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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
二章
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第二十八話


人間が燃えていた。


何十と言う人間が炎に包まれ、悲鳴を上げていた。


水の中に飛び込む者も居たが、それでも火は消えることが無い。


悶え苦しむ人々を、より長く、より惨く、苦しめるようにゆっくりと焼いていく。


痛みと熱から遂に気が触れた者から、その炎は命を奪っていった。


「あはは! 何度見てもエグイ魔法だなぁ。惚れ惚れするよ」


人々の悲鳴と断末魔が響く中、魔女ザミエルは笑みを浮かべた。


まるで楽しい劇でも見ているかのように無邪気に、地獄絵図を眺めている。


「…ザミエル?」


その惨劇を引き起こしていたもう一人の魔女、ドロテーアは首を傾げた。


メルヘンチックな幼い少女には不釣り合いな光景だが、この場に居る人間達を生きたまま焼いているのはこの魔女である。


「今回の指令、皆殺しにしろとは言われてなかった筈だけど?」


「するな、とも言われてなかったから。だったら別に殺しても構わないでしょう?」


ドロテーアの顔には嫌悪感が浮かんでいた。


ザミエルのように人間を苦しめ、殺すことに悦びを感じている訳では無い。


むしろ、その逆だ。


憎しみや恨み、人間と言う存在自体を嫌悪しているからこそ、殺さずにはいられないのだ。


今のドロテーアの顔に浮かんでいるのは深い憎悪と嫌悪のみ。


他の魔女達に向けていたような人懐っこい笑みは無い。


「彼らはそれなりに優秀な魔道士だったから、生け捕りにしておけば色々と有効活用できたのに。せめて死体だけでも残していれば良かったけど…」


そう言ってザミエルは周囲を見渡す。


生き残っている者は一人も居ない。


全ての人間は黒い炎で焼き尽くされ、死体すら残っていなかった。


「笑えるね! 一人残らず灰になってるし! ヤリ過ぎじゃん!」


「………」


ザミエルの言葉にドロテーアは無言になる。


まるで叱られることを恐れる子供のように、ばつが悪そうな表情だ。


「…その、マルガ、怒るかな?」


恐る恐るドロテーアは呟いた。


ワルプルギスの夜のリーダーである魔女の名を。


「大丈夫大丈夫、マルガは怒ってないって! と言うか、ボクもマルガとは付き合い長いけど、アレが怒っている所なんて見たこと無いから!」


「そ、そう。ならよかった」


けらけらと笑うザミエルにドロテーアは安堵の息を吐いた。


「…それで、ザミエルはここへ何しに来たの?」


気を取り直し、ドロテーアはザミエルに尋ねる。


ザミエルは魔女の中で唯一転移魔法を使える為、大陸中のどこへでも飛ぶことが出来る。


だから突然現れた自体は不思議では無いが、理由も無く現れた訳では無いだろう。


「うん? 暇だったからキミを揶揄いに来ただけだけど?」


「………やっぱり私、あなたのことが嫌いだわ」


「なんちゃって! 冗談だって! 本気にしないでったら」


「………」


楽しそうに笑うザミエルを冷めた目で見つめるドロテーア。


「まあ、暇なのは事実なんだけどね。掻き集めた信奉者達は殺されちゃったし、ヘクセの方も…」


「ヘクセ?」


「おっと、これはボクとマルガの秘密だった。聞かなかったことにしてね」


口に人差し指を当てながらザミエルは悪戯っぽく笑う。


こう見えてザミエルはワルプルギスの夜ではマルガの次に古株なので、何か個人的な頼みでも受けているのだろう。


「………」


新参者であるドロテーアは、マルガに直接頼み事をされたことなどない。


まだ頼りにされていないのだろうか。


そう思うと、少しだけ悔しかった。


「まあ、とにかく。キミに面白い話を持ってきたんだけど、興味ない?」


「面白い話?」


「きっとキミも喜ぶと思うし、上手くいけばマルガも喜ぶさ」


「マルガが…」


その言葉はドロテーアにとって魅力的に聞こえた。


ドロテーアはマルガに恩を抱いている。


もっと彼女の役に立ちたい、もっと彼女に頼りにされたい。


そんな子供染みた感情が抑えきれなかった。


「…どんな話?」


ドロテーアは真剣な表情でそう告げる。


「は」


それを聞き、ザミエルは笑みを浮かべた。


悪魔のように愉し気な笑みを。








「東部で協会の魔道士を襲撃されたようです」


報告書を眺めながらアンネリーゼは呟いた。


それを聞き、エリーゼの顔に緊張が走る。


「…まさか、私達の時みたいに?」


「いえ、今回の襲撃は魔女によるものです」


「魔女…」


思わずエリーゼは拳を握り締めた。


怒りを堪えるエリーゼの隣で、エルケーニヒは顎を指で撫でる。


「…そいつは、以前森で戦ったあの魔女か?」


「いえ、恐らく違うでしょう」


エルケーニヒの言葉にアンネリーゼは首を振た。


「ワルプルギスの夜を名乗る五人の魔女は既に何度か目撃されています。今回の魔女はその中でも『渇愛の魔女』と呼ばれている魔女です」


「渇愛の、魔女?」


「魔女の中では最も新参で、ワルプルギスの夜に入ったのも五年前です」


ワルプルギスの夜の始まりは聖暦600年頃。


数百年を生きる個体も居る中で、五年しか活動していない魔女はかなり若い方だ。


「魔女狩り隊の隊長が魔女を討伐したのが十四年前ですので、その後釜に選ばれた魔女ですね」


「ってことは、魔女の中では弱い方ってこと?」


長く生きている魔女はそれだけ多くの魔道士を殺して来た実力者と言うことだ。


逆に言えばまだ五年しか生きていない魔女は弱いと言うことにならないだろうか。


「それは、どうでしょう。彼女はまだ五年しか活動していませんが、既に二百を超える人間を虐殺しています」


「二百…ッ」


「魔女の中にはあまり活動しない者もいますが、この魔女はかなり活発に活動し、より多くの人間を殺しています」


アンネリーゼは報告書に視線を向けてから告げる。


「この魔女はその残虐性と凶暴性に於いて、決して他の魔女にも劣らない危険な存在です」

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