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お嬢様の秘密




「えぇっ!ウィリアム様と一泊二日のご旅行に!?」


「王都に用があるんじゃなかったの!?」



私の自室で母と専属使用人のケイトが朝から大騒ぎである。ケイトは私の髪を結いながら唇をわなわなと震わせ、母は暑くなったのか扇子で顔を扇ぎながら話を聞いているが、その扇子からの風が強すぎて前髪が上がっていた。もはや強風である。


そんな母とケイトを鏡越しに眺めながら、私はぼんやりと口紅に触れる。しかし頭の中では今日の作戦についてばかり考えていた。


御伽噺の告白シーンは深夜だ。


真夜中、王子が入り口のない宙に浮いている塔を見上げる。そこには窓のない煉瓦で作られた窓枠があり、姫がつまらなさそうに夜空を眺めている。王子はその姫に会いたいと石階段を上がる。そして暗がりから手を差し出して姫に声をかけるのだ。


できれば同じシチュエーションでやりたい。それに深夜ともなれば警備も手薄になるし、人目にもつかない。


決行場所は、よくティミッドさんが魔獣を連れて散歩している庭。そこにはちょうど鉄柵があって王宮の中を覗くことができる。モディリーさんもよくそこを利用しているようなので、誘うにはもってこいの場所だ。


あとは、すでにティミッドさん宛に送っているもので準備をすれば、舞台は整う。


早く深夜になればいいのに。そう思うが、ティミッドさんの照れ屋な部分を考えると時間は必要かもしれない。人に告白なんてしたことのない私では分からない部分も多いが、それでも感謝を伝えることだってたまに恥ずかしくなるので気持ちも分からないでもない。誰だって、自分の感情を誰かに伝えるのは難しいと思う。



「どちらに宿泊されるんですかっ!ケイトも連れて行ってください!」


「・・・・いえ、今回は難しいです」


「まぁっ!ケイトに言えないようなことをウィリアム様となさるつもりなんですね!」


「いいえ、しません」


「奥様!どうしましょう!ケイトは司令部に行くだけだと思っていたのでいつも使用している下着をご用意してしまいました!」


「それはいけないわ!赤よ赤!あ、でもウィリアム様は赤より黒かしら・・・・」


「黒・・・いいですね。あ、でもウィリアム様なら黒や赤より淡い色の方がお好きなんじゃないでしょうか」


「レース付きがいいかしら。すけすけの。いつも可憐で清楚な子が下着だけふしだらってぐっと来ない?」


「やだもう奥様ったら!」


「なによぉケイトが言い出したんじゃない!」


「・・・〜っ・・・・・」



脳内お花畑、いやそれでも少し大人の階段を上っている会話に拳を強く握り締めながら歯を食いしばる。どうしていつも母とケイトはこうなんだろうか。よく娘の前で下着の話なんてできるな。


じとっとした目を母とケイトに向ける。私の視線に一瞬顔をハッさせると、少々頬を赤らめている私になぜか優しい目を向ける。そして母は私の頭に、ケイトは両肩に手を置いて鏡越しに微笑まれた。



「ジェニファー。ゆっくりね、進んでいきましょうね」


「そうですよお嬢様、ゆっくりでいいんです。あ、口紅カバンに入れておきますね」


「・・・・・」



急に優しくなった二人にきょとんとする。いつもなら拍車をかけて私をからかい倒すのにそうはせず、『ゆっくりでいい』と私のペースを尊重するようなことを言う。


少しずつ私の心情が『普通のお嬢様』へ寄り添い始めていることに気づいている母やケイトは、再び行われたスペンサー家合同会議で方針を変えたようだが、それを私が知ることはない。


ふふ、と嬉しそうに微笑みながら私をドレッサーから立たせる。そしてカバンを持たせると、そっと背中を押した。まるで『頑張ってください』と言うように。


母とケイトと共にエントランスへと向かう。いつものように執事長のジョージさんがエントランスで待っている。私の姿を見ると皺くちゃな顔をより一層皺くちゃにして微笑む。そして初夏に似合うような青空色のワンピースシャツを見ると、「お綺麗ですよ」と言ってくれた。


そう言われ、改めて自分の服装を見てみる。


髪は一つ結びにした部分をお団子にしており、初夏の風を通りやすくしている。腰は細いベルトで締められていて、膝下までワンピースシャツの下は高さのない焦げ茶色のローファーとなっていて、本当に今の季節にはちょうど良い服装だと思う。


流行には興味がなかったが、ケイトの影響か最近では自分のクローゼットを眺めることも多くなった。どうしてワンピースの上から細いベルトをつけるのか、まだ理由は分からないが良いアクセントになっていると思う。


ジョージさんに褒められると嬉しい。顔を綻ばせる私にジョージさんが孫を見るような目を向ける。母とケイトもにこにことしていてこそばゆい。


ジョージさんがドアを開ける。その先にウィリアム様を乗せた馬車が止まっている。私は服に皺や埃がついていないか確認すると、そっと足を外へと向けた。


馬車のドアが開かれる。長い足を下ろし、ふわりと前髪を初夏の風で揺らしながら麗しの天使が微笑みを携えながら降りてくる。眠たげな瞼の下に転がる宝石のような深緑の瞳が細められる。薄い唇で弧を描きながらウィリアム様がゆっくりとこちらへと近づく。



「ごきげんよう、ウィリアム様」


「うん、会いたかったよ」



ワンピースの裾を掴み、膝を曲げて丁寧に会釈をする。ウィリアム様も胸に右手をあて、お辞儀をする。


母とケイトがその光景に胸の前で手を合わせて幸せだと顔を綻ばせる。ジョージさんも瞳が埋もれるくらい目を細める。なんとなくその姿に照れてしまいながらも、ウィリアム様へと視線を向ける。陽の光を受けてきらきらと輝く姿は本当に天使のようだ。


両手を伸ばしたウィリアム様がそのまま歩み寄り、私を抱きしめる。その胸元で無表情のままぼんやりウィリアム様の青色のシャツとベストを間近で眺める。



「(あ、同じ色だ・・・・)」



いつもだったら気にならないシャツの色が、自分のものと同じだと気づくとなんとなく嬉しかった。


ウィリアム様が私の顔を見下ろす。そして前髪にキスをすると嬉しそうに目尻を下げた。それから背中に伸ばしていた手で私の手を握る。きゅ、と強く握られた。


手の甲を親指の腹で撫でられる。まじまじとその様子を幸せそうに眺めるウィリアム様におろおろする。ケイトがよくクリームを塗ってくれるからシミはないとしても、あまりじっと見つめられると多少は恥ずかしい。


