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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
一章
16/112

第十六話


「『シュタルカー・ヴィント』」


振り下ろされた剣から風の斬撃が放たれる。


その数は一つではなく、三つ。


周囲のマナを吸い込んだ風の斬撃が同時に三つ放たれ、魔女を狙う。


「くっ…!」


咄嗟に回避するが、躱し切れたのは二撃まで。


三撃目の斬撃が魔女の肩を掠め、血が噴き出す。


「また私に、傷を…!」


「傷一つで怒っている場合か?」


エリーゼは酷薄な笑みを浮かべて剣を振るう。


その折れた剣は魔女に届かないが、剣に纏う風が魔女の身を切り刻む。


魔女の身体に傷が増えていき、段々と魔女のドレスが赤く染まっていく。


「…凄い。エリーゼさん、魔女を追い詰めてる」


それを眺めながらゲルダは呟いた。


完全にエリーゼの優勢だった。


周囲のマナを全て掌握したエリーゼは、魔法を使いこなしていた。


元々魔法抜きでも高い身体能力を持っているエリーゼの力が、魔法を得たことで更に強化されている。


「………」


援護しようと向けていた杖を静かに下ろす。


最初から自分の援護など要らなかったのだろう。


エリーゼは魔女と一人で戦える程の実力を持っていたのだから。


自分など居ても居なくても一緒だったのだ。


そう思うと誇らしい反面、少しだけ寂しかった。


「…?」


二人の様子を眺めていたゲルダはふと、首を傾げた。


エリーゼに追い詰められる魔女のドレスは切り裂かれ、血で滲んでいるのだが…


(…傷が、減っている?)


服は破れ、血で汚れているのに、皮膚に刻まれた傷だけが消えていた。


治癒の魔法だろうか。


しかし、治癒の白魔法と黒魔法は相性が悪い筈。


(アレは…一体…?)


