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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
二章
33/112

第三十三話


「………」


エルケーニヒの出した黒い煙に囲まれながらドロテーアは無言で佇む。


ドロテーアの魔法『フラムモー・ラクリマ』は強力な魔法だ。


どんな魔道士であれ、視線を合わせるだけで焼き尽くすことが出来る。


どれだけ強力な魔道士でも、いや、強力な魔道士だからこそこの魔法は劇的に作用する。


対象のマナを焼き尽くす炎。


それがドロテーアの持つ魔女としての力だ。


視線を遮られると炎が消えてしまうのは欠点だが、再び視線を合わせれば再発動できる。


視線を合わせずに戦える者など居る筈も無い。


故に魔道士との戦闘に於いて、ドロテーアは無敵だった。


「『シュタルカー・ヴィント』」


その時、黒い煙を吹き飛ばしながら風の斬撃が飛んできた。


一度は見た魔法だ。


あの剣を持った女の使う風の魔法。


「………」


掠めた肩が血が噴き出すが、この程度の負傷ならすぐに回復する。


それよりも風で黒い煙が晴れたことの方が重要だった。


視界は晴れた。


こちらに向かって来る女の姿も既に視界に捉えている。


「『フラムモー・ラクリマ』」


ドロテーアの眼が赤く染まる。


その眼に映る炎が目の前の女に呪いを掛ける。


それで終わりだ。


女は自らの炎に焼かれて死に絶える。


その筈だった。


「『シュタイフェ・ブリーゼ』」


だが、エリーゼの身体が燃え上がることは無かった。


一瞬で距離を詰めたエリーゼの刃がドロテーアに迫る。


首を狙った一撃に、ドロテーアは咄嗟に手で急所を守った。


ドロテーアの手が切り裂かれ、鮮血が宙を舞う。


「…まさか、あなた…魔道士じゃない?」


「マナを持たない私にはその魔法は効かない。エルケーの言った通りだったわね」


剣を向けながらエリーゼは言う。


まさか、魔法の才能が無いことが有利に働くことがあるとは思わなかった。


剣を握ったまま得意げな表情を浮かべるエリーゼ。


それを見て、ドロテーアは大きく舌打ちをして人差し指をエリーゼの顔へ向けた。


「『スキンティッラ』」


嫌な予感がしたエリーゼは咄嗟に身を屈める。


直後、ドロテーアの指先から放たれた熱線がエリーゼの頭上を通り抜けた。


「魔法一つ破った程度で、調子に乗るな」


今のはドロテーア自身のマナを使って放たれた魔法だ。


『フラムモー・ラクリマ』は強力だが、ドロテーアの魔法はそれだけではない。


「私が焼き殺して来た人間の中に、マナを持たない人間が居なかったと思う?」


魔道士でない人間にこの魔法は通用しない。


そんなことはとっくの昔に理解している。


魔女となってから五年の間、マナを持たない人間にも何人か出会った。


魔道士でない者達はドロテーア自身の炎で焼き尽くしてやったのだ。


「…戦う力のない人間も、殺したのか?」


エリーゼの表情が僅かに強張った。


魔道士でないと言うことは、戦う力を持たない一般人と言うことだ。


魔女を相手に何の抵抗も出来ない人間すら、この魔女は殺したと言うのか。


「それが何? 私達を魔女と、化物と呼んだのはあなた達でしょう? ならあなた達の望むように振る舞って何が悪い?」


幼い容姿とは裏腹に、ドロテーアの顔には深い憎悪が浮かんでいた。


燃え上がる炎よりも熱く、昏い怒り。


「燃やしたよ。男も女も! 老人も子供も! 何故って私は魔女だから! 魔女に慈悲なんてない! 魔女は容赦なんてしない! 一人残らず、焼き尽くしてやったわ!」


「…そう」


エリーゼは剣を握り直した。


静かな殺意を目に宿し、ドロテーアを睨む。


「やはりお前達は存在してはならない者だ。この手で、仕留める!」


剣を握り、エリーゼは地を蹴った。


大気中のマナを風に変え、その身は加速する。


(この魔女は、あの森で出会った魔女よりも弱い(・・)…!)


炎を放つドロテーアを睨みながらエリーゼは思う。


強力な炎の魔法に意識が向くが、ドロテーアの戦闘能力は高くない。


敵を自火させる魔法こそあるが、それ以外の攻撃魔法はシンプルで動きも見切り易い。


ほぼ一撃で敵を殺し続けてきた為か、防御も疎かだ。


そして何より…


(…さっき、首への攻撃を手で庇った)


それはつまり、その攻撃はドロテーアにとって致命傷となることを意味する。


首を刎ねられても平然としていた森の魔女とは違う。


同じ魔女でも再生能力に差があるのか、単純に積み重ねた年月の差かは知らないが、今重要なのはドロテーアの再生能力が劣ると言うこと。


エリーゼの手で殺すことが出来ると言うことだ。


「『アールデンス・クレマーティオ』」


ドロテーアは手から炎を放つ。


それは炎の津波となって、周囲の瓦礫ごとエリーゼを呑み込まんと迫った。


「『スクートゥム』」


しかし、その炎はエリーゼの前に出現した黒い盾によって防がれた。


「俺がいることを忘れるなよ、魔女ちゃん!」


「チッ!」


ギロリ、とドロテーアは忌々し気にエルケーニヒを睨んだ。


その眼が赤く染まり、視線に呪いが宿る。


「今だァ! エリーゼ!」


炎に焼かれながらエルケーニヒは叫んだ。


ハッとなるドロテーアの目の前で、エリーゼが剣を振り被る。


(マズイ…!)


エリーゼの狙いを悟り、ドロテーアは手で己の首を守った。


急所さえ守れば、多少の傷はすぐに復元する。


この一撃さえ防げば、すぐに魔法で焼き殺してやる。


「『ヴィントシュトース』」


しかし、エリーゼは剣を振るおうとしていた手を止め、構えを変えた。


剣を握った片手を引き、渾身の突きを放つ。


首を狙っているように見えたのはフェイント。


本当の狙いは…


「が…!」


ドロテーアの口から血が噴き出す。


エリーゼの刃はドロテーアの胸を突き破り、その心臓を貫いていた。

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