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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
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第四十一話


魔道都市マギサ。


魔道協会の本部である巨大な塔の最上階。


教区長アンネリーゼの部屋であるそこに、一人の男が居た。


「………」


豊かな髭と厳めしい皺が刻まれた顔が特徴的な男。


年齢は四十代の後半と言った所だろうか、その黒い髪に交ざった白い髪が老いを感じさせる。


両手の指に全て指輪を付け、更に十の指輪を繋げた円環を首飾りのように下げていた。


無数の宝石が縫い付けられた重たいマントを羽織り、耳にはピアスも付けている。


いかにも成金趣味と言う風貌だが、爛々と光る赤い眼は単なる俗物には見えない威圧感を放っていた。


「さて、そろそろ良いだろうか?」


そう言って男は机に置かれた魔石を指で叩いた。


瞬間、魔石が輝き、教区長室の壁に映像を映し出す。


「改めて挨拶しよう。私はハインリヒ。ヘクセ、そして魔道都市マギサの教区長である男だ」


不敵な笑みを浮かべ、ハインリヒは指輪を付けた指で魔石を弾いた。


それに対し、壁に映し出された三人の人間はそれぞれ反応を示す。


『…は。盗人猛々しいとはこのことですね。アンネリーゼが意識を失っている間にマギサを奪うつもりですか?』


不快そうにそう呟いたのは、この場で唯一の女。


名前はイレーネ。


大陸の東部にある都市『ブルハ』の教区長だ。


『アンネリーゼは死んだ訳ではないわ。それなのに新たな教区長を名乗るなど、恥を知りなさい!』


苛立ちを隠さずに叫ぶイレーネ。


イレーネは教区長の中で特にアンネリーゼと仲が良かった。


今も眠り続けているアンネリーゼの身を心配しており、それ故に混乱に乗じてマギサを奪おうとするハインリヒが許せなかったのだ。


「死んだ訳では無い。確かにそうだ」


ハインリヒは冷静な表情で頷いた。


前任が生きている内に新たな教区長を選ぶこと。


一人の教区長が二つの都市を兼任すること。


どちらも異例であることを認めた。


「だが、知らない訳では無いだろう? マギサは魔女に襲撃されたのだ」


ハインリヒは既に全ての教区長に周知している事実を告げる。


「次も同じことが起きないと何故言える? いつ目覚めるとも分からない前任者が、次の魔女の襲撃に間に合うと何故言える?」


『ッ…』


イレーネは大きく舌打ちをした。


ハインリヒの理屈は正しかった。


次の魔女の襲撃まで、教区長を不在には出来ない。


魔女に襲われ、都市が破壊されることなどあってはならない。


それだけ魔道都市マギサは重要な土地なのだ。


『…教区長ハインリヒの言葉は、全面的に正しい』


『ヘルマン…!』


次に発言したのは、ハインリヒよりも僅かに年上の男だった。


名前はヘルマン。


大陸の西部にある都市『ストレガ』の教区長だ。


あまり主張をすることのない陰気な男だが、以前からハインリヒを支持している教区長だった。


統治する都市が近いこともあり、ハインリヒと同じ過激派の一人と周囲から認識されている。


『そ、そうだな。俺も今回はハインリヒ殿が正しいと思う』


それに便乗するように最後の男が呟いた。


名前はヴェルター。


大陸の北部にある都市『ウェネフィカ』の教区長だ。


本部から離れていることもあり、協会の影響が薄く、他の都市に関わることも少ない都市だ。


それ故か教区長であるヴェルターもあまり権力闘争には関心を抱かず、過激派も穏健派も支持しない中立の立場だった。


小心者で野心も無いヴェルターは基本的に日和見主義だった。


『くっ…!』


イレーネは悔し気に拳を握り締めた。


元々協会の派閥はアンネリーゼとイレーネの穏健派と、ハインリヒとヘルマンの過激派、そして中立派のヴェルターでバランスを取っていたのだ。


アンネリーゼが眠っている今、イレーネの味方は一人も居なかった。


「…どうやら、私の主張が認められたようだな」


勝ち誇るようにハインリヒは告げた。


「では、最初に一つ。私は前任者のように戦力を出し惜しむ気も、異端者に情けを掛ける気もない」


コツン、と指で魔石を叩きながらハインリヒは言う。


その赤い眼には鋼のような決意と、狂気に近い意思が宿っていた。


「魔女は全て殺す。黒魔道士も、奴らも庇う異端者も、同様だ。全て捕らえ、火刑に処せ」


炎のように爛々と目を光らせながらハインリヒは告げた。


「まずは前任者が残した異端者の処刑からだ。先日マギサから逃亡した魔女。それを見つけた者はすぐに捕らえ、私の下へ送ってくれ」








「…何故あの娘に拘る?」


通信が終わってからヴィルヘルムは、ハインリヒに告げた。


ハインリヒはいつの間にか背後に立っていたヴィルヘルムに驚くことなく、ゆっくりと振り返る。


「拘っている訳では無い。例外を認めないだけだ。魔女は殺す。一人残らず」


「…ワルプルギスの夜は常に五人だ。あの娘が魔女でないことは明白だろう」


「関係ない。黒いマナを宿す女である以上、それは異端であり、異端とは魔女だ。魔女は存在するだけで男を堕落させ、欲望のままに人を殺す。存在すること自体許されない」


「…女嫌いも相変わらずだな」


ヴィルヘルムは僅かに苦笑を浮かべた。


ハインリヒは黒いマナを宿すことだけでなく、エリーゼが女であることにも嫌悪感を抱いていた。


この男は魔女を憎むあまり、人間の女すらも極端に嫌っているのだ。


それを意味するようにハインリヒの配下である魔女狩り隊『シャルフリヒター』に女は一人も居ない。


ハインリヒにとって女とはそれだけで疑わしい存在であり、黒いマナを宿していなくても信用ならない存在であることは変わらないのだ。


「…カスパールはマギサに置いておく。お前はあの娘を追え」


「生け捕りか?」


「その方が望ましいが、首さえ残っていれば殺しても構わない」


「………」


「…どうした? 返事が聞こえんぞ」


ジロリ、とヴィルヘルムを睨みながらハインリヒは告げた。


逆らうことは許さない、とその眼が語っていた。


「…了解だ。今回も、つまらない任務になりそうだな」


吐き捨てるように言い、ヴィルヘルムは部屋から出ていった。

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