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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
一章
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第十四話


あの日のことは、今でも昨日のことのように思い出せる。


『………』


一年前、魔道協会に入ってすぐに訓練が行われた。


同じ新人の魔道士が次々と魔法を成功させる中、ゲルダは一度も成功することが出来なかった。


簡単な魔法だった。


単一魔法なんて、子供でも使える基礎中の基礎だ。


だが、マナのコントロールが苦手なゲルダは、己のマナを魔法と言う形に出来なかった。


周りから侮蔑の眼を向けられ、嘲笑を浴びせられた。


(…やっぱり、私には無理だったんだ)


自分の力を認めてくれた魔道士のようになりたくて、ここへやって来た。


しかし、自分には無理だった。


きっと魔道士になれるのは特別な才能を持った人物だけで、自分にはその才能が無かったのだろう。


そんな諦めが心を支配していた時だった。


『ま、参りました…』


『…ふん』


怯えるように腰を抜かした男と、それを見下ろす女が居た。


魔法訓練を終えて、次の実戦訓練を行っていた二人だった。


『お、おい、嘘だろ』


『何で魔法も使えないアイツが…』


それを見ていた人々がざわめく。


その女は、杖を持っていなかった。


それどころか、その身体からマナを一切感じなかった。


この女は、魔道士ではない。


ただその手に持った剣で、相手の魔道士を倒したのだ。


『き、汚い手を使ったんだろう! そうに決まっている』


誰かが叫んだ。


目の前の光景が認められないと言うように。


『…なら、次は貴方が私と戦う?』


女は、冷たい表情でその男に剣を向けた。


『好きなだけ魔法を使っていいぞ。私も、手加減はしないから』


『お、俺は…』


その迫力に、男は後退った。


戦う前から結果が分かっているようだった。


『…すごい』


思わず、ゲルダはそう呟いた。


ゲルダは才能の無さを言い訳に諦めようとしていたが、それは間違いだと悟った。


あの人は魔法が一切使えないと言うハンデを背負っていながら、魔道士を圧倒して見せた。


才能の無さや理不尽を言い訳にせず、諦めなかった。


『………』


あの人のようになりたい。


ゲルダは心からそう思ったのだ。








「許さない許さない許さない! 許さないぞ、お前達…!」


怨嗟の声を上げる魔女の身体からマナが放出される。


黒と緑が混ざり合った膨大なマナだ。


その力に呼応するように、周囲の木々が揺らめき、葉が音を立てる。


「殺してやる殺してやる殺してやる!」


魔女は両手を広げ、エリーゼを睨みつけた。


(来る…!)


「『ルプス・コルヌ』」


魔女のマナが収束し、形を成す。


空中に浮かぶそれは、黒い狼の首だった。


牙を剥き出しにして獰猛な表情を浮かべる狼の首が三つ、魔女の頭上に出現する。


(生物の創造…! 緑系の魔法か…!)


「喰い殺せ!」


合図と共に狼の首が放たれた。


大口を開けた凶暴な首が、その牙でエリーゼへ襲い掛かる。


「この程度なら…!」


頭蓋骨すら噛み砕きそうな狼を前に、エリーゼは怯まなかった。


冷静に剣を握り、その首を斬り捨てていく。


「『アニマ・リュカントロプル』」


魔女が腕を振るうと地面が盛り上がり、人型を作り出す。


山羊の角を生やした狼のような獣人。


新たに生み出された獣人は雄叫びを上げながら、拳を振り上げた。


「エリーゼ! この女は緑魔道士だ」


「それは見れば分かる」


エルケーニヒの言葉に、エリーゼは剣を構えながら答える。


魔女から放たれるマナは黒も交ざっているが、基本の色は緑だ。


使っている魔法も死者を蘇らせる黒魔法ではなく、緑魔法である。


「緑魔法は主に生命の創造。生み出したクリーチャーの使役が基本戦法だ」


「…なるほど、つまり」


獣人の振り下ろす腕を躱し、剣を振るいながらエリーゼは言う。


「狙うべきなのは、魔女本人…!」


「流石、戦いだと理解が早い」


クリーチャーの創造と使役にマナを割いている関係で、自身の守りは薄くなっている筈だ。


獣を操って敵を攻撃することを基本戦法としているなら、接近戦は不慣れだろう。


ならば、何とかこの獣人を切り抜け、直接魔女を攻撃する。


『ぐるるるる…!』


主人を狙われていることを察したのか、獣人が獰猛に唸った。


エリーゼを噛み砕こうと口を開け、地面を踏み締める。


「『パルース』」


瞬間、踏み出した獣人の足が地面の中に吸い込まれた。


ズブズブ、と地面が沼のように獣人の足を引き摺り込んでいく。


「エリーゼさん!」


「…ナイスよ! ゲルダ!」


礼を言いながらエリーゼは地面を蹴る。


一瞬で距離を詰め、右手に握った剣で魔女を狙った。


新たな生命を生み出す隙は無い。


(取った…!)


勝利を確信し、エリーゼは剣を振るう。


「…は」


身に迫る白銀の剣を見て、魔女は笑うように口を開けた。


「ッ…!」


ぞくり、とエリーゼの背筋に悪寒が走った。


直感的に足を止め、強引に後ろへ飛ぶ。


直後、エリーゼが立っていた地面が抉られるように消失した。


「な…に…」


エリーゼは目の前の光景が信じられなかった。


消失した地面。


手にした白銀の剣も、刀身が半分ほど失われていた。


あと一瞬、判断が遅れたらエリーゼの腕ごと失われていただろう。


「『エダークス・ブラキウム』」


魔女の口が呟く。


その女らしい細腕の一つが、肥大化していた。


裂けるような口を持つ巨大な狼の頭部が、魔女の右肩の先に付いている。


現実感が失われるような、アンバランスな光景だった。


「………」


地面とエリーゼの剣は消失したのではなく、喰い千切られたのだ。


巨大な狼の首に変質した魔女の右腕によって。


「躱すな。避けるな。大人しくしろよ、大人しく私に殺されろよ! その肉も皮も骨も! 全部喰い尽くしてあげるからさぁ!」


肉食獣のような凶暴な表情を浮かべて、魔女は告げた。

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