手を引こうとするけれど、きゅとさらに握られてしまってどうすることもできない。私が照れていることに母とケイトが気づいてにやにやと笑っている。ああ、頼むから離してください。



「ウィリアム様・・・あの、」


「うん?」


「お、お手を・・・・・」


「うん。・・・離そうと思ってるんだけどね」


「・・・・・・」


「なんだかできなくて」



困ったように眉を下げるウィリアム様がはにかむ。


以前、ウィリアム様が私の背中に向かって手を翳し、握りしめるが掴めなかったことを思い出し、今はこうやっていくらでも触れられる距離にいるということを喜んでいるなど私は知らない。


その表情にかぁぁぁと顔を赤くする。これ以上触れられていると『あいつ』が騒ぎ出しそうなので離してほしい。もう片方の手をウィリアム様の手に重ねる。そうするとなぜかその上にウィリアム様の手が重なる。


どうして両手を重ね合っているのでしょうか。



「あ、あの・・・・・」


「ふふ・・・・ごめん」


「あ、いえ」



スッと手が外される。そうすると初夏の風が私の手を冷やしていく。ウィリアム様の体温が離れていくような感じがした。


私は両手をじっと見つめる。そこにはただ手の皺があるだけだが、すうすうとしてどうしてかそれが嫌で握りしめる。開いたり閉じたりを繰り返す私にウィリアム様がクスクス笑う。


離れることに違和感を持つようになればいい。


そうウィリアム様が思っているとも知らず、肩を抱かれ母とケイトへと向き直る。そこには溢れんばかりの笑顔で突っ立っている二人がいた。そして胸の前で手を合わせたまま足早にウィリアム様へと歩み寄る。とてつもなく足早だった。



「ウィリアム様っ!先ほどお嬢様からおうかがいしたのですが、本日から一泊二日でご旅行なんですか?」


「ああ、うんそうだよ」



ケイトから『一泊二日』という言葉が出たところで私がぎょっとする。なんだか自室での話を思い出してしまう。頼むから何も言わないでくれ。


ケイトを止めようと一歩歩み寄る。しかしケイトが私の仕草に気づくとわざとらしく無視をしてウィリアム様を見上げた。



「お嬢様は本当に寝相が悪いんです!それはもうがっちりと抱きしめて寝ていただかないとベッドから落ちてしまうほどに!」


「ケイト・・・・・!」


「お腹を出して寝ますから、定期的に服が乱れていないかご確認くださいませ!」


「(ウィリアム様は私の保護者なのか・・・・!)」


「そのまま乱して乱れまくっても良いとケイトは思っていますが!」


「・・・・っケイト!!!」


「起こしてもしばらくぼんやりしておりますので寝覚に良いキッスをお見舞いしてください!」


「ケイトぉ・・・それ以上言ったら専属から外します・・・・」



私が腹の底からどすの効いた声を出すと、ケイトがびくっと肩を揺らした。母もケイトの言葉にこくこく何度も頷いていたのを止めると、口元に手を添えて「まぁ」と言った。まぁではない。


ぷるぷると顔を真っ赤にしながらケイトを睨み付ける。その様子を眺めていたウィリアム様がきょとんとする。それからクスクスと笑うと私の耳にキスをする。



「はは、よく表情をころころと変えるようになったね」



そう言われてはた、と気づく。以前まではここまで感情を露わにすることはなかったと思う。人様の前でケイトを叱りつけることもなかった。確かにその通りだと思う。


だけどそれは良い変化なのだろうか。人様の、公爵家のご子息の前でこのようなはしたない姿を晒すのは良い変化と言わない気がする。


ウィリアム様の言葉に目を伏せる。その様子にウィリアム様は目を細めると嬉しそうに顔を綻ばせて母とケイトへ顔を向けた。その可愛らしい天使のような表情に母とケイトはうっとりとしていた。



「宿泊する宿は二部屋用意しているので、そういうことにはならないかと。ああ、寝覚のキスはするつもりですが」


「・・・・!」


「ま、まぁそうですかウィリアム様!」



母が残念そうな顔で言う。その母にこくんと頷くとウィリアム様は私の肩をぐっと引き寄せる。その手が肩をぽんぽんと叩く。まるであやすように。


にこにことするウィリアム様に母とケイトもにこにこする。私はどんな顔をしていいのか分からないので眉を下げる。その私の表情を愛おしそうにウィリアム様が眺め、再び母を見る。



「大事な子なので、大事にしたいなと」


「・・・・・・・」


「急ぐ必要はないと思っています」


「(ジェニファー・・・良い旦那様を見つけたわね・・・お母様は幸せですっ!ゔぅ・・・)」



母とケイトが涙を流しながらウィリアム様を見つめる。私はと言えば『大事な子』というウィリアム様の言葉に胸を押さえる。なんだろう、すごく嬉しかった。


だけどその横目に、ウィリアム様が片方の口角だけ上げたのが見えた。その表情をしたということは何か悪戯を思いついたのだろう。それに気付き、バッとウィリアム様を見上げる。


しかし一歩遅く、ウィリアム様から信じられない言葉が呟かれる。



「ああ、でもそのうちご想像通りにはなりますのでご安心ください」


「・・・・・っ!」


「まぁっ!まぁっ!・・・・や、やだもう!ウィリアム様ったら!」


「ケイトはちょっとお嬢様の下着を新調して参ります・・・・!」



ウィリアム様の爆弾発言にスペンサー家が震撼する。


困惑する私を他所にケイトは急いで外出の準備を始め、母はジョージさんに赤飯を調達するよう指示をしている。その光景をウィリアム様はくすくすと微笑みながら馬車へと向かう。


い、いやだ。ウィリアム様と二人きりになりたくない。


窓に張り付いてジョージさんを見つめる。ジョージさんは胸の前でぐっと拳を握りしめるだけだった。そんな私をご機嫌そうに眺めるウィリアム様がこちらへと手を差し出す。



「おいで」


「(い、行けるわけない・・・・!)」


「・・・窓に指紋がつくと執事がとやかく煩いんだよな」


「!・・・・も、申し訳ありません」



バッと窓から離れる。するとウィリアム様が身を乗り出してそのまま私を後ろから抱きしめた。も、もう嫌だ。なんだろうこの方スキンシップが多すぎる。心臓が間に合わない。鼓動が間に合わない。


