを積み上げて作られたようなやや古びた建物だが、その規模は魔道協会の塔よりも大きい。
「アレは大図書館よ」
「ああ、アレが言っていたやつか。確かにデカいな」
そう言って、エルケーニヒはこの都市に入る前にエリーゼが言っていたことを思い出す。
ブルハに存在する大図書館。
かつて、青き賢者が作り出したとまで噂される歴史ある図書館であり、その中には大陸中の本が集められていると言われる。
エルケーニヒがこのブルハに来ることを決めた理由だった。
「…本当に、都市の中に入って大丈夫だったの?」
不安そうにエリーゼは小さな声で呟いた。
ここは魔道協会の支部がある都市だ。
魔女認定されたエリーゼの情報が伝わっている可能性は十分にある。
「だから変装したんじゃないか」
そう言ってエルケーニヒはエリーゼの髪に触れた。
エリーゼの髪は黄色に近い金色だが、今はその色が白に近い銀色に変わっていた。
後ろで纏めている髪留めも解いている為、普段とは随分と雰囲気が違った。
「こんなの、ちょっと調べたら簡単にバレるわよ」
慣れない髪を指で弄りながらエリーゼは言う。
姿を変える魔法はそれほど難易度の高い魔法ではない。
その為、犯罪者が魔法で顔を変えると言うことも珍しくない。
だからこそ、犯罪を犯した魔道士を捕らえる魔道協会には様々な変装を見破る手段がある。
エリーゼの使った髪の色を変える程度の魔法など、簡単に見破られてしまうだろう。
「目立つ行動をしなければ、問題ないだろう」
「…どうしてそんなことが言えるの?」
「どうやら、ブルハの教区長はお前を捕まえることに乗り気じゃないようだからな」
断言するようにエルケーニヒは告げた。
「都市に入る時、検問すらろくになかっただろう? 本気でお前を捕まえる気があるのなら、都市に入ろうとする余所者なんて、真っ先に疑う筈だ」
街の様子から、やや平和ボケしたような印象も受けるが、それでも教区長がその気ならもっと厳重に出来る筈だ。
ブルハの教区長イレーネはハインリヒと馬が合わないとエリーゼに聞いたが、案外それが関係しているかもしれない。
「気付いてて見逃されている可能性もあるが、まあとにかく、面倒事になる前に目的を果たそう」
エルケーニヒは視線を前に向けた。
魔道協会の塔。
その近くにある大図書館へ。
エリーゼとエルケーニヒは大陸を東へ進む途中、これからのことについて話し合った。
魔女を倒して他の教区長を味方に付ける。
言葉に出すだけなら簡単だが、行うことは難しい。
相手はワルプルギスの夜。
四百年以上も大陸中で悲劇を起こし続けている最悪の魔女達だ。
だが、エルケーニヒは決して不可能だとは思わなかった。
エリーゼは既に一人の魔女を討伐している。
エリーゼの魔法は魔女に通じるのだ。
ならばあとは魔女と戦って倒すだけだが、その場所が分からない。
この四百年、魔道協会も遊んでいた訳では無い。
時には魔女と交戦し、その一角を滅ぼして来た。
しかし、ワルプルギスの夜のリーダーである始まりの魔女だけが見つからなかった。
魔女達は皆、神出鬼没であり、ワルプルギスの夜の本拠地すら見つけることが出来なかったのだ。
だからこそ、エルケーニヒはまず情報を求めた。
残る魔女達の居場所を見つける為、大陸中の本が集まると言う大図書館を。
「…これは、すごいな」
大図書館に入ったエルケーニヒは思わず呟いた。
見渡す限りの本。
天井に届く程の高い棚の中は、全て本で埋め尽くされている。
立ち並ぶ本棚は果てしなく奥まで続いており、一体どれだけの本がここに在るのか想像すら出来ない。
「…この中から目的の物を見つけ出すのは骨が折れそうね」
エリーゼはうんざりしたように呟いた。
噂が本当なら、ここには四聖人の時代から本が集められているのだ。
ワルプルギスの夜について書かれた本を見つけ出すだけでも、一体何日掛かることか。
「…何か探している物でもあるのですか?」
その時、頭を抱える二人に声が掛けられた。
振り返る二人の前に、のんびりとした動きで女が現れる。
年齢はギリギリ二十代、と言った感じだろうか。
ゆったりとした緑のローブに身を包み、足まですっぽりと覆っている。
体つきは非常に華奢で、運動が得意そうには見えない。
癖のない長い黒髪は結ぶことなく垂らしており、右目を完全に覆い隠していた。
「こちら、私が作った地図です。良かったら、どうぞ」
「地図?」
首を傾げならエルケーニヒはそれを受け取った。
そこには確かに大図書館の見取り図と、置かれている書物の種類などが描かれていた。
「これを、アンタが?」
「ええ、ここに在る本を整理しながら少しずつ書いていったの。まだ完成してはいませんが」
女が言うように、地図の下半分はまだ空白のままだった。
方向から読み取るに、大図書館の奥側がまだ手付かずなのだろう。
「貴女は、この大図書館の司書なの?」
「いえ、そう言う訳では無いのだけれど、殆ど趣味みたいな物です」
やや照れるように頬を掻きながら女は言った。
「ここには千年前の本すら埋もれていると言われているの。私、歴史には眼が無くて、特に殆ど詳細が明かされていない四聖人や魔王の本が見つかれば…!」
「………」
興奮するように頬を赤らめる女を、エリーゼは微妙な表情で眺めた。
もし、今目の前に居る男がその魔王だと知れば、この人はどうするのだろうか。
紛れもない当事者から歴史の事実について聞けるなど、卒倒するのではないか。
「…コホン。失礼、取り乱しました」
「い、いえ…」
「では自由にお使いください。ここは誰であれ、自由に利用できるブルハの大図書館ですから」




