第十二話
「エリーゼさん。今日はよろしくお願いしますね!」
「…何だ。誰かと思ったら、ゲルダだったの」
森の入り口で出会った相手の顔を見て、エリーゼは安堵の息を吐いた。
合同任務を行う相手は、ゲルダだった。
どんな相手かと身構えていたエリーゼは肩の力を抜く。
それと同時に疑問が浮かんだ。
ゲルダが居るのなら、どうして自分まで呼ばれたのだろうか。
直接戦う所を見た訳では無いが、ゲルダは優秀だと聞いている。
今回の任務くらいなら、一人でも遂げられるのではないだろうか。
「私はその、マナのコントロールが苦手でして、一人で戦うのは認められていないんです」
エリーゼの考えに気付いたのか、ゲルダは自虐するように呟く。
「一年以上も魔法を学んできて単一魔法しか使えないなんて情けないですよね」
「………」
ゲルダの言葉にエリーゼは首を傾げる。
複合だろうが、単一だろうが、魔法を何一つ使えないエリーゼからすればゲルダの思いが今一つ分からなかった。
「…単一魔法はマナさえあれば、誰でも使える。それに比べて二種のマナを組み合わせる必要がある複合魔法は難易度が違う」
見かねたエルケーニヒがエリーゼに告げる。
「当世でどうなっているのか知らんが、魔道士は複合魔法を習得して初めて一人前に認められる、と言うことでは無いのか?」
(…なるほど。そう言う意味か)
エリーゼは小さく頷いた。
マナのコントロールが下手であるゲルダは、単一魔法しか使えず、それ故に未だ一人前に認められていないと言うことか。
「そう言うことなら、私に任せて。クリーチャー程度なら何回か討伐したことあるし、等級も第三級異端だから大したことはないわ」
「頼もしいです!」
キラキラとした尊敬の眼を向けながらゲルダは言った。
その素直すぎる態度にエリーゼは少し照れくさくなり、先に森の中へ歩き出す。
「…ところで、そのクリーチャーとか等級ってのは何だ?」
後ろから追ってきていたエルケーニヒが訊ねた。
「…等級は協会が定めた異端に対する危険度よ」
ゲルダがまだ近くまで来ていないことを確認してから、エリーゼは小声で答える。
「異端の強さ、と言うことか。ちなみに三級ってのはどの程度だ?」
「三級は一番下の等級よ。野良の黒魔道士とか、クリーチャーとか。大半は私一人でも討伐できる程度の相手よ」
「ふむ。それで、クリーチャーとは?」
「クリーチャーは、魔法によって生み出された生物を意味する言葉よ。強力な魔道士によって生み出されたクリーチャーは魔道士の元を離れた後も人を襲う怪物になるの」
黒魔道士が生み出す死人形もクリーチャーの一種だ。
魔道士のマナによって生まれた疑似生命体。
本来なら与えられたマナが尽きると共に自壊する存在だが、稀にそれは存在を保ち、生き続ける為に他者のマナを喰らい続けるようになるのだ。
「エリーゼさん!」
「…ほら、そう言っている間に出てきたわよ」
後方から聞こえるゲルダの声に、エリーゼは腰の剣を抜いた。
森の奥から獣の息遣いが聞こえる。
だがそれは、まともな生き物の呼吸ではない。
ガサガサと草を掻き分けて現れたのは、黒い狼。
緑の眼を持ち、全身には葉脈のような不気味な模様が浮かんでいた。
「コレがクリーチャー、か」
エルケーニヒは興味深そうにその狼を観察する。
その身から放たれるマナの量は異常だ。
人間以外の生物がマナを持つことは有り得ない。
もしマナを持つとすれば、それはまともな生物ではない。
「『シュタイフェ・ブリーゼ』」
狼を確認してすぐに、エリーゼは地面を蹴った。
エリーゼの身体が風のように疾走し、瞬く間に狼へ迫る。
『ッ…!』
一閃。
すぐ隣を駆け抜けるように通過したエリーゼの剣が狼の首を断ち、命を刈り取る。
狼の形をしたクリーチャーは僅かに呻いた後、地に崩れ落ちた。
「まずは一匹、っと」
「………」
事もなげにクリーチャーを討伐したエリーゼを見て、ゲルダはポカンと口を開けていた。
その手に杖を握ってはいるが、使う暇すら無かった。
「…何しているの、ゲルダ。クリーチャーは一匹だけじゃない筈よ。早く次を探しに行きましょう」
「え…は、はい! 分かりました!」
先を歩くエリーゼの後をゲルダは慌てて追いかけた。
「………」
そんな二人の後ろ姿を、エルケーニヒはぼんやりと眺めていた。
エリーゼの剣技と俊足は並外れている。
クリーチャーだけでなく、並みの魔道士であっても反応すら出来ずに首を刈られることだろう。
それは十分に理解したが…
(…今、アイツの周りのマナが揺らいだように見えたが)
エルケーニヒが考えていたのはエリーゼの実力ではなく、今起きた現象だった。
エリーゼ自身のマナは変わらず見えないままだが、その周囲の大気中に漂うマナが僅かに揺らいだように見えたのだ。
(…気のせい、か?)
答えが出ず、エルケーニヒはその考えを中断した。




