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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
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第四十二話


「このまま東へ向かうべきだな」


地図を眺めながらエルケーニヒは呟いた。


マギサの東にある森に身を隠しつつ、これからのことについて相談していたのだ。


エリーゼから魔道協会のことや大陸にある都市、それぞれの都市を治める教区長の話を総合した結果、向かう先は大陸の東部と判断した。


エリーゼを敵視する魔女狩り隊の本拠地は大陸の南西部であるヘクセにある。


更に言うなら大陸の西部の都市ストレガを治めているのはハインリヒの支持者であるヘルマンだ。


魔道協会が正式にエリーゼを魔女認定した以上、他の教区長が治める都市にも迂闊に入れないが、この二つの都市は近付かない方が良いだろう。


大陸の西部側は敵が多い。


必然、逃げる先は大陸の東部となった。


「でも、これからどうしようか」


「…俺は魔王であって、政治家では無いのだがな」


威厳溢れる顎髭を撫でながら、エルケーニヒは息を吐いた。


エルケーニヒは多くの魔道士を率いた魔王だが、国を支配した国王では無いのだ。


政治よりも戦略の方が得意であり、舌戦よりも戦争の方が好みだ。


冤罪を晴らして無実を勝ち取る方法など思いつかない。


「いっそこちらから戦争を仕掛けるか? 敵を滅ぼしてから法を改正してしまえば冤罪も関係ないだろう」


「力技にも程があるわよ! 誰が魔王になりたいと言ったか!」


「…まあ、今のは半分冗談だ」


「…半分は本気だった訳ね」


エリーゼが頷けば本当に実行するつもりだったのだろう。


魔女と呼ばれるのも嫌だが、後世の人間に魔王と呼ばれる方が最悪だ。


「そうだなぁ……聞く限り、魔道協会と言う組織に明確な王は居らず、数人の教区長とやらの権力は同じなのだろう?」


ポリポリ、と頭と掻きながらエルケーニヒは言う。


古い時代に生きた魔王としては、王の居ない組織と言うのがあまり馴染み無いのだろう。


「そうね。一応、マギサの教区長の方が発言力は強いけど、他の教区長の意見を全て無視できるほど権力を持っている訳では無いわ」


「ならば、こちらを敵視するハインリヒ以外の教区長を全て味方に付ければいい」


パチン、と指を鳴らしてエルケーニヒは告げた。


教区長同士の権力がそう変わらないと言うならば、ハインリヒは自分以外の教区長の意見も無視はできない筈だ。


もしハインリヒ以外の全ての教区長を味方に付けることが出来れば、ハインリヒも魔女認定を撤回せざるを得ないだろう。


「そんなこと、どうやって…」


「教区長共通の願いとは何だ?」


「願い…?」


エルケーニヒに言われて、エリーゼは頭を悩ませる。


アンネリーゼ以外の教区長になど会ったことすら無い。


彼らの願いなど分かる筈がない。


しかし、共通の願いとは何だろうか。


魔道協会に所属する教区長。


その共通の願いとは…


「…もしかして、魔女の討伐?」


少なくとも、それを望んでいない教区長はいないだろう。


魔道協会に所属する誰にとっても魔女とは脅威だ。


ハインリヒと魔女狩り隊がデカい顔が出来るのも、かつて魔女を討伐した功績があるからだ。


「その通り。そしてはお前は既に一人の魔女を倒している」


五人しかいない魔女の一人をエリーゼは既に討伐した。


ハインリヒはこの事実を隠そうとしているようだが、その重さは変わらない。


「もしお前がまた魔女を討伐したらどうなる? ワルプルギスの夜を終わらせるかもしれない女。黒魔法を使うかどうかは関係ない。民衆は、そして教区長達は、お前を支持するだろう」


「…そう、なるの?」


エルケーニヒの言葉には説得力があった。


実現可能かどうかは置いておくとして、信じさせる説得力を持っていた。


「いいか、人間ってのは己しか見えないケダモノだ。自分と違う異端はどんな手を使っても排除しようとするが、それが自分にとって都合が良い物になれば、手の平を返して受け入れる」


