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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
110/112

第百十話


「『トルレンス・グロブス』」


言葉と共にヴァレンティンの手から水の砲弾が放たれる。


ただの水でありながら、その威力は城壁にすら穴を空ける威力を持つ一撃。


「…駄目か!」


「『マエロル・スタトゥア』」


しかし、それがマルガに傷を負わせることは無かった。


平然と水の砲撃を受け流したマルガは、ヴァレンティンに向かって石の矢を放つ。


「『イグニス・ラーミナ』」


間に割って入ったゲオルクが燃え盛る剣を振るう。


触れた者を石化する呪いが込められた矢は、その呪いを発揮する前に全て斬り捨てられた。


そしてゲオルクはそのままマルガの下へ走り出す。


「………」


「『ディーワ・クアエダム』」


杖を構えたマルガを邪魔するように、その周囲に無数の光が出現する。


それは光り輝く羽根を持った小人のような姿をした妖精だった。


「懐かしいでしょ、聖女ちゃん! 私の妖精のこと、覚えている?」


一匹一匹は非力で無力な存在でしかない。


だが、その数は十や二十では足りない。


百を超える程の妖精の大群がマルガに纏わりつく。


力自慢の大男であっても、この拘束からは逃れられない。


「マルガレーテ!」


隙を晒したマルガに向かってゲオルクは剣を振り上げる。


全てを終わらせるべく、その燃え盛る剣を振り下ろした。


「!」


瞬間、剣は反発するように大きく弾かれた。


驚愕するゲオルクに対し、マルガは淡々と杖を向ける。


「『キニス・ウェントゥス』」


「くっ…」


マルガの杖が光を放つと同時に、ゲオルクは距離を取った。


直後、灰交じりの突風が吹き、妖精の大群が灰となって散る。


(…剣が、弾かれた。魔法で防御した、と言う感覚では無かったが…)


「おいおいおい、英雄様が三人も揃って女一人倒せないのかよ。情けないな!」


「否定できないけどさ! 見ているだけだったあなたには言われたくないかなー!」


「こっちは色々あってマナが枯渇寸前なんだよ。お前達の蘇生を維持するだけで手一杯だっての」


ヘレネとエルケーニヒは言葉を交わしながらゲオルクの傍に駆け寄る。


「それで、騎士様。お前の剣でもアイツは斬れないのか?」


「…どうやらそのようだ」


「チッ! 想像以上に厄介だな、時の魔法ってのは」


やはり時間停止を解かない限りはマルガを傷付けることは出来ないようだ。


しかし、マルガのマナは大陸中の全て。


マナ切れを待つことは出来ない。


「…奴のマナ操作を乱す必要があるな」


マルガのマナの流れを止め、時間停止の魔法を解除する。


その為には…


「…エリーゼ。やっぱりアイツの魔法が必要だ」








「ほらほら! 次はコレだ!」


ザミエルは嗤いながら幾つものナイフを投擲する。


扱い慣れていないのか、その動きは拙く、狙いも逸れていた。


「アハッ!」


だが、それで良かった。


ザミエルは命中を操る魔女。


他者の攻撃はザミエルに命中せず、ザミエルの望む物に命中する。


同様に、ザミエルの攻撃もまたザミエルが望む所へ命中するのだ。


歪んだ空間に呑み込まれたナイフは、距離も角度も無視してエリーゼの背中に突き刺さった。


「あぐっ…!」


「あははははは! ほら、次はコレ!」


ザミエルの手の名からナイフが消える。


次の瞬間には、ナイフはエリーゼの脇腹に刺さっていた。


痛みに耐えかね、エリーゼはその場に片膝をつく。


「はい、終わり。残念だったね」


「………」


「キミはもう死ぬ。ボクに殺されるんだよ。助けでも呼んでみる? 誰かー助けてー! ってさァ! 無駄だと思うけどね! 友達? 家族? そんな物に何の価値がある? それが何か助けてくれるのかな?」


