第二十五話
「『無法』」
エリーゼは剣を振り上げ、周囲のマナに意識を集中する。
大気中のマナが渦巻き、剣へ収束していく。
「『シュタルカー・ヴィント』」
振り下ろされる剣から三つの斬撃が放たれる。
風を切り裂きながら飛ぶ斬撃は、襲撃者を二人両断した。
(一人、躱した…)
「『ペース・パンテーラ』」
斬撃を躱した男は囁くような声で呪文を唱える。
瞬間、男の足が光に包まれ、その動きが加速した。
「ッ!」
(身体強化魔法…!)
追い風を操ることで加速するエリーゼと似ているが、系統が異なる魔法だ。
脚力を強化した男は手にしたナイフを構えながら、エリーゼへ迫る。
「『ポテスタース・レオー』」
ガキィン、と金属同士がぶつかる音が響いた。
何とか剣で受け止めたエリーゼの顔が苦し気に歪む。
(重い…! コイツ…)
見ると、男の足だけではなく、腕も光に包まれていた。
一度目は足を、二度目の呪文は腕を強化したのだろう。
(他の奴らとは実力が違う。コイツがリーダーか…!)
「…頭でっかちなインテリ共なら、不意打ちで簡単に殺せると思っていたのだがな」
夜闇に溶けるような黒装束に身を包んだ男は呟く。
ナイフを引き、飛び跳ねるようにエリーゼから距離を取った。
「考えが甘かったようだ。だからこんな無様を晒している」
顔を覆い隠す黒いフードの中から赤い瞳がエリーゼを見ていた。
「奇襲は失敗し、仲間は殆ど殺された。敵はたった三人のガキだと言うのにな。全く魔法使いと言う存在は理不尽なものだ」
「そう言う貴方も魔法を使うようだけど? 協会で禁じられている黒魔法を」
その男が黒魔法が使えないことをエリーゼは知っていたが、敢えてそう告げた。
黒魔道士でないこの男達が黒魔道士のように振る舞う理由を探る為に。
「黒魔法、か」
男は自嘲するように小さく笑った。
「黒魔法を使ってはならないと誰が決めた? 黒いマナを宿して生まれてはならないと誰が決めた? 神か? それとも世界か?」
フードの下から覗く赤い瞳に殺意と敵意が宿る。
「違う。断じて違う。お前達、協会の人間が勝手に決めただけだ。神様気取りで人を裁く為に」
男のフードが外れる。
その下から現れたのは、酷い火傷に覆われた醜悪な顔だった。
ただの火傷ではない。
あの傷は…
(…拷問の跡)
熱した鉄を押し付けられた跡だ。
殺す為ではなく、嬲る為に付けられた傷だ。
「黒魔道士のふりをしていれば、協会は必ず魔道士を送り込むと思っていた」
「………」
黒魔道士でない人間達が黒魔道士のように振る舞う。
それはこの為だったのか。
最初から協会の人間を誘き出すつもりで、無関係の人々を虐殺したのか。
黒魔法に興味など無く、この状況こそが彼らの目的。
「あの魔女狩り隊が嬉々としてやってくると思っていたのだがな。当てが外れたよ」
「…まさか、貴方は魔女狩り隊に」
「焼かれたよ。自分の顔も、故郷の村も、恋人さえも」
「そんな筈…」
エリーゼはその言葉が信じられなかった。
魔女狩り隊とは、魔女を殺す為の魔道士の部隊だ。
実際に魔女の討伐にも成功している協会の最高戦力部隊だった筈。
それがどうして、魔女でも無い人々を虐殺するのか。
「…多分、黒魔法だ」
エリーゼの疑問にテオドールは苦々しく呟いた。
「魔女狩り隊は魔女のみならず、黒いマナを持つ者は全て異端として処刑している。いずれ魔女になる可能性がある、と言う理由で」
「…その通りだ。俺の恋人は生まれつき黒いマナを宿していた。それが、全てが焼かれた理由だよ」
黒いマナを宿している。
ただそれだけで魔女狩り隊にとっては罪なのだろう。
その本人も、それを庇った人々も、村ごと全て焼き尽くす程に。
「…彼女は黒魔法を使ったことは無かった。自分に黒いマナが宿っていることさえ、知りもしなかった。断じて…! 断じて魔女などでは無かった…!」
男はナイフを振り上げる。
ナイフに付けられた魔石が輝き、男の身体からマナが吹き荒れる。
怒りと悲しみ。
そして何よりも深い憎しみがその瞳には宿っていた。
「…ッ」
周囲の者達の目にも同じ感情が宿っていた。
彼らは皆、被害者なのだ。
魔女狩りと言う理不尽によって全てを失い、復讐を誓った被害者達だ。
「『ペース・パンテーラ』」
ドン、と地面を踏み砕き、男の身体が加速する。
動揺するエリーゼの首を掻っ切ろうと、そのナイフを振るう。
普段なら反応できる一撃だが、動揺からエリーゼの反応が僅かに遅れた。
「…しまっ」
「死んで詫びろ、協会の魔道士共!」
そして、その数秒の間にナイフはエリーゼの首まで迫っていた。
防御しようと剣を動かすが、間に合わない。
「『イグニス・カウダ』」
その時、二人の間に割り込むように鞭のような炎が放たれた。
竜の尾のような形をした炎はしなりながら、男のナイフを焼き尽くす。
「チッ…!」
ドロドロと溶けていくナイフを捨て、男は距離を取った。
「何をボサッとしている! 死にたいの!」
「え、エルフリーデ?」
背から炎の尾を出しながらエリーゼの隣に並び、エルフリーデは叫んだ。
「ほんの少し相手の事情を聞いただけで剣が鈍るとか、やっぱりアンタは無能ね!」
「な…」
「アイツから全てを奪ったのは協会かもしれないけど、その後アイツだって無関係の人間を何人も殺しているのよ? ならとっくにアイツは被害者ではなく、加害者なのよ!」
堂々とした表情でエルフリーデは男を睨む。
「同情する価値無し! さっさと殺すべきよ」
「………」
呆然とエリーゼはエルフリーデの顔を見ていた。
言っていることには一理あるが、そこまで簡単に割り切れるだろうか。
彼がああなった原因が協会にあるとすれば、少しは責任を感じるものではないのか。
「ぷっ、はははははははは! ああ、良いこと言うねェ! コイツのこと好きになってきたわ!」
今まで黙っていたエルケーニヒはゲラゲラと笑い出した。
エリーゼ以外の人間には聞こえないことを良いことに、遠慮なく大声を上げている。
あまりエルフリーデには良い印象を抱いていなかったが、今の発言は心から同意した。
「エリーゼ、お前は悩み過ぎだ。もっとシンプルに考えな。お前やお前の大切な人を殺そうとする敵が目の前に居る。お前はただ、それを殺すだけだ」
「…それはシンプルすぎると思うけど」
そう言いながらもエリーゼはエルケーニヒの言いたいことを理解した。
迷っていれば自分が死ぬ。他の人々殺される。
ならば相手にどんな事情があっても、倒すしかないのだ。




