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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
二章
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第二十四話


「『ソヌス・ペディウム』」


周囲を見渡しながらテオドールは魔法を唱える。


ステッキ状の杖から放たれた音符型の光がエリーゼとエルフリーデの耳に触れた。


「周囲の音が大きく聞こえるようになる魔法だ。自分に近付く足音もよく聞こえる筈」


「………」


エリーゼは無言で自身の耳に手を当てる。


前方から迫る者が二人、そして背後からこちらを狙う者が一人。


まだ暗闇で姿は確認できないが、その足音がハッキリと分かった。


「『ヴィルベルヴィント』」


その場で回転し、エリーゼは迫っていた襲撃者を纏めて斬り捨てる。


致命傷を負って倒れる死体を確認してエリーゼは息を吐いた。


「なるほど、便利な魔法ね。貴方、意外と凄い魔道士だったのね」


「…俺としては一瞬で三人の男を斬り捨てた君の方が怖いけどね」


感心するようなエリーゼの言葉に、テオドールはドン引きしていた。


強い。強すぎる。


魔道士としてはそうでも無いのかもしれないが、実戦経験が自分達とは桁違いだ。


考えてみれば、エリーゼは協会に所属する為に異端狩りを一年以上続けていると聞く。


経験と言う意味では、自分達より数段上なのだろう。


「…まあ、とにかく。俺は攻撃魔法はさっぱりだから、戦いは君に任せるよ」


「任せなさい。位置さえハッキリすれば、何人居ようと敵ではない」


その言葉を証明するように、エリーゼはまた一人の襲撃者を切り伏せた。








「………」


エルフリーデは目の前の状況が信じられなかった。


あの女は、魔道士ではない。


マナすら持たない無能者だった。


そのくせ、教区長アンネリーゼに取り入り、協会に居続けようとする愚か者だった。


「…ッ」


エリーゼが異端狩りをしていることは知っていた。


有名な話だった。


無能な女が、魔道士の名に憧れて無駄な足掻きをしていると。


だが、自分は本当に理解していたのだろうか。


魔法も使えない無能者が、魔道士も時に苦戦する異端狩りを一年以上も続けたことを。


「………」


本来、協会に所属するのに異端狩りを行う義務はない。


魔法の研究など、何らかの形で協会に貢献することが出来れば、それは免除されるのだ。


異端狩りや魔女狩りは専門の部隊が行う。


一般の魔道士はそもそも戦う必要性が薄いのだ。


それでも、中には異端狩りを行う者はいる。


魔法の実験目的だったり、力の誇示の為だったり、理由は様々だが、自ら望めば異端狩りの任務を行うことは可能だ。


今回集められた魔道士達は、そんな人間ばかりだった。


己の実力を過信し、弱いクリーチャーや黒魔道士を魔法で嬲り殺しにすることを好む者達。


エルフリーデもその内の一人だった。


自分よりも弱い悪を一方的に殺すことのみ考え、正義感と自尊心を満たすことしか考えていなかった。


自分が殺されることなんて思いもしなかった。


殴ったら殴り返されることさえ、考えていなかったのだ。


「…エリーゼ」


エルフリーデは己のマナを回復させながら、慣れたように襲撃者達を屠っていくエリーゼを見つめた。








「エリーゼ。気付いているか?」


(…エルケー)


声を掛けてきたエルケーニヒに対し、エリーゼは心の中で答える。


(ええ、何か変だわ。こいつら…)


襲撃者の振るうナイフを剣で受け、弾き飛ばしながらエリーゼは彼らを睨む。


マナを見透かすエリーゼの眼には、彼らの身体から漂うマナの色が見えていた。


黒魔道士が一人(・・・・・・・)も居ない(・・・・)


そう、襲撃者達の中に黒いマナの持ち主が一人も居なかった。


この任務は二十人を超える黒魔道士の一団の討伐である筈なのに、黒魔道士が一人も居ないのだ。


これは一体、どう言うことなのか。


「エリーゼ、何か気になることでもあったのかい?」


考え込むエリーゼに気付いたのか、テオドールは声を掛けた。


「…あの襲撃者達。マナが黒い奴が一人も居ないのだけど、どう思う?」


自分だけで考えても答えは出ないと思い、エリーゼは素直に疑問を口にした。


テオドールは一瞬、エリーゼの質問が理解できないような顔を浮かべた。


「マナの、色…? 魔法も使っていないのに、他人のマナの色が見える筈ないだろう?」


そして、当然のようにそう答えた。


今度は逆にエリーゼの方が理解できないような顔を浮かべる。


「え?」


「…え? まさか、君は魔法を使っていない相手のマナの色が見えるのかい?」


「見えない、ものなの?」


「普通は見えないよ! 魔法を使う為に本人が放出しているならともかく、普段無意識に放っているマナってかなり薄いから目には見えない筈さ!」


「………」


知らなかった。


今まで魔道士と殆ど交流しなかったから気付かなかった。


と言うか、エルケーニヒも普通に見えていたような…


「知らなかった。当世の魔道士は目の前に居る相手のマナも分からないのか」


「………」


そうだった。こいつも普通では無かった。


マナと魔法を扱うことに関しては右に出る者の居ない魔王だった。


つまり、同じ眼を持つエリーゼはマナの扱いに関しては魔王に匹敵する才能を持つと言うことだ。


大気中のマナを操る『無法』が使える理由も、この才能が関係しているのかもしれない。


「…とにかく、それは置いておくとして。アイツらの中に黒魔道士が居ないのは事実よ」


「それはおかしいな。実際に彼らは他の黒魔道士と同じように怪しげな実験や儀式を行っている。被害が出ていたから協会から任務を出した訳だからね」


「………」


協会の言葉に嘘は無い筈だ。


教区長のアンネリーゼもそこに疑問は抱いていなかった。


だから事実として連中は黒魔道士として振る舞っている。


実際は黒魔法なんて使えないのに。


「取り敢えず、向かって来る奴は全部返り討ちにしよう。後から気になることがあれば、俺が死体に聞いてやる」


(…それは絶対にやめて。私の前で黒魔法を使うことは許さないわ)


「その方が簡単なのに」


特に悪気なく、エルケーニヒは残念そうに息を吐いた。


躊躇いなく皆殺しを勧め、その死体を蘇らせて喋らせると告げた男の言葉とは思えない。


普段の言動から勘違いしそうになるが、この男の倫理観はゼロなのだろう。


「なら仕方ない。面倒だが、何人かは生け捕りにしよう」


(そうするか。急所を外せば死なないでしょう、多分)


そしてあっさりとそんな考えをするエリーゼも、エルケーニヒに負けず劣らず倫理観が薄かった。

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