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短編アラカルト

赤い果実と

 大きな大きな森の真ん中に、とりわけ太く頑丈そうな幹をした、美しく芳香立ち上る果実がたわわな木があった。太陽のように真っ赤に照り映える果実と、澄みわたる空よりも混じりけのない青い果実が風と共に枝葉を揺らしている。

 赤い果実はその硬さを、青い果実はほっぺたが落ちるほどの甘い果汁をそれぞれの自慢としていた。

 ナイフで傷つけようとしても刃こぼれてしてしまうくらいに硬くなった赤い果実は、蜜がついには表皮にまで浮かび上がるようになった青い果実と次第に磁石同士が吸い寄せられるようにして、ぴったりとくっつく。

 形は各々違っても、例えば酵素と補酵素の関係のように、例えば縫い目を合わせれば球になる野球ボールのように、一つの塊となって地面に落ちていく。

 大きな森で赤い果実と青い果実がくっついて落ちていく光景は、ありふれたごく普通のことだった。この森の全てがその事を当たり前のことと受け止めていたし、疑問すら持たなかった。

 ところがいつからか少しも硬くならない赤い果実ができていた。硬くならない赤い果実は見た目は他の赤い果実と変わらないのに、いつまでたってもゴムのように柔らかだった。

 硬くならない赤い果実は悩んだ。なぜ私はちっとも硬くならないのだろうか。ナイフでつつかれたらたちまち果汁から種から流れ出てしまうだろうという心配にかられた。

 同じ頃に実った他の赤い果実たちは触れ合えばカチカチと音がするのに、今の形を保つことが私の精一杯なのはどうしてなのか。

 硬くならない赤い果実は悩んだ。なぜ私は赤い外皮の間隙をすり抜けて甘い蜜が溢れてくるのか。しかも青い果実と比べると、森の生き物を虜にするほどの甘さはない。

 考えているうちに年月は足早に過ぎ去っていった。同じ日々を過ごした赤い果実と青い果実たちは互いにくっついては落っこちていった。

 樹上の変化はそれだけではなかった。硬くならない赤い果実のそばには、木は青い果実をつけなくなってしまった。木には感情はないし、硬くならない赤い果実は自然の流れとして受け入れた。

 硬くならない赤い果実はいつかきっと青い果実になるのではないかという期待を抱いていた。なぜなら果汁が溢れるのは青い果実の特徴だから。

 しかしその期待は長くは続かなかった。硬くならない赤い果実はとうとうその形を保てなくなるほどの柔らかさになってきてしまった。

 悪いことは重なるが、実が破れ滴った果汁を通りすがりの鳥が一口含んだ。鳥は刹那に瞳をきつく閉じて酷く鳴いた。

 硬くならない赤い果実は途方もない間木に留まっていたものだから、酸っぱくなってしまった。

 硬くならない赤い果実は悩んだ。とうとう硬くもなれず、甘い蜜も蓄えられずに朽ちていくのなら、一体私は何のために実をつけたのだろうか。

 そしてこの森には赤い果実と青い果実がくっつかなければ落ちることはできない決まりがある。硬くならない赤い果実はその形をボロボロにしようとも、果肉が干からびてしまおうと、樹上にあり続けた。

 果実であったなんて信じられないほど様変わりしてしまうきっかけもあった。見かねた鳥がやってきてあの手この手で硬くならない赤い果実を落とそうとした。

 鳥が鋭い嘴でつつけばつつくほど硬くならない赤い果実は穴だらけになった。鳥の熱心な羽ばたきのために残りわずかの果汁は飛び散った。

 観念した鳥が飛び去った後には、大きな木の片隅にぽつりと赤い塊が辛うじて揺れていた。

 今日も赤い果実と青い果実がくっついて落ちていく。

 大きな大きな森の真ん中に、とりわけ太く頑丈そうな幹をした、美しく芳香立ち上る果実がたわわな木があった。太陽のように真っ赤に照り映える果実と、澄みわたる空よりも混じりけのない青い果実と、たった一つの赤い塊がそこにある。

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