ぐっと腹部を持ち上げられ、ウィリアム様の横に座る。首元に顔が埋まってこそばゆい。誰かこの方を止めてくれ。



「ウィ、ウィリアム様・・・・」


「うん?」


「あ、あの近・・・いです」


「近いと何か都合が悪いのかい」


「・・・・そうですね」


「どう都合が悪いの?」


「(言えるわけないですよ・・・・!)」



ぐにゅりと『あいつ』が嬉しそうに這いずり回る。先ほどの話もあるし、どうしても意識してしまう。意識しない人間なんて鈍感を通り越してもはや生物ではない。


頼むからそれ以上何も言わないでくれと目をぎゅうと瞑りながら堪える。その様子にウィリアム様が私の肩に頭を乗せたまま横を向き、ずっと近い場所でうっそりと薄い唇を開いた。



「・・・・男として意識した?」


「・・・・・っ」


「私も男だよ」


「・・・・ぞ、存じております」


「本当かな、本当にそう思ってる?」



頬に手を添えられて顔を上げられる。なのでこくこくと頷く。しかしムッとするように眉を上げてウィリアム様がこちらを見下ろす。馬車の中は日差しが入らなくてその深緑の瞳が仄暗く見える。


ぐちり、と若紫色に変わっていく様子を見せつけられる。それが嫌で顔を背けようとする。だけど両頬を掴まれて動かせない。


ぐっとウィリアム様が身を寄せる。そしていつもよりゆっくりと若紫に変わっていく瞳を向けられる。



「ほら、ちゃんと見て」


「・・・・・」


「君の色に変わっていくよ」


「・・・・・・・」


「私が君のものになっていくよ」



まるで暗示の言葉を囁くようにウィリアム様が言う。ウィリアム様が私の瞼に親指の腹を乗せる。乗せるだけで目を閉じるようにはしない。ぐっと魔力が込められていくのが分かる。ウィリアム様のようにゆっくりと私の瞳が深緑へと変わっていっているはずだ。


ウィリアム様がさらに顔を寄せる。お互いの瞳しか見えないように、他のものなど何も見えないように。暗がりの中、長い睫毛がぱちぱちと揺れる。瞬きをするたびに色が変わっていく姿を見せつけられる。そんなことをすれば、私はこの行為をされる度に今日を思い出してしまう。


まるで、私の限りある時間を侵食するような行為だった。



「私がよく君の唇を食んでいる意味を分かってる?」


「・・・・・・」


「うん?」


「た、・・・食べる・・・・に直結しているのですか」


「そう。それくらい君が欲しいからだよ」


「・・・・・」


「口だけじゃなく、どこだって」


「・・・・・・・」


「体も心も欲しい。それって男じゃないかな。お嬢様はそんなことを言葉にしないだろう?」


「お、・・・・男です。男性です。ウィリアム様は男性です」


「うん。・・・・ちゃんと分かった?」


「はい、はい。とても。とても分かりました」



なので離してください。目を見開きすぎて涙の膜ができている。ぱちぱちと動かすと涙が目尻を伝った。その様子を間近で眺め、ウィリアム様がそっと顔を上げる。流れた涙に頬をすり、と寄せる。そうすればウィリアム様の頬が濡れてしまう。だけどそれを喜ぶようにニヒルに微笑む。


それから身を乗り出して、顔が真逆な状態で軽く唇に触れられる。すぐに離れたけれど、若紫の瞳がいつまでもこちらを見るので私は気が遠くなった。


『ほら、ちゃんと見て』


悪魔の囁きだった。


それからしばらくお互いに窓の外を眺めて王都へと向かう。ウィリアム様は何か考え事をしているようでぼんやりしていたが、私は先ほどの行為に胸を押さえる。私をそういう対象として見ているということを込みにしても、先ほどの行為はあまりにも強烈だった。強烈すぎて頭にしっかり刻まれた。それほどまでに意味が込められた行為なのだと見せつけられた。



「(ずるいを通り越して残酷だ・・・・)」



もう私はあの行為を普通に受け止めることはできない。されるたびに今日を思い出して、ウィリアム様が私のものなのだと認識させられる。暗示だ。呪いだ、あんなもの。どうしてくれるのか。


私が痛すぎる胸を押さえていると、王都が見えてくる。


馬車で王都の大通りを進み、中央司令部の前で馬車が止まる。すぐに降り、カバンから許可証を取り出す。それを受付所の係員に見せ、中へ入れてもらう。


以前の反省もあり、宿舎へと向かうとすぐにコンフィアンス様を呼ぶ。係員がコンフィアンス様は鍛錬場にいると教えてくれたので、そのまま向かう。


ウィリアム様と並木道を歩く。初夏の風を受け、前髪を揺らしながら顔を上げるウィリアム様の頬を木漏れ日が照らす。その様子を見ていると、深緑の瞳と目が合う。ただその色が深緑というだけで今の私は安心してしまう。


すぐに顔を前へと向け、鍛錬場へと向かう。すると何か訓練が終わるところだったのか、わらわらと兵士が汗を拭いながら出てきた。その中にコンフィアンス様とデューアさんを見つける。


デューアさんがこちらに気づく。そしてコンフィアンス様の肩を叩く。コンフィアンス様はすぐにこちらへ顔を向けると、ぱぁと顔を明るくした。



「ジェニファーちゃん!」


「コンフィアンス様、ごきげんよう」


「うん、ごきげんよう。ウィリアム君もいらっしゃぁい」


「お久しぶりです、コンフィアンス殿」


「三日ぶりですけどぉ」



コンフィアンス様とウィリアム様がにこにこ微笑みながら会話をする。やはりまだ仲が良いわけではないらしい。その様子にデューアさんがケラケラと笑う。


それから場所を移動し、ティミッドさんがいる棟へと向かう。ティミッドさんにはすでに荷物を送っているので、もしかしたらその棟に運んでくれているかもしれない。


コンフィアンス様を先頭に魔獣のいる棟の重たいドアを開き、中へ入る。ティミッドさんは魔鷲(ファルケルー)と呼ばれる人間よりも大きい姿の鷹に餌を与えていた。


私はその魔鷹を目の前にし手を合わせて顔を明るくする。ここは宝庫である。もはやここに住みたい!


