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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
二章
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第三十四話


「あらら? ドロテーアってば、人間相手に負けてるじゃん! アハッ、笑える!」


ドロテーアの戦いを遠目で見ながらザミエルは呟く。


仮にも同胞が殺されたと言うのに、その顔には悲しみも怒りも無い。


「これだから人間気分を捨てられない成り立て(・・・・)は困るんだよね。キミ、マルガのことを母親のように思っていたんだろう?」


道化染みた顔に嘲笑が浮かぶ。


人間を憎みながらも人間の心を捨てきれない愚か者を嗤う。


「キミの本当の母親はとっくに人間に殺されているのにさ! それなのに、代わりの愛を求め続ける! 渇愛とはよく言ったものだね!」


けらけらとザミエルは嗤った。


ドロテーアの想いが報われることは無いだろう。


あの女は、マルガは本当の魔女だ。


ザミエルでさえ多少残している人間性を一切持たない。


人間らしい感情を全て無くした怪物なのだ。


「…さて、今はドロテーアの無様を嗤うよりも魔女を倒した人間の功績を称えよう! パチパチパチ!」


わざとらしく拍手をしながらザミエルはドロテーアを倒した女を眺める。


「でも、気を付けて。魔女とは呪いを撒き散らす存在……ただでは、死なないよ?」








(手応えは、あった…!)


ドロテーアの胸を刺し貫いたまま、エリーゼは思う。


刃は間違いなく魔女の心臓を破壊していた。


致命傷だ。


「ァァァァァァァァァ!」


ドロテーアの口から断末魔が響く。


チリチリとその身から小さな火の粉が散った。


「…ッ」


剣を抜き、急いで距離を取るエリーゼの前でドロテーアの身体が炎に包まれる。


風穴が空いた胸を抑えたまま、ドロテーアはエリーゼを睨んだ。


「よくも…! よくもよくも…!」


怨霊のように怨嗟の声を上げ、ドロテーアは右手を空へ掲げる。


その右手に浮かぶ『魔女の印』がドクン、と脈打った。


「『フランマ・オクルス』」


カッ、とその眼が赤く光る。


瞬間、呼応するように空に巨大な赤い眼球が出現した。


巨人の眼のようなそれは、空から地上を覗き込むように視線を向けている。


「後悔させてやる! あなた達も! この都市の人間も! みんなみんな道連れだー!」


直後、都市中から悲鳴が響いた。


突然空に出現した異形の眼。


それと目を合わせてしまった者の身体が、次々と燃え上がっていく。


「コイツ、まだ…!」


「いや、アイツはもう死んでいる」


エリーゼの言葉にエルケーニヒが答える。


エルケーニヒは激高するドロテーアを指差す。


「傷が復元していない。心臓を破壊されたことで、奴は間違いなく死んでいる」


それを意味するように、ドロテーアの身体は少しずつ崩れていた。


指先から灰となり、風化していく。


だが、その残った命を燃やし尽くすように炎の勢いが弱まることも無い。


「あと数分の命だが、問題はそれだけあればこの都市を焼き尽くすことが出来るってことか…!」


ドロテーア自身、もう自分が死ぬことは理解しているのだろう。


その上で、この都市を滅ぼそうとしている。


自分の命よりも、人間を殺すことを望んでいるのだ。


凄まじい憎悪と執念だった。


「火の勢いが、強過ぎる…!」


ドロテーア自身を燃やす炎は周囲を呑み込みながら段々と大きくなっていた。


魔法を止めるどころか、近付くことさえ出来ない。


そうしている間にも空に浮かぶ眼球は地上へ呪いを放ち、人々を焼いている。


「『グラーティア・エクレーシア』」


その時、アンネリーゼは杖を握り締めて叫んだ。


杖から放たれた光が空に膜のようなものを形成する。


「まさか、白魔法の結界か?」


エルケーニヒはそれを見て、目を見開いた。


結界を展開し、外部の魔法から内部にいる者達を守る魔法。


それ自体はシンプルな魔法だが、規模が桁違いだ。


空に浮かぶ邪眼から人々を守る為、アンネリーゼは都市中の空に結界を展開していた。


「はぁ…はぁ…これで…大丈夫…です…」


「馬鹿が! こんな規模、マナが持つ筈がない! 自殺行為だ!」


息も絶え絶えなアンネリーゼを見て、エルケーニヒは叫ぶ。


結界はその範囲と強度に比例して大量のマナを消耗する。


都市を覆う規模の結界を展開するなど、一分と持つ筈がない。


しかもこの邪眼は魔女の魔法だ。


それに耐える強度の結界など、どれだけマナを消耗するか想像も出来ない。


「私は、この都市の教区長です…! これ以上は誰も、死なせません…!」


「ッ…! 昔から、大嫌いなんだよ…! お前達のそう言う所が…!」


アンネリーゼの姿に誰かを重ねて、エルケーニヒは吐き捨てた。


しかし、どうすることも出来ない。


アンネリーゼは結界を消せば、都市の人間がどれだけ死ぬか分からないのだ。


それを理解しているからこそ、アンネリーゼは魔法を止めることは無いだろう。


例え命を削ることになろうとも、一人でも多くの人間を守る為に。


「―――」


エリーゼは無言で剣を握り締めた。


このままでは、都市が滅びる。


アンネリーゼが、ゲルダが、みんなが死んでしまう。


自分が、自分が何とかしなくては…


(だけど、私には…!)


魔女を倒したい。みんなを守りたい。


そう願っているのに、力が足りない。


もう何度目だろうか、無力感に苛まれるのは。


願いや思いだけが強くて、いつも力が追い付かない。


もっと自分に力があれば、誰も悲しむことは無いのに。


(…いや)


エリーゼは自身の手を見つめた。


力が無くても構わない。


あの魔女と戦った時と同じだ。


自分の力が足りないのなら、他から持って来れば良いのだ。


周りの力を奪ってでも、自分の物にすればいい。


「エリーゼ…?」


それに最初に気付いたのは、誰よりも魔法に精通するエルケーニヒだった。


大気中のマナがエリーゼへと集まっていく。


また『無法』を使い、マナを掻き集めているのか、と考えたエルケーニヒだが、それだけではないことに気付いた。


大気中のマナだけではない。


「俺のマナまで…?」


エルケーニヒは自身のマナが少しずつ減少していることに気付く。


エリーゼはエルケーニヒのマナさえも吸収しているのだ。


他者のマナすら吸収して利用する魔法なんて聞いたことが無い。


だが、


「ああ、良いぜ! よく分からんが、やりたいようにやれ! 俺のマナなら幾らでもくれてやる!」


エルケーニヒは笑みを浮かべ、自身の全てのマナを解放した。


何が起こるのかエルケーニヒにすら予想できないが、それでいい。


この最悪の状況を覆せるのなら、何でもいい。


「あ、ああああああああ!」


エルケーニヒの黒いマナを全て吸収し、エリーゼは叫ぶ。


握っている剣の刀身が黒く染まり、炎のように揺らめいた。


周囲の風も黒く変色し、音を立てて吹き荒れる。


「…何?」


エルケーニヒは思わず訝し気に呟いた。


どす黒い風を纏うエリーゼ。


その頬に、黒い手のような模様が浮かんでいたのだ。


ドロテーア達と同じ『魔女の印』が。

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