「………」


「ほらほらほら、認めなよ! 愛情も友情も! 何の意味も無いってさァ!」


嘲笑を浮かべながらザミエルは言う。


命を奪うことよりも、エリーゼの心が折れることが何よりも嬉しい。


家族にも友人にも恵まれたこの女が、絶望する姿が見てみたいと。


「…そうでも、無いみたいよ」


エリーゼは傷を抑えながら、小さな笑みを浮かべた。


その表情に、ザミエルは不快そうに眉を動かす。


「愛情も友情も、意外と馬鹿に出来ないわね………ねえ、エルケー?」


「ッ!」


そんな馬鹿な、とザミエルは急いで後ろを振り向く。


この世には愛情も友情も無い。


都合の良い奇跡なんて起きない。


起きる筈がない、とザミエルは背後を睨む。


そこには、誰も居なかった。


「しまっ…!」


ハッタリ、と理解して振り返った時には遅かった。


距離を詰めたエリーゼの手がザミエルを掴む。


「この距離なら、転送も間に合わないでしょう…!」


グッ、とザミエルの胸に手を押し付け、エリーゼは叫んだ。


「『ニグレド』」


「が…!」


その手から生み出された黒剣がザミエルの胸を刺し貫く。


黒剣はザミエルの心臓を破壊し、体内から呪いを解き放つ。


致命傷だった。


「………くそ。こんなこと、で…」


悔し気に顔を歪め、ザミエルは倒れる。


口から血を吐くザミエルの手足が次第に崩れ、砂に変わっていく。


「………」


「…何、見てるの? さっさと、行きなよ…良かったじゃん…優しいパパとママの仇を討てたんだ…もう、ボクに用は無い筈、だろう…?」


「…私は」


ザミエルの顔を見つめながら、エリーゼは呟く。


「私は、恵まれていた。私の両親は優しかった。だから、親に虐げられた貴女の気持ちは分からない」


「…だから、何?」


「私と同じように貴女には貴女の苦しみがあった。苦しみながらも生きようと必死だった。貴女を許すことなんて出来ないけど、それだけは、私にも理解できる」


「………………」


ザミエルは無言でエリーゼの顔を見つめた。


そして、ゆっくりと自身の胸を貫く剣に触れる。


「『マレフィクス・マレフィキウム』」


瞬間、黒剣は歪んだ空間に呑み込まれて消えた。


「何を…!」


「さあ、何をしたと思う? キミの剣をどこに飛ばしたと思う? キミの大切な人に当たってないと良いけどね」


「まさか、エルケーに…!」


「早く行って確かめた方が良いんじゃない?」


「ッ!」


エリーゼは地を蹴り、急いでその場から走り出した。


その背を見送りながら、ザミエルは笑みを浮かべる。


「…最後の最後で、柄じゃないことしちゃったかな」


そう呟き、ザミエルは瞼を閉じた。


思えば、どうして自分はエリーゼに己の過去を語ったのだろうか。


ヴィルヘルムにさえ話さなかった忌み嫌う過去を。


それは…


「…ボクも、誰かに理解されたかったのかな」


世界が終わり、最後の最後になって、誰かに自分のことを知って欲しかったのか。


憐れみも同情も、嫌っていた筈なのに。


今更になって…


「アハッ…ヴィルヘルムが聞いたら、何て言うかな」


それを告げた時の彼の顔を思い浮かべ、ザミエルは笑みを浮かべた。


そしてそのまま、その身体は砂となって崩壊した。








「な…に…」


マルガは呆然と、自身の胸から生える黒剣を見つめた。


空間を飛び越え、自身の体内に突如出現した剣。


それは大気中のマナを歪め、魔女を殺す呪いを秘めた黒い刃。


「…ザミ、エル…!」


苦し気に顔を歪めながら、マルガは裏切り者の名を叫ぶ。


しかし、その行為に意味はない。


時間停止の魔法は解除されてしまった。


マルガの不死性が、破られたのだ。


「今がチャンスだ!」


エルケーニヒが叫び、ゲオルク達は武器を構える。


「さあ、反撃開始だ! マルガレーテ!」

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