第1話後編
「お待たせいたしました。」
この時だけは手伝いの癖なのかやけに丁寧な口調でやってくる。それがなんともおかしくて仕方ない。
お盆の上にはメインとご飯、お味噌汁、そして漬物が添えられていた。
「肉じゃが?あとこのご飯は?」
メインの肉じゃがはわかる。ジャガイモと牛肉のほかに人参と糸こんにゃく、上には絹さやが一本添えられていた。なんとも暖かそうな湯気を出しながら落ち着く香りを漂わせていた。お味噌汁は具材としては少し珍しいがジャガイモが入っていた。おそらく肉じゃがに合わせたのだろう。ジャガイモのほかには玉ねぎが入っているようで上には小葱が散らされている。
しかしご飯が予想を裏切った。新品の炊飯器で炊かれたご飯はつややかで見るからにおいしそうであった。しかし予想していた純白に輝くご飯粒はどこにもなかった。いや確かにつややかに光り輝いているのだが色が白ではない。薄い茶色に染まっていたのだ。そしてご飯以外にも鶏肉、人参、ゴボウ、キノコらがご飯粒の間から顔を出している。また上にはかわいらしく黄色の錦糸卵が添えられていた。
「かしわめしだよ。覚えてない?」
「かしわめし…」
「こっちのほうじゃ、鶏肉はかしわって呼ぶんだよ。鶏肉の炊き込みご飯だからかしわめしってそのまま。」
「言われたら思い出してきた。」
「よかった。そしたら冷めないうちに食べて。」
「うん。いただきます。」
箸を手に取りまずは味噌汁を一口すする。いつもより若干甘く感じるのは具材に玉ねぎとジャガイモを使ったからだろう。口の中が適度に潤ったところでメインの肉じゃがに手を伸ばす。ジャガイモは大きめに切ってあったのでお箸で半分に割った。すると中からほんわかと湯気がたちのぼる。味が染みたところと中心部分のジャガイモ本来の色合いがなんとも優しいコントラストを表している。割った片方とお肉をすこしあわせてお箸で持ち上げ口の中に入れる。肉の持つ旨味をジャガイモがしっかりと受け止めている。ジャガイモは柔らかく炊かれているがほくほくとした食感を残している。甘めに味付けされた汁がなんとも好みだった。次は人参、またジャガイモ、玉ねぎと牛肉と進めていく。ここで糸こんにゃくをとった。
「糸こんにゃくって肉じゃがにいれるっけ?」
「入れるところが多いんじゃないの?うちはいつも入れてるからいれたけど。表田のところはいれないの?」
あまり意識していなかったが思い出してみると確か入っていなかったはずである。
「うちのには入ってなかったかな。あとお肉。」
「お肉も入ってなかったの!?」
「違う違う。冷蔵庫に入ってたのを使ってたからいつもばらばらだったの。牛肉や豚肉、鶏肉もあったかな。」
「へぇ。関東じゃ豚肉らしいけど鶏肉もうまそうだな。今度やってみよ。」
「うちの母さんが手抜いてただけだよ?」
「でもさ、肉じゃが作ってくれるなんてすっごいお母さんみたいじゃん?」
「みたいじゃなくて、本当なんだけど?」
「そうだったな。肉じゃがもいいけど次はかしわめしも食べてみてよ。先にちょっとだけ味見したけど自信作。」
笑いながらかしわめしを進める飯田。
「味見ってなんかずるくない?まあ、いいんだけど。」
すすめられたので、お茶碗を手にして一口食べてみる。ふっくらと炊かれたご飯。そしてその中で鶏肉の柔らかな食感、ゴボウの歯ごたえ、キノコのジューシーさがそれぞれ喧嘩することなく調和がとれている。それぞれの具材から溶け出した旨味を余すことなくご飯が吸い込んでいる。一口、また一口進める。時々思い出したかのように味噌汁を飲んだり、漬物を食べたりする。それで口の中が一度リセットされる。また新しい気持ちでご飯を食べ進めることができる。気が付くとお茶碗の中はすっかり空になっていた。
ご飯はなくなってしまったが肉じゃがはまだ半分ほど残っている。そして何よりまだかしわご飯を欲していた。
「飯田君…、おかわりいいかな?」
恥ずかし気に茶碗を彼に向けた。
「はいよ!」
はにかみながら彼は私の茶碗を受け取っておかわりをよそいに行った。
2杯目となったかしわめしを受け取り、今度はバランスを考えながら食べ進め肉じゃがもかしわめしもちょうどよく食べ終わることができた。
「ごちそうさま。」
「どういたしまして!」
食べ終わった食器を片付けるために流し場にもっていく。準備はあまりさせてくれないが片付けは割とさせてもらっている。
食器を洗いながら彼はいろいろ味の感想を聞いてきたり、こだわったポイントなどを教えてくれたりする。あまり詳しく聞かれても正直困るし、こだわりもよくわからないことも時々ある。
それでもいつも作ってくれるのでできるだけ丁寧に受け答えするようには気を付けている。
「そういえば、今日の肉じゃがもおいしかったんだけど、なんか違うんだよね。」
「違う?って何かあった?」
「ほら、糸こんにゃくとかお肉とか話したじゃん。家でもよく食べてたけど、家とはどこか違うっていうか。とっても、おいしいかったのは本当だよ!?」
「なんとなくわかったかも。多分、それが家の味ってやつなんじゃない?」
「家の味…」
「お肉とか適当っていてたけどそれ込みでさ、お前んちの肉じゃがの味なんだと思う。」
「そうかな…?」
「試しにさ、家で肉じゃが食べてみたら?そしたら何となくわかるかもしれないぞ。」
「うーん…。」
「そう難しく考えなくていいからさ。とにかく食べたいって伝えたら作ってくれるさ。」
「わかった…」
そんな会話をしているうちに、食器もすべて洗い終えた。二人分しかないのだからそんなには時間もかからない。
「送っていこうか?」
「ううん。いいよ。すぐそこだし。」
「そう…。ならいいんだけど。」
「ありがとう。またね。」
「うん。また。」
そう挨拶をかわしお店の戸を開けて外へでた。
すっかりあたりは暗くなり、街灯と家々の窓からこぼれる明かりが道を照らしている。月は出ていないが、十分安全に帰れるほどの明るさだ。
ぽつぽつと見える星を眺めながら今日食べた肉じゃがのことを思い出す。
「おいしかったんだけどなぁ…」
「家の味かぁ。」
彼に言われた言葉を思い出すように呟きながら夜道を一人自宅に向かった。
家に着くとすでに両親は寝静まっているようで家の明かりはすべて消えていた。
いつも持ち歩いている合鍵を使って玄関をあけ、自宅へとはいった。
少し歩いたので水を飲もうと台所へ立ち寄った。その時いつもの癖でテーブルに目をやった。前から何かあれば書置きをして意思疎通をしていた。
今ではスマホもあるが何となく簡単なやり取りは書置きでいまだにしている。
「肉じゃがか…」
そうつぶやいた後、メモ帳に一言『肉じゃが食べたい』とだけ書いた。
―――
翌日、さっそく母は肉じゃがを作ってくれた。お店で食べた肉じゃがほどおいしいわけではなかったが、懐かしくすっと入ってくる味だった。
「これが家の味なのかな…」
余談だが母は書置きがよほど嬉しかったようで二日に一回のペースで肉じゃがをつく続けた。このことに私はちょっとだけ怒ってしまい『もういらない!』と書置きした。
そこからしばらく肉じゃがは出てこなくなったのだが、1か月ほどたってから『たまになら肉じゃがいいよ』と書いたのだった。