私はきらきらとした目で魔鷹を見上げる。その瞳に魔鷹が嫌そうに顔を逸らしたような気がした。ショックだった。



「ジェニファーさん」


「あ、ティミッドさん、ご挨拶が遅れました」


「いやいいんすよ、本当に魔獣が好きなんすね」


「はい、それはもう!」


「(その顔もっとウィリアム兄さんに見せてあげたらいいのに・・・)」



そんなことを思っているとも知らず、私はティミッドさんへと荷物が届いているかを聞く。その質問にティミッドさんが頷くと一度奥へと消えていった。そして木箱を両手に抱え戻ってくる。中からフラスコと硝子瓶がぶつかるような音が聞こえる。


よっと、とティミッドさんが掛け声をしながら床に木箱を置く。それにお礼を言ってから木箱の蓋を外し、敷き詰めていた藁を取り除いていく。するとすぐに私の魔術道具が顔を出す。うん、いつ見ても心が踊る。


その様子をティミッドさんが優しい目で見る。そして私と同じように屈み込むと、不思議そうにどろりと緑色の液体が入っている小さな硝子瓶を取り出した。



「ジェニファーさん、これって何ですか?」


「ああ、これはパンメガス草と呼ばれる薬草を煮詰めたものです」


「パンメガス?」


「はい。山岳地帯にのみ生える草で、その草を食べる山羊は通常の山羊よりも大きく、含む魔力も多いとされています。なのでこの草を使えば、ものを巨大化させることができるんです」



以前ブライトさんのために虫眼鏡を大きくしたが、その際に利用したものを持ってきた。あの頃はまだ依頼を受けるなんて初めてのことだったから緊張していたな。と思い出して自然と笑みが溢れてしまう。


その横顔をウィリアム様も当時を思い出し、微笑んでいたらしいが私は気づかなかった。



「へー、ジェニファーさんって本当に魔術とかに詳しいんすね」


「はい・・・これが取り柄というか特技・・・趣味なので」


「(ウィリアム兄さんっていう美青年をめろめろにするというのも特技に入ると思う)」


「あ・・・えっと、それでこの煮汁であるものを巨大化させようと思います。ここで実験を行っても?」


「あ、はい。どうぞ」


「ありがとうございます」



ティミッドさんにお礼を伝えてから、木箱をごそごそと漁る。そしてケイトに頼んで買い込んでもらったものを取り出す。両手に乗せ、一度ティミッドさんに見せると見覚えがあるようで眉を上げた。


その表情に私はにこりと微笑む。すると今から発表会が始まると知っているウィリアム様がうきうきとこちらを見る。その表情にコンフィアンス様とデューアさんもこちらへと視線を向けた。


ーーーさぁ、種明かしだ。



「磁石・・・・っすか?」


「はい。私の家にあるものと、あといくつか購入しました」


「でもこれをどうするんすか?」


「はい。まず、磁石は金属に反応するという性質を持ちます。このように、私や硝子には反応しませんが、フラスコを支える支柱は金属なので反応します」


「そうっすね、それが磁石ですもんね」


「はい。この磁石は一つでも張り付くことができますが、その上に重ねることもできます」



一度そこで言葉を区切り、支柱につけた磁石の上にもう一つ重ねる。するとぴたとくっついた。


そりゃそうでしょ、という表情をティミッドさんが浮かべる。その表情に私はにこにこ笑いながら、もう一つ磁石を掴む。



「磁石は重ねることである程度磁力を強めることができます。屋敷で試してみたのですが、その磁力は二つ重ねれば磁力が二倍になるというわけではないようです。あ、磁力というのはーーーー」


「ちょ、っと待ってください。なんか難しい話しようとしてます?」


「・・・・磁力については今は説明しないでおきます。確認いただきたいのは、これです」


「・・・・・」



三つ目の磁石を一度裏返す。そうすると先ほどまで重ねられた磁石が反発しあい、一定の隙間を保ったまま動きを止めてしまう。私がぐっと指に力を入れて磁石を重ねると一度は触れ合ったが、手を離すとすぐに床へと落ちてしまった。



「このように、磁石には表と裏があるようです。専門的な用語ではS極とN極と呼ばれ、SとNは重なりますが、NとNでは反発します。その理由としては、磁界と呼ばれるものを磁石は発していて、磁界は一定の方向に流れているそうです。その流れはN極から流れ出し、S極へと戻っていく。つまりN極同士だと放出する側なので反発するわけです」


「S・・・え、N?えっと、磁界・・・・」


「・・・・・・」



指を磁石に見立て、どうにか理解しようとティミッドさんが考えるがうまく飲み込めないようだ。まるでオルトゥー君を目の前にしている気持ちになる。最近ブライトさんやオルトゥー君の顔を見ていないので、またシュークリームを買って会いに行こう。


そんなことを考えながら、私はじっとティミッドさんを見つめる。しかし飲み込めきれないのか頭をぽり、と掻いたので別の例を伝えようと考える。そしてすぐに答えが出る。


ちょうどお二人を見ていて思いついたのだ。その方がティミッドさんも分かりやすいかもしれない。


私は一度振り返り、コンフィアンス様とウィリアム様を見上げる。私の視線にお二人がにこりと微笑む。今は横に並ぶことも気にならないようだが、少し前までは反発しあうように離れていたように思うので、少しは仲良くなれたのかなと他所で思った。



「ティミッドさん、先日コンフィアンス様とウィリアム様が魔力相撲をした際、お二人に対してティミッドさんが言ったことを覚えていますか?」


「え・・・俺何言いましたっけ、もう兄貴諦めろって言ったような・・・・?」


「言ってないわ!そんで諦めてないわ!」


「兄貴も認めないっすねぇ・・・・」


「負けてないもん!ウィリアム君がずるしただけだから!」


「・・・・大人気ないですよ、コンフィアンス殿」


「おうおう言ってくれるねぇ、束縛男」


「・・・それが何か?」


「(開き直るんじゃねぇよ・・・・っ)」



また喧嘩が始まりそうな状況にティミッドさんとデューアさんが頭を抱える。そしてティミッドさんがコンフィアンス様の肩を掴むと、少し距離を取らせた。


私も早く説明を終えたいと思い、こほんと咳払いをする。それからティミッドさんへと視線を向ける。



「ティミッドさん、ティミッドさんはお二人の今のような状況に、『反発する』と言いました」


「言いましたっけ?まぁその通りだと思いますけど」


「例えばお二人から魔力が放出されているとします。魔力相撲のようなものです。お互いに壁をつくれば反発しますよね。向かい合えばそうですが、背中を合わせれば重なる」


「・・・・・・」


「(ウィリアム君と背中合わせとか想像しただけで吐きそう・・・)」


「ふむふむ」


「磁石も同じです。極が違うと、反発してしまいます」


「あ、そういうこと」



理解してくれたようで、ティミッドさんがにこりと笑う。その笑顔を見てから、私はティミッドさんが手にしている小さな硝子瓶を受け取る。その瓶のコルクを外し、地面に落ちている磁石に一滴だけ滴下する。すると、少しずつ磁石が大きくなっていった。


