05話 地球軍司令官 伊藤だんさく
ここは宇宙人向け居酒屋『エイリアンズオアシス』。今日は雨が降っていて、客足はまばらだ。居酒屋のテレビではエリス・ヒューロンが歌を歌っている。エリスはいつのまにか遠い存在になっていた。
「みんなありがとう!! 地球の平和をみんなで作ろう!!」
エリスは宇宙人の代表としてテレビに出ると、バラエティーで宇宙人のリアクションが新鮮だとして一気に有名になっていった。デビューシングル『恋した地平線』は飛ぶように売れた。町の中にはエリスの広告がデカデカと張ってある。ただ、アンチが多いいのも事実だ。敵として戦っていたのだから無理も無い。
「もう手の届かないところに行っちゃったな」
暇な店内でエリスからもらったペンダントを眺めていると、店の目の前に黒塗りの大きい空飛ぶ車が着陸する。運転手が出てきて傘を広げ、後部座席のドアを開ける。スーツをキレイに着こなす男が出てきて店内へと入ってくる。
「いらっしゃいませ!」
「八雲つむぐくんとは君?」
その男は物腰が柔らかく、にっこりと優しく笑いかけてくる。
「うん。良い男じゃないか。私はこういうものだ」
名刺を差し出してきた名刺には、
『地球軍司令官 伊藤だんさく』
と書かれている。
「あのー。俺に何の御用ですか?」
「ここじゃあなんだし、車で話さない? 店長さーん!!」
おじさんが呼ばれて裏から出てくる。
「お客様なんでしょうか?」
「少し彼を借りてもよろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ。今日はお客も少ないですし。彼はもう上がらせます」
だんさくの身なりを見た。おじさんは金持ちの前では腰が低くなる。つむぐに耳打ちする、
「つむぐ、こんな人と知り合いだったのか。今度お店に連れて来い」
「今日はじめて会ったんですよ」
だんさくが車に乗り込むと、つむぐも乗り込む。中は豪華で広い作りになっている。
「ついでに家まで送ろう」
「ありがとうございます。あのー、俺になんの用でしょうか?」
だんさくが、こちらの顔を見て言う、
「お仕事中だったのにお休みさせてしまってすまないね。率直に言うが、君はブラックボックスを持っているだろう? 私に渡して欲しいってことでは無いんだ。それをどうするのかを聞きたい」
「持って無いです。誰から聞いたんですか?」
だんさくは、つむぐに笑いかける。
「嘘はつかなくても大丈夫だよ。君が持っていることは我々の情報部隊が把握している」
「そうですか……」
「ははははは。嘘をつくのはしょうがないことさ。この星の命運にも関わるものだからね。君では背負いきれんだろう。どうするつもりなのかね?」
「エリスに相談するつもりではいるんですが、会えなくて」
「エリス・ヒューロンは今やアイドルだからな。平和派の人間達は彼女を積極的に使う。元々はヒューロン家が大事に守ってきたもの。返すのが得策だろう。ただ、今は返さないほうが良い。エリスの弟、
カイオ・ヒューロンが実権を握ろうとしている。ヒューロン家は代々、男女に関わらず一番先に生まれた子が次の王になる。カイオは交戦的な性格で、姉を引き釣り落とし王になり、再び戦争することを熱望している。そのためにブラックボックスを得ようとしている」
つむぐの肩に優しく手を置くだんさく。
「心配はいらないさ。まだカイオは君が持っていることを知らない。我々が君を守る。隠し場所を教えてくれないか? 場所を知らなければ守りようが無い。君の意見を尊重する」
だんさくは、つむぐをあたたかな眼差しで見つめる。
「その…… 隠し場所は…… 俺の部屋の床板の裏に隠してあります」
「ありがとう」
だんさくはレシーバーを取り出すと、
