第四十四話
「ここにも無い、みたいですね」
カスパールは地図を広げながら息を吐いた。
机に広げられたマギサの地図には、幾つものバツ印が書き込まれている。
魔道協会の塔を初め、マギサの重要な建物には全て印が刻まれていた。
他のシャルフリヒターの隊員と共に地図を睨みつけるカスパール。
めぼしい場所は全て調べた筈だ。
それなのに、見つからない。
「カスパール。まだ見つからないのか」
「…ハインリヒさん」
扉が開き、現れたハインリヒは仏頂面で告げる。
ジロリ、とその鋭い眼がカスパールの顔を射抜いた。
「四聖人の聖墓。お前は、それがこのマギサに存在すると言ったな?」
「ええ、その通りです」
カスパールは慇懃に頷く。
四聖人。
千年前に魔王を倒した四人の英雄。
その遺体を安置した聖墓は、このマギサにある筈なのだ。
「本部の資料を調べた結果、それは間違いありません。肝心の場所については、どうやら歴代教区長にのみ伝えられてきたようですが…」
「…となると、真実を知るのはあの女だけか」
忌々し気に舌打ちをしながらハインリヒは吐き捨てる。
今も眠り続けている女。
教区長アンネリーゼだけが聖墓の場所を知っているのだ。
「…まさかとは思うが、奴が目覚めるのを悠長に待つ気か?」
「まさか」
カスパールは苦笑を浮かべた。
「あのアンネリーゼと言う女。そこまで愚かでは無いでしょう」
「…何が言いたい?」
「マギサの教区長から次の教区長へ引き継がれる秘密。それを次代に引き継がせる前に自分が死んでしまったら? 魔道協会の聖域は永遠に失われることになる」
「…そう言うことか」
そこまで言われたら、ハインリヒも理解する。
本来ならマギサの教区長だけが知るべき秘密。
しかし、それを次代に引き継がせる前に失ってしまう可能性。
それを考えない程、アンネリーゼは愚かではない。
「何らかの形で記録を残している、か」
「既にそれは調べ尽くしました。ですが、何も見つからなかった」
「…だとすれば」
物ではなく、人間に残している可能性。
「アンネリーゼが可愛がっていたと言うエリーゼ。若しくは…友人であり、同じ教区長であるイレーネ」
「………」
ハインリヒは愉快そうに口元を吊り上げた。
カスパールは、シャルフリヒターでありながら殆ど魔法を使えない。
その実力はヴィルヘルムは疎か、他の隊員にすら劣る程。
しかし、カスパールは他の隊員を差し置いてシャルフリヒター副隊長の地位を与えられている。
それはカスパールの頭脳と目的の為に手段を選ばない冷酷さをハインリヒが気に入っているからだ。
カスパールがシャルフリヒターに入隊してから全てハインリヒの思い通りに進んでいる。
前々から気に入らなかったアンネリーゼからマギサを奪い取り、伝説と言われた聖墓すら手に入れることが出来るだろう。
「…良いだろう。聖墓についてはこのままお前に任せる」
「ありがとうございます」
笑みを浮かべてカスパールは深々と頭を下げた。
「…なーるほどね」
密談を交わす二人から少し離れた場所で、テオドールは呟いた。
椅子に座ったテオドールの膝の上には、真っ白な蜘蛛が座っており、その背からは一本の糸が外へ伸びている。
糸を伝って音が届き、蜘蛛の口からハインリヒとカスパールの会話が吐き出される。
テオドールの生み出した盗聴の魔法だ。
それにより、テオドールは二人の会話を最初から全て盗み聞きしていた。
「シャルフリヒターの目的は聖墓か。その為にマギサを奪い取った」
シャルフリヒターと言うよりはハインリヒ個人の目的のようだが、シャルフリヒターはハインリヒの私兵同然であるので、間違いでは無いだろう。
マギサの教区長となったのも、単なる権利欲だけでは無かったのか。
「…問題は、何故そこまでして聖墓を求めるのか」
確かに聖墓は魔道協会にとって重大な価値があるが、それは信仰的、或いは歴史的な価値に過ぎない。
ハインリヒは宗教家にも歴史家にも見えない。
それなのに、四聖人の遺体を求める理由は何か。
聖墓には、ハインリヒしか知らない価値があるのだろうか。
「…よく分からないが、奴の思い通りになったらろくなことにはならないだろうな」
テオドールは息を吐く。
普段なら厄介事に自分から首を突っ込む気は無い。
だが、他でもない魔女狩り隊が関わっているのなら、話は別だ。
「…連中の思い通りには、させない」
確かな憎しみを込めて、テオドールは呟いた。




