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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
105/112

第百五話


「マナが、空に集まっていく…」


魔法陣が浮かぶ空を見上げ、エリーゼは呟いた。


地上のマナがあの魔法陣に吸い上げられているようだ。


あの大きさから考えるに、集めているのはマギサのマナだけではない。


恐らく、大陸中からマナを集めているのだろう。


それだけのマナを集めて何をしようとしているのかは分からないが、食い止めなければならない。


「…こっち」


大気中のマナの流れを見て、エリーゼは走り出す。


マナは空の一点に集められている。


マルガの居場所は、きっとその真下だろう。


この大量のマナを使った魔法が発動する前に阻止するべく、エリーゼはマナを追って走り続ける。


「『マレフィクス・マレフィキウム』」


「!」


突然、エリーゼの目の前の空間が歪んだ。


捻れた風景の中から染み出るように、その姿が現れる。


「…貴女は」


「キミに、会いたかったよ」


そう言って嘲笑を浮かべる魔女。


それは、ザミエルだった。


エリーゼの両親を殺した仇。


必ずこの手で倒すと誓った怨敵。


だが、今は…


「…退いて。貴女に構っている余裕は無いの」


「ああ、マルガでしょ? 遂に、計画の最終段階に入ったみたいだね」


興味深そうに空を見上げながらザミエルは言う。


マルガから計画を聞いていたのか、あまり驚いた様子は無い。


「知っている? マルガの最終目的は死者の蘇生。世界の時を巻き戻す大魔法さ。この大陸中の人間はその余波を受けて死ぬことになるんだよ」


「な…」


「まさに世界の終わりってやつ? 正直、成功するなんて思ってなかったけど、あの様子だと成功しちゃうかもね」


他人事のように、ザミエルは魔法陣を見つめて呟く。


「…そんな魔法が発動すれば、貴女だって無事ではすまない筈よ」


「そうだね。何せ、千年の時間遡行だ。ボクも細胞レベルまで戻されて消えるだろうよ」


「だったら、何で私の邪魔をするの…!」


「…キミのことが嫌いだからさ」


ニタリ、とザミエルは悪意に満ちた笑みを浮かべた。


「もうマルガの計画は誰も止められない。なら最後に、キミに嫌がらせをしようと思ってね! アハッ!」








「何をノロノロしているの! もっと早く走れ!」


「き、君が早すぎるんだって…!」


先を走るエルフリーデにテオドールは言う。


息も絶え絶えなテオドールとは裏腹に、エルフリーデは汗一つかいていなかった。


「アンタ、身体強化魔法も使えないの?」


「…生憎、音魔法以外は何も覚えていないのでね!」


「役立たず」


「俺、意外と役に立つからね!」


蔑むようなエルフリーデの視線に耐え切れず、テオドールは叫ぶ。


今だって音魔法で魔女の居場所を探っていると言うのに、何て暴言だ。


炎を出したり、物を壊したりするだけが魔法では無いのだ。


自分が役に立っていることを証明するべく、テオドールは更に探知の範囲を広げる。


「…?」


その時、小さな金属音が聞こえた。


エルフリーデは首を傾げながら、どこからか飛んできた物を掴み取る。


「…金貨?」


掴んだ物を見つめ、訝し気にエルフリーデは呟いた。


何の変哲もない一枚の金貨だ。


一体何故こんな物が飛んできたのか、とエルフリーデは周囲を見渡す。


「…ッ! エルフリーデ! 今すぐそれを…」


それを見てハッとなったテオドールは叫んだが、遅かった。


「『起爆イムプルスス』」


瞬間、金貨が爆発し、エルフリーデの身体を吹き飛ばす。


地面に叩き付けられたエルフリーデは意識を失ったのか、ピクリとも動かない。


「こんな簡単な罠に引っ掛かる奴がシャルフリヒターを名乗るなんてなー。元隊長として、俺は情けなくて涙が出そーだぜ」


「ヴィル、ヘルム…!」


「よう、テオドール。今暇か? 暇なら俺に付き合えよ。この世界が終わるまで、一緒に踊ろうぜ!」








「『テンプス・レナトゥス・プラエタリタ』」


マルガは空へ杖を掲げながら告げる。


複合魔法ダブルスペルを超えた魔法、三重魔法トリプルスペル


かつては魔王エルケーニヒだけが使えた伝説の魔法。


エルケーニヒのマナを取り込むことでマルガも手に入れた。


今のマルガの力は、かつての魔王すら凌駕している。


「もうすぐ、会える」


今まで、永かった。


彼を失ってから、千年の時が経った。


魔法で肉体の時を止めても、精神が摩耗することまでは避けられない。


感情は削れ、記憶は薄れ、今では共に戦った仲間の名前すら思い出せない。


心も思い出も、全てあの時間に捨ててきた。


けれど、それでも忘れない物もある。


「…ゲオルク」


その名前だけは、どれだけの時が経とうと忘れることは無い。


あの笑顔も、あの声も、何一つ忘れない。


その為だけに生きてきた。


その為の千年間だった。


もうすぐだ。もうすぐ。


あと少しで、報われるのだ。


「男への愛だけで、千年か。愛って怖ェな」


「………」


声が聞こえ、マルガは視線を向ける。


魔王エルケーニヒ。


かつて、ゲオルクを殺した男がそこに立っていた。


「…俺が憎いか? 白き聖女」


「…憎しみなど、もう忘れた」


マルガは冷めた目をエルケーニヒに向ける。


その眼には怒りも憎しみも無い。


目の前の存在に、何の関心も抱いていなかった。


「私に在るのは、ゲオルクと再会すると言う願いだけ。それ以外の全ては、あの時に捨てた」


「…そうか」


エルケーニヒは複雑そうな表情で頷いた。


悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。


「時間遡行、か。本気で千年の時を、巻き戻すつもりか」


「大陸中のマナを使えば可能だ。起点となるマナも、魔王のマナを取り込むことで補うことが出来た」


取り込んだ魔王のマナを使い、魔法陣を展開することは出来た。


あとはコレを維持し、大陸中のマナを集めるだけだ。


千年も時間を掛けて調整してきた計画。


これだけのマナがあれば、成功する筈だ。


「…成功するにしても、失敗するにしても、発動すれば人類は滅びるな」


「私は私の時間を取り戻す。他の人間などどうでもいい」


「ははは。魔王よりも魔王らしいこと言ってるな。完敗だ」


ひらひらと手を振り、エルケーニヒは笑った。


その笑みに、マルガは違和感を覚えた。


状況が分かっていないのだろうか。


今のマルガにとって、弱ったエルケーニヒを殺すことなど容易い。


それなのに、どうして笑うことが出来る。


「…何を、考えている」


「何も。ただ、そうだなァ」


ニヤリ、とエルケーニヒは悪童のような笑みを浮かべた。


「勝利祝いに、一足先にお前の願いを叶えてやろうと思ってな」


その時、空から人影が降ってきた。


一つではない。


三つの男女が、エルケーニヒとマルガの間に入る様に降り立つ。


「…な、に」


それは緑衣を身に着けた薬師だった。


それは青いローブを身に纏った賢者だった。


「嘘…」


それは、赤い鎧を身を包んだ騎士だった。


人形のように瞼を閉じた彼らの目が、ゆっくりと開いていく。


「さあ、起きやがれ寝坊助共! 同窓会・・・の時間だぞォ!」

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