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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
三章
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第三十八話


「………」


エリーゼは無言で辺りに視線を向けた。


周囲を歩く人々を押し退け、エリーゼを取り囲むように立つ男達。


男達は皆、統一されるように背に黒い十字架が描かれた白い法衣を纏っていた。


その顔は深く被ったフードに隠されて見えないが、エリーゼは敵意が込められた視線を肌に感じた。


「その格好、もしかしてヘクセの魔女狩り隊…?」


エリーゼは訝し気な顔をしながら告げる。


白い法衣と腰に下げられた十字架型の杖。


どちらも噂に聞く魔女狩り隊の特徴だった。


「シャルフリヒター、と呼んで下さい。魔女狩り隊と言うのは俗称に過ぎませんから」


先頭に立っていた男が答える。


他の者達に比べて随分と小柄な男だった。


フードを取ると、青い髪と青い瞳を持つ中性的な顔が露わになる。


「ボクはカスパール。シャルフリヒターの一人です」


慇懃に頭を下げながらも、男の顔には嘲るような笑みが浮かんでいた。


丁寧なのは口調だけで、他者に対する敬意など欠片も感じない。


「さて、エリーゼさん。単刀直入に言います……貴女には魔女の疑いが掛けられています」


男の言葉に周囲を歩く人々から驚きの声が上がった。


魔女に襲われたばかりの人々は、思わずエリーゼへ不安と困惑の眼を向ける。


「…何の話?」


「心当たりはある筈ですよ? 貴女の肌に魔女の印が浮かぶ姿を見た者が何人も居るのですから」


「………」


「魔女の印とは、どんな魔法でも隠すことの出来ない魔女の証。魔女である限りそれを消すことは出来ず、逆に言えばその印がある者は必ず魔女である」


男達は剣のように細い十字架を抜いた。


シャルフリヒターは、魔女の処刑人だ。


彼らに慈悲も、躊躇いも、容赦もない。


相手が誰であれ、魔女であるなら、魔女と疑われたなら(・・・・・・・・・)殺す。


疑わしきは罰する、それがシャルフリヒターだった。


「…私は、魔女じゃない」


「魔女は皆、そう言うでしょうね!……やりなさい」


瞬間、カスパールの言葉を合図に男達は杖から魔法を放った。


マナが迸り、炎の槍や氷の矢が飛び交う。


「ッ…!」


エリーゼはそれを躱しながら大きく顔を歪めた。


厄介なことになった、と。


問題行動が多いとは言え、シャルフリヒターは魔道協会の所属だ。


彼らがエリーゼに魔女認定を出した以上、それは魔道協会の決定でもある。


「………」


ここで反撃するのはマズイ。


勝てるかどうかはともかく、状況が悪くなるだけだ。


そう判断したエリーゼは地面を蹴り、包囲の隙間を抜けて逃げ出した。


「アハッ! 逃げた! 魔女が逃げたぞ! 早く追い掛けなさい!」


カスパールはエリーゼの背を眺めながら嘲笑を浮かべた。








「はぁ…はぁ…」


息を乱しながらエリーゼは走る。


周囲のマナを掻き集め、風に変えて走り続ける。


「アレは、例の魔女狩り隊か?」


「ってことは、やっぱり噂は本当だったのか?」


「エリーゼは、魔女だったってことか…!」


シャルフリヒターから逃げるエリーゼの耳に人々の声が届く。


魔女認定されたことは既に広まっていたのか、逃げるエリーゼを見て人々は叫ぶ。


「おかしいと思ったんだ! あの無色のエリーゼが急に強くなるなんて!」


「魔女に魂を売りやがったんだな! 裏切り者め!」


「この前の魔女の襲撃だって、アイツの仕業じゃねえのか!」


「アンネリーゼさんだって、アイツのせいで…!」


罵倒が、雑言が、悪意が、敵意が、エリーゼの耳に突き刺さる。


誰かの声が聞こえる度に、エリーゼの心が軋んだ。


(…どうして)


この都市を守る為に、魔女を倒したのに。


それなのに、守った筈の人々に、魔女と罵倒される。


自分は、魔女なんかではないのに。


(…ッ)


エリーゼの脳裏に、魔女ドロテーアの過去が過ぎった。


何の罪も犯していないのに、人々から魔女と決めつけられた少女。


悪意に晒され続けた末に、本当の魔女になってしまった少女。


その過去が、今のエリーゼと重なった。


(違う…! 私は、違う…!)


