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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
二章
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第二十七話


「…ごめんなさい。今回の件は全て私の責任です」


一夜の戦いの後、エリーゼ達から報告を受けたアンネリーゼは心から謝罪した。


黒魔道士のふりをした復讐者達の計画。


最初から協会の人間を殺すつもりの罠だった。


もっと早くに気付くべきだった。


相手がただの野良魔道士ではないと気付いていたなら、戦闘経験の少ない魔道士を送ることは無かった。


そうすれば、若い魔道士達が死ぬことも無かっただろう。


「…アンネリーゼの責任ではないわ。奴らが狡猾だっただけよ」


頭を下げるアンネリーゼを庇うようにエリーゼは言った。


まさか、黒魔道士の真似事をする人間がいるなんて誰も予想できなかった。


ただ協会の人間を殺す為だけに、無関係の人間を手に掛ける冷酷さ。


そんな計画を実行する程の憎悪。


例えマギサの教区長がアンネリーゼでなかったとしても、結果は変わらなかっただろう。


「その通りです。アンネリーゼさんに責任はありません」


「…?」


共に報告に来ていたエルフリーデの言葉にエリーゼは首を傾げた。


彼女が自分に同意してくれるとは思わなかったのだ。


「責任があるとすれば、それは調子に乗って他の魔道士達を巻き込んだ私にあるでしょう。私が安易な判断で声を掛けなければ彼らも死ぬことはありませんでした」


「………」


本当にどうしたのだろう、この人。


目上であるアンネリーゼに敬語を使うのはまだ分かるが、それにしたって態度が丁寧過ぎないか。


普段の傲慢さはどこかに消え失せ、やたら謙虚に喋っている。


「あなたにも責任はありませんよ、フリーデ。むしろ、よくやってくれました。あなたが居なければ恐らく誰も生き残ることは出来なかったでしょう」


「い、いえ…私など…その…」


アンネリーゼの言葉にエルフリーデはらしくもなく、狼狽える。


純情な少女のように顔を赤くし、視線を泳がせていた。


明らかに様子が変だ。


「アレはホだな。ホの字だな」


それを眺めていたエルケーニヒはニヤニヤと笑いながら告げる。


「ホ?」


「…好きだってことだよ。彼女が教区長を」


首を傾げるエリーゼの隣で、テオドールは呆れながら言った。


「…アンネリーゼは女よ?」


「愛は自由だ。性別も年齢も関係ないのさ」


言葉が理解できないような顔で呟くエリーゼにエルケーニヒは自慢げに言う。


そんな二人を見て、テオドールは小さく息を吐いた。


「いやいや、多分アレはそう言うアレじゃないと思うけど」


「じゃあ、どういうこと?」


「…噂によると、エルフリーデ嬢は幼い頃に母を亡くしているらしいんだ」


テオドールはやや声のトーンを落としながら告げる。


「エルフリーデ嬢の父はかなり厳格な人物らしくてね。彼女は幼い頃から今まで一度も褒められたことがないらしい」


「………」


何となく、エルフリーデがあのような性格になった理由が見えた気がした。


