第十一話
一日が経った。
あれからエルケーニヒは姿を見せていない。
出来る限りエリーゼから離れて身を隠しているのか、それとも姿を消しているだけなのか。
何を考えているのかは分からないが、一先ずエリーゼは元の生活を取り戻していた。
「東の森の方で狼型のクリーチャーが発見されました。第三級異端です。直ちに排除して下さい」
魔道協会の塔一階。
魔道士達の窓口となっている場所で、エリーゼは自身の任務を受けていた。
「昨日任務から戻ったばかりなのだけどね…」
「…では、断りますか? その場合、あなたの立場はより悪くなると思われますが」
連日の任務に思わず愚痴を零すと、事務員は表情を変えずに告げた。
拒否権など、最初から無い。
マナを使えないエリーゼが魔道協会に席を置いているのは、教区長アンネリーゼの厚意なのだ。
そして任務をこなすことが出来なくなれば、アンネリーゼも自分を庇いきれなくなるだろう。
「やらないとは言ってないでしょう。はぁ、愚痴も言えないのね」
エリーゼは白い仮面を被ったまま息を吐いた。
仕事用に着けている仮面だが、コレのお陰で相手に表情を見られずに済む。
「森の入り口に魔道士が一人待機しています。今回はそちらの方と合同で任務を行ってください」
「合同?」
事務員の言葉にエリーゼは訝し気な顔をした。
エリーゼが異端狩りを始めてから一年になるが、他の魔道士と合同で任務を行うのは初めてだった。
そもそもエリーゼが魔法嫌いであり、魔道士と仲が悪いと言うことも理由の一つだ。
「…まあ、分かったわ」
無色と蔑まれるエリーゼは協会の人間から疎まれている。
そんな相手と合同で任務を行うことに、今から憂鬱な気分だった。
「………」
マギサの東方にある森へ向かっている途中、エリーゼはふと足を止めて振り返った。
「…いつまで隠れているつもり?」
エリーゼは何も無い空間を睨みながら告げる。
そこには誰も居ないが、エリーゼの眼にはマナが見えていた。
空間に浮き出たシミのような黒いマナ。
「…気配も存在も絶っていたのだけど、随分と良い『眼』をしているな」
滲み出るように現れたのは、シルクハットを被った骸骨。
「魔法の才能は無いけど、マナを見抜く目だけは良くてね。自分のマナを感じない分、他人のマナを見逃すことは有り得ないわ」
「それもまた才能だろうな」
「…今日は随分と大人しいわね。流石の魔王様も、年下の女にボコボコにされて凹んでいるの?」
どこか挑発的な笑みを浮かべ、エリーゼは言った。
今まで振り回された仕返しもあるのかもしれない。
「ああ、そうだな。あの若作り女め。これだから白魔道士は大嫌いなんだよ」
「若作り女って…」
「…気付いていないのか。あの女、実年齢は五十を超えているぞ」
「嘘ッ!?」
その言葉にエリーゼは本気で驚いた。
今の地位に着いて長いようなので、外見通りの年齢ではないとは知っていたが、それは予想外だ。
「白マナの応用だろうな。ハッ、魔法を使って若作りか。聖人のような顔をしていて、意外と俗っぽい女じゃないか」
「白マナの応用…?」
「…仮にも魔道士組織の一員でありながら、各マナの特徴も知らないのか?」
呆れたようにエルケーニヒは呟いた。
「魔法は魔法でしょ? どんな魔法でも撃たれる前に腕と首を斬れば、終わりよ」
「…嘆かわしい! コレが現代っ子か! こんな無知で猪頭の子でも魔道士を名乗れる時代か! 知識に貪欲だった古き良き魔道士はどこへ消えてしまったのか!」
エルケーニヒは頭痛を抑えるように自身の頭蓋骨に手を当て、大袈裟に嘆いた。
その言い方にエリーゼは苛立った表情を浮かべるが、エルケーニヒは嘆くことに夢中だった。
「よく聞くが良い、この俺が魔法の何たるかを教えてやろう」
ふわふわとエリーゼの前に浮かびながら、エルケーニヒは指を振る。
指先から光る糸が伸び、空間に文字を書いていく。
「まず、赤マナ。コレは『破壊』を司る。有形無形問わず物を破壊することが得意だ」
赤マナによる魔法は物体破壊。
とにかくシンプルに物を破壊することを得意とし、応用性に乏しいが単純で強力。
ただ攻撃するだけなら、最も威力を発揮する色だ。
「次に、青マナ。コレは『変化』を司る。元ある物体を別の形に変化させることが得意だ」
青マナによる魔法は変幻自在。
非常に応用性が高く、術者の発想次第で何でもできる。
赤マナとは対照的な性質を持つが故に、この二色は相性が悪いと言われる。
「そして、緑マナ。コレは『創造』を司る。新たな生命を創造することが得意だ」
緑マナによる魔法は生命創造。
マナを使って無から新たな存在を創造することが出来る。
生み出される生物は術者の力量に比例し、強力な魔道士なら実在しない存在を生み出すことも可能だ。
他のマナとの相性も良く、どのマナとも組み合わせることが出来る唯一の色だ。
「それから、白マナ。コレは『維持』を司る。生命の保存や維持することが得意だ」
白マナによる魔法は生命維持。
生命を守護し、外敵から身を守ることが出来る。
生命の維持として傷や呪いに対する治療も得意としている。
一方で防御特化故に、生物を傷付けることを苦手としている。
「最後に、黒マナ。コレは『死』を司る。死体の改造、使役が得意だ」
黒マナによる魔法は死体操作。
朽ちた死体を改造し、使役する。
失われた魂を掻き集め、死霊を生み出す。
生物の死が前提となっている為、生命維持を司る白マナとは相性が悪く、互いに打ち消し合う。
「なるほど。魔法にも色々あるのね…」
「…他人事みたいに言っているがな。お前は相手のマナを見抜く目を持っているのだから、知識を持っていれば相手の魔法をある程度予測できるだろう?」
相手の手の内を知っておくことが戦いでどれだけ有利になるか、言うまでもない。
エリーゼもそれを理解したのか、神妙そうに何度も頷いていた。
「ん? それで、アンネリーゼさんが若作りって話は?」
ふとエリーゼは最初の話を思い出した。
そもそもこの魔法講座はそれがきっかけで始まったのだった。
「…白マナの生命維持を若さの維持に使っているのだろう。不老、とまでは言わないが、ある程度は誤魔化すことが出来る筈だ」
「そ、そうなの」
才能の無駄遣い、でもないのだろうか。
歳を取りたくないと言う気持ちは、同じ女であるエリーゼも少し理解できた。
それでも何だか、尊敬するあの人を見る目が少し変わりそうだが。
「長い付き合いではないのか?」
「アンネリーゼさんとは…十年くらいかな。私の…まあ、親代わりみたいな人よ」
誤魔化すようにエリーゼは言葉を濁した。
血が繋がっているようには見えなかったので、何か事情があるのだろう。
エルケーニヒは好奇心が強い性格をしているが、それを無理やり聞き出そうとは思わなかった。
「…まあいい。それより、その森が見えてきたぞ」
そう言ってエルケーニヒは前を指差す。
会話をしている間に、目的の森はもう目の前だった。




