第二十話
「エルケーはどんな魔法が使えるの?」
夕食の買い出しに街を歩きながらエリーゼは呟いた。
「俺か? 基本的には黒魔法専門だな」
ふわふわと宙に浮かんでいたエルケーニヒはそう答える。
骨の指先から黒いマナがチラつく。
「見ての通り、俺のマナは黒一色だからな」
「と言うことは、二色のマナを掛け合わせる複合魔法は使えないってこと?」
あまり魔法に詳しくないエリーゼだが、単一魔法と複合魔法の違いくらいは知っている。
単一魔法よりも、複雑で強力なのが複合魔法だ。
「二色のマナの掛け合わせだけが複合魔法じゃない。同じ色のマナを掛け合わせることで威力を底上げする複合魔法もある」
「そうなの?」
「俺が何度か黒だけの複合魔法を使っていただろう」
言われてみれば、邪教団の時もアンネリーゼの時も使っていたような気がする。
「魔道士が唱える呪文には意味がある。例えばフィールム。これは『糸』を意味する」
エルケーニヒの指先から細い糸が伸びる。
コレが単一魔法。
一つの呪文による魔法はマナの消耗が少ないが、威力も低い。
「次にインテルフィケレ。これは『殺す』と言う意味だ」
「フィールムとインテルフィケレ…」
糸の呪文と殺傷の呪文。
二つの意味ある言葉を掛け合わせることで『殺傷能力を持った糸』と言う強力な魔法を作ったのだ。
「呪文の習得自体は然程難しくは無いが、それを掛け合わせ、自分だけの魔法を生み出してようやく一人前の魔道士と言えるだろう」
「…ゲルダも似たようなことを言っていたわね」
「あの娘は単一魔法しか使えないからな」
マナを利用した呪文の重ね掛けにより、複合魔法に匹敵する魔法を使っていたが、それでも効率が良いとは言えない。
単一魔法よりも複合魔法が優れていると言って良いだろう。
「魔道士と戦う時は注意しておけ。複合魔法を唱えている場合は、その魔道士が切り札を使おうとしている時なのだからな」
「そうね。分かったわ」
エリーゼは納得したように頷いた。
「………」
頷きながら、その視線がエルケーニヒの手に向けられる。
何も握られていないその手に、エリーゼは訝し気な顔を浮かべた。
「…前から気になっていたんだけど、エルケーって杖を使わないのね」
「杖? ああ、そう言えば当世の魔道士は皆使っているな」
言われて思い出したようにエルケーニヒは呟く。
「杖は魔道士の必須道具よ。マナを流し易い魔石と言う宝石を埋め込み、触媒とすることで己のマナを魔法に変換しやすくする魔道具…だったかな」
「何だうろ覚えか?」
「仕方ないでしょう。一応協会では習ったけど、私には関係ないと思って」
少し拗ねたようにエリーゼは言った。
本来協会から支給される杖も、エリーゼは貰っていないのだ。
杖についても、破壊すれば魔法が使えなくなる、と言うことだけ理解していればそれで十分だった。
「杖が無くとも、己の手足を触媒とすれば魔法は使える。まあ、多少はコツがいるが」
あっさりと言いながら指先にマナを集めるエルケーニヒ。
恐らく、言うほど簡単では無いのだろう。
忘れがちだが、この男は魔の道を極めた魔王なのだから。
「しかし、木の杖を持って戦うなんて簡単に折れてしまいそうだが」
「別に木の杖じゃなくても良いのよ。魔石さえ埋め込んでいれば、それがどんな物であっても杖として機能するから」
重要なのはマナを魔法に変換する魔石なのだ。
それ以外の部分はおまけに過ぎない。
「ヘクセの魔女狩り隊は銀の十字架型の杖を使っているらしいし」
「…何だその、物騒な名前の部隊は」
「魔道協会は元々、異端の魔道士を排除する為に生まれた組織だから。第一級異端である魔女に対抗する戦力も存在するのよ」
エリーゼのように低級の黒魔道士やクリーチャーのみを狩る異端狩りではない。
魔女と真っ向から戦う為の魔道協会の最高戦力部隊だ。
「今の魔女狩り隊の隊長は、実際に魔女を一人討伐しているらしいわ」
「あの魔女を、か」
エルケーニヒも認める化物である魔女を殺した魔道士。
顔も名も知らない相手に、エルケーニヒは興味が湧いた。
「一度会ってみたいな。そいつの使う魔法を見てみたい」
「…言うと思ったけど、会いたいからって会える相手ではないわ」
呆れたようにエリーゼは言う。
最初に興味を持つ所がその人物の人格ではなく、魔法であることがエルケーニヒらしい。
「…それは残念だ」
本当に残念そうにエルケーニヒは息を吐いた。