エリーゼは必死にそれを否定する。


自分は違う。魔女ドロテーアのようにはならない、と。


人々を憎み、呪ったりしない。


本当の魔女にはならない、と。


「…エリーゼさん?」


「!」


その声を聞いた時、エリーゼは思わず足を止めた。


息を乱すエリーゼの前に、不安そうに佇むゲルダが居た。


「あの、嘘ですよね? エリーゼさん」


ゲルダは恐る恐る告げた。


「エリーゼさんが、黒魔法を使ったなんて…嘘に決まってますよね?」


「………」


エリーゼは何も答えることが出来なかった。


何故ならそれは嘘では無いからだ。


エリーゼは魔女では無いが、黒魔法を使ったのだ。


あの魔女を倒す為とは言え、忌み嫌われる黒魔法を使ってしまった。


だから、エリーゼはゲルダに何も言うことが出来なかった。


「見つけましたよ! あそこです! 魔女エリーゼが、女の子を襲おうとしてますよー!」


悪意に満ちた声が聞こえた。


エリーゼは振り返り、カスパールを睨みつけた。


「まあ、何て怖い顔でしょうか! やはりこの女は魔女ですね! さあ、捕えましょう! 吊るしましょう! 魔女は極刑です!」


「ま、待って下さい!」


笑いながら叫ぶカスパールに対し、ゲルダはエリーゼを庇うように前に出た。


「きっと何かの間違いです! エリーゼさんは魔女なんかじゃありません! アンネリーゼさんが起きていれば、こんなことは絶対に許しませんよ!」


カスパールに駆け寄りながらゲルダは必死に叫ぶ。


エリーゼを心から信じているのだ。


誰が何と言おうと、彼女は悪人ではないと。


「アンネリーゼ…? ああ、マギサの教区長ですか」


カスパールは訝し気な顔をしながら呟く。


「あの女が許さないから何だと言うのです? と言うか、あの女はエリーゼさんが魔女であることを本当に知らなかったのですかね? それとも、魔女であると知りながら隠していたのですか?」


ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべながらカスパールは言う。


「だとしたら重罪ですね! いや、もしかしたらあの女も魔女なのでは? 歳を取らないのは魔女の特徴の一つですし? コレはいけません。眠っている内に、その身体を調べて魔女の印を見つけ出さないと…」


「―――」


嘲笑うようなカスパールの言葉を聞き、エリーゼは何かの糸が切れる音が聞こえた。


許せなかった。


自分だけならともかく、アンネリーゼのことも罵倒するこの男が。


人々を守る為に傷付いたアンネリーゼを穢そうとすることが。


感情を抑えることが出来ず、エリーゼは握り締めた剣を振り上げる。


「『シュタルカー・ヴィント』」


振り下ろす剣と共に風の斬撃が放たれた。


それは嘲笑を続けるカスパールへと飛び、そして…


「…え」


どう言う訳か、風の刃はカスパールに触れる直前で僅かにズレた。


見えない何かに弾かれたように向きを僅かに変えたそれは、カスパールではなく、その近くに立っていた者に命中する。


そう、エリーゼを庇う為に抗議していたゲルダへ。


「………あ、あああああああ!」


背を切り裂かれたゲルダの血が宙を舞う。


苦悶の声を上げて倒れ込むゲルダを見て、エリーゼは絶叫した。


こんな筈じゃなかった。


こんなことをするつもりじゃ…


「ああ! 遂に魔女が本性を表したぞ! さあ、殺しなさい! 早く!」


嗤いながらカスパールが指示を出す。


絶望するエリーゼは呆然とそれを眺める。


(誰か…)


自分の味方だったアンネリーゼは魔女に呪われ、眠ったままだ。


(誰か…)


唯一自分を信じてくれたゲルダは、自分の手で斬ってしまった。


誰も居ない。


エリーゼを救う者は、もう誰も…


(助け、て…!)


その時だった。


「ははははははははははははははは!」


天を突くような大笑いが聞こえた。


カスパールの声ではない。他の男達でも無い。


困惑する人々の前に、空から男が落ちてくる。


「諸君! 実に愉しそうじゃないか! 何だ何だ? パーティかい?」


それは、子供染みた笑みを浮かべた男だった。


色素の無い白髪に、鈍く光る黄金の眼。


黒いスーツとシルクハットを身に着け、手には黄金のステッキを握っている。


髪は白いが、顔に皺は殆どなく、顔立ち自体は三十代前半くらいに見えた。


顎髭を生やした渋い顔立ちだが、厳格な雰囲気はなく、口元には悪童のような笑みが浮かんでいる。


「イイネェ。欲に忠実な奴らは嫌いじゃないぜ?」


ニコニコとした笑みを浮かべながら男はエリーゼを抱き抱えた。


「しかし、この私を前に、少しばかり頭が高くないか? 今すぐ跪き給え」


「いきなり出て来て、何を…」


「『グラウィス・キルクルス』」


パチン、と白髪の男は指を鳴らす。


瞬間、不可視の重圧が男達の頭上から降り注いだ。


「な、んだ…!」


「身体が、重い…!」


重さに耐えかねて、男達はその場に跪く。


何か巨大な物に圧し潰されるように、その全身からミシミシと音が響いた。


あまりの重圧に立ち上がる所か、顔を上げることすら出来ない。


「そうだそれでいい。次に会う時までに、礼儀を身に着けておき給えよ」


「この魔法…黒魔法ですか…?」


「『オプスクーリタース』」


重圧から逃れていたカスパールの問いに対する答えは、新たな魔法だった。


指先から放たれた黒い煙がエリーゼと男の姿を隠す。


「………」


煙が晴れた時、男の姿はもうどこにも無かった。

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