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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
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最終話


この大陸には、子供でも知っている御伽噺がある。


暴虐の限りを尽くした魔王を倒した四人の英雄の伝説だ。


彼らは魔王を滅ぼした後、長い眠りについたと言われる。


いずれ魔王が再び現れる時、英雄もまた蘇り、この世界を救うのだと。


「………」


伝説は本当だった。


魔王も英雄も実在した。


魔王は千年の時を経て蘇り、英雄は魔王自身の手でこの世に蘇った。


人々が思い描く想像とは異なる形ではあったが、彼らは再び世界を救ったのだ。








「偏愛の魔女。白き聖女の真実、か」


都市の復興が進む中、アンネリーゼはふと呟いた。


魔王エルケーニヒ。四聖人。魔道協会の前身である聖典教会の所業。


魔女との戦いの中で歴史の中に隠された真実を知ることとなった。


「…公開は、しない方がいいと思うわ」


「ええ。そう、ですね」


エリーゼの言葉に、アンネリーゼは頷く。


この事実は今までの常識を覆す。


魔女が倒され、ようやく落ち着いてきた人々の心を再び混乱させることになりかねない。


犠牲となった魔王や白き聖女には不義理かもしれないが。


「…きっと、エルケーニヒも彼女も、今更それを明かされることは望んでないと思う」


全てを話すとすれば、魔女の正体も明かさなければならなくなる。


人々から崇拝される白き聖女の末路。


白き聖女の名は、恐怖と憎悪の対象となってしまうだろう。


それは、かつて人々を守る為に戦った聖女に対して、あまりにも惨い仕打ちだ。


「…魔王と言えば、彼には驚かされましたよ」


アンネリーゼは思い出すように頬を引き攣らせた。


「あの魔女を倒す為とは言え、まさか四聖人を黒魔法で蘇生させるなんて……今思い出しても気絶しそうですよ」


「そんなに?」


「…エリーゼ。あなたは若いから分からないかも知れませんが、彼らのご遺体は魔道協会が千年も守り続けた信仰の対象なんですよ? それを私の代で失うことになるなんて」


魔道協会の根幹に関わる存在を失ったことにアンネリーゼは眩暈を覚える。


仕方なかったとは言え、事実が発覚すればアンネリーゼも重罪となるだろう。


「…でも、彼らを殺したのも魔道協会だったのよね?」


「…その通りです」


アンネリーゼは小さく頷く。


騎士ゲオルクを殺したのはエルケーニヒだが、残る二人を謀殺したのは聖典教会だ。


聖典教会から魔道協会へと名を変えた彼らは、自分で殺した英雄達の遺体を集め、四聖人と崇めたのだ。


「…生きていた時には異端と迫害しておきながら、死んでから自分達の守護神のように崇めるなんて、随分と勝手よね」


「………」


憤慨するエリーゼにアンネリーゼは黙り込む。


エリーゼの怒りは正しい。


今では誰もが四聖人を讃えているが、過去の所業を思えば滑稽な事だろう。


魔道協会は、成り立ちから間違っていたのだと。


「…聖典教会が魔道協会と名を改めたのは魔道士の人口が増え、凶悪な黒魔道士に対抗するべく黒を除く四色の魔道士を受け入れたことがきっかけです」


それを理解した上で、アンネリーゼは口を開く。


「これは希望的な推測ですが……魔道士を受け入れた時、彼らは自分達の間違いに気付いたのではないでしょうか?」


「間違いに…?」


「魔道士は、人間と何も変わらなかった。ただ魔法が使えると言うだけの人間だった。それを知った時、自分達が迫害して謀殺した者達が、自分達と同じ人間だったと気付いた」


そして自覚したのだ。彼らを殺した自分達の罪を。


世界を救った彼らに対し、自分達はどれだけ罪深いことをしたのかと。


だからこそ、その償いの為に彼らを四聖人と称え、遺体を丁重に葬った。


彼らの墓を聖墓とし、千年守り続けたのだ。


「…本当に、希望的な推測ね」


「ええ、そうです…でも」


アンネリーゼは子供のような笑みを浮かべた。


「人間だって、そんなに捨てた物じゃないと思いたいんです」








