第一話
「………」
白く輝く満月の浮かぶ暗い夜。
一人の女が夜道を歩いていた。
黄色に近い金髪を後ろで一本に結んだ女だ。
月光を反射する銀の鎧にも黄色の模様が描かれており、鎧と一体になった黄色のスカートを履いている。
全体的に黄色の印象を強く受ける女騎士だった。
体つきは女性的でスタイルは良いが、顔は真っ白な仮面で隠されていた。
「…ここだ」
やがて、夜道を一人歩く女騎士は目的地に辿り着いた。
獣の口のように空いた自然の洞窟。
普段は動物以外存在しないその奥から、人の気配がした。
笑い声。
怒声。
そして、悲鳴。
「………」
女騎士は腰に下げた剣を握り締め、洞窟の奥へと進んでいった。
洞窟の中には多くの人間が居た。
怪しげな黒いローブに身を包んだ男達。
その男達よりも上等なローブを纏い、装飾品を身に着けた男。
そして地面に描かれた模様の上に横たわる、生きたまま腹を裂かれた人間達。
「さあ、次だ! 次の生贄を用意しろ!」
「今宵は満月! 今度こそ、我らの祈りは魔王へ届く!」
熱狂する者達が叫ぶ。
血と臓物で濡れたナイフを振り回しながら、血と狂気に酔い続ける。
異常な光景だった。
彼らは魔道士…所謂、魔法使いと呼ばれる存在だ。
己に宿るマナに使い、不可思議な現象を引き起こす者達。
その中でも、特に質の悪い連中だった。
(…黒いマナ。当たり、ね)
男達の体から溢れ出るマナの色を見て、女騎士は剣を握り直す。
黒は外道の色。
他者の命を奪い、弄ぶことに何の躊躇いも持たない人でなし共だ。
知らず知らずのうちに剣を握る手に力が入り、殺気が溢れる。
「ッ! 誰だ、そこに居るのは!」
「…気付かれたか」
黒い魔道士の一人が声を上げ、女騎士は陰から姿を現す。
突然の侵入者に男達の視線が女騎士へと集まった。
「何だ、お前は? 協会の魔道士か?」
「…いや、マナを感じない。コイツは魔道士じゃないぞ」
黒いマナを纏う男達とは異なり、女騎士からは一切マナが感じられなかった。
マナは魔法の源。
それを持たない人間は魔道士にはなれない。
「ハッ、正義の味方気取りか? お嬢ちゃん」
男達の顔に嘲笑が浮かんだ。
魔道士として、常人を超えた異能を操るが故に、そうでない人間を見下しているのだ。
突然現れたことには驚いたが、所詮は魔法も使えない女一人。
何の問題も無い。
「…魔法が使えることが、そんなに偉いの?」
「あ?」
「魔道士なら何をしてもいいと思っているのか? 人の命を奪うことさえ?」
静かな怒りと殺意を纏いながら、女騎士は剣を抜く。
それは白銀の剣だった。
柄から剣先まで銀一色の美しい剣だ。
「説教のつもりか? くだらねえ!」
苛立ったように魔道士の一人が手にした杖を女騎士へ向けた。
「『イグニス』」
魔道士の黒いマナに混ざった赤いマナが、杖へと集まる。
収束した赤いマナは炎へと形を変え、女騎士へと放たれた。
コレが魔法。
己のマナを使い、何もない空間から炎さえ生み出すことが出来る。
無力な女一人、容易く焼き殺すことが出来る炎だ。
「『シュタイフェ・ブリーゼ』」
炎が女に触れる直前、女の口が小さく呟く。
瞬間、その姿が霞の様に消えた。
「…き、消えた?」
「遅い」
その声は男の背後から聞こえた。
慌てて振り返ろうとした男の腕が、ずるりと落ちる。
斬られている。
杖を握る男の右腕が、本人すら気付かぬ内に斬り落とされていた。
「あ、ああああああああ!? 俺の、俺の腕がァァァ!」
「うるさい」
躊躇いなく次の一撃が放たれる。
ゴトリ、と音を立てて絶叫していた男の首が落ちた。
「な…魔法か!?」
「どういうことだ!? マナなんて感じな…」
「『ヴィルベルヴィント』」
動揺する男達の隙を突くように、女騎士は両手で剣を構える。
剣を横にして、大きく振り被った構えから、その場で勢いよく回転する。
回転しながら振るわれる剣は、隙だらけだった男達の首や胴を容易く斬り捨てた。
「く、くそ…イグニ…」
「遅いって言ってるでしょ?」
震えながら向けられた杖をその腕ごと斬り捨てる。
魔道士は杖が無ければ魔法が使えない。
杖を握る腕を失えば何も出来ない。
「私は魔法は使えない。でも、だからどうした。魔法なんて使わなくても、お前達を殺す方法なんて幾らでもある」
斬り殺した死体を踏み締めながら、女は仮面を外す。
その下から現れたのは、外道共を殺した暗い喜びに歪んだ顔だった。
「私の名はエリーゼ」
血に濡れた銀の剣を向け、女は告げた。
「お前達、魔道士を殺す者だ」