エルフリーデは自身の実力を誇示することに拘り、他者に認められることを求めている。


それは誰からも褒められず、認められずに生きてきた人生が影響しているのだろう。


「そして彼女はこのマギサで教区長と出会った。自分の努力を認めてくれる相手に」


「…なるほどなぁ」


エルケーニヒはそう呟き、エルフリーデへ目を向けた。


アンネリーゼの称賛に照れながらも嬉しそうに笑う姿。


その姿はまるで、親から褒められる子供のようだった。


「家族愛。あの嬢ちゃんが求めていたのは母性か」


「そう言うこと。きっと彼女が君を嫌うのもそれが理由だよ」


アンネリーゼはエリーゼの義母だ。


血の繋がりは無いが、親であることには変わりない。


エルフリーデにとって、それは喉から手が出る程に羨ましかったのだろう。


「つまり嫉妬か。ははは、年頃の女らしい所もあるじゃないか」


「…それを向けられる方は笑い事じゃないけどね」


呆れたように息を吐きながら、エリーゼは言う。


まさか敵視される理由は自分ではなく、アンネリーゼだったとは。


何とも理不尽な話だ。


「…それはそうと、お前はどうしてそんなことまで知っているんだ? エルフリーデとは親しいのか?」


「いや、直接会ったのは初めてだよ。俺は耳が良くてね、色々と情報が集まってくるのさ」


そう言ってテオドールは自身の耳を指差した。


テオドールの魔法は音の魔法。


それを応用すれば、他者の会話を盗み聞きすることも容易いのだろう。


「魔女狩り隊のこともその耳で聞いたのですか?」


「…ええ、その通りですよ」


急に話しかけられて少し驚きながら、テオドールはアンネリーゼに答えた。


さっきまでエルフリーデと話していた筈だが、いつから聞いていたのだろう。


「アンネリーゼ、魔女狩り隊の話は本当に…?」


「…残念ながら、そう言う噂があることは私も聞いていました」


アンネリーゼは悲し気に顔を歪めて告げた。


あくまで噂だ。


当然だろう、流石に大っぴらにそんなことが出来る筈がない。


魔女や黒魔道士の討伐だけならともかく、その可能性があると言うだけで村一つ滅ぼすのはどう考えてもやり過ぎである。


「今回の一件を聞く限り、噂は真実だったようですね」


「…魔女狩り隊の隊長は、確か魔女討伐を達成した英雄だったわよね?」


確認するようにエリーゼは言う。


直接会ったことは無いが、魔女の一人を討伐した凄腕の魔道士だと聞いている。


意味も無く村人を虐殺するとは思えないが。


「…恐らく、魔女狩り隊を暴走させているのは隊長ではなく、ヘクセの教区長でしょう」


ヘクセとはマギサから見て南西にある都市だ。


魔道協会の支部が置かれており、そして魔女狩り隊の本拠地がある都市である。


そしてそこの教区長は魔女狩り隊の指導者でもある。


「彼らが暴走する限り、犠牲者は増える一方です。早く何とかしなくては」


「………」


エリーゼはため息をついた。


魔女だけでも厄介なのに、同じ人間同士で争ってはいられない。


(…そう言えば)


結局、最後のアレは何だったのだろう。


追い詰められた黒衣の男が使用した謎の丸薬。


アレを使用してから黒衣の男のマナが増大した。


あの黒いマナはまるで…


(魔女の…)








