第百八話
「あー痛ェ痛ェ、腕が折れちまった! 勘弁してくれよ! 俺ァこれでもまともな人間だから再生能力とかねーのに!」
左腕をぶらぶらと振りながらヴィルヘルムは笑う。
骨が砕かれ、使い物にならなくなった左腕。
手で触れることで魔法を発動するヴィルヘルムにとって、片腕が使えなくなることは戦力の半減だ。
それを理解しながらも、ヴィルヘルムの笑みは崩れない。
「『ギガース・ルギートゥス』」
「おおっと!」
再び放たれた衝撃波をヴィルヘルムは難なく回避する。
目には見えない一撃。
しかし、その攻撃は直線的で見極めることは容易い。
「くそっ…!」
苛立ちを隠せず、テオドールは次の魔法を放つ準備をする。
(そう。躱されると分かっていても、お前はそれを撃つしかない)
挑発するような笑みを浮かべながら、ヴィルヘルムは心の中で分析する。
テオドールの攻撃魔法はこれ一つ。
故にテオドールが勝利するにはこの魔法をヴィルヘルムに当てるしかない。
「『ギガース・ルギートゥス』」
魔法を外す度にテオドールの苛立ちと焦りは強くなる。
戦闘経験が不足しているテオドールはそれを抑えることが出来ない。
そして焦れば焦る程に魔法は荒くなり、躱し易くなる。
「つまり、宝の持ち腐れってやつだよォ…!」
ヴィルヘルムは拳を握り締め、何もない空間を殴り付けた。
「はは! 起爆!」
「が…ッ!」
瞬間、テオドールの胴体を爆炎が包んだ。
意識が揺らぎ、テオドールはその場に片膝をつく。、
「何…が…」
金貨でも小石でも無い。
ヴィルヘルムは何も手にしていなかった。
今、爆発したのは…
「大気、か…! 空気にマナを込めて見えない爆弾に変えたのか…!」
「正解!」
笑いながらヴィルヘルムは右手で何度も空間を殴り付ける。
パントマイムのようなその行動の意味を悟り、テオドールは急いで横に飛び退いた。
「起爆!」
直後、幾つもの爆発が起き、地面を抉り飛ばす。
巻き上げられた土と砂が煙となって周囲を包み込んだ。
(はは。ちょっとやり過ぎたか?)
周囲を見渡しながらヴィルヘルムは笑みを浮かべる。
満足に動けない内に止めを刺しても良かったが、土煙でテオドールを見失ってしまった。
(まあいい。折角のゲームだ。もう少し楽しめた方が…)
「どこだ! ヴィルヘルム!」
「…おいおい。つまんねーな」
どうやら、姿を見失ったのは向こうも同じだったようだ。
だが、敵を見つける前から大声を上げたことは失敗だ。
それはただ己の居場所を敵に知らせるだけだろう。
(これで終わりか。意外と、呆気なかったな)
ヴィルヘルムは無言で大気を殴り付けた。
テオドールは目に見えない大気の爆弾に気付くことすら無いだろう。
あとは起爆するだけで終わりだ。
「『ギガース・ルギートゥス』」
「なッ!」
その声は、ヴィルヘルムの背後から聞こえた。
先程聞こえた声とは全く別の方向からテオドールの声が。
(声…音…そうか。さっきの声は音魔法を使ったダミーか…!)
大声を上げたのはわざと。
視界の悪い状況でテオドールの居場所を誤認させる為に。
狙いは最初から、ヴィルヘルムの死角から魔法を当てること。
回避はもう間に合わない。
「が、ああああああああああ!」
背後から直撃した衝撃波がヴィルヘルムの全身を襲う。
全身の骨が砕かれ、肉が軋む。
絶叫するヴィルヘルムの口から大量の血が噴き出した。
「まだだ! まだ俺は、死んでねーぞ!」
「コイツ…!」
血塗れになりながらもヴィルヘルムは止まらない。
「『ギガース・ルギートゥス』」
今度こそ止めを刺すべくテオドールはもう一度魔法を放つ。
しかし、衝撃波が放たれることは無かった。
(マナ切れ…!)
「はははははは! 残念ッ!」
ヴィルヘルムは折れた右腕を無理やり振り上げ、大気を掴み取る。
「『ピュロボルス・パラシートゥス』」
大気を掻き集め、一つの爆弾へと変える。
それは周囲の大気を取り込み、段々と大きくなっていく。
「俺の勝ちだ! テオドール!」
逃げ場はない。
この一撃でテオドールの命運は尽きる。
勝利を確信し、ヴィルヘルムは嘲笑を浮かべた。
「起爆!」
「……………あ?」
その時、ヴィルヘルムの表情が凍り付いた。
今の声は、確かにヴィルヘルムの声だった。
だが、ヴィルヘルムは何も言っていない。
声を上げたのは、ヴィルヘルムではなく…
「…まさ、か」
起爆の合図。
それは当然、ヴィルヘルム自身の肉声で無ければ意味はない。
ヴィルヘルムの爆弾は全て、ヴィルヘルムの声で起爆する。
「まさか、その為だけに…!」
この瞬間の為だけに、魔法を生み出したのか。
ただヴィルヘルムを殺す為だけに、この魔法を。
「…はは。やっぱり、お前は俺の同類だ………イカれてるよ」
瞬間、頭上の爆弾が起爆し、ヴィルヘルム自身を呑み込んだ。
「………」
巻き上がった土煙が風に吹かれて消える。
地面が大きく抉れた爆心地の中心に、ヴィルヘルムは転がっていた。
「…は」
手足は千切れ飛び、残った胴体も半分以上焼け焦げている。
辛うじて無事だった頭を動かし、目をテオドールへ向けた。
「お前の勝ちだ、テオドール。どうだ? 嬉しいか?」
「…お前の方こそ。こんな惨めな結末になって、後悔しているか?」
険しい表情のまま、テオドールは告げる。
それに対し、ヴィルヘルムは心底可笑しそうに笑った。
「俺に改心や懺悔を期待しているのなら、残念だったな。そんな物は、元から持ち合わせていねーよ」
「…結局、最期までお前は人の心を持たない獣だったと言うことか」
「大正解! 自分でもたまに驚くぜ! どうして俺には人の心が無いのか! どうして人間の親からここまで壊れた人間が生まれたのか! はははははは!」
「………」
「はははは………でも、まあ。どんな形であれ、生まれちまったものは仕方ねーだろ」
少しだけ声色を変えてヴィルヘルムは呟いた。
どれだけ歪んだ形であれ、この世に生まれてきた。
だからこそ生き続けた。
それが、どれだけ多くの人間を不幸にすることだろうとも。
「お前は仇を討った。俺と言う悪党をぶっ殺した。それだけだ。それでいいじゃねーか。一々、殺した相手のことまで考えていたら俺みたいに狂っちまうぜ?」
「………」
「………あばよ。クソガキ」
最期まで何の後悔も改心も無く、ヴィルヘルムはその生涯を終えた。




