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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
二章
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第二十六話


「エルフリーデ。魔法はあと何発撃てる?」


「馬鹿にするな! もうマナは完全に回復した! 使い方に気を付ければ一晩中だって戦えるわよ!」


「…頼もしいわね」


エリーゼは苦笑を浮かべた。


マナとは魔道士の生命力のような物である為、休息を取ればある程度は回復する物だが、流石に早すぎる。


その有り余る才能故だろう。


自慢するだけのことはある。


「だったら一発強力な魔法を撃って。その隙に私が止めを刺す」


「私に命令するな!」


「…じゃあ、お願いします。エルフリーデ様」


「ふん!」


やや棒読みで告げたエリーゼの言葉に、エルフリーデは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「…最初からそう言えば良いのよ」


背中に炎を背負いながらエルフリーデは襲撃者達へ視線を向けた。


どうやらやってくれるらしい。


少し拍子抜けしながら、エリーゼは合わせるべく構えを取る。


「『イグニス・カウダ』」


燃え盛る竜の尾が振るわれた。


横薙ぎの炎は襲撃者達を包み込み、全てを焼き尽くしていく。


「無法『シュタルカー・ヴィント』」


その炎から抜け出した僅かな生き残りに風の刃が襲い掛かる。


炎に怯んだ隙を突いた一撃に、襲撃者達は成すすべくなく切り裂かれる。


炎と風の同時攻撃で襲撃者達が残らず倒れていく。


「『ウンブラ・ラーミナ』」


「ッ!」


炎の中から飛び出した黒い刃にエリーゼは咄嗟に身を屈める。


ギロチンのような形を持った黒い斬撃はエリーゼの頭上を通過し、背後の木々を両断した。


(身体強化だけではなく、遠距離魔法まで…)


エリーゼは身構えながら炎の中を睨みつける。


炎を振り払い、黒衣の男が現れる。


「…身を焼かれるのは初めてでは無いのでな」


焼け焦げた黒衣の下から爛れた皮膚を覗かせながら、男は平然と告げた。


炎と風によって絶命した仲間達を一瞥し、小さく息を吐く。


「遂に俺一人か……付き合わせて悪かったな、お前達」


既に死した仲間達に謝罪を告げながら、黒衣の男は懐から何かを取り出す。


それは、赤黒い丸薬だった。


(…何、アレ)


エリーゼは不審そうにその丸薬を見つめた。


一見、ただの丸薬に見えるが、エリーゼの眼には異常が映った。


それは小石よりも小さいような大きさなのに、大量のマナを宿していた。


どす黒いマナを凝縮して結晶化したような物体だった。


「だが、俺達の復讐は無価値では終わらせない。せめてお前達ぐらいは道連れとさせてもらおう」


そう言って黒衣の男は丸薬を口に含み、噛み砕いた。


瞬間、男の身体から膨大なマナが放出される。


「あ、ア…アアアアアアアアアアアッ!」


絶叫する男の眼と口から黒い液体が血のように流れ出る。


「何…? コイツ、何を飲んだの?」


「マナの塊みたいな物だった。多分、アレは…!」


動揺するエルフリーデとエリーゼの前で、男は腕を振り上げた。


その手に握られたナイフが黒く染まる。


「『ウンブラ・ラーミナ』」


それが振り下ろされると同時に、無数の黒い刃が放たれた。


ギロチンのような形の刃は男を中心に全方位へ無差別に放たれる。


(数が、多い…!)


咄嗟に回避行動を取るが、刃の数が多過ぎる。


どこへ逃げても刃に触れてしまう。


躱し切れない。


「『フィールム・インテルフィケレ』」


だが、無数の黒い刃は網目のように張り巡らされた糸によって全て切断された。


「…マナの移植か、馬鹿なことをしやがる」


「エルケー!」


「緊急事態につき、実体化したぞ。文句は後回しだ」


エリーゼ達を守る為に糸を展開したエルケーニヒは淡々と告げた。


「…あのさ、俺の見間違いじゃなかったら、目の前に骸骨顔の死神が見えるんだけど」


顔を引き攣らせながら、テオドールはエルケーニヒを指差した。


「………」


それに対し、エルフリーデの反応は意外と薄かった。


無言でエルケーニヒの顔を睨んだ後、視線を黒衣の男へ向ける。


「よく分からないけど、敵じゃないなら今はいいわ。アンタが誰であれ、この私に協力しなさい!」


「はははッ! この俺を見てその反応かよ。しかも命令形! ますます気に入った! お前のことが本気で好きになりそうだよ!」


「痩せた男は好みじゃないわ」


「いやいや!? もっと他に言うことがあるだろう!?」


意外と相性が良かったエルフリーデとエルケーニヒに対し、割と常識人のテオドールは思わず叫ぶ。


それに苦笑を浮かべながら、エリーゼは黒衣の男へ顔を向ける。


「エルケー。アイツの動きを一瞬でも止められる?」


黒衣の男は絶叫しながら周囲に黒い刃を放ち続けていた。


眼と口から黒い血を流す顔に知性は残っておらず、完全に正気を失っている。


身に余るマナによって暴走していた。


「糸を付ければ体は操れるが、あの黒い刃をどうにかしないと糸が届かないな」


黒衣の男の周囲には黒い嵐が吹き荒れている。


近付く者全てを切り裂く刃の嵐は、エルケーニヒの糸でも突破できないだろう。


「じゃあ、私が奴の刃を焼き払う。奴まで届くかは分からないけど、糸を付ける隙はできる筈」


「よし。それで行こう」


エリーゼの言葉に二人は頷き、前に出た。


「『フランマ・スピーリトゥス』」


エルフリーデは呪文を唱え、大きく息を吸い込む。


吸い込んだ空気と共に体内のマナを吐き出す。


それは竜の如く、炎の息となって黒衣の男の身を包み込んだ。


無差別に放たれ続けていた黒い刃が止まり、男の動きが止まる。


それは一瞬のことですぐに男の身体は動き出した。


「『フィールム・インペリウム』」


しかし、それで十分だった。


矢の如く放たれた糸は男の身体に絡みつき、その肉体を支配する。


再び男の身体が動きを止めた。


「これで、終わり!」


剣を手にしたエリーゼは地を蹴り、一瞬で距離を詰める。


狙うのは首。


膨大なマナを得ようと、人間である限り弱点はそこしかない。


刃が奔り、首を断ち切る。


「…アデーレ」


その首が落ちる時、エリーゼは誰かの名を聞いた気がした。


それは殺された恋人か、故郷と共に滅ぼされた家族か。


「………」


その意味を知る者は、もうどこにも居なかった。

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