第十七話
「東の森に魔女が!? それは、本当ですか」
「こんなことで嘘はつかない」
マギサに戻った二人はすぐにアンネリーゼに報告へ向かった。
協会の受付にも伝えているが、直接アンネリーゼにも報告しておいた方がいいと思ったのだ。
「………」
エリーゼは森で遭遇した魔女を思い出す。
森の中で人知れずクリーチャーを作っていた魔女。
マギサからそう離れていないあの森でそんなことをする理由など、一つしかない。
「…この街を襲うつもりだったのですか」
「恐らくね」
魔女とは、災害のような存在だ。
その気まぐれによって殺された人間など、星の数ほど居る。
何より魔女は『悲劇』を好む。
千年の歴史で起きた幾つもの悲劇は、その全てに魔女が関わっていた。
「…それで、魔女はどうなりましたか?」
「そこに居るゲルダの魔法で氷漬けになったわよ」
エリーゼはそう言って緊張した様子のゲルダに視線を向けた。
「お礼を言うのを忘れていたわね。ありがとう、ゲルダ」
「い、いえ、私なんかは…その…ずっと戦っていたのはエリーゼさんですので…」
恐縮するようにゲルダは顔の前で手を振る。
「それでも貴女が居なければ私は死んでいた。貴女は命の恩人だわ」
「あ…」
心から礼を言うエリーゼの顔を見て、ゲルダは手を止めた。
命の恩人。
自分の魔法で、誰かを助けることが出来たと理解し、笑みを浮かべる。
救われたエリーゼ以上に、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「すぐに調査隊を送りましょう。二人共、ご苦労様でした」
アンネリーゼの言葉を聞き、二人は部屋から出ようと背を向ける。
「…エリーゼ。少し残って貰えますか」
「わかったわ。またね、ゲルダ」
「は、はい」
言われるままにエリーゼは立ち止まり、ゲルダだけが階段を降りていく。
その足音が完全に聞こえなくなった頃、アンネリーゼは口を開いた。
「…彼はどうなりましたか?」
「………」
エリーゼは無言のまま、アンネリーゼを見つめた。
「…死んだ。私を庇って敵に喰い殺されたわ」
「それは…」
「分かっている。私が死ねば、アイツも消えるからでしょ? そんなことは本人から聞いてる」
何か言いたげなアンネリーゼの言葉を遮り、エリーゼは暗い表情で告げる。
あの行動は利己的な物であり、エリーゼの為では無かった。
エルケーニヒが情に流された訳では無く、彼は冷酷な魔王のままだった。
だが、それでも…
「…お礼くらいは、言った方が良かったかな」
結果的に、命を救われた。
その代償に、エルケーニヒは再び死ぬことになった。
だったらせめて、礼くらいは伝えるべきだったとエリーゼは後悔したのだ。
「エリーゼ、あの…」
「だから、分かっているって。こんなことは無意味だって…」
「いえ、そうじゃなくて、あのですね…」
「…?」
何だかアンネリーゼの反応がおかしいような気がする。
沈痛な表情を浮かべるエリーゼを、何か言いたげに見つめていた。
チラチラとエリーゼの顔を見つめ、それからその後方に視線を送っている。
「さっきから、何を…」
「お礼を言いたいなら今でも受け付けてるぞ。遠慮なく感涙に咽び泣け!」
「…へ?」
聞き覚えのある声が、そして今は聞きたくない声が聞こえた気がした。
バッと振り返るエリーゼの眼に、見慣れた白骨男が映る。
「な、何で生きているんだー!? お前ー!」
「魔王は死なない。少なくとも、物語の序盤では」
意味の分からないことを堂々と語るエルケーニヒ。
それに対し、エリーゼは口をパクパクするだけだ。
「今の俺は魂だけだからな。骨の肉体をマナで作ってはいるが、それを壊されても死にはしない」
「だったら言いなさいよ! もっと早く!」
「いや、肉体を再構築した頃には戦いが終わっていたものだから、気まずくてな! 街に戻る二人の後ろでタイミングを見計らっていました! ごめんね!」
「こ、コイツ…!」
何の悪気も無い謝罪にエリーゼの額に青筋が浮かぶ。
今にも剣を抜きそうな様子に、アンネリーゼは息を吐いた。
「落ち着きなさい、エリーゼ。態度は少々どうかと思いますが、彼があなたの命を救ったことには変わりないでしょう」
