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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
106/112

第百六話


「…まさか。四聖人と称えられた我らが魔王の死人形となるとはな」


青き賢者ヴァレンティンは自身の手を見つめながら憮然とした表情を浮かべる。


生前と変わらない血の通った肉体。


しかし、それは黒魔法によって命を吹き込まれた仮初の物でしかない。


「まあまあ、私はそれなりに嬉しいよ? 形はどうあれ、生き返ることが出来たのだから」


不満そうなヴァレンティンを宥めながら、緑の薬師ヘレネは笑う。


ヴァレンティンとは対照的に、死人形となったことを好意的に受け止めていた。


「懐かしい顔にも、また会うことが出来たし!」


気さくに笑いながらヘレネは周囲を見渡す。


エルケーニヒを含め、懐かしい顔ばかりだった。


千年も時が経っていることを忘れそうな、変わらない顔ぶれだ。


「…そうだね。みんな、懐かしいよ」


そして、赤き騎士ゲオルクが口を開いた。


生前と変わらない穏やかな笑みを浮かべ、その視線をマルガへ向ける。


「久しぶり、マルガレーテ」


「あ…あ…あ…ッ!」


マルガの顔に動揺が浮かぶ。


捨てた筈の感情が込み上げてくる。


驚愕と歓喜が抑えられない。


千年も求めていた相手が。


あと少しで取り戻せる筈だった相手が。


こんな、すぐ傍に…


「―――違う」


しかし、マルガの顔から再び表情が失われる。


「『コレ』ではない。私が求めたのは、本物のあの人だ。こんな人形では、ない…!」


目の前に立っているのは、ただの動く死体だ。


エルケーニヒの魔法で、一時的に動いているだけの死人形。


マルガが求めたのは、こんな紛い物ではない。


千年も求め続けたのは、こんな不完全な復活ではない。


「貴方など必要ない…! 私が求めたのは、あの時を共に生きたゲオルクなのだから!」


膨大なマナを感情のままに振るい、ゲオルク達を吹き飛ばす。


地面に着地しながら、ゲオルク達は苦々しい表情で顔を見合わせた。


「…ちょっとゲオルク君、何したのよ。あんなに怒った聖女ちゃんなんて、今まで見たことないよ」


「…僕にも分からないな。だって、君達より先に死んだからね」


「それが原因だと言うのだ! この馬鹿!」


緊張感のない会話をしつつ、ゲオルク達はマルガを見る。


冗談を口にしたが、状況は理解している。


自分達が死んだ後、一人残された彼女がどうなったか。


その後の千年、彼女が何をしたのか。


全て、蘇った時に聞かされている。


「………」


「やーいやーい! 破局だ、破局! 熟年離婚だ! ざまあ!」


「…君も少し見ない間に随分と変わったね」


子供のような野次を飛ばすエルケーニヒに、ゲオルクは苦笑いを浮かべる。


生前からこの男には嫌われていたことは知っているが、ここまでストレートに悪口を言う男だったか。


「いやー知った時はビックリしたぞ。まさか、お前があの戦いの後に死んでいたとはな!」


「………」


「この俺を差し置いて聖女に選ばれておきながら! 偽善を吐きながらこの俺をぶっ殺しておきながら! 聖女を守ることもせずに一人で死ぬとはな! 騎士が聞いて呆れる!」


妬みと恨みと、そして深い怒りと共にエルケーニヒはゲオルクを罵倒する。


ゲオルクを殺した張本人でありながら、責任を果たせなかったことを侮蔑する。


騎士として、男として、聖女を守る筈だったゲオルクに。


「…はは。まさか、君からそんなことを言われるとはね」


「あ?」


「…全く、耳が痛いよ。返す言葉も無い」


ゲオルクは悔いるような表情を浮かべ、腰に下げた剣を抜く。


「そうだ。僕は生きなければならなかった。君の手を拒み、君を滅ぼした以上、僕は生きて世界の全てから彼女を守らなければならなかった」


聖典教会の歪みにゲオルクだけは気付いていた。


いつか教会は自分達に牙を剥くと知っていた。


だが、自分の手で皆を守れば良いと楽観していた。


魔王を倒した後も、自分が仲間を守れると思っていた。


「すまない、優しき魔王。そしてありがとう。こんな僕に、償いの機会を与えてくれて」


剣を向けるのはかつて守ると誓った聖女。


彼女の苦しみを終わらせる為に。


それは、かつて彼女を守れなかった自分に出来る唯一の償いだ。


「…相変わらず、クソみたいにポジティブだな。この主人公気取りが! 俺がお前の為に蘇らせたみたいに言うんじゃない!」


「あー、ゲオルク君って昔からそう言う所あるよね。悪気は無いんだろうけど、ナチュラルに世界は自分中心に回っていると思ってそう」


「自己中心的なんだよ。英雄も魔王も」


「一緒にすんな! 俺はコイツが嫌いだ!」


「そうかい? 僕は君のこと、そんなに嫌いじゃないけどね」


軽口を言い合う四人。


三人はかつての英雄であり、一人はその英雄達に滅ぼされた魔王である。


本来憎み合う敵同士が言い争いながらも手を組む。


最悪の魔女へ堕ちた聖女を救うと言う共通の目的の為に。

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