第四十話
大陸のどこかにある暗く深い森。
人々の目から逃れるように、森の奥には朽ちた神殿があった。
呪詛と穢れに溢れ、動物すら近付かないそこは『ワルプルギスの夜』の本拠地だ。
「どうするつもりだ?」
コツ、と杖で床を叩きながらマルガは呟いた。
「計画は始まったばかりだと言うのに、魔女が一人欠けた。重要度が低いとは言え、損失は損失だ」
マルガは冷たい墓石のような目をザミエルに向ける。
ザミエルがドロテーアを見殺しにしたことなど、既にマルガは把握しているようだ。
「何故ドロテーアを殺す必要があった?」
「一つ目は、アンネリーゼを殺す為。どう考えてもあの白魔道士は計画の邪魔になるからね。さっさと殺しておいた方がいいと思って」
マルガの問いにザミエルは素直に答える。
アンネリーゼを仕留めたのはザミエルだが、もしアンネリーゼが本調子だったなら上手くいかなかったかもしれない。
隙を突いたとは言え、あれほど簡単に倒すことが出来たのはアンネリーゼがドロテーアとの戦いで消耗していたからだ。
まあ、アンネリーゼは死んだ訳では無いが、今後ずっと意識が戻らないのなら死んでいるのと変わらないだろう。
「二つ目は、ドロテーアが暴走しがちで計画の邪魔になりそうだったから」
ザミエルは二本の指を立てながら呟く。
魔女は人間から魔女化した時点で、肉体の時が止まる。
老化せず、成長せず、肉体は魔女となった時点で不変となるのだ。
その弊害と言うべきか、幼い年齢で魔女となった者はどれだけ時が経っても精神が未熟なままだ。
ドロテーアが魔女化した時の年齢は十二歳。
それ故に、ドロテーアは己の感情をコントロールできておらず、度々癇癪を起こして町や村を焼き払っていた。
人間が何人死のうと魔女達は気にしないが、これからの計画では邪魔になる可能性があった。
「全く、素質があるからって誰でも魔女にしちゃダメだよ、マルガ。力を持ったお子様ほど厄介な存在はいないんだからね!」
「………私にドロテーアを薦めたのはお前だった筈だが?」
「あれ? そうだっけ?」
「………」
「アハッ! まあまあ、間違いは誰にでもあるって!」
けらけらと笑って誤魔化しながら、ザミエルはマルガの眼を見つめる。
「どちらにせよ、埋め合わせはするつもりだよ」
「…後釜に心当たりがあるのか?」
「まあね。運命の悪戯ってやつかな」
ニタリ、とザミエルは嫌な笑みを浮かべた。
悪意が滲み出るような笑みだった。
「笑えるね。ボクは魔女なのに、神に感謝したい気分だよ」
「…ん」
魔道協会の医務室にて、ゲルダは眼を覚ました。
寝ぼけた目を擦りながら、自分がどうしてここに居るのか考える。
「…ッ」
段々と眠る前の光景を思い出し、思わずゲルダは身を起こした。
慌ててベッドから立ち上がろうとして、背中の痛みに顔を歪める。
「まだ動くな。傷が開くぞ」
「…あなたは?」
ベッドに座ったまま、ゲルダは近くの椅子に座る男に尋ねた。
「ヴィルヘルムだ。シャルフリヒターの隊長を務めている」
「シャルフ、リヒター…魔女狩り隊の…?」
「そう呼ばれることの方が多いな」
苦笑を浮かべてヴィルヘルムは言った。
正式名称はシャルフリヒターだが、魔女狩り隊の俗称の方が有名だった。
「エリーゼさんは、魔女ではありません…! お願いします! あの人に酷いことしないで下さい!」
「…それを決めるのは俺ではない」
あまり感情を込めないようにヴィルヘルムは告げた。
「隊長だの英雄だのと呼ばれてはいるがな、俺の権力など大したことはない。俺はただの処刑人だ。運ばれてきた罪人を殺すだけのな」
処刑人には善も悪も無い。
善人だろうが、悪人だろうが、罪人として目の前に出されたなら、それを殺すだけだ。
「俺に助命など求めるな。俺があの娘を庇った所で、他の処刑人が代わりに殺すだけなのだから」
コトッ、と持っていた小瓶を近くの机に置いてからヴィルヘルムは医務室から去っていった。
情の無い、冷たい言葉だった。
それに打ちひしがれ、ゲルダは机の上に置かれた小瓶に目を向けた。
「…鎮痛剤?」
怪我をした自分の為に持ってきてくれたのだろうか。
わざわざ自分が意識を取り戻すまで待ってまで。
「………」
言葉ほど冷たい人間では無いのかもしれない。
ヴィルヘルムは自分が庇った所で無駄だ、と言っていた。
庇う気は無いではなく、他の処刑人がいるから意味は無いと。
「…よし」
ゲルダは拳を握り締めた。
凹んでいる場合じゃない。エリーゼはもっと大変な目に遭っているのだ。
自分に出来ることをしよう。
少しでも、エリーゼを助ける為に。




