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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
102/112

第百二話


「危機一髪、と言った所かな」


「お前は…」


マルガが去った後、物陰から現れた男にエルケーニヒは呟く。


「テオドール!」


「や。久しぶりだな、二人共」


声を上げるエリーゼに手を振りながら、テオドールは笑みを浮かべた。


その顔を見て、エルケーニヒは納得したように頷く。


「音の魔法……なるほど、さっきの声はお前が」


「そうさ。声帯模写魔法。最近習得したんだが、案外便利だろう?」


少し自慢げにテオドールはウィンクした。


他に習得した魔法と同じく、殺傷力は無いが、状況次第では非常に効果的な魔法だ。


一時的とは言え、あの魔王と魔女を手玉に取って見せたのだから。


「君達も大変だったみたいだけど、俺達も遊んでいた訳じゃないさ」


テオドールはそう言って空を見上げる。


空を飛ぶ炎のドラゴンの背には、エルフリーデが乗っていた。


「…お前達以外にも何人か強いマナを感じるな。仲間か?」


「そう、今の俺は魔女からこの都市を守る魔道隊の一人」


笑みを浮かべてテオドールは胸を張る。


新生・・シャルフリヒターさ」








「また無理をして! 作戦では私達に全て任せる筈でしたよね!」


「ごめんね。思ったよりあの魔女の魔法が強力だったから、つい」


横になったまま、アンネリーゼは困ったように笑う。


それにエルフリーデは心配と怒りが混ざったような表情を浮かべた。


何かを言おうと何度か口を開いた後、諦めたように息を吐いた。


「マナの酷使は命を削る。博愛主義も結構だが、過ぎれば迷惑でしかないぞ」


エルフリーデに賛同するように、エルケーニヒもアンネリーゼをじろりと睨む。


マナが尽きた状態での大魔法の発動。


アンネリーゼは平気な顔を浮かべているが、死んでいても不思議では無かった。


「迷惑とは何よ! アンネリーゼさんは都市を守る為に命を懸けたのよ!」


「…俺、お前に同意したつもりなんだが?」


意見を翻して噛み付いてくるエルフリーデに、流石のエルケーニヒも困惑する。


アンネリーゼの無茶を非難する気持ちは同じだが、それはそれとしてその行動まで否定されるのはシンパとして我慢ならんのだろうか。


「この人は、変わらないね」


「ははは。このブレない所がエルフリーデ嬢の良い所さ」


苦笑するエリーゼに、テオドールも同じように笑う。


理不尽な人物だが、傍から見ている分には面白い。


「…アンネリーゼ」


「何ですか?」


改まって真剣な表情を浮かべたエルケーニヒに、アンネリーゼも顔を向ける。


僅かに苦しそうな表情を浮かべつつ、エルケーニヒは告げた。


「始まりの魔女の正体は、白き聖女だ」


「………それは、本当ですか?」


「間違いない。俺が奴を間違える筈がない」


四聖人を崇拝する魔道協会の根底を揺るがす事実。


魔道協会のトップであるアンネリーゼにとっても、それは少なからず衝撃的な事実だった。


「一つ聞きたいんだが、お前は聖墓を守っているんだよな?」


「…なるほど。あなたが聞きたいことは分かりました」


アンネリーゼは小さく頷いた。


聖墓。四聖人の墓所。


マギサのどこかにあるその場所は、代々マギサの教区長だけが知っていると言われる。


何故聖墓は隠されているのか。


誰の目にも触れることなく封じられているのか。


「…もしかして」


「四聖人の墓所。そこに白き聖女の墓は無いのではないか、と言うのですね」


事実として、白き聖女は生きていた。


千年を超えても死ぬことなく、魔女として生き続けた。


だとすれば、聖墓にその遺体がある筈がない。


魔道協会は、その事実を隠す為に聖墓を封じてきたのではないか。


「正直に言います。私には分かりません」


「分からない?」


「確かに私は先代から聖墓の場所を継承していますが、そこは聖域にして禁域。この都市の教区長であっても入ることの許される場所では無いのです」


「…なるほどな」


唯一居場所を知る守り手であっても、そこに入ることは許されない。


そうして代を重ねることで次第に事実は忘れ去られ、聖墓の秘密は隠されたのだろう。


「………」


エルケーニヒは無言で考え込む。


魔道協会は何故白き聖女の墓が無いことを隠していた。


四聖人と称えながらも、他の三人の墓しか作らなかったのは何故だ。


そして、生きていた白き聖女が魔女に名を変えたのは、何故…








「…少し、焦り過ぎたか」


神殿に戻り、マルガは小さく息を吐いた。


千年も掛けた計画だ。


最後の最後で焦って失敗するなど、笑い話にもならない。


「………」


マルガは視線を魔王の骸に向ける。


最大の問題はコレだった。


強力だが、エルケーニヒの意思が残っているのか制御が効かない。


対エルケーニヒでも役に立つかと思えば、マナを奪われて逆効果だった。


「………」


マルガの計画の実行には大量のマナが必要だ。


ワルプルギスの夜を従え、殺戮によってマナを集めてきたが、それでもまだ足りない。


マギサを滅ぼすことで残りのマナを回収するつもりだったが、その為にマナを消耗していては本末転倒。


二度の襲撃で無駄にマナを消費してしまった。


「…マナ、か」


マルガは魔王の骸を見つめる。


この遺体は、大量のマナの塊だ。


しかし、他者のマナを取り込める量には限度がある。


魔王のマナから魔女を作った時も、最初の頃は何度もマナの量を間違えて殺してしまった。


そもそもマルガは白いマナを宿す白魔道士。


エルケーニヒの黒いマナとは相性が悪い。


「…は。要らぬ心配だったな」


ずぶり、とマルガの腕が魔王の胸を貫いた。


ドクドクと音を立てて、大量のマナがマルガの体内に流れ込んでくる。


「これから死を超越しようと言うのに、私自身が死を恐れるなど。計画さえ果たせれば、私がどうなろうと関係ない」


黒い手のような魔女の印が更に広がり、マルガの全身を埋め尽くす。


マルガの肌が完全に黒く変色し、赤い血管が不気味に浮かび上がった。


「はぁ…はぁ…! これだけのマナを、一人で制御していたなんて、本当に、あの男は化物ですね…!」


魔王の骸が砂となって崩れ落ちる。


遺体に残された全てのマナを吸収したマルガは苦し気に呻きながら、目を見開いた。


「私は、全てをやり直す…! 例え私のこの身体が朽ち果てようと…! あの時間の私が笑っていれば…! それで、いいのだから…!」


世界を呪うように、魔女は叫んだ。

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