第四十三話
「………」
「………」
翌日、ゲルダはヴィルヘルムと共にマギサを発った。
ヴィルヘルムの目的は逃げ出したエリーゼを追い、それを捕まえる為。
ゲルダはそれについて行き、エリーゼを助ける為。
「………」
正直、エリーゼを助ける方法を具体的に考えている訳では無い。
半ば勢いでヴィルヘルムに縋り、同行することを許されただけだ。
何の意味も無いかもしれないが、エリーゼが苦しんでいる時にジッとしていることなんて出来なかった。
(この人は…)
ゲルダは前を歩くヴィルヘルムの背中を見つめる。
悪名高い魔女狩り隊の隊長である男だが、全く情の無い人間には見えなかった。
傷付いたゲルダの下に見舞いに訪れ、こうしてゲルダの我儘を聞いてくれている。
話せば、エリーゼが無実だと分かってくれるかもしれない。
「あの、ヴィルヘルムさ…」
「一つ聞きたい」
ゲルダの言葉を遮るように、ヴィルヘルムは口を開いた。
出鼻を挫かれたゲルダは瞬きしながら、首を傾げる。
「お前が出会った魔女とは、何と言う名前だった?」
ヴィルヘルムは振り返りながらそう訊ねた。
ゲルダはゆっくりと言葉の内容を理解し、暗い顔を浮かべる。
「…ごめんなさい。問答無用で襲ってきて、名前は聞いてないんです」
「…特徴は? どんな魔法を使っていた?」
「特徴、ですか? えーと、沢山の動物を生み出して、操っていました」
「緑魔法か。それに、獣使いと言うことは…『眷愛の魔女』だな」
「眷愛の魔女?」
聞き覚えの無い言葉にゲルダは不思議そうに首を傾げた。
眷愛の魔女。
それがゲルダとエリーゼが戦ったあの魔女の名前なのだろうか。
「…魔女は神出鬼没だが、その行動は派手だ。だから長く生きた魔女ほど世界に爪痕を残し、名が通っている」
表情を変えることなく事務的にヴィルヘルムは呟く。
「他にはどんな魔女が居るのですか?」
「…先日マギサで討伐されたのは『渇愛の魔女』…その後に現れて教区長アンネリーゼを害した魔女は『寵愛の魔女』…200年以上大陸中で悲劇を起こし続けている災害のような魔女だ」
「…寵愛の魔女」
ゲルダは直接見た訳では無いが、その強さと凶悪さは聞いている。
大陸でも有数の白魔道士であるアンネリーゼを正面から倒し、昏睡状態に陥らせた恐ろしい魔女だ。
「それから『慈愛の魔女』…慈愛などと、随分と皮肉な名前だが、その女に出会った者は誰でもそう呼ぶらしい」
「…?」
「…そして最後に始まりの魔女である『偏愛の魔女』だ」
五人しかいないワルプルギスの夜の頂点。
最初の魔女にして、最強の魔女だ。
「聖暦200年。今から800年以上前から生き続ける伝説の魔女だ」
「800年…」
呆然とゲルダは呟いた。
始まりの魔女に次ぐ古参である寵愛の魔女でも、200年しか生きていない。
生きた時間の次元が違う。
人間では最早、想像することすら出来ない時を生き続けた正真正銘の魔女なのだ。
「偏愛の魔女。奴を殺さない限り、ワルプルギスの夜は終わらない。魔女を数人殺したところで、すぐに新たな魔女が生まれてしまうからな」
偏愛の魔女は、何らかの方法で人間を魔女に変えることが出来ると言われる。
それ故に、魔女は不死では無いが、ワルプルギスの夜は不滅なのだ。
偏愛の魔女が生きる限り、魔女が生まれ続けるのだから。
「だが、偏愛の魔女は聖暦600年に最初のワルプルギスの夜を結成して以降、姿を晦ませている。シャルフリヒターの目的はそれを見つけ出し、討伐することだ」
「…その為なら、無実の人が死んでも構わないと?」
「この世に罪の無い人間などいない。誰であれ、罪と悪を宿して生まれてくるものだ」
ヴィルヘルムは何かを思い出すように目を細めた。
「それに、言った筈だぞ。偏愛の魔女は人間を魔女に変えると」
「…それが何ですか?」
「偏愛は人間を魔女に変えるが、それは誰でも良い訳では無いようだ。魔女討伐後、次の魔女が生まれるまでの空白期間がそれを証明している」
例えば、ヴィルヘルムが魔女を討伐したのは十四年前だが、その後釜である渇愛の魔女が現れたのは今から五年前だ。
その間の九年は、偏愛の魔女が新たな魔女候補を探していた期間だろう。
「魔女は例外なく黒魔法を操る。ならば『魔女になれる素質』とは、何だと思う?」
「…まさか」
「そうだ」
普段より饒舌になりながら、ヴィルヘルムは告げる。
魔女狩り隊の目的。その凶行の理由を。
「黒魔法だ。黒きマナを宿す黒魔道士だけが、魔女になる可能性がある」
それが理由だった。
魔女を誰よりも憎み、その根絶を誰よりも望む魔道士達。
魔女は元より、魔女になるかもしれない、と言うだけで彼らにとっては殺意の対象なのだ。
だからこそシャルフリヒターはエリーゼを狙う。
魔女の印が現れたからじゃない。
黒きマナを操り、新たな魔女になる可能性があるから、殺すのだ。