「隠し場所は、八雲つむぐの部屋。床板の裏だ。実行しろ!!」
グウウウウウン
空から何隻もの飛空艇が現れ、つむぐが乗った空飛ぶ車を追い越して行く。
「騙しましたね!!」
エリスにもらったペンダントを掴み、顔を近づけさせるだんさく。
「すまないね。これは地球のためなんだ。君はここで降りてくれ」
空飛ぶ車のドアを開けるだんさく。
「ご協力感謝する」
蹴り飛ばされるつむぐ、
ブチ
だんさくが掴んでたペンダントは切れ、空に放り出される。
「うわあああああああ」
目を閉じて死を覚悟するつむぐだったが、なにか柔らかいものに当たった感触がする。目を開けると、
「もう。あんなヤツを信じてどうするのよ」
さくらにキャッチされて、運転する空飛ぶバイクに乗っていた。
「さくらちゃん。助かったよ」
「だんさくは裏の世界で頭が切れることで有名なのに。私が情報をもらって駆けつけるのが遅かったらどうしていたことか。それでどこまで話したの?」
「黒い箱の隠し場所を教えちゃった」
「なにやってんのよ!!」
「でも大丈夫だよ。嘘の場所を教えたから」
空飛ぶバイクは、つむぐの家の近くの畑の農機具を入れておく倉庫へと停まる。家のほうでは軍隊が押し入っている。
「父さん母さん無事でいてくれ」
倉庫に入り、床板をはがすと、小さな黒い箱が出てくる。
「とにかくここを離れよう」
外へ出ると軍隊に包囲されている。
「それがブラックボックスだね」
「なぜ? 嘘の場所を教えたとがわかった?」
「君を空に放り出すとき。私にはそこにいる彼女に追跡されているのが見えた。私が簡単に人を殺すと思ったかね。泳がしてみたらまんまと引っかかった。さぁ渡してもらおうか」
「……」
微笑みかけるだんさくに睨みをきかすつむぐ。
グルルルルルル
空から大きな飛空艇が現れ、エリスの声が響く。
「私はヒューロン家次期頭首エリス・ヒューロンである。地球軍司令官伊藤だんさく。あなたは宇宙戦争終戦規定に触れる行為をされています。すぐにこの場を立ち去りなさい!!」
「ふっ。今日は引き上げだ。作戦中止命令を出せ!!」
「ラジャー」
「つむぐくん。今度会うときにはたくさんの手土産を持っていくことにしよう。だが、今日の作戦はもう成功している」
だんさくは軍を撤収させて、次々と飛び去って行く。飛空艇から降りて来たエリスは母と父に謝る。
「巻き込んでしまってごめんなさい」
「私達は大丈夫だったわ。つむぐの部屋だけ荒らされただけだから」
父は、家に侵入されたことには触れずに、
「また来い」
父と母に挨拶をすませると、エリスがつむぐに駆け寄って行く。
「久しぶり」
ガバッ
エリスが抱きついてきた。
「つむぐ。無事で良かった。怪我は無い?」
「お、おう。全然大丈夫だよ。なぁ、さくらちゃん。あれ?」
さくらの姿はもうそこには無かった。
「俺は何度もエリスに会いに行こうとしたんだけど」
「うん。最近忙しくて、それに執事のリーチが厳しくて」
「そうだよな。俺はエリスにもう二度と会えないのかと思ってたんだ」
つむぐを見つめるエリス。つむぐは途中で照れくさくなりエリスを両手で引き離すと、黒い箱を取り出す。
「さくらちゃんが返してくれたんだ。さくらちゃんは俺が持っててと言ったけど、やっぱりエリスが持っていたほうが良い」
黒い箱をエリスに手渡した。
「私そろそろ行かなきゃ、仕事をほったらかして来ちゃったから」
去ろうとするエリスに、
「あのー、別れの挨拶は?」
つむぐはエリスが別れの際に、宇宙人式の挨拶で頬にキスをされるのを身構えていた。
「あんな恥ずかしいこと……」
頬を赤くしながら、エリスは去って行く。
「あれ?」
去って行く飛行船を眺めながらつむぐは、頬のキスが宇宙人の別れの挨拶では無いのではないかと妄想を膨らませた。