「………」


「英雄も魔王も異端と言う意味では変わらない。ただ、世界に受け入れられたかどうかだ」


真剣な表情でそう告げるエルケーニヒの言葉には実感が込められていた。








「………」


同じ頃、マギサではヴィルヘルムが街を歩いていた。


部下を引き付けることも無く、法衣と鎧を合わせた奇妙な格好のまま街をぶらついている。


(…腹が減ったな)


多くの異端を虐殺した悪名高い魔女狩り隊の隊長。


かつて魔女をその手で討伐した血濡れの英雄。


様々な血生臭い肩書きを持つ男であるが、何も人の生き血を啜って生きている訳では無い。


普通に腹も減るし、腹が減れば物が食べたくなるのだ。


元々出身がヘクセである為、マギサにあまり来たことは無い。


明日には魔女認定されたエリーゼを追うべく都市を出ないといけない為、せめて昼飯くらいは食べていこうと思ったのだが…


(…道が分からん。飯屋はどこだ?)


燃えるような瞳を細め、ヴィルヘルムは息を吐いた。


渋々道を歩く人に声を掛けようとする。


しかし、


「ヒッ…ま、魔女狩り隊…!」


「わ、私は魔女じゃありません…!」


強引にマギサの教区長に収まったハインリヒ。


その配下である魔女狩り隊の評判は悪かった。


魔女と判断した人間を生きたまま焼き殺す、などと言われる魔女狩り隊が街をうろついているのだからその反応は当然だろう。


声を掛けられた人々は恐怖し、すぐに逃げてしまった。


「…やはりこの格好がマズかったか」


ヴィルヘルムは一人呟く。


せめて服は着替えるべきだった。


シャルフリヒターの制服を着たままでは、誰がどう見ても悪名高い魔女狩り隊だ。


今更そんなことを考え、もう昼飯を食べることは諦めた。


「あ、あの…」


ため息をつくヴィルヘルムの背後から声が聞こえた。


ややうんざりしながらヴィルヘルムは振り返る。


「…俺はオフだ。仕事をするつもりはないから、俺に構…」


そう言おうとして、ヴィルヘルムは言葉を止める。


そこに立っていたのは怯える町娘では無かった。


「私を、魔女狩り隊に入れてもらえませんか?」


恐る恐るそう告げたのは、ゲルダだった。


唐突な言葉にヴィルヘルムは何度か瞬きをした後、納得したように息を吐く。


「いきなり何かと思えば、お前がシャルフリヒターの一員になれば、エリーゼを救えるとでも思っているのか?」


少女らしい浅はかな考えだ、とヴィルヘルムは吐き捨てる。


自分なりにエリーゼを救う方法を考えたようだが、少女の夢想に過ぎない。


「答えはノーだ。お前をシャルフリヒターに入れることは出来ない」


「わ、私が女だからですか?」


「女だからだ。生憎、ハインリヒは極度の女嫌いでな。シャルフリヒターは男しか入れないんだ」


気の毒な話だが、それは事実だ。


男尊女卑が著しいハインリヒを恨むしかない。


「私、役に立ちますよ! 戦いは苦手ですが、頑張ります…!」


「…頑張って何とかなるなら、魔女なんてとっくに…」


「魔女…? そうだ! 私、魔女と戦ったこともありますよ!」


「………何?」


ぴくり、とヴィルヘルムの眉が動いた。


魔女との交戦経験。


そんな経験がある者は、シャルフリヒターの中にすらいない。


何故なら戦った者は全て死んでいるからだ。


「………」


例外は一人。


十四年前に魔女を討伐したヴィルヘルムだけだ。


「…お前、名前は?」


「ゲルダです」


「…ゲルダ。そう言えば、そんな名前だったな」


まだヘクセに居た時にそんな名前を聞いた。


マギサ付近の森で魔女と遭遇した新米魔道士が居ると。


信憑性の薄い情報だったが、一応魔女関連の出来事だった為、ヴィルヘルムの下まで回ってきたのだ。


「…気が変わった。シャルフリヒターに入れることは出来んが、俺に同行することは許可しよう」


「本当ですか!」


「ああ。だが、ハインリヒには内密にな。どんな嫌味を言われるか分からん」


表情を変えることなく、ヴィルヘルムはそう告げたのだった。

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