第十九話
「『シュタイフェ・ブリーゼ』」
エリーゼは木刀を握り、地を蹴る。
同時にエリーゼの背には追い風が起き、その速度は風を超えた。
「………」
木刀を振り抜いた体勢のまま、エリーゼは無言で立ち止まる。
やはり、効果が増している。
大気中のマナを意識するようになってから、一度に扱える力の量が増えた気がする。
「………」
この力をもっと理解すれば、より多くの力を引き出せる筈だ。
そうすれば、エリーゼの剣は誰にも負けない。
黒魔道士にも、あの魔女にも、勝つことが出来る。
この力があれば…
「…ッ」
そこまで考えて、エリーゼの脳裏にエルケーニヒの姿が過ぎった。
慢心は駄目だ。
同じ失敗を繰り返す者は、無能以下の愚か者だ。
自分のせいで誰かが傷付くなんて二度とごめんだった。
(…強くならないと)
道は見つかった。
あの恐ろしい魔女達にも通じる道が。
ならば、あとはその道を突き進むだけだ。
もう誰にも負けたくないから。
もう誰も失いたくないから。
「魔法ならぬ、無法と言ったところか」
「…何?」
訓練を行うエリーゼの耳に、エルケーニヒの声が響く。
額の汗を軽く拭いながらエリーゼは顔を向けた。
「使う者の殆ど居ない技術とは言え、名前は要るだろう。白でも黒でも無い、目に見えない大気中のマナを操る魔法。無色の魔法。故に、無法」
「…ふふ」
エルケーニヒの言葉にエリーゼは不敵な笑みを浮かべた。
「悪くないわね。魔法が使えない魔道士。型破りな私にピッタリじゃない」
満更でもなさそうにエリーゼは笑う。
魔法使いならぬ無法使い。
小難しい魔法を唱えるよりも、剣で首を刎ねることを好む自分らしい響きだ。
「最近気付いたことだが、今の時代は俺の時代よりも大気中のマナが濃いようだ。それはつまり、お前の使う『無法』も俺の時代よりも強力だと言うことだ」
「へえ、そうなの」
「無法を極めれば、案外化けるかもしれないな」
興味深そうに笑みを浮かべながらエルケーニヒは言った。
「何だか嬉しそうね」
「嬉しいさ! 未知とは宝だ。俺の知らない魔法なんて、見るだけで心が躍る!」
好奇心が刺激されたのか、エルケーニヒは興奮した様子で叫ぶ。
ケタケタと歯を鳴らす骸骨の姿は不気味だが、エリーゼは以前ほど恐ろしく感じなかった。
「…ねえ。私は、強くなれるかな」
「なれるとも。魔道士の強さはマナの量だが、お前の強さは大気中のマナ全てだ。その技術を磨けばどこまでも強くなれる」
「…あの魔女より?」
「む…」
エルケーニヒはその言葉に口を閉じた。
不可能とは言わないが、簡単に頷くことは出来ない問いだった。
「…前に、アンネリーゼが親代わりだと言ったでしょ?」
「ああ、言ったな」
「私の本当の両親は、十年前に殺されたの…私がまだ、八歳の時よ」
エリーゼは表情の無い顔で告げた。
様々な感情を押し殺したような顔だった。
「相手は、魔女だった。見たことも無い魔法を使って、お父さんとお母さんを私の目の前で殺した」
「………」
エルケーニヒは何も言わなかった。
同情も憐憫も口にはしなかった。
それでも、八歳の子供が目の前で両親を殺された事実に何も感じない訳では無かった。
僅かに表情が険しい物に変わる。
「だから魔女が…いや、魔道士が嫌いなのか」
「…そうね。魔女も魔道士も嫌いよ。人を傷付ける魔道士は大嫌い」
「なるほど」
魔道士嫌いなエリーゼが、どうして魔道協会に固執するのか疑問だったが、そう言う理由があったのか。
協会から与えられる異端狩りは協会に所属する為の条件であり、同時にエリーゼの目的でもあった。
エリーゼの両親を殺した魔女を見つける為には、どこよりも魔女の情報が集まる魔道協会に所属している必要があったのだ。
「私は強くならないといけない。両親の仇を討つ為に」
「………」
「だから貴方も協力して。この無法について知っていることは全部教えて。私が強くなる為に、貴方の力を貸して」
以前、エルケーニヒに力を与えると言われた時、エリーゼは拒否した。
両親を殺した魔女と同じ魔法を使うことを嫌っていたからだ。
だが、実際に魔女と遭遇してその考えは甘えだと気付いた。
手段を選んでいる余裕なんて無かった。
あの化物を倒す為には、魔法も無法も使う必要があった。
「私に出来ることなら何でもする。だから、両親の仇を…あの魔女を殺すまで協力して!」
「………」
エルケーニヒは無言でエリーゼの眼を見た。
その眼は真剣だった。
言葉に嘘は一つもない。
もしエルケーニヒが仇の魔女を殺した後に死ねと言えば、躊躇いなく命を差し出しそうだ。
「何でもする、か。魔王相手に軽はずみな発言は、後悔することになるぞ」
ニヤリ、と悪魔のような笑みを浮かべてエルケーニヒは言った。
「…良いだろう。俺の知識と力。全てお前に貸そう」
「本当に?」
「だが、それはお前の仇を殺すまでだ。復讐を終えたら、今度は逆にお前が俺に全てを捧げる番だ…文句はないな?」
「それでいいわ。ありがとう、エルケー!」
笑みを浮かべてエリーゼは頭を下げた。
心から嬉しそうに笑うエリーゼに、エルケーニヒは少し戸惑う。
笑う顔を見たのは、初めてかもしれない。
いつも不機嫌そうで余裕がない様子だったが、年相応に笑うことも出来るようだ。
「…うん? エルケー?」
「エルケーニヒだと長いから、エルケーって呼ぶわ。別にいいでしょ?」
「まあ、別に構わんが…」
何だか急に態度がフランクになってないだろうか。
結構脅したつもりだったのだが、理解しているのか。
まるで気にした様子もなく、まるで友達相手だ。
(アンネリーゼと言い、コイツと言い、当世の女は強かだな)
苦笑を浮かべつつ、エルケーニヒはそう思った。




