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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
二章
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第三十二話


「そこまでよ! 魔女!」


燃え盛る街の中、エルフリーデは叫んだ。


目の前に居るのは、幼く見える少女。


一見、逃げ遅れた子供にも見えるが、炎の中を歩きながらも火傷一つ負っていない。


こうして対峙すればハッキリと分かる。


この少女が、人間ではないことが。


「また魔道士? 本当に人間が群れるのが好きだよね」


魔女ドロテーアはうんざりしたように呟く。


これで何度目の魔道士だろうか。


「まあ、いいや。あなたが協会の魔道士なら、一つ聞きたいのだけど」


警戒するエルフリーデを余所に、ドロテーアはマイペースに告げる。


「アンネリーゼ、とか言う人間がどこにいるか知らない?」


「………」


ぴくり、とエルフリーデの眉が動いた。


それには気付かず、ドロテーアはのんびりと話を続ける。


「その人間がこの都市の教区長なんでしょう? だったら、きっと四聖人の遺体の隠し場所も知っていると思ってね。わざわざ探すよりもその人間を拷問して吐かせた方が楽でしょう? だから居場所を教えてくれないかな?」


「『イグニス・カウダ』」


返答は、燃え上がる炎の尻尾だった。


横薙ぎに振るわれた尾による一撃がドロテーアを吹き飛ばす。


小柄なドロテーアの身体は紙のように飛び、焼けた建物の中に突っ込んだ。


「舐めるな、魔女!」


怒りと殺意を燃やしながらエルフリーデは叫ぶ。


この魔女はアンネリーゼを傷付けると言ったのだ。


よりによって、自分の前で。


「この悪党が! 私の魔法で焼き尽くしてやる!」


エルフリーデは焼けた瓦礫の中に埋もれたドロテーアを睨む。


この女は敵だ。人々を虐殺した悪党だ。


何よりもアンネリーゼを狙っている。


許せない。絶対にこの手で倒す。


「…悪党?」


ガラガラと瓦礫が崩れ、その下からドロテーアが表れる。


身体に負った火傷は焼け焦げた服ごと復元されていく。


「自分達は正義だとでも? 魔女を裁く? 悪を滅ぼす? ただ数が多いと言うだけで、あなた達は神にでもなったつもり? 」


憎悪で燃えるドロテーアの眼が赤く染まる。


攻撃が来る、とエルフリーデは身構えた。


油断なく、どんな攻撃にも対処できるようにドロテーアから目を離さない。


「『フラムモー・ラクリマ』」


その判断は戦う上で正しかったが、この場に於いては悪手だった。


ドロテーアの眼が赤く光ると同時に、エルフリーデの眼も赤く変色する。


瞬間、エルフリーデの身体が内側から燃え上がった。


「あ、ああああ…!」


エルフリーデの口から掠れるような悲鳴が上がる。


眼が、頭が、全身が熱い。


生きたまま臓腑を焼かれるような苦しみ。


全身の血が沸騰するような痛み。


開いた口からも炎を吐きながら、エルフリーデは悶え苦しむ。


「燃えて死ね。人間」


ドロテーアは酷薄に告げる。


勝敗は一瞬で決した。


最早、エルフリーデに出来ることは無く、ただ苦しみながら死に絶えるのみ。


「『シュタルカー・ヴィント』」


その時、炎を吹き消すような突風が吹いた。


風の刃がドロテーアを切り裂く。


それにより魔法が中断されたのか、エルフリーデの身体から炎が消えた。


「エルケー! エルフリーデの治療を!」


炎は消えてもエルフリーデは火傷を負ったままだ。


このままでは命に関わる、とエリーゼは魔女と対峙しながら叫ぶ。


「馬鹿言うな、俺は魔王だぞ! 回復魔法なんて使えねえよ!」


「ああ、もう役立たず!」


「何ィ! 魔王にだって出来ないことくらいあるわ!」


苛立ちながら叫ぶエルケーニヒ。


そもそもエルケーニヒが得意とする黒魔法と回復の白魔法は相性が悪いのだ。


様々な魔法を習得しているエルケーニヒだが、掠り傷を治す魔法すら使えない。


「では、こちらは私が」


「アンネリーゼ…!」


二人の会話に割り込むように、アンネリーゼが告げた。


白蛇の杖を掲げ、既にエルフリーデの治療を始めているようだった。


「治療が終わり次第、私も戦います。それまでは…」


「ハッ、要らねえよ!」


エルケーニヒは両手を広げ、獰猛な笑みを浮かべる。


