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愛慾の魔女  作者: 髪槍夜昼
最終章
101/112

第百一話


『魔道士とは、非力な人間共を支配する為に魔法を授かった特別な人間だ』


魔王はそう告げた。


魔道士と非魔道士は根本的に相容れない。


ならば、力ある者が力ない者を支配するのは当然だ。


『魔道士が人間を支配する。それこそがこの戦いを終わらせる唯一の道だ』


魔王の敵は人間では無い。


同じ魔道士である白き聖女達だけだ。


彼女達が屈し、人間達が諦めたら、平和が訪れる。


魔道士による支配と言う平和な世界が。


『…それでも私は人を傷付ける為ではなく、人を救う為にこの力を使いたいのです』


何度敗北しても、何度囚われても、白き聖女の答えは変わらなかった。


例え死ぬことになっても、白き聖女は屈しなかった。


『…頑固者め』


説得を諦め、魔王は背を向ける。


あと一時間もすれば、聖女の仲間達が助けに現れるだろう。


『私は、あなたのことも救いたいと思っています』


『………は』


聖女の言葉に、魔王は笑った。


そのお人好しぶりに、心から呆れ果てたのだ。








「………」


エルケーニヒはボロボロの身体で地面に倒れていた。


手足は炭化し、片方の目が潰れている。


起き上がることも出来ず、エルケーニヒは残った目でマルガを見つめた。


「白き、聖女…」


どうして、こんなことになっている。


自分がどれだけ言っても意志を曲げず、人間の味方であり続けた女。


その果てに自分を滅ぼした女が、どうして…


「『マエロル・スタトゥア』」


マルガは冷めた目で告げる。


その眼には何の感情も宿っていない。


ただ目の前の障害を排除するべく、止めの一撃を放つ。


杖から放たれる石の矢。


時を止め、石に変える呪い。


「………」


それを見ても、エルケーニヒは何の反応も無かった。


絶望と困惑から何も出来ず、ただ自身に迫る破滅を見つめていた。


「『ヴィルベルヴィント』」


瞬間、一陣の風が吹いた。


風は呪いの矢を吹き飛ばし、エルケーニヒを守る。


「…エリーゼ」


「何、やっているのよ…」


剣を握り締め、エリーゼはエルケーニヒを睨んだ。


「白き聖女が魔女になったことがそんなにショックだったの? 千年も経っているのだから、人が変わるに決まってるでしょ? 意外と、女に幻想を見るタイプだったんだ」


「何を、言って…」


「…らしくないって言ってるの! いつもいつも偉そうに魔王だなんだと名乗っておいて! 好きだった相手に袖にされた程度で、自棄になるなって言ってるのよ!」


思わずエリーゼは叫ぶ。


エリーゼが敵討ちを望んだ時、協力すると言ってくれた。


エリーゼが魔女認定された時、自分だけは味方だと言ってくれた。


どんな時もエルケーニヒは自信に満ちて、自分の思うままに生きていた。


その強さに、ずっと憧れていた。


だからこそ、こんな情けない姿は見たくなかった。


「…好き勝手言いやがって」


憎々し気に呟きながら、エルケーニヒは手足を再生して起き上がる。


「千年物の失恋だぞ! 自棄になりたくなる気持ちも分かるだろう!」


「分からないわよ! 私、失恋なんてしたことないから!」


「このお子様め!」


感情のままにそう叫んだ後、エルケーニヒは大きく息を吐いた。


その口元に小さな笑みを浮かべ、エリーゼの肩を軽く叩く。


「…悪い。面倒を掛けたな」


「私との約束を果たすまで、勝手に死ぬなんて許さないから」


「…ははは。そうだったな」


愉し気に笑いながらエルケーニヒはエリーゼを見つめる。


かつては魔王として悪逆を尽くした男が、随分と恵まれたものだ。


「さて、気を取り直した所で……どうするか」


エルケーニヒは改めてマルガへ視線を向ける。


白き聖女。


エルケーニヒの記憶では強大な白魔法の使い手だった。


三人の従者はこの場に居ないが、あれから千年経っている。


死んでいたエルケーニヒと違って、千年を生き続けたマルガのマナはかつての比では無いだろう。


おまけに相性が悪い筈のエルケーニヒのマナさえ取り込んでいるのだから。


正直、全盛期のエルケーニヒであったとしても勝ち目は薄い。


「『ラピス・プルウィア』」


その時、マルガは杖を天へ掲げた。


それに応えるように、雲の隙間から巨大な石の塊が出現する。


墜落する星のような岩石は次々と現れ、地上へと雨の如く降り注いだ。


「逃げ場はない。この都市ごと、マナへと還れ」


掻き集めたマナを全て注ぎ込んだ大魔法。


降り注ぐ星々は都市を破壊し、全ての人間を蹂躙する。


「………」


しかし、その星々は都市を包む光の結界によって阻まれた。


「この光は…もしかして、アンネリーゼ!」


空を見上げながらエリーゼは言う。


都市を守る光の結界。


これはアンネリーゼの白魔法『グラーティア・エクレーシア』だ。


一切の攻撃から都市とそこに住む人々を守る大魔法。


その光が消えない限り、どんな魔法も都市を傷付けることは出来ない。


「…この魔法は知っている。私が作った魔法だからな」


淡々とマルガは呟いた。


「展開中はあらゆる攻撃を防ぐが、その負荷は全て術者が受けることになる。そう長くは持つまい」


空に浮かぶ石の星は未だ消えていない。


結界に出来るのは守ることだけ。星を破壊することは出来ない。


「『ドラコー・インウォカーティオー』」


だからこそ、それを壊すのはアンネリーゼの役目ではない。


「…何」


マルガが初めて、不快そうに眉を動かした。


結界によって空に縫い留められた星々を、燃え盛るドラゴンが破壊していく。


「あの魔法は…」


勢いを失ったとは言え、大質量の岩石だ。


それを容易く焼き尽くし、次々と星の数を減らしていく。


「邪魔を…」


「アアア…ッ!」


「…な」


阻止するべく杖を振り被った時、マルガは背後から魔王の骸に攻撃された。


先程のエルケーニヒを真似た、黒いマナを収束した閃光。


黒い閃光がマルガの身体に傷を負わせることは無かったが、驚かせるには十分だった。


「何故、骸が私を…」


『そうだ! そのまま攻撃しろ! そこに居る私は偽者だ!』


「…む」


どこからかマルガの声が聞こえた。


否、それは似ているが、マルガ自身の声ではない。


誰かが魔法で声を真似て、魔王の骸を操っているのだ。


声で居場所を探ろうとしたが、その声自体が反響して居場所を掴めない。


そしてそちらに集中している内に、空に浮かぶ全ての星を破壊されたようだ。


「…今は、分が悪いか」


不快そうにそう吐き捨て、マルガは杖を振るった。


「『ラピス・オスティウム』」


地面から石の棺が二つ出現する。


開かれた棺から伸びる黒い手がマルガと、魔王の骸を捕まえた。


「………」


最後にエルケーニヒを一瞥し、マルガは石棺の中に消えていった。

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