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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
一章
13/112

第十三話


「フッ…ハッ…!」


白銀の剣を振るわれる度、森から現れた狼の首が宙を舞う。


その動きには僅かな淀みも無く、高い技量と並々ならぬ努力が見て取れた。


エリーゼの言う通り、クリーチャーは一体だけでは無かった。


森の奥へ進む度、次々とクリーチャーが姿を現し、エリーゼ達へと襲い掛かった。


「エリーゼさん! 少し伏せて下さい!」


エリーゼだけに戦わせる訳にはいかない、とゲルダはタクトのような小さな杖を向ける。


「『スティーリア』」


呪文と共に杖から一本の氷柱が射出される。


それはエリーゼの死角から現れた狼の頭部を貫き、絶命させた。


「援護、ありがとう」


「いえ、これくらいなら」


笑みを浮かべ、ゲルダは森の奥へ視線を戻す。


その身体からは青いマナが大量に放出されていた。


「青魔法、か」


それを眺めながら戦いに参加していないエルケーニヒは一人呟く。


本人の言うように単一魔法しか使えないようだが、マナの量は並み以上だ。


これならば単一魔法であっても、大抵の複合魔法以上の威力を発揮できるかもしれない。


「一年ぶりにエリーゼさんが戦う姿を見ましたが、やっぱりエリーゼさんは凄いです」


「そう? 魔法が使えるゲルダの方が凄いと思うけど」


エリーゼは率直に自分の思っていることを告げた。


実際の戦闘能力はともかく、一般的に優秀と思われるのはゲルダの方だろう。


魔法も使えない自分を褒めるなど、嫌味と思われても不思議ではない。


「そんなことは、無いです」


しかし、ゲルダはハッキリとそれを否定する。


やや気弱なゲルダにしては強い態度だった。


「私なんかよりも、エリーゼさんの方がずっと! ずっと強くて、格好良いんです!」


「そ、そう…」


エリーゼは苦笑を浮かべて頬を掻いた。


本当に、どうしてここまで慕われているのだろうか。


それが嘘や嫌味では無いことは理解できる。


だが、そうなると本気で理由が分からない。


何か特別なことをした記憶は無いのだが。


「…エリーゼさん」


「ええ、新しいのが来たようね」


ゲルダに言われてエリーゼは前を向く。


草を踏み締め、木の枝を引き千切りながらそれは姿を現す。


『グ…ル…ルル…』


「え…」


それを目にしたゲルダは思わず声を漏らした。


口を開いた表情のまま、思考が止まる。


森の奥から現れた存在が、見たことも無い生き物だったからだ。


『―――』


シルエットだけなら、大柄な男に似ていた。


しかし、その二メートル近い身体は黒い体毛に覆われており、皮膚には葉脈のような不気味な模様が浮かび上がっている。


二本足で立っているが頭部は人間の物ではない。


開いた口は狼に似ているが、後頭部には山羊のような角も生えている。


『グ、ルァァァァァァァァ!』


「ヒ…ッ!」


咆哮。


その不気味な獣人が上げた声に、ゲルダの身体が凍り付いたように動かなくなる。


怯えるゲルダを睨みながら、獣人は強靭な足で地面を蹴った。


言葉は無い。


知性も無い。


ただ本能のままに、目の前の餌を喰らおうと襲い掛かる。


「『シュトゥルムヴィント』」


しかし、それは間に入ったエリーゼによって防がれた。


ドン、と言う強い踏み込みと共に横薙ぎに剣が振るわれる。


足を軸とした渾身の一撃。


その一撃は振り上げられた獣人の右腕を断ち切り、赤黒い血を撒き散らした。


『グ…ルル…!』


斬られた腕を抑え、獣人はエリーゼを睨みつけた。


「何なの、コイツ」


エリーゼは獣人を睨み返しながら、剣を向ける。


この怪物は明らかに他の狼とは雰囲気が違う。


「クリーチャー、のようだな。少なくとも、まともな生命ではないことは確かだ」


獣人を観察しながらエルケーニヒが呟いた。


その肉体は他の狼同様にマナで構成されている。


本質的にはこの獣人も狼と同じ存在だ。


「ただ、気になるのは…」


「…構成しているマナの色に、黒が混ざっていること?」