「…あなた、何? その姿…」


魔女であるドロテーアから見ても、全身骸骨姿のエルケーニヒは不可解なのか、訝し気な表情を浮かべている。


それに対し、エルケーニヒは少し嬉しそうな表情を浮かべていた。


「魔女か。以前は封印のせいでまともに戦えなかったが、今回は違うぜ!」


その全身から黒いマナが放出される。


息が止まるような重圧にドロテーアは眼を見開いた。


「そのマナは…あなたは、一体…?」


「俺は魔王エルケーニヒ様だ!」


黒いマナを纏ったままエルケーニヒはドロテーアへ襲い掛かる。


「『アールデンス・クレマーティオ』」


ドロテーアの手元に小さな炎が出現する。


それはみるみる内に大きくなり、炎の津波となってエルケーニヒへ襲い掛かった。


「『スクートゥム』」


身に迫る炎の波を前に、エルケーニヒは片手を突き出した。


骨の腕を軸にして、黒い結晶のような巨大な盾が出現する。


それは炎を全て弾き、ドロテーアの攻撃を防ぎ切った。


「次はこっちの…」


「『フラムモー・ラクリマ』」


「おっと…!」


反撃しようとしたエルケーニヒは、ドロテーアの言葉に再び盾を展開した。


この魔法は既に見ている。


眼から炎を放ち、敵を焼き尽くす魔法だ。


だが、エルケーニヒの生み出した盾の魔法は一切の炎と熱を遮断する。


攻撃する瞬間さえ気を付けていれば問題ない。


「さあ、今度こそ…ッ!」


瞬間、エルケーニヒは身体から熱を感じた。


肉も皮も無い己の身体が、焼けるように熱い。


「エルケー!」


エリーゼは悲鳴に近い声を上げた。


エルケーニヒの骨の手が、足が、頭が、内側から噴き出す炎に焼かれていく。


その勢いはエルフリーデの時以上で、瞬く間にエルケーニヒの手足が炭化した。


(しまった! この魔法は…!)


「『オプスクーリタース』」


ドロテーアの魔法の正体を悟り、エルケーニヒは口から暗い煙を放った。


ダメージも無い、ただの煙幕でしかない魔法。


しかし、その煙がドロテーアを覆い隠した瞬間、エルケーニヒの身体から炎が消えた。


「チッ…!」


忌々し気に舌打ちをしながらドロテーアから距離を取るエルケーニヒ。


「エルケー! 怪我は!」


「問題ない。この体は所詮、マナの塊だ。一度や二度壊された程度、何とも無い」


炭化した手足を睨みながらエルケーニヒは吐き捨てる。


「…厄介だな。実力がある魔道士ほど、不利になる魔法か」


「魔法の正体が分かったのですか?」


「ああ」


アンネリーゼの言葉に、エルケーニヒは頷いた。


「アイツの炎は奴自身のマナではなく、敵のマナを燃やしている」


「…どう言うこと?」


「俺は奴が目から炎を放っているのかと思ったが、違った。あの赤く染まった眼から放たれているのはただの火種・・。全身を焼き尽くす炎は敵のマナから発生しているんだ」


敵のマナを燃料とし、そこに着火するような魔法だ。


だからこそ炎は敵の内側から噴き出す。


当然だろう、燃えているのは敵自身のマナなのだから。


防御することは難しい。


ただドロテーアの眼を見ただけで、自身の眼に火種を移される。


眼を逸らせば火は消えるようだが、根本的な解決にはならないだろう。


「眼が合っただけでアウトだ。どれだけ魔法で防御を固めても、そのマナごと根こそぎ焼かれる。俺も、次は耐えられないだろう」


エルケーニヒだろうと、アンネリーゼだろうと、変わらない。


膨大なマナを持っていること自体が致命傷となる相手だ。


「だが」


そこで言葉を切り、エルケーニヒは視線をエリーゼへ向けた。


「お前は例外だ。エリーゼ」


「…あ」


言われて、エリーゼは気付いた。


ドロテーアの魔法は敵のマナを焼き尽くす魔法だ。


敵のマナが多ければ多い程、強力になる魔法。


逆に言えば、敵のマナが無ければ無力だ。


元よりマナを持たない相手ならば。


「…俺はサポートに徹する。エリーゼ、お前があの魔女をやれ」


「魔女を…」


エリーゼは周囲に目を向けた。


焼けた死体が転がり、嫌な臭いが周囲に漂っている。


この地獄を作り出したのはあの魔女だ。


あの魔女は、人類の敵だ。


エリーゼが憎む、魔女と同じ。


「最初から、そのつもりよ!」


一度は負けた。


森で出会った魔女相手に、エリーゼは敗北した。


だが、今回は負けない。


今度こそ、魔女を倒すのだ。

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