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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
一章
15/112

第十五話


「………」


エリーゼは無言で自身の剣を見下ろす。


刀身の半ばから先が折れてしまった剣。


まだ武器として使うことは出来るが、リーチは半減してしまった。


「…話が違う。緑魔道士は、本体が弱点なのではなかったの」


思わず、エリーゼの口から愚痴が零れる。


クリーチャーの使役が基本戦法故に、直接戦闘は苦手な筈だった。


肉弾戦も平然と行えるなど、聞いていない。


(…どう言うことだ? 緑魔法は生命の創造。既に完成された生命を変化させることは不得手の筈)


エルケーニヒは訝し気な顔を浮かべ、魔女を見つめていた。


肉体を変化させたり、強化したりする魔法はエルケーニヒも知っている。


だが、それは青魔法の筈。


緑魔法だけで、人間の肉体をあそこまで変化させることは不可能だ。


(…魔女だから、魔法の性質が違うのか? 何だか妙な感覚だ。コイツ、人間では無いのか?)


「心無いケダモノ共め! 私が喰い殺してやる!」


魔女は叫びながら、狼の首に変わった右腕を振り回す。


地面も、木々も、触れた物全てが喰い千切られ、消失していく。


「ケダモノは、どっちよ!」


折れた剣を振るいながら、エリーゼは魔女の攻撃を回避し続ける。


「人食い狼を作って森に放していたのは、貴女の方じゃない!」


エリーゼは思わず叫んでいた。


まるで被害者のような魔女の態度に腹が立ったのだ。


確かに魔女の生み出したクリーチャーを殺したのはエリーゼだが、そもそもこのクリーチャー達が異端認定されたことには理由がある。


「貴女の生み出した狼達が近くの村を襲って何人もの村人が喰い殺されたのよ。それでも貴女は何とも思わないのか!」


「………」


エリーゼの言葉に、魔女は攻撃の手を止めた。


口を閉じ、表情の無い顔でエリーゼを見つめる。


「人間が殺されたから、何なの?」


「…何?」


「人間なんて放っておいても勝手に増えるじゃない。どうせ生きていたって何も生み出さない命なのだから、獣の餌になった方が有意義だと思わない?」


魔女は平然と告げた。


それは、挑発や開き直りでは無かった。


本気で、心からそう考えている表情だった。


価値観が違う。致命的な程に。


「ッ…」


言葉が通じない。


理解が出来ない。


目の前に立っている生き物は人の形をしているが、人間とは根本的に異なる存在だ。


「話は終わりよ。早く死ね」


魔女は殺意と共に右腕を振るった。


「『シュトゥルムヴィント』」


それに対し、エリーゼは足を止め、横に薙ぎ払うように剣を振るう。


両手で握った剣は魔女の右腕を僅かに傷付けるが、それだけだった。


(…硬い)


剣が折れて威力が半減しているとは言え、人間の胴体くらいなら両断する威力がある一撃だ。


だがそれでも、変質した魔女の右腕を斬ることは出来ない。


「…エリーゼ。一つ良いことを教えてやろう」


「こんな時に何! 戯言なら後にして!」


「良いから聞け。大事な話だ」


大きく開いた狼の口を躱し続けるエリーゼに、エルケーニヒは告げる。


「エリーゼ。お前は魔法使いだ」


「………はぁ?」


思わず足を止めそうになる程、意味の分からない言葉だった。


意味が伝わなかったことを理解したのか、エルケーニヒは改めて口を開く。


「言葉を変えよう。お前は魔法を使っている(・・・・・・・・)


「…どう言う、意味?」


言い直されても意味が分からなかった。


エリーゼは魔法が使えない。


エリーゼには魔法の才能が無い。


そんなことはエリーゼ自身が誰よりも分かっていた。


「お前が剣を振るう時、周囲のマナが減少している。お前は自分のマナを使うことは出来ないが、周囲のマナを掻き集めることで魔法が使えるんだ」


人間離れした移動速度。


風の刃を放つ斬撃。


どちらも単なる技術とは思えない。


「そんなこと…」


誰にも、言われたことは無かった。


同じ協会の魔道士にも、アンネリーゼさえも、気付かなかった。


「周りが気付かなかったことも無理はない。俺の時代にも失伝しかけていた技術だ。何せ、効率が悪いからな! 大気中の薄いマナを掻き集めるより、自分のマナを使う方が何倍も強力だからな! 要領の悪いお前だからこそ、この技術に辿り着いたのだろうな!」


「褒めてるんだか、貶しているだか分からないわよ! さっきから何が言いた…っと!」


怒りから思わず振り返りそうになったエリーゼのすぐ隣を、魔女の右腕が抉り取った。


餌を喰い損ねた狼の口がガチガチと悔し気に歯を鳴らす。


「知識とは、何よりも力となる。お前は今、お前自身の力を知った。意識的にマナを掻き集めてみろ。今までよりも使える力が増える筈だ」


「………」


言われるままにエリーゼは意識を集中させる。


視界に入るマナの色が分かる。


エルケーニヒや魔女が放つマナだけではなく、大気中に漂う薄いマナの色さえも。


その全てを掻き集め、自らに取り込む姿をイメージする。


「潰れろ!」


「………」


好機と見たのか、魔女はその右腕を振り上げる。


狼の首がエリーゼの頭上から迫ってくる。


「『シュタイフェ・ブリーゼ』」


瞬間、エリーゼの姿は霞のように消えた。


標的を失った狼の首が、意味も無く地面に噛り付く。


「が…」


直後、魔女の首から血が噴き出した。


深々と斬られた傷から血が流れ、魔女は首元を抑える。


「お、前…! 私に、傷を…!」


憎々し気に睨む魔女の前で、エリーゼは剣に付いた血を振り払った。


剣は変わらず半ばから折れているが、そうでなければ今の一撃で魔女の首を断っていただろう。


「上出来」


ニヤリ、とエルケーニヒは笑った。


「身体が風のように軽い、ってこう言う感覚を言うのかしらね」


どこか高揚した表情でエリーゼは告げた。


その周囲には集められたマナが、風のように舞っていた。

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