同じ頃、大陸のどこかにある深い森の中。


日の光の差し込まない自然の迷宮の奥に、朽ちた神殿があった。


森の動物すら寄せ付けない異質な建物。


そのひび割れた床に並べられた石の椅子に座るのは、数人の女達だ。


「皆に会うのも久しぶりだね。元気してた?」


最初に声を上げたこの場で最も幼く見える少女だった。


年齢は十二歳くらいだろうか。


飴を模した髪飾りを付けたクリーム色の髪の少女だ。


板チョコのような柄のワンピースを纏っており、靴にも同様の模様がある。


どこかメルヘンチックな風貌だが、その右手には不似合いな黒い手形のような模様が浮かんでいた。


見た目相応に子供っぽい笑みを浮かべて周囲を見渡している。


純粋に再会を喜んでいるようだった。


「前に会った時は私がワルプルギスに入った時だから……五年ぶりかな? とにかく久しぶり! みんなが無事で嬉しいよ!」


「ああ、こちらこそ。ボクもキミが無事で嬉しいよ、ドロテーア」


メルヘンチックな少女、ドロテーアに言葉を返したのは道化の恰好をした女だった。


「キミは五年前にワルプルギスに入ったばかりの新参者。知らぬ内にキミが殺されてないかとボクはいつも心配していたのさ」


「…私、ワルプルギスのみんなのことは好きだけど、意地悪なあなたのことは嫌いだよ」


頬を膨らませ、不機嫌そうにしながらドロテーアは言う。


「それは残念。ボクはキミのそう言う素直でガキっぽい所が結構好きなのに」


「むむぅ!」


ケラケラと笑いながら挑発する女の言葉に、ドロテーアはますます頬を膨らませた。


「…私、もう帰っていいかな? 家族にご飯をあげないといけないから」


そんな二人のやり取りを眺めていた緑のドレスの女、ナターリエは面倒くさそうに言う。


「…そうですね。私も暇では無いですし、本題に入りましょうか」


ナターリエの言葉に最後の一人が頷く。


それは、女神のような神々しさすら感じる美貌の女だった。


左頬にはドロテーアと同様の黒い手形の模様があるが、女の美貌を損なうことは無い。


他の女達も美しい容姿をしているが、彼女の美貌は群を抜いていた。


清貧を表したような清楚で質素な布の服に身を包んでおり、服装自体は地味な印象を受ける。


装飾品の類は一切付けていないが、落ち着いた物腰も合わさってどこか高貴な雰囲気を受ける女だった。


「ザミエル様。あなたの計画が失敗したと言うのは本当ですか?」


「…ああ、本当だよ。失敗も失敗、大失敗さ! 苦労して掻き集めた魔女の信奉者達も協会の魔道士に残らず返り討ちさ! 笑えるよね!」


けらけらと他人事のように笑いながら道化の女、ザミエルは言った。


「やっぱり協会を憎んでいるからって才能の無い魔道士を集めたのが失敗だったかな? 次はもっと選別しないといけないかなー?」


「…人の命を物のように言うのはよくありません」


「おや? 随分とお優しい言葉だね。シャルロッテはいつから魔女をやめて聖女になったのかな?」


「聖女を名乗る気はありません。ですが、魔女には魔女の規律があります」


ザミエルの皮肉に女、シャルロッテは告げる。


「魔女に規律なんてある訳ないだろう? ボク達は人間を殺す為に生きているのに」


「殺戮は手段の一つであって、目的ではありません」


「は」


ザミエルは失笑を浮かべた。


他者の神経を逆撫でるような嘲笑ではなく、嫌悪を顔に浮かべている。


ドロテーアを揶揄っていた時とは異なり、本気でシャルロッテが嫌いなようだ。


「ワルプルギスの夜には守るべき規律があります。あなたはあの信奉者達に血を与え、何を企んでいたのですか?」


「サービスだよ、サービス! 彼らの頑張る姿が最高に笑えたから、ちょっと協力してあげようかなと思って血を丸薬にしてプレゼントしただけじゃないか!」


「…彼らを実験台にして『六人目の魔女』を作ろうと考えていたのではないですか?」


シャルロッテはザミエルの顔を睨みながら告げた。


「あなたは…」


そこまで言いかけて、シャルロッテは言葉を止めた。


神殿の奥。


暗い闇の向こうから一人の女が歩いてきた。


「………」


それは『魔女』と言う言葉に相応しい人物だった。


黒い三角帽子を被った女だ。


顔立ちは整っているように見えるが、帽子を深く被り、目元を隠している。


先端に時計が付いた杖を握り、幾つもの数字が不規則に描かれたローブを纏っていた。


髪の色は燃え尽きたような灰色で腰の辺りまで伸ばしている。


黒い手形の模様は全身に広がっており、不気味に蠢いていた。


「シャルロッテ。ザミエルのことは放っておくがいい」


「マルガレーテ様、しかし…」


「二度言わせるな」


冷たい石のような冷淡な言葉に、シャルロッテは口を閉じた。


マルガレーテは帽子で隠れた視線を他の魔女達へ向ける。


「私はお前達を支配する気は無い。魔女の力は与えたが、その力は既にお前達の物だ。好きなように使い、好きなように生きるが良い」


感情の込められていない無機質な声だった。


その眼に映る全てに何の期待も希望も抱いていないかのように。


「だが、私と交わした契約だけは忘れるな。計画の成就。その妨げとなることだけは許さん」


警告するように告げ、マルガレーテは同胞である魔女達を見渡した。


「今年は聖暦1000年。そろそろ計画を実行に移すとしよう。各々殺し、穢し、役目を果たせ。己が悲願を遂げる為に」

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