「よく気付いたな。やはりお前は眼が良いようだ」


エリーゼの言葉にエルケーニヒは頷く。


先程までも狼達は緑のマナだけで生み出されていたが、この獣人には黒のマナが混ざっている。


それは、この獣人を生み出した魔道士が黒魔道士であることを意味する。


「クリーチャーを生み出して森で放し飼いか。他人に迷惑をかけるのはいつも黒魔道士ね」


「ちょっとそれは職業差別…」


『グルァァァァァァ!』


エルケーニヒの言葉を遮るように獣人は咆哮を上げた。


それと共に再び地を蹴り、獰猛に牙を剥いてエリーゼへ襲い掛かる。


「ふん。デカいだけの動物如き、私の敵ではない」


エリーゼは迫る獣人に向けて、剣を握った右腕を振り上げる。


「『シュタルカー・ヴィント』」


勢い良く振り下ろされると共に、白銀の刃が空気を切り裂く。


切り裂かれた空気は風となり、それは刃となって獣人へと飛んでいく。


『…グ…ルル…』


それは、風の斬撃だった。


見えない刃は獣人の身体を縦に両断する。


獣人の身体は血溜まりに沈み、ぴくりとも動かなくなった。


(今の一撃を放った瞬間、周囲のマナが減少した…)


エルケーニヒは飛ぶ斬撃を放ったエリーゼを見つめる。


(間違いない。コイツはやはり…)


「ゲルダ。怪我は無い?」


エリーゼは地面に座り込んだゲルダに駆け寄った。


獣人に攻撃される前に割り込んだ筈だが、どこか怪我でもしたのだろうか。


「ご、ごめんなさい。腰が、抜けちゃって…」


「…全く、心配させないでよ」


「ごめんなさい…」


ゲルダは頭を下げて、少し表情を暗くする。


「…私、やっぱり駄目ですね。魔道士なのに、何も出来なくて」


「別にそんなことは…」


落ち込むゲルダをフォローしようとした時、エリーゼの耳に草を踏み締める音が聞こえた。


一瞬、また別の獣人かと考えたが、違うようだった。


「………」


それは女だった。


拾い集めた葉を重ねて作ったような、緑のドレスに身を包んでいる。


黒く長い髪を持ち、頭には様々な色の薔薇を合わせた冠を被っていた。


それなりに整った顔立ちをしているが、表情に愛想は無く、キョロキョロと視線を動かしている。


「…貴女、誰?」


エリーゼは警戒した視線を向けながら告げる。


「………」


しかし、女は聞こえていないのか、そもそもエリーゼに興味が無いのか、言葉すら返さずに、また視線を動かしている。


やがてその視線が両断された獣人に向けられた。


「…それ、お前達がやったの?」


「ええ、この怪物を倒したのは、私よ」


短い女の問いに、エリーゼも短く答える。


「…怪物」


女はエリーゼの言葉を繰り返す。


無表情だったその顔に、感情の色が浮かぶ。


「怪物。怪物。怪物って言ったの? 誰を? その子を? 怪物だって言ったの? 本当に? 残酷に殺しておきながら?」


ブツブツ、ブツブツ、と女の口から言葉が流れ出る。


「ああ。ああ! 許せない許せない許せない! 殺した殺した! 私の家族を殺した! 許さない許さない! 仇を討ってやる! 殺してやる! お前をお前をお前達を!」


暗い瞳がエリーゼを射抜く。


その眼に宿るのは狂気と憎悪。


「家族…? その怪物が?」


「また怪物と言ったな! 私の家族を私の家族を! 殺しておきながら! 勝手に森に入っておきながら! 怪物はお前の方だ!」


狂ったように髪を振り乱す女。


乱れた髪の隙間から女の額が覗いた。


「あの…模様は…!」


それを目撃したゲルダは表情を凍り付かせる。


露わになった女の額には、黒い手のような形の紋様が浮かんでいた。


「エリーゼさん、アレは…『魔女の印』です!」


「な…!」


ゲルダの声に、エリーゼもそれを目にする。


女の額に刻まれているのは、黒い手の紋様。


痣のようにも見えるそれは、魔道協会が魔女の印と呼ぶ物。


つまり、この女は…


「魔女…!」


人を殺傷するクリーチャーが第三級異端だとすれば、それは第一級異端。


他の何よりも恐れられ、協会から忌み嫌われる存在。


魔王と並ぶ悪名を持つ存在が、そこに立っていた。

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