母の愛
「何かあったらすぐ電話しなさいよ、電話でられなかったら大家さんでも良いから連絡しなさい」
「あ~もう分かったって!!」
振り返り何度も確認する母を、玄関まで押しながら乱暴に応える。
「1日最低1食は食べなさいよ。人は食べることで元気になるの、食べないと倒れちゃうからね」
玄関の扉の外に母を追い出すと、最後に言う。
この話は一人暮らしをすると決めた時から何度も聞いた話だった。
「分かった、もう何回も聞いたよ。食べるってば」
最後に母にそう告げると、俺は扉を閉めようとする。
「もうちょっと!! 最後ぐらいよく顔を見せなさい」
母が扉をグッと引き、再び扉が大きく開く。
そして俺の頬を両手で包み込む。
「やっと大学生になったのね。一人暮らしは大変だと思うけど、あなたは私の息子なんだから絶対大丈夫。わからない事があれば電話で良いから何でも聞きなさい」
そう言った母の目には涙が浮かぶ。
こういう時の母は何故か力が強くて温かい。
「わ、わかったよ……」
「ふふっ じゃあ頑張りなさい」
母はそう言って、一人暮らしをする息子を見届けた。
そしてコレが俺と母の最後の会話だった。
□□□
目を瞑った母の前で俺は立ち尽くす。
何でだよ、さっきまでピンピンしてたじゃないか。
俺の新居から実家までの帰り道、母は交通事故で亡くなった。
頭が真っ白になり何も考えられない。
ただ俺の脳にこびりついた母の存在だけが、頭の中を巡る。
母の手を握ってみた、さっきまで俺の頬を包んでいた手。
その手は冷たくとても硬い。
その時初めて生きてるものから、生きていたものに変わったのだと実感した。
泣いた。
ただただ泣いた。
いつもは休日に外に出たくないと言う母。
それでも俺の部活の大会の時だけは、誰よりも早く外に出てくれた。
運動が苦手な母。
でも運動会でのリレーは誰よりも一生懸命に走ってくれた。
温厚で優しい母。
しかし俺の為なら厳しい事も嫌われるような事も言ってくれた。
昔俺に言ってくれた厳しい事は、全部俺の為なんだ。
ソレが今ハッキリと分かった。
きっと母だって辛かったはずだ、でも俺の為を思って……。
□□□
一人暮らしの家に帰った。
外はもう真っ暗な夜だった。
玄関の扉を閉めて、明かりがついていない事に違和感を覚える。
当たり前の事なのに、そんな当たり前の事すら、俺は母に貰っていたのだ。
一人暮らしになって初めて迎える夜。
部屋の明かりを付けると、キッチンに何かがあるのが見えた。
「コレは……」
部屋を出て行く前に母が置いていったのだろう。
キッチンにはおにぎりとメモが置かれていた。
『1日1食は食べること!』
母は最後まで母だった。
俺は涙でぐちゃぐちゃになりながら、1食目のおにぎり食べ始めた。
ありがとうございました。
よろしければ他の作品も読んで下さい。