その様子を魔術師の面々が興味津々で見ていた。



「パンメガス草の煮汁を一滴滴下すると、だいたい人の顔くらいになります。これを何回か繰り返し、必要な数だけ作ります」


「はい」


「先ほどお伝えしたように、磁界の向きを合わせれば重ねることもできます。二倍とまではなりませんが、その分磁力は強まる。そして、その上に磁界が逆さまな状態で大きくなった磁石を乗せたらどうなりますか?」


「反発しますね」


「はい。磁石に含まれる磁力もその分大きくなるので、反発する力も強まります。つまり、浮かび上がるわけです」


「・・・・ということは」


「はい。重ねた数だけ、反発する磁石は高く上がります。ある程度魔力を施す必要はありますが、私の見立てでは石階段を作ることも可能だと思っています」


「おぉ・・・・・!」


「あとは重ねた方の磁石を運べば、人を二人乗せ運ぶこともできるでしょう」


「・・・・すっげぇ!すごすぎますよジェニファーさん!!」


「ゔっ・・・・」



私の説明に興奮した様子でティミッドさんが両肩を掴む。そしてがくがくと揺さぶられる。それから気持ちが溢れたのかガバッと抱きしめられた。驚いて私は手をティミッドさんの脇の下で手を上げたまま固まる。



「すっげぇ!なんでそんなこと思いつくんすか!?まじすげぇ!ジェニファー姉さんって呼ばしてください!ああっありがとうございます!すげぇ嬉しいっす!」


「おいティミッド!俺のジェニファーちゃんに何し・・・・ジェニファーちゃんに抱きつくな!」


「ハッ・・・・!す、すみません!ウィリアム兄さん!」


「おぉいなんで俺じゃなくてウィリアム君に謝るんだよ、俺だろ俺ぇ!」



慌てたティミッドさんがバッと私から離れ、ウィリアム様にぺこぺこと頭を下げている。ウィリアム様は天使のように柔らかく微笑んでいるが、その目は鷹のように鋭かった。


私はおろおろしながら皺が寄った服を整える。そしてパンメガス草の煮汁を滴下し、大きくなった磁石を持ってみる。屋敷でも一度試したが、磁石は大きくなると結構重くなるみたいだ。まだあと二十は用意しようと思っているので、重労働になりそうである。


荷台を借りようかと辺りを見回すが目当てのものはない。どうしようかな、と思っていると私の横にデューアさんが並ぶ。そして簡単にひょいと磁石を持ち上げてしまった。その屈強な体に私は感心する。



「これどこに持って行きます?」


「あ、ひとまず何かに乗せようかと」


「あと何個作るんすか」


「二十くらいを予定しています」


「手伝います。ここで作っちゃっていいっすよ、俺運ぶんで」


「・・・ありがとうございます」



そう言われた私はすぐに別の磁石へ煮汁を滴下する。その様子をデューアさんが屈み込んでじっと見つめる。みるみるうちに大きくなっていく磁石を何も言わずに見つめる。


なんだろう、何か話しかけたほうがいいのだろうか。


そう思い、デューアさんに声を掛けようとする。しかしデューアさんが磁石を眺めながらぼそと呟く。



「ジェニファーさんには感謝してます。ティミッドの恋を叶えるためって何度も来てくれるし、こうやって準備もしてくれるし。それは俺だけじゃなくてエナマティもベティーヌも兄貴も思ってます」


「・・・・・・」


「普通こんなとこ、お嬢さんが来るような場所じゃないんすけど、でも来てくれてよかったって思ってます」


「・・・デューアさん・・・・」


「ティミッドもああだから、いつまで経ってもモディリーさんに声かけねぇしそのうち忘れちまうんじゃないかと思ったんすけど、いいきっかけになったと思います」



そう言うデューアさんの表情は優しい。『仲間』であるティミッドさんの幸せを心から願っているのだと感じる。仲間を持つ私としても、そうやって仲間の幸せを願うことはとても素敵だと思う。


デューアさんがこちらを向く。そして頭を下げてくる。私が慌てて屈強な肩に触れて顔を上げてもらおうとするが、それでも下を向く。それから、大きな体とは裏腹に小さな声で呟いた。



「俺らも頑張るんで・・・よろしくお願いします」


「・・・・・・」


「・・・・俺、荷台持ってきます」


「あ・・・・」



デューアさんが立ち上がって奥へと歩いて行ってしまう。私もすぐに立ち上がると、ぐっと拳を握る。


デューアさんも本気だ。本気でティミッドさんを応援しようとしている。だったら私も応えないと。依頼を解決するためだけでなく、ティミッドさんとモディリーさんの幸せを私も願っている。



「デュ、デューアさんっ・・・・・!」



急に声を張り上げた私にティミッドさんからウィリアム様までこちらを向く。その視線を背中に受けながらも、私はデューアさんを真っ直ぐに見つめる。デューアさんが振り返る。私の声に驚いたようで目を見張っていた。