疑問が頭を支配するゲルダ。


その答えを教える者は居なかった。


「『シュタイフェ・ブリーゼ』」


眼にも留まらぬ速度で駆け抜けるエリーゼの刃が魔女を切り裂く。


今のエリーゼは風そのものだ。


振るう剣からは風の刃を生み出し、その身は追い風によって加速する。


魔女はそれを目で追うことすら出来ず、ただ刻まれるだけだ。


「はははは!」


自然と笑いが零れた。


コレが魔法か。魔法の力か。


生まれて初めて使う魔法に心が躍る。


いや、今までも無意識の内には使っていたのだろうが、これ程では無かった。


この高揚感と万能感。


コレがあれば、もう誰にも負けない。


「この…!」


「『シュトゥルムヴィント』」


振り下ろされた魔女の右腕に対し、エリーゼは剣を振るう。


両手で握った剣による薙ぎ払うような一撃は、獣化した魔女の腕を斬り飛ばした。


「ぐ、あ…!」


肩から先を失い、魔女の顔が苦悶に歪む。


「止めだ…!」


その隙を見逃さず、エリーゼは魔女の首へ剣を振るう。


狙いは狂わず首は両断され、魔女の頭部が流血と共に地面に転がった。


頭部を失った魔女の身体が動きを止める。


これで…


「馬鹿が! 油断するな、エリーゼ!」


「…え?」


エルケーニヒの怒声が響く。


それと同時に、頭部を失った魔女の身体が動き出し、左腕をエリーゼへ向けた。


メキメキと音を立てて、左腕が狼の首へと変化する。


大きく開かれた狼の牙は、呆然とするエリーゼの首へと…


「…チッ、蘇ってからこんなのばかりだな」


狼の牙は、エリーゼには届かなかった。


代わりに、間に割り込んだエルケーニヒの身体が狼の牙が貫かれている。


咄嗟にエルケーニヒに突き飛ばされたエリーゼは、それを信じられないように見上げる。


「そんな顔をするな。どのみちお前が死ねば、俺は消える。俺は俺の為にこうしただけだ」


バキバキ、とエルケーニヒの骨の身体を狼の牙が噛み砕く。


「…逃げろ、エリーゼ。魔女とか言う存在は、俺の想像以上だったらしい。お前では勝てん。今すぐ逃げるんだ」


「で、でも…」


「…いいから逃げろ。分かった、な…」


バキン、と言う致命的な音と共にエルケーニヒの胴体が砕け散る。


残ったエルケーニヒの身体もボロボロと崩れ、塵となって霧散した。


「あ、あ…」


言葉が出ない。


エルケーニヒは決して好ましい人物では無かったが、それでも自分のせいで死んだ者を見て何とも思わない程、エリーゼは薄情な人間では無い。


頭が真っ白になり、何も考えることが出来ない。


「よくも、やってくれたな」


地面に転がった頭が浮かび上がり、魔女の首へ癒着する。


首の傷がメキメキと音を立てて塞がっていく。


(復元能力…?)


体中の傷が、独りでに修復されている。


これは治癒と言うよりは、復元だ。


首を斬られて死亡しても、本人の意思すら無視して自動的に元の状態に戻す能力だ。


(………)


首を断っても死なない存在を相手を、どう殺せばいい。


傷を負わせても次の瞬間には何も無かったように復元する相手と、どう戦えばいい。


何も出来ない。


人間では、魔女に勝てない。


(…ごめん)


小さな謝罪を心の中で呟く。


自分を庇って死んだ相手に。


折角守ってくれたのに、結局死んでしまうことに。


「『ヒエムス』」


その時、エリーゼの耳に少女の声が聞こえた。


「『ヒエムス』」


もう一度、同じ言葉が繰り返される。


エリーゼはゆっくりと声の方を向いた。


「『ヒエムス』」


杖を構えたまま、ゲルダは三度目の言葉を呟く。


タクトのような小さな杖の先端が冷気が放たれている。


「『ヒエムス』」


四度目の魔法。


言葉を繰り返す度、杖から放たれる冷気は段々と強くなっていく。


(…まだだ。まだ足りない)


己に宿るマナを注ぎながら、ゲルダは杖を握り締める。


魔法の重ね掛け。


常人より多くのマナを持つゲルダだからこそ出来る荒技だ。


負担は増えるが、ただ単一魔法を放つよりも強力になる筈。


マナのコントロールが下手なので、時間が掛かってしまうけれど。


(…私が、やるんだ)


首を斬っても、あの魔女は殺せない。


エリーゼではあの魔女に止めを刺せない。


だから、ここは自分の出番だ。


自分がエリーゼを助けるんだ。


「『ヒエムス』」


五度目の魔法。


マナが逆流し、杖を握るゲルダの手が凍り付く。


あまりの冷たさに杖を放しそうになるが、必死で堪える。


(何の為に魔道士になったんだ! 私の力で、誰かを傷付けない為に! この力で誰かを助ける為に! 魔道士になったんじゃない!)


杖を魔女へ向ける。


放つのは冷気の魔法。


本来なら水を凍らせる程度の力しか無いが、これだけ重ねれば人間すら凍らせる力を発揮できる。


「『エダークス・ブラキウム』」


だが、魔法が放たれるよりも先に魔女は左腕を振るった。


ゲルダの魔法を脅威と見たのか、狼の首に変化した左腕がゲルダに迫る。


魔法が完成するよりも、狼の牙がゲルダの首に届く方が先だろう。


「させない!」


「ッ! お前…!」


瞬間、狼に変化した魔女の左腕が宙を舞った。


エリーゼの刃が魔女の左腕を斬り飛ばしたのだ。


魔女はすぐに両腕を復元しようとするが、その時ゲルダの魔法が完成した。


「『ヒエムス』」


極寒の風が放たれる。


魔女の全身が白く染まり、凍り付いていく。


「こん、な…ことで…!」


それが最後の言葉だった。


魔女の全身は氷漬けになり、完全に動きを停止した。

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