第二十一話
「合同任務? また?」
アンネリーゼの部屋にてエリーゼは、首を傾げながらそう呟いた。
一階の受付ではなく、わざわざ最上階まで呼び出されて告げられたのは次の任務の話だった。
「マギサから北西へ半日ほど歩いた所にある洞窟で、黒魔道士の一団が目撃されたのです。実力はそう高くないようですが、数が多いので何人か魔道士を編成して向かって貰おうかと」
「それは分かるけど、何で私も?」
エリーゼは訝し気な顔をしながら言う。
前回はゲルダとの合同任務だったが、基本的にエリーゼに与えられるのは単独任務だ。
他の魔道士が受けないような雑用や、誰もやりたがらないような任務ばかり回ってくる。
「魔女相手に生き残ったことで、エリーゼの実力が認められたのですよ」
「………」
笑みを浮かべながら告げるアンネリーゼに、エリーゼは眉を動かした。
「私に気を遣う必要なんてないわよ。アンネリーゼ」
「…失礼しました」
浮かべていた笑みを消し、アンネリーゼは小さく頭を下げた。
「どうせ、私の嘘を暴くとか何とかうるさい奴がいるんでしょ?」
自嘲するような失笑を浮かべながらエリーゼは言う。
エリーゼが魔女相手に生き残った事実は確かに広まっている。
だが、それを本気で信じている者は殆ど居ない。
大半の魔道士はエリーゼが実力を偽る為に嘘をついたと考えている。
その中でも質の悪い人間が、エリーゼを任務に入れるように仕向けたのだろう。
「私の方で任務を拒否することは出来ますが…」
「それをしたら嘘だと認めるようなもの、か」
今回の任務は敵の人数こそ多いが、それほど難しい任務ではない。
それすら拒否するようなら、やはり魔女相手に生き残れる筈がないと。
「いいわ。詳しい内容を教えて」
「いつの世も、人間関係ってのは面倒臭いな」
目的の洞窟へ向かう途中、エルケーニヒはうんざりしたように呟く。
「自分は自分。他人は他人だろう。どうしてそう割り切ることが出来ないのか」
「人は一人で生きていけないからじゃない?」
どうでも良さそうにエリーゼは言った。
もう慣れている、と言う感じだった。
蔑まれ、疎まれることには慣れている。
教区長のアンネリーゼと繋がりがあることで、妬まれることすらある。
他者から悪意を向けられることにはもう慣れた。
「………」
エリーゼは無言で顔に付けた白い面に触れた。
他の魔道士と任務を行う為、今回は身に着けることにしたのだ。
顔が見られないと言うのは、想像以上に気持ちが楽になる。
コレがあればどんな悪意にも理不尽にも耐えることが出来るのだ。
「…そろそろ着くわね。分かっていると思うけど、話しかけて来ないでよ」
忠告するようにエリーゼは言う。
エルケーニヒの存在を知られたら、ただでさえ悪い立場が最悪になる。
アンネリーゼにも迷惑をかけてしまうだろう。
「了解。内緒話する時は、また糸をお前に付ける」
エルケーニヒの指先から一本の糸が垂れる。
それを見てエリーゼは顔を顰めた。
「…その糸、前に私を操った糸と同じじゃないでしょうね」
「違うから安心しろ。と言うか、もうあんなことする理由は無いし、意味も無いわ」
ひらひらと手を振るエルケーニヒに息を吐きながら、エリーゼは大人しく背中に糸を付けた。
「遅い! アンタが一番最後よ」
集合地点に辿り着いたエリーゼに真っ先に声を掛けたのは、魔道士の女だった。
年齢は十八歳くらいだろうか。
黒い髪を持つが、その前髪だけは赤く染めている。
頭には竜の角を模した特徴的な飾りをつけ、両手には黒い爪のような形の籠手を着けていた。
杖は持っておらず、代わりに魔石が埋め込まれたペンダントを胸元に提げている。
その性格を表すような自信に満ちた笑みを浮かべていた。
(…げ。いきなりコイツか)
エリーゼはその女の顔を見て露骨に嫌そうな顔をしたが、仮面に隠れて見えなかった。
「…エルフリーデ。貴女が今回の任務のリーダーなの?」
「当然でしょう? マギサに私以上の天才魔道士がいるかしら?」
竜角の女、エルフリーデは笑みを浮かべて告げた。
自分の実力に絶対の自信を持っている笑みだった。
周囲には何人か他の魔道士もいるが、誰も声を上げることは無い。
それがこの場に於いての上下関係を表していた。
「…随分と自信家だが。口だけでは無いようだな」
エルケーニヒはエルフリーデの顔を眺めながら呟く。
その身から放たれるマナの色は赤と緑。
比率としては赤が多く、量は他の魔道士達の倍以上だ。
その態度に相応しい実力を持っていることは間違いないだろう。
「今、作戦会議中よ。アンタも参加しなさい。役には立たないと思うけどね」
ニヤリと嫌味な笑みを浮かべてエルフリーデは言った。
(…もう帰りたい気分になってきたわね)
少し憂鬱になりながらエリーゼは素直に言う通りにしたのだった。