こうやって気持ちを表現するのって苦手なんだよな。


そう思いながらもぐっと拳を握り直してデューアさんに向かって口を大きく開く。



「わ、私も頑張ります!絶対に成功させてみせます!一緒に頑張りましょう!」



デューアさんに思いを伝える。するとしばらくきょとんとしていたデューアさんがニッと笑う。そして胸の前で拳をぐっと握り締めた。


期間限定ではあるものの、『仲間』になれた気がした。


後ろでティミッドさんたちも優しく笑っている。ウィリアム様も腕を組みながらふわりと微笑んでいる。私は照れ臭いのでそのまま視線を磁石へと戻すと、すぐに作業に戻る。


そこにティミッドさんも手伝ってくれるのか屈み込む。コンフィアンス様はデューアさんと一緒に荷台を探しに行くのか奥へと向かう。



「お人形さん」



ウィリアム様が隣に屈み込む。床に並べた磁石を眺め、手伝うのか木箱から磁石を追加で取り出し並べていく。そして薄い唇で弧を描くと目を細めた。



「頑張ろうね」


「は、・・・はい!」



大きく返事をする。ウィリアム様が頭を撫でる。その様子をティミッドさんが幸せそうに眺める。


それから荷台を取りに行ってくれたデューアさんとコンフィアンス様が戻ってくる。ひょいひょいと荷台に大きくなった磁石を乗せていくデューアさんに驚きながらも、私は作業を続ける。


そして全てが完了すると、一度談話室に行こうということになった。皆で棟を出て、宿舎へと向かう。司令部に着いたのは昼ごろだったと思うが、随分と日が傾いてきていた。このまま空は青空からオレンジに変わり、いずれ藍色になることだろう。そして、作戦が始まるのだ。



「(楽しみだな・・・・)」



ぼんやりと空を眺めながらそう思う。ティミッドさんは緊張しているのかデューアさんに何か話しかけているようだけれど、その緊張を拭い切れるだけサポートするつもりだ。ティミッドさんが気持ちよく告白できるように手助けをしたい。


もし、モディリーさんが告白を断ってもティミッドさんには『仲間』がいる。きっと彼らが落ち込むティミッドさんに声を掛けるので大丈夫だと思う。仲間っていいものだ。どんなに辛いことがあっても、それを乗り越えられるだけの力を秘めていると思う。


久しぶりにフォーさんに会いたくなる。今は何をやっているのだろうか。


そんなことを考えていると、不意にコンフィアンス様が私の横に並ぶ。そしてウィリアム様を呼んだ。私の後ろを歩いていたウィリアム様がその声に気付き、コンフィアンス様とは反対へと回り込む。もし私が普通のお嬢様だったなら、両手に花状態だと思っただろう。



「ジェニファーちゃん」


「は、はい」


「その腕輪さ」


「・・・・はい」



急にコンフィアンス様が腕輪を話題に出す。私も自然と自分の右腕を目の前まで上げる。グロート卿にいただいた腕輪。今も呪いの進行を止めてくれる水晶がまた少しだけ黒ずんだような気がする。


その様子をじっと見る。するとコンフィアンス様も腕輪を見る。そして長い腕を伸ばすと、そっと私の腕輪に触れた。


そして、眉を下げながら呟いた。



「これ、ただのアクセサリーじゃないね?」


「え・・・・・」


「魔術具だろ?中には魔術具をアクセサリーに使う人もいるけどさ、ジェニファーちゃんのは違うよな?」


「・・・・・・」


「俺こういうのも詳しいから気づいちゃうんだわ」



そう言われ、私は思わずウィリアム様を見上げる。ウィリアム様もまさかコンフィアンス様に腕輪をアクセサリーではないと言われるとは思わなかったのか、驚いた表情でコンフィアンス様を見る。


私とウィリアム様の視線にコンフィアンス様がケラケラと笑う。そして表情を真剣なものに戻すと、どこか遠くを眺めた。



「ジェニファーちゃんの腕輪が気になったってことと、最近会議に参加した時ウィリアム君の名前を中将から聞いたことを思い出してさ。・・・ジェニファーちゃんも、プレジの件に関わってるんでしょ?」


「そ、それは・・・・・」


「あの中将、ブラーヴって覚えてる?」


「・・・・・・」


「その顔なら覚えてんな」



まさかカルム村で出会った軍人と知り合いだとは思ってもみなかった。この様子だと、コンフィアンス様はプレジであった出来事と、その主犯であるアントリューのこともご存知なのだろう。


このまま黙っていても意味はない。それにコンフィアンス様は魔術師だ。王宮の図書館で呪いについて調べるよりも、有益な話を聞き出せるかもしれない。


一度ウィリアム様を見上げる。ウィリアム様もこくんと頷くと、コンフィアンス様へと視線を向けた。



「コンフィアンス殿、ここではなく部屋で話をしたいのですが」


「ああ、そういうことなら部屋用意するから待ってろ」



コンフィアンス様はそう言うと、ティミッドさんに声をかける。そして宿舎へと向かう足を別の棟へと向けた。それから親指でどこかを指し示す。



「こっち。聞かれたくなさそうだし、良い部屋用意してあげるよ」


「ありがとうございます」


「いえいえ、ジェニファーちゃんのためだよ」



ウィンクをするコンフィアンス様はいつも通りだけど、その後見せた表情は軍人そのものだった。


私とウィリアム様もコンフィアンス様の後に続く。見えてきた赤煉瓦の棟へと入る。すると入った瞬間ぴりぴりと強い魔力を感じる。コンフィアンス様が『良い部屋』と言っていたので、誰かに内容を聞かれないように魔術が施された部屋が用意されているのかもしれない。


一番手前の部屋にコンフィアンス様が入る。ウィリアム様に背中を押され、先に入る。そこは壁一面に本棚が用意された応接室のような部屋だった。大きなテーブルの横に一人掛けのソファがいくつも並んでいる。


そのソファにどかっと座ったコンフィアンス様が隣の椅子を掌で示す。私は急いで歩み寄ると、そこへ腰を下ろし、コンフィアンス様を見る。


ウィリアム様も私の横に座ったところでコンフィアンス様がにこりと笑う。



「そんで?場合によっては俺助けられると思うけど」


「・・・・・よいのでしょうか」


「それが仕事だし。魔術に関することなら俺ほど適任な奴はいないと思うよ」


「・・・・・・」


「まずは言ってみ。それから判断するから」


「・・・・ありがとうございます」



コンフィアンス様の信頼できる目に私はぐっと拳を握る。


そしてカルム村とプレジの街であったことを全て話す。フォーさんの旦那さんであるジャンティーさんが失踪したところから、プレジの状況、そして塔で行われていたおぞましい作業、それからアントリューとルナルドという男女について事細かく説明する。


最後に、私の腕に施された呪いについて説明すると、コンフィアンス様が身を乗り出して私の腕に触れる。私も見やすいようにシャツの袖を捲ると、そこに浮かぶ黒い痣を見下ろして眉を顰めた。



