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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
二章
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第二十三話


「ふあぁ…眠ィ」


夜も更けた頃、魔道士の男はあくびをしながら見張りをしていた。


焚き火の前に座り込み、周囲を見渡している。


先程交代したばかりだが、既に退屈になってきた。


「つーか、見張りなんてする意味あるのか?」


うんざりしたように男は呟く。


こんな深夜に森の中をうろつく人間が居る筈がない。


黒魔道士達も今頃は洞窟で怪しげな儀式でもしているだろう。


わざわざ朝まで交代で見張る必要があるとは思えなかった。


「…ん?」


その時、森の中で何か音が聞こえた。


小枝が砕けるような小さな音だった。


「…動物でも居たのか?」


首を傾げつつ、男はそう考えて焚き火へ視線を戻した。


まだ十分も経っていないが、眠気が限界になってきた。


もうサボって寝てしまおうか、と思いながら瞼を閉じる。


「ッ!」


瞬間、闇の中から伸びた手によって男の口が塞がれた。


驚く間もなく、もう片方の手に握られた短剣が男の首を掻っ切る。


「が…あ…」


呻き声を上げ、男は血溜まりに沈んだ。


あまりにも呆気なく、男は絶命した。


「…まずは一人」


それを見下ろしながら影はそう呟いた。








「エリーゼ。エリーゼ、起きろ!」


「…何? もう交代の時間?」


「周りを見ろ!」


寝ぼけながら身を起こしたエリーゼはエルケーニヒの言葉に周囲を見渡した。


暗闇の中、足音と悲鳴が聞こえる。


焚き火の明かりに照らされて、血塗れの死体が見えた。


「敵襲ッ…!」


状況を理解すると同時にエリーゼは地面に置いていた剣を取る。


魔女に折られた剣の代わりに用意した、前よりやや小振りな剣だ。


それを素早く抜き放ち、背後から迫っていた影に向かって振るう。


「ぐ…」


胴を斬り捨てられた影が地に沈んだ。


「…こちらの作戦がバレていたみたいね」


周囲を警戒しながらエリーゼは息を吐いた。


状況は最悪だった。


暗闇に紛れて何人もの男達が奇襲を仕掛けている。


魔道士達の半数は寝込みを襲われて死んだ。


何とか攻撃される前に目を覚ました者も、視界の悪さからパニックになり、自滅したり同士討ちしたりして死んでいる。


エリーゼを除いてこの場には九人の魔道士が居た筈だが、もう何人残っているか分からない。


敵の数は少なくとも二十人以上。


この視界の悪い状況ではエリーゼでも危険だ。


「『フランマ・スピーリトゥス』」


その時、暗闇を照らす赤い光が放たれた。


それは燃え盛る炎だった。


炎は襲撃者達を呑み込み、その悲鳴ごと焼き尽くす。


地面が燃え上がり、明るくなった場所にエルフリーデが立っていた。


「影に隠れた卑怯者共! この程度の小細工でこの私が殺せるとは思わないことね!」


声高らかに叫びながらエルフリーデは周囲を睨みつけた。


「…エルフリーデ。生きていたのね」


周囲の襲撃者を斬り捨てながらエリーゼは呟く。


何となく真っ先にやられそうな印象だったが、意外とそうでもないようだ。


次々と炎の魔法を放ち、襲撃者達を燃やしている。


「燃えろ燃えろ! 薄汚い黒魔道士が!」


敵を焼き尽くしながらエルフリーデは叫ぶ。


一撃で死んだ相手にも何度も魔法を放ち、その死体まで灰に変えている。


奇襲を受けたこと、そして仲間である魔道士を殺されたことで、エルフリーデも冷静さを失っていた。


怒り、焦り、驚き、恐れ、様々な感情をごちゃ混ぜにしながら魔法を放ち続ける。


「『フランマ・スピーリトゥス』」


襲撃者達に向かってエルフリーデは自身の得意とする魔法を放つ。


呪文を唱えてから大きく息を吸い、体内のマナと共に吐き出す。


それは竜の如き呼吸。


全てを焼き尽くす炎の吐息だ。


炎は襲撃者達を隠れた木々ごと焼き払い、その身を灰に変える。


「…ッ」


それを見届けた時、エルフリーデは表情を変えた。


眩暈がする。


呼吸が上手くできない。


(しまった。マナ切れ…!)


立ち眩みを感じながらエルフリーデは舌打ちをした。


魔法を使い過ぎた。


体内のマナが枯渇しかけている。


何とか呼吸を整え、マナを回復しようと精神を落ち着かせる。


「―――」


しかし、襲撃者達がその隙を見逃す筈が無かった。


ナイフを握り締めた襲撃者がエルフリーデの背後から迫る。


回復に集中しているエルフリーデは死角から迫る敵に気付かない。


襲撃者のナイフがエルフリーデの喉へ振るわれた。


「『シュタイフェ・ブリーゼ』」


瞬間、襲撃者のナイフはその腕ごと宙を舞った。


腕を失って動揺する襲撃者の首を、次の一撃が刈り取る。


「な…エリーゼ!」


自分が助けられたことに気付き、エルフリーデは声を上げる。


「アンタの助けなんて必要ない! 私を誰だと思って…!」


「今はそんなことどうでもいい。状況を見ろ、頭良いんでしょう?」


「ぐっ…!」


淡々と告げられた言葉に、エルフリーデは唸る。


言い争いなどしている場合ではない。


それはエルフリーデも理解していた。


「もう生きているのは私達しかいないのだから、喧嘩していたら殺されるだけよ」


「………」


苦虫を嚙み潰したような表情でエルフリーデは黙り込む。


何故そこまで嫌われているのか理解できず、エリーゼは息を吐いた。


どうしたものか、と周囲を警戒しながらエリーゼは考え込む。


「あのー、俺も生きているんだけど」


「貴方は…テオドール、だっけ?」


恐る恐る手を上げた男を見て、エリーゼは言う。


とっくに死んでいると思っていたが、どうやら無事だったらしい。


「戦いなんて嫌いだけど、流石にそうも言ってられないね」


「…ちなみに、どんな魔法が使えるの?」


「攻撃魔法は全く。音に関する魔法なら幾つか使えるけど」


「じゃあ、奴らの居場所を探知できる?」


「足音を調べることは出来るよ」


「よし」


エリーゼは大きく頷いた。


戦力としては不足だが、今の状況では欲しい能力だった。


これならば何とかなりそうだ、とエリーゼは笑みを浮かべた。

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