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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
107/112

第百七話


起爆イムプルスス


「くっ!」


投げられた金貨が次々と爆発する。


背後から追い掛けてくる爆風から逃げながら、テオドールは杖を向けた。


「『ストレピトゥス』」


「ん…?」


ザザザ…とヴィルヘルムの頭に雑音が響く。


耳元で大勢の人間が話しているかのような騒音。


集中を乱され、ヴィルヘルムの手が止まる。


「ハッ、それだけか?」


だが、動きが止まったのは数秒だけだった。


ヴィルヘルムが指で弾いた金貨が爆発し、テオドールを足を焼き焦がす。


「…あ…ぐ!」


「そんな子供騙しが俺に通じる訳ねーだろ」


倒れ込むテオドールを見下ろしながらヴィルヘルムは吐き捨てた。


「ただ他者の耳を騒がせるだけ。こんな物が、魔法だと?」


「………」


「『ピュロボルス・パラシートゥス』」


ヴィルヘルムは壊れた建物に手で触れる。


流れ出したマナが建物の内部に侵食し、寄生する。


起爆イムプルスス


瞬間、建物は音を立てて爆散した。


燃え上がる残骸が街に降り注ぎ、巻き込まれた人々が悲鳴を上げる。


「見ろ。こー言うのを魔法って言うんだよ!」


魔法とは兵器だ。


人間を壊し、殺す為の力だ。


他者を傷付ける力を持たない魔法など、価値は無い。


「なあ、テオドール? どーして俺を攻撃する魔法を使わない?」


「…俺は、人を傷付ける魔法など、使えない」


「ハッ、何でそんな嘘をつく?」


ヴィルヘルムは笑みを浮かべ、テオドールを見る。


「十四年前の虐殺を、何故お前は生き残ることが出来た? たった十一歳の子供が、あの地獄をどーやって生き抜いた?」


「…まさか、お前は」


「俺は知っているんだぜ? あの時、俺は見た」


ヴィルヘルムの眼に、暗い希望が宿る。


興奮と歓喜に口元が吊り上がる。


「ヘクセの住人を虐殺する魔道士共を! 自分を襲ってきた魔道士を、返り討ちにしたお前をな!」


「!」


それは、目を疑う光景だった。


仮にも魔道隊に選ばれた魔道士達だ。


その実力者達が、ろくな訓練も受けていない子供に殺されるなど。


「そうだ、お前は殺した。何の躊躇いも無く、初対面の人間を」


「…黙れ」


「ああ、別に責めるつもりはない。奴らはお前を殺しに来たんだ。殺し返すのは当然…」


「黙れ…!」


怒りに顔を歪め、テオドールは杖をヴィルヘルムへ向けた。


杖を握り締める手が震えている。


「…どうした? 早く撃てよ! あの時、俺の部下をバラバラにした魔法を!」


「…ッ」


「まさかとは思うが、後悔しているのか? 魔法で人を殺したことを?」


「………」


テオドールは唇を噛み締める。


そう、ヴィルヘルムの指摘は正しかった。


かつて、テオドールは己の魔法で人を殺した。


理由はどうあれ、人の命を奪ったと言うことに変わりない。


その事実をテオドールは深く後悔した。


だからこそ、二度と魔法で人を傷付けないと誓ったのだ。


人の命を奪ってしまう魔法は、二度と使わないと。


「は。ははははは! 今更良い子ぶるなよ! お前は既に人を殺しているんだ! 一人殺そうが十人殺そうが同じことだろう!」


「それは、違う…!」


「違わねーよ! まともな人間は最初の一人すら殺せねーんだよ! 殺した時点でお前は俺と同じさ!」


ヴィルヘルムは地を蹴り、テオドールへ迫る。


獣のように両手が振り上げられる。


(爆弾化する気か…!)


ただ触れるだけで致命傷となる手。


手に視線を向けながらテオドールは身構える。


「バーカ!」


「…ぐ…お…ッ!」


手を警戒していたテオドールの腹にヴィルヘルムの爪先がめり込んだ。


テオドールの身体がくの字に曲がり、地面を転がる。


(…手は、フェイントか…!)


「お前は自分の身を守る為に魔道士共を殺したんじゃない。ただ殺せたから殺したんだ。お前にはそれだけの力があった。一度くらいは試してみたいと思ったんだろう?」


「………」


「己を抑えて生きていくのは苦痛だろう? 俺だってそうさ。本気を出さずに生きるなんて、真面目に生きている連中に失礼だと思ったから、全力で生きることにしたんだよ! はははは!」


ヴィルヘルムは笑いながら己の考えを語る。


テオドールと同じく、ヴィルヘルムにも生まれつき力があった。


人間を簡単に殺すことが出来る力。


最初はそれを抑え付けて生きてきたが、やがてそれに耐えられなくなった。


己の力を存分に振るいたいと言う欲望が抑えられなくなったのだ。


自分を隠さず、全力で生きると言えば聞こえは良いが、それはただの殺戮だった。


「………」


地面に倒れるテオドールの目に、力尽きた人々の姿が映った。


先程の爆発に巻き込まれた人々。


残骸に押し潰され、生きたまま身を焼かれた者達。


それを見て、テオドールの目に熱が宿る。


「………そう、だな」


「お?」


「…ヴィルヘルム。お前の言うこと、正しいよ」


「おいおい! やっと分かってくれたのか? それならこれから俺と一緒に…」


歓喜を隠さず、ヴィルヘルムは同胞を迎えるように手を差し伸べた。


共に望むままに生きようと。


世界が終わるまで、好きなだけ殺しを愉しもうと。


「本気を出さずに生きるなんて、真面目に生きている連中に失礼だ……ああ、確かに正しいよ」


ヴィルヘルムの言葉は無視し、テオドールは杖を握る。


その先端を自身の喉に突き付けた。


「『ギガース・ルギートゥス』」


カッ、とテオドールの喉が熱を持った。


喉が震え、放たれた声が、破壊の衝撃波となる。


「――――ッ」


差し伸べたヴィルヘルムの左腕が音を立てて潰れる。


衝撃波は服も皮も貫き、その骨を粉々に砕いた。


「…そうだ! 俺がもっと早くこの力を使っていれば、救えた命もあったかもしれない! 人を助ける力があるのに、それを己の都合で隠し続けるのは、懸命に生きている人達を侮辱している!」


トラウマが何だ。後悔が何だ。


(何が人を傷付ける魔法は覚えたくない、だ)


人を傷付けることが、怖かっただけじゃないか。


本当に恐れるべきなのは、人を助けられないことじゃないのか。


「お望み通り、殺してやるよ! ヴィルヘルム!」


「ははははははは! この展開も、まあ悪くねーな!」

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