「で、でも!」
抗議するように叫ぶエリーゼをアンネリーゼは穏やかに宥める。
以前エリーゼはアンネリーゼを親代わりと言ったが、その二人の態度は確かに親子のように見えた。
「魔王エルケーニヒ、私からも礼を言います。エリーゼを救ってくれてありがとう」
「…礼とか、やめろよな。お前、何だか白き聖女に似ていて気味が悪い」
「そんなことを言われても、私にとっては褒め言葉にしか聞こえませんよ」
クスクスと小さく笑いながらアンネリーゼは言う。
そんな態度も白き聖女を彷彿させるのか、エルケーニヒは嫌そうに顔を歪めた。
「…あなたの封印を、少し緩めておきます」
「お?」
「アンネリーゼ、本気?」
予想外の言葉にエルケーニヒは声を上げ、エリーゼは顔を向ける。
「いざと言う時にエリーゼを守ってもらわなければなりませんからね」
「魔王が騎士の真似事か。お前、面白いことを言うな」
ケラケラと笑うエルケーニヒ。
馬鹿にしているような態度だが、それほど機嫌が悪いようには見えなかった。
「構わんぞ。俺も少し、この娘に興味が湧いてきたことだしな」
意外にもエルケーニヒは快く頷いた。
その骨の手をアンネリーゼへ伸ばす。
「交渉成立ですね」
アンネリーゼは微笑を浮かべてその手を握った。
同じ頃、東の森にて。
巨大な氷塊に閉じ込められた魔女の前に、一人の女が立っていた。
「………」
それは、一言で言えば派手な女だった。
外見年齢は十六歳くらいで大人と子供の中間くらい。
赤と青が入り混じる独特な髪を持った女だ。
瞳の色も髪同様で左が赤、右が青の色をしている。
黒と白のダイヤチェックの衣装を纏い、爪先が尖った靴を履いていた。
顔は白塗りで左頬にはハート、右頬にはスペードのタトゥーを入れており、全体的に左右非対称で、アンバランスな印象を受ける風貌をしている。
「全然連絡が無いから、心配して来てみたら…」
道化染みた容姿の女は悲し気に氷漬けとなった魔女を見上げる。
「…こんなの、笑えないよ」
言葉を掛けても、魔女は答えない。
氷漬けとなった身体はぴくりとも動かない。
「う…うう…どうして、こんなことに…」
道化の女は顔を手で覆う。
その小さな肩が震えていた。
「う…う………く…く、ふふ」
肩を震わせたまま、道化の女は顔をゆっくりと上げる。
「ぷっくっく…あは! あははははは! ゴメン、嘘! 笑える! めちゃくちゃ笑える! 何で氷漬けになってんの! あはははははははは!」
目元に涙すら浮かべ、道化の女は大声を上げて笑った。
悲しみなど欠片も無く、無様な姿を晒す魔女を嘲笑っていた。
「―――」
ピシリ、と氷塊に小さな亀裂が走る。
嘲笑を続ける女の前で、段々と亀裂は大きくなっていった。
「…うん?」
それに気付いた女の笑いが止まる。
次の瞬間、氷塊が内側から砕け散った。
「………」
砕けた氷を踏みつけながら、魔女は無言で女を見つめる。
その身体にはまだ僅かに氷が付着しているが、傷は全て塞がっていた。
「良かった! 無事だったんだね! ボク、心配していたんだよ!」
先程まで嘲笑していたと言うのに、道化の女は平然とそう告げる。
「キミの実力はよく知っているけど、キミって短気で頭が悪いからさ! 挑発に乗ってうっかり殺されちゃったんじゃないかって、ボク心配して…」
「うるさい」
魔女は不機嫌そうに道化の女を睨み、短く言った。
「私は、お前が嫌いだ」
「そうなの? ボクはキミのそう言う素直で正直な所、好きだけどなー」
「………」
「仲良くしようよ。同じ魔女として長い付き合いなんだしさ」
「いやだ」
きっぱりと告げて、魔女は道化の女から目を逸らした。
女は困ったように息を吐き、肩を竦める。
「まあいいや。ボクはもう戻るよ。キミの様子を確認しに来ただけだからね」
道化の女は笑みを浮かべて、魔女へ手を振った。
その姿が歪み、周囲の風景ごと空間が捻じ曲がっていく。
「それじゃバイバイ、ナターリエ」
そう告げると共に、道化の女は捻れた空間に呑み込まれ、消えていった。
「………」
それを忌々し気に睨んだ後、魔女…ナターリエもその場から立ち去った。




