09話 起動
八雲つむぐは伊藤だんさくに取られたペンダントを取り返すため、一人バイクを地球軍基地へと走らせていた。
ブロロロロ……
地球軍基地は宇宙人移住区のすぐ近くに建設され、監視する役割を担っている。
三時間前、つむぐはヒューロン家でエリス・ヒューロンとお茶を飲んでいた。エリスは執事のリーチ・ライトンに席を外させる。
「リーチ。ちょっと二人で話したいことがあるの。席を外してくれる」
「かしこまりました。実家でイチャイチャはだめですよ」
「違うわよ!!」
「失礼しました。ごゆっくり」
リーチが部屋から出ていくと、
「だんさくに取られたペンダントどうするつもりなの?」
「おそらく、地球軍基地にあると思う。大切な物だって言って返してもらいに行くよ」
「だんさくがブラックホールを生み出す装置だってことを知っていたらどうするの? こっそり取ってきて」
エリスは、立ち上がりクローゼットを開けて服をかきわけると、黒いアタッシュケースを出してきた。中を開けると、ウェットスーツのようなものが入っている。
「これは光学迷彩の服なの。簡単に言うと透明になれる服。これを着て取ってきて」
「こんなすごいものがあるの?」
「地球人には秘密にしてある技術よ。他にもまだまだある。宇宙人が地球人と交渉するには必要なの。ただし、このスーツは目に見えないってだけで、そこに存在していることを忘れないで」
現在に戻り、つむぐは基地の周辺の林でバイクを止める。服を脱ぎ光学迷彩の服に着替えると、左腕にあるスイッチを押す。
ズウウウウン
自分の手を見てみるとしっかりと透明になり見えない。バイクの後方確認用の鏡で見るとまったく見えない。
「へー。すごいな」
基地の入口に立っている門番の前を抜けて、簡単に建物内に侵入する。地球軍の兵士達はつむぐを横切るがまったく見えていないようだ。
だんさくの部屋を探していると兵士達が慌て出す。聞き耳を立ててみると、
「宇宙軍が攻めて来ました!!」
「なに!? 伊藤だんさく司令官に連絡はいっているのか?」
「私が行って確認して参ります!!」
窓の外から爆発が見え、
バリリリリリン
爆風で窓が割れる。
「うわああああ」
「うわああああ」
つむぐも叫びそうになったが、すぐに体についた割れた窓ガラスを払う。突然のことで慌てたが、兵士がだんさくを探している様だったので、割れた窓ガラスを踏まないようについて行くことにした。
しばらくすると、
『司令官伊藤だんさく』
と書かれた部屋に到着し、兵士がドアをノックする。
コンコン
「伊藤司令官!! ご無事でしょうか?」
「あぁ。入れ!!」
「はっ!!」
兵士がドアを開けて入って行くので、つむぐも一緒にこっそり部屋に入った。
「状況を伝えろ」
「11時の方向より宇宙軍と思われる部隊から攻撃を受けております。探査部隊からの情報によると、カイオ・ヒューロンだと思われるそうです」
「なに!? 牢屋に入れられたと聞いていたのだが。私は準備してから司令部に向かう。ご報告ありがとう」
「はっ!!」
兵士がドアを閉めて去っていき、だんさくと二人っきり部屋に取り残される。だんさくは急いで机の引き出しの鍵を開けて、エリスにもらったペンダントを取り出す。
「……!!」
つむぐが反応すると、
「そこにいるのは誰だ!!」
声は出していないのに、つむぐのリアクションに気づいたのだろうか。壁にかけてある日本刀を抜きつむぐに向けてくる。
「……」
「気のせいでは無い。息づかいを感じるぞ!! 名を名乗れ!!」
「八雲つむぐです」
つむぐはだんさくのすごみに負けて、光学迷彩のスイッチを切る。
ズウウウウン
「つむぐくんびっくりしたぞ。宇宙人の科学だな。まだまだ隠していると思っていたが、そんなものを残しているとは。目的はこれだろう?」
ペンダントを上げてつむぐに見せてくる。
「そうです。それを返してもらえませんか?それはエリスからもらった大切なものなんです」
「はははは。これはブラックホールを生み出す装置だろう? そうやすやすと返せやしない」
「違います。代々受け継いだ王の形見なんだそうです」
とっさに嘘をつくつむぐに、ペンダントを近づけてくる。
「嘘は付かなくて良い。取れるもんなら取ってみろ」
つむぐはだんさくに、
「この!!」
飛びかかるが、一瞬で床にひれ伏され日本刀を首に突きつけられ、身動きが出来ない状態にされてしまった。
「はははは。やはりこれはブラックホールを生み出す装置なのだろう」
「なぜ知っている!?」
「私はな。マクと友人だったことがある。戦争では使われず冗談だと思ったが、私はずっと探していた」
ドアがひとりでに開くと、
ダアン
レーザー銃の銃声が鳴り、二人のすぐ近くの地面に煙が立つ。
「つむぐから離れなさい!!」
「誰だ!!」
ズウウウウン
そこには光学迷彩を解くエリスがだんさくにレーザー銃を向けて立っていた。
「エリス・ヒューロンも来たのか」
だんさくは立ち上がり、つむぐの髪をひっぱり自らの盾とする。
「どっちが欲しいかね? ペンダントか、つむぐくんか」
「どっちもよ!!」
「つむぐくんはくれてやる」
ドン!
つむぐはエリスのほうに投げ飛ばされ、エリスと体当たりになり、二人が倒れている隙にだんさくは逃げだす。
「待ちなさい!」
「エリス待って、危ないから光学迷彩を起動させて」
ズウウウウン
ズウウウウン
二人とも光学迷彩のスイッチを付け、だんさくを追う。追って行くと、屋上に出た。
ドオオオオン!! ドン!! ドン!!
向こうでは爆発が上がる。
「姿を現せ!! これを見てみろ!! 宇宙人がいては戦争は終わらない!!」
だんさくはペンダントにレーザー銃を向けて発射しだした。
ザアアアアア
「それを返して、私が戦争を起こさせない。私がカイオを止めるから!!」
ズウウウウン
ズウウウウン
エリスとつむぐは光学迷彩を解き、だんさくににじり寄っていく。
「私はもう大切なものを失う気持ちを誰にも味会わせたくない。宇宙人にはこりごりだ」
ペンダントが溶け出し、膨れ上がっていくと、だんさくの腕を取り込んで一体化していく。
「宇宙人よさよならだ。ブラックホールで飲み尽くしてやる!!」
だんさくの意思とは関係なく動き出すと、
「なんだ? 勝手に手が」
だんさくの頭上にブラックホールが生まれる。みるみる膨らんで行く、慌てる素振りも無く、ブラックホールにだんさくが吸い込まれようとしていた。
「これはこれでいいのかもしれない。ローレムに会いたいな……」
ブラックホールを見つめながらだんさくは微笑む。
20数年前、どこかの山林に墜落した戦闘機。ヘルメットを脱ぎ辺りを見渡す。若かりし頃のだんさくだ。緑色の肌をした宇宙人が怪我をして横たわっているのを発見すると銃をかまえる。
「まだ息がある」
「やめて!!」
振り向くと緑色の肌をした女性がこちらをきれいな瞳で見つめていた。それはまだ宇宙人と地球人が戦争をしている時代。