「魔女は全て倒された。これで新生シャルフリヒターも解散かな?」


テオドールは少し嬉しそうに呟いた。


長年の因縁に決着を付け、魔女も居なくなった。


平和が訪れたのだ。


これからは戦いなど忘れて穏やかに暮らしたい。


「魔女は消えても、魔女が残したクリーチャーは残ったままよ。それに黒魔道士がまた現れないとも限らないわ」


テオドールの言葉に、エルフリーデは告げる。


この大陸に脅威はある。


シャルフリヒターが倒すべき敵は残っていると。


「…そうか。頑張ってね。俺は歌を歌ったり、楽器を弾いたりしながら応援しているよ」


「いつから楽器隊になった。アンタも戦うに決まっているでしょう!」


「え?」


「知っているのよ! アンタがヴィルヘルムを倒したこと! 私は最初の一撃で気絶して、起きた時には全部終わってたけどね! 別に悔しくないけどね!」


「ぐぐぐ…く、苦しい…」


最後の戦いに参加できなかったことが悔しいのか、エルフリーデはテオドールの首を絞める。


自分があっさり敗北したヴィルヘルムを倒したのがこの男であることにも苛立っているのだろう。


「お、俺がアイツと戦ったのは、アイツのせいで沢山の人が不幸になったからで…そうじゃなければ、俺は戦いたくなんて無いんだよ」


「…何言っているの。人を不幸にするクズなんてこの世には腐る程いるわよ」


呆れたようにテオドールを見つめながらエルフリーデは告げる。


「そんな奴らから他の人達を守る為に、私達は魔法を使うのよ。そんなことも知らなかったの?」


「………」


「戦う力を持っているのに何もしないとか、許さないから。アンタは私と一緒に大勢の人間を救って、有名になるのよ」


「………」


テオドールは無言で自分の手を見つめる。


あの時は、戦えた。


人間に対して魔法を振るうことを恐れなかった。


目の前に立つ悪よりも、守るべき者があると信じたから。


それは、皆同じなのだろうか。


自分にも、誰かを守ることが出来るのだろうか。


「そして、私はアンネリーゼさんに認められて! 褒めて貰うのよ! エリーゼよりもね!」


「…あはは。結局、最後はそこなんだ」


変わらないエルフリーデにテオドールは笑みを浮かべた。


戦いから離れて平和に生きるのも良いが、誰かの為に戦うのも、そんなに悪くない気がした。








「………」


エルケーニヒは町外れに一人立っていた。


始まりの魔女は、白き聖女は死んだ。


蘇った英雄達も、元の遺体へと戻った。


エルケーニヒだけが、この世に残った。


肉体など千年も前に滅んでいるのに、自分だけが。


「あ、居た! 探したわよ!」


「………」


「…エルケー?」


駆け寄ったエリーゼの言葉にもエルケーニヒは答えない。


ただ無言で空を見上げていた。


「…まさかとは思うけど、自殺とか考えていないよね?」


恐る恐るエリーゼは訊ねた。


何だか、嫌な予感がしたのだ。


全ての未練が晴れ、エルケーニヒも死んでしまうのではないかと。


「…だ、駄目だからね! もし死んだら失恋のショックで死んだ魔王って私、言い触らすから!」


「………は」


慌てるエリーゼを見て、エルケーニヒは小さく笑った。


「それは困るな。次、蘇った時に死にたくなりそうだ」


「え、エルケー? 大丈夫なの?」


「勘違いするな。少し、考え込んでいただけだ」


ポン、とエルケーニヒはエリーゼの頭に手を乗せた。


死んでも良いと思ったのは本当だ。


白き聖女も英雄達も居ないこの世界に、何の未練も無いと。


「………」


だが、それは違ったようだ。


目の前で照れくさそうに笑うこの娘の一生を見届けるのも、悪くない。


この娘なら、きっと面白い生涯を過ごすだろうから。


「約束したろ、敵討ちを果たしたらお前は俺の為に生きると」


「あ。そうだったね」


「俺を愉しませろ。お前の一生を懸けてな」


どこまでも傲慢に、魔王らしく笑いながらエルケーニヒは告げる。


「お前と生きる第二の生ってやつも、悪くない」


それはきっと、第一の生よりも長く、楽しい物語になるだろうから。


次こそはハッピーエンドで終わって欲しい、と。

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