「なぁるほどね・・・・この腕輪ないとどうなる?」


「この呪いは、私が誰かに呪いについて説明すると発動するようになっています。黒い痣からどろどろとしたものが溢れてきて、首を締めます」


「呪殺系か・・・・そのアントリューって女何者なんだよ」


「分かりません・・・・でも、近くに立っていても魔力が強いと感じました」


「・・・ジェニファーちゃんの言い方だと、そのアントリューはジェニファーちゃんを狙ってんだろ?しかもこんな呪いつけて、わざわざ自分のところに来るよう仕向けるとか狂ってやがる」


「・・・・・・」



アントリューの赤い唇を思い出し、思わず身震いをする。気味の悪い笑みを浮かべ、扇子の先をこちらに向けるアントリューがクスクスと声を漏らす。あの目も、笑い声も嫌いだ。もう二度と会いたくない。



『早く会いたいわ』



そう黒い痣が言っているような気がして、思わず俯く。ぎゅうと右腕を握りしめれば確かに魔力を感じた。こうやって集中すると魔力があるのが分かる。わざと気づかれにくくしているようで、最初分からなかったがウィリアム様に『邪な力を感じる』と言われてから私も気づくようになった。


私の様子をウィリアム様とコンフィアンス様がじっと見つめる。


そしてコンフィアンス様が頭をぽり、と掻きながら大きくため息をつく。そのままソファに座ると天井を仰ぎ見た。



「ちなみにさぁ、その呪いの解き方ってまだ分かってないんだよね?」


「はい・・・今回司令部に来たのも、帰りに王宮の図書館に寄れるからです」


「で、そんな大変な時に俺がティミッドの恋叶えてやりましょーとか言ったってわけか」


「い、いえ、そういうわけでは」


「そういうわけだよ。前にベティーヌがその腕輪の話題を出した時にアクセサリーじゃないっしょって分かってたのに別に目が入って踏み入らなかった」


「・・・・・・」


「・・・・悪かったジェニファーちゃん」



コンフィアンス様が膝に手をついて頭を下げる。その様子に私が慌てて立ち上がろうとするが、ウィリアム様が腕を掴んで止めた。でもコンフィアンス様は悪くない。図書館に行かなかったことに対し、コンフィアンス様は直接関与していない。それでもウィリアム様は腕を強く掴む。


その様子にコンフィアンス様が顔を上げてウィリアム様を見る。



「ウィリアム君も悪かったな。言ってくれよ、そういう大事なことは」


「・・・いいえ、私も意味もなく意地を張りましたので」


「え、・・・謝るの?俺が謝るターンじゃね?」


「あなたの魔力を受けた今であれば、初日にお話しておくべきだったと思いますので」


「・・・素直なウィリアム君なんて鳥肌立つからやめてくれない」


「・・・・気色悪いですね」


「なっ・・・・!勘違いすんな!」



バッと立ち上がりコンフィアンス様が眉を吊り上げながら言う。私はまた始まったのかとぼんやりコンフィアンス様を見上げる。その視線に気づいたコンフィアンス様はこほん、と咳払いをする。そして再びどかっとソファに座ると、じとっとした目でウィリアム様を見た。



「まぁ、お互いジェニファーちゃんを優先しちゃったってことで、おあいこな」


「そうですね」


「はぁ〜・・・罪な女の子だよなぁジェニファーちゃんは」


「は・・・・私ですか・・・・」


「そうだよ、こんな美男子二人虜にするって何なの本当もう」


「・・・・・・」



虜にしたつもりはないのですが。と思いながら黙り込む。しかしウィリアム様は思うところがあるのかコンフィアンス様の言葉に頷いている。え、ウィリアム様いつコンフィアンス様と仲良くなったんですか。


思わず驚いて二人を見る。するとその視線の意味に気づいた二人が顔を見合わせ、嫌そうに眉を顰めながら顔を背けた。いや、もう仲良いのか悪いのかはっきりしてほしい。


しかし、それが男友達というものらしい。


急に二人がふっと笑い出す。そしてケラケラ笑うとコンフィアンス様が肘掛に両腕を置いて天井を見上げる。ウィリアム様もクスクス笑いながら腕を組んでいる。片方の手で拳をつくり口元に添える姿は美しいが、その笑顔は美しいというよりも、年相応の可愛らしいものだった。



「くくくっ・・・あ〜あ、なんでウィリアム君と仲良くなんなきゃならないんだか」


「私もですよ」


「でもジェニファーちゃんのためなら協力しあうしかないっしょ」


「ええ、そうですね」


「・・・・しゃあねぇな。その呪いとアントリュー、俺が引き受ける」


「えっ・・・・・」



思いがけない言葉に、私は喜びと困惑から背筋を正す。その様子をコンフィアンス様がケラケラと笑いながら眺める。そして身を乗り出すと私の頭に手をおいてにこりと笑った。銀色の瞳が細められ、薄い唇が弧を描く姿はとても綺麗だった。


頭に手を置かれ、間近で微笑まれたということもあり少しだけ頬を赤らめる。するとコンフィアンス様が嬉しそうに顔をぱぁと明るくした。そしてウィリアム様は笑ったまま冷え冷えとした魔力を揺らした。


コンフィアンス様が床に膝をついて私の両腕を掴む。そして顔を綻ばせながら私を見上げた。



「ジェニファーちゃんっ!ついに俺のことを・・・・!」


「え、・・・・・・」


「くぅーっ!やっぱ魔力の相性が良いっていいよなぁ!もう俺たち結婚すーーーー」


「ジェニファー、こっちにおいで」


「おいぃぃ!今いいところなんだから放っておけよ!」



バッと顔をウィリアム様に向けるコンフィアンス様。そのコンフィアンス様をにこにこと微笑みながら眺めるウィリアム様。どうしても馬が合わないらしい二人が、立ち上がって何やら会話をし始める。私は男友達というものがいないのでよく分からないが、こういう二人をそう総称するのだと思う。


思わずクスクスと笑う。するとその笑い声に気づいた二人がこちらを見る。そして二人ともため息をつきながら笑った。そしてお互いの目を嫌そうに見合わせる。



「すんごい嫌だけど・・・・協力すっかぁ」


「・・・・そうですね」


「言っとくけど、ジェニファーちゃんのためだから」


「分かっています。私のためなどと言われても困ります」


「言わねぇよ!」



それから、コンフィアンス様は一度呪いのことやプレジでの事件を詳しく調べるために用事ができたと言って部屋を出て行く。私たちもそろそろ宿舎に戻ろうと棟を出る。外に出ると、すでに空はオレンジ色から藍色へと変化していく最中だった。


宿舎へと入り、係員に入館を伝える。それから談話室へと向かえば、すでにベティーヌさんたちも集まっていたのか緊張して固まっているティミッドさんをからかっていたらしい。


真っ赤な顔で自分の手を握るティミッドさんに、私までもが緊張してしまう。あと数時間したら作戦が決行される。そうなったらもう戻れない。


私は緊張で冷たくなった指をティミッドさんの肩に乗せる。するとティミッドさんがこちらを子羊のような目で見上げてきた。



「ジェニファー姉さん、俺・・・・俺どうしましょう緊張して動けないっす」


「・・・・一度深呼吸しましょう」


「・・・・あれ、息ってどうやって吸うんだっけ」


「(重症だ・・・・・)」


「モディリーさんが来なかったら・・・告白しても断られたら・・・嫌いって言われたら・・・・」


「・・・・・・」



悪い方向に考えが巡ってしまっているティミッドさんに私はどう言葉をかければいいのか分からない。だけどその言葉を聞いていたベティーヌさんたちがケラケラ笑いながらではあるが歩み寄る。そして告白シーンのために用意したマントを頭から被せた。



「いーからそうやってろよ、少しは気が紛れるだろ」


「ベティーヌ・・・・・」


「大丈夫だって!俺たちがフォローしてやるから。うまくいったら祝杯!振られても焼け酒!何時間でも付き合ってやるって!」


「・・・・お前・・・良い奴だなぁ・・・・」


「おい泣いてマント汚すなよ!」


「泣いてねぇよ・・・・」



ケラケラとベティーヌさんが笑う。デューアさんもエナマティさんも笑う。そうされるとティミッドさんも気が紛れるのか安心したような表情をマントの隙間から覗かせた。


うん、『仲間』っていい。そう改めて思った。


それからコンフィアンス様が談話室に来たところで再び作戦を確認するために会議を行う。用意した衣服とベティーヌさんが書いたという庭の見取り図、そして私が書き加えた磁石などを紙の上にセッティングしていく。


こうやっていると、フォーさんの家で見取り図を見ながらオルトゥー君のトランプカードを並べた時のことを思い出す。あの時もこうやって、一つのことに皆で取り組んだ。あの時間は、私は好きだ。


途中雑談を交えながら作戦を確認し終わると、すでに十時を回っていた。そろそろ磁石のセッティングを始めたほうがよさそうだ。


誰からでもなく立ち上がり、無言のまま談話室を出る。まるで戦場に行くような軍人たちの表情に私も身が引き締まる。



「(絶対成功させるぞ・・・・)」



宿舎から出て、外に用意していた荷台をデューアさんが引いて歩き出す。数分で庭へと着いた私たちは、大きくした磁石を重ねたり、反発させたりしながらセッティングをしていく。いくらか微調整を行い、ウィリアム様とコンフィアンス様にお願いをし、反発してふわふわ浮いている磁石を固定してもらう。


お二人はとても嫌々そうに魔力で壁を作っている。その魔力が触れ合うことさえ嫌なようで、何かと文句を言い合っているが、男友達なのでもう気にしないことにした。


私はその間に用意していたローブを取り出す。私は今回魔術師の役だ。磁石についてはこの中で一番詳しいし、魔力の量が少ないので他に手伝えることがない。いそいそと頭からローブを被ると頭から爪先まで隠れる。フードを被ってみるとまるで前が見えなかった。



「(大きすぎたかな・・・・)」


「はは!ジェニファーさん布に襲われてる!」


「む・・・・大きすぎただけです」



ベティーヌさんの声が聞こえてフードを外す。するとベティーヌさんがケラケラ笑いながら私を指差していた。思わずムッと表情を変えるがまるで気にしていないようだった。


何か言ってやりたい。と私が一歩前に出る。だけどローブの裾に足を取られて転びそうになる。それをちょうど近くで見ていたウィリアム様が受け止めてくれる。や、やっぱり大きすぎたかもしれない。



「大丈夫?」


「あ、はい。ありがとうございます」


「大きいんじゃないかな」


「そうですね・・・あとで調整しておきます」


「はは、本当に隠れちゃうね」


「わっ」



ウィリアム様が笑いながらフードを被せてくる。すぐに目の前が見えなくなるので外そうとするが、頭の上に手を置かれているようで顔が出ただけで外すことはできなかった。からかっているらしいウィリアム様をじとっとした目で見上げる。その視線に片方の口角だけウィリアム様が上げる。


あ、やだその顔何か絶対悪いこと考えてる。


そう思い、身構える。急いで逃げようとするが、頭に置かれた手がフードを掴む私の手に重なる。もう片方の手も重ねられ、動けない。い、いやだ。また何か考えてる。



「ウィ、ウィリアム様」


「・・・・・・」


「・・・・ウィリアム様?」


「・・・・こうやって誰の目にも見えなくなればいいのにね」


「・・・それでは困ります」



顔を覗き込んだままウィリアム様が眉を下げて微笑む。その表情にもうからかうつもりはないのだろうかと私は他所で思う。それから急に黙り込むから心配になる。そんな私の表情にクスと笑うとさらに身を乗り出した。


近くでベティーヌさんが口を手で押さえる。そしてこっちこっち、となぜか皆の視線を集めた。横目で見えたのですぐに顔を離そうとするけど、動けない。



「そうだね、困るよね」


「・・・ウィリアム様、あの」


「でももう離すつもりはないから」


「あ、」


「ごめんね」



フードの中にウィリアム様の美しい顔が入り込む。そして軽く唇に触れられる。


ベティーヌさんとエナマティさんが発狂する。コンフィアンス様が両頬を掴んで絶叫する。顔を離したウィリアム様が小悪魔のように首を傾げて微笑む。私はといえばフードを握り締めたまま固まった。


ど、どうして目撃者の多いところで!


わなわなとフードを握り締め、そのまま俯く。その様子にウィリアム様がうっそりと微笑む。


ーーー決行まで残り一時間


まるで作戦が頭に入らなかった。



.

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