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お嬢様は使用人




中央司令部の前で馬車が止まる。ぴり、と大きな門から魔力を感じながら受付所へと向かい、コンフィアンス様からいただいた許可証を係員に見せる。すでにコンフィアンス様からも連絡が入っていたのか、係員は私たちの名前を聞いて軽く身体検査をするとすぐに中へと入れてくれた。



「ティミッドさんはどちらでしょうか」


「宿舎で聞いてみようか」


「はい」



ウィリアム様と宿舎へと向かう。初夏の日差しを受け、赤煉瓦の施設にきらきらと日差しが落ちている様子はとても綺麗だった。


中へ入り、受付所で係員に声をかける。ティミッドさんの名前を出すと驚いたような表情をされたが、すぐに予定を確認してくれたようで、今日は業務だから魔獣たちがいる別棟について教えてくれる。それにお礼を伝え、宿舎を再び出ようとしたところで係員から声をかけられる。



「コンフィアンスさんからお二人が来ることを聞いていたんですが、・・・あの人にお二人が来たことを伝えますけど、構わないですよね?」


「あ、はい。コンフィアンス様は、今日はお仕事でしょうか」


「そうですよ、確か新人魔術師の教育だったかな。鍛錬場にいると思いますけど・・・」


「(鍛錬上・・・新人魔術師・・・・)」



ごくり、と唾を飲み込む。鍛錬場ともなれば、きっと魔術を使用しているところも見ることができるかもしれない。それはとても興味がある。魔術師様が使う魔術は、どれも派手で魔力を大量に使うものばかりだと聞いているから。


行きたい。会いたい。そうは思うが、ウィリアム様はあまりコンフィアンス様を良く思っていないようだし、会いたくないみたいだ。「必要かな」という返答とその時の表情を思い出すとこちらからも声をかけづらい。


今は、我慢しよう。我が儘を通している場合ではない。



「お仕事中でしたらお邪魔になってしまうかと思うので、来たことだけ伝えていただけますか?」


「分かりました。伝えておきます」


「ありがとうございます」



係員へと会釈をし、宿舎を出る。ウィリアム様へと歩み寄り、一応顔を覗き込む。ふわりと初夏の風で前髪を揺らしながら前を見ているウィリアム様は特に気にしていないようだ。


眠たげな瞼の下に転がる宝石のような深緑の瞳がこちらへと落とされる。柔らかい笑みを口元に浮かべながら私へと長い腕を伸ばすとそっと頭を撫でられた。



「どうした?」


「あ、いえ・・・・」


「ふふ・・・君から積極的に見られると照れるね」


「い、いえ・・・そういうつもりは・・・」



恥ずかしくなってすぐに顔を逸らす。その表情にウィリアム様が見えないところで眉を下げる。


係員の話はウィリアム様も聞いていた。いつもの私であれば「鍛錬場に行きたい」と仕草や言葉で伝えてくるはずなのに、そうはしなかった『理由』について気づいた上でウィリアム様はわざと会話には出さなかった。


私の頬へと伸ばした手をウィリアム様が止める。少しだけ私の後ろを歩き、伸ばした手をゆっくりと開く。掌越しに私の体が隠れる様子をじっと眺める。


そしてその手をゆっくりと閉じる。


空を切る手の先で、私がティミッドさんの姿を探し進んでいく。その様子を無表情のままウィリアム様がぼんやりと見つめ、力なく呟く。



「ずるい男だね、私は」



私の横へと歩み寄ると、そっと手を掴む。驚いた私が振り返るとウィリアム様が眉を下げながらやんわりと微笑んだ。初夏の日差しを遮るように、植えられた木々がそのウィリアム様の美しい顔にまだらな影を落とす。


とても、とても美しかった。



「お人形さん」


「は、はい」


「そういうつもりは、ってどういうつもりだったの?」


「え・・・・・」


「『そういう』の意味を知りたいな?何を考えていたのかな」


「・・・・・」



そこまで言われて、ウィリアム様の『積極的』という言葉に対して私が変に意識してしまったことに気づく。単に私は表情をうかがったつもりだったのだが、ウィリアム様はそうは思わなかった。そのことに気づいているウィリアム様が私をからかうようにうっそりと微笑む。



「わ、私は・・・・・」


「うん」


「ただウィリアム様がまた眉を顰めていないかと思っただけで・・・・」


「・・・・・」


「い、い意識して見ていたわけでは・・・・」



自分で『意識して見ていたわけではない』と伝えると恥ずかしくなる。それでは意識しているようなものだ。あの時はそうでなくても、今はそうだ。ぐにゅりと『あいつ』も楽しそうに体内を這いずり回っているから間違いない。


ぎゅう、とスカートの裾を掴んでウィリアム様から視線を逸らす。顔を赤らめ、眉を下げる姿にウィリアム様が煽られているとも知らずに。


どうしても欲しいのだと、だからもう止められないと思っているとも知らずに。



「はは、ジェニファーもずるいね」


「は・・・・私も、とは・・・」


「私を離してくれない」


「・・・・・!」



手の甲をウィリアム様の指が撫でる。そのまま包まれるように握られると、ウィリアム様は前髪を揺らしながらふわりと微笑む。なんだかいつもより儚く見えるのはなぜなのだろうか。


ウィリアム様を見ていられなくて急いで顔を背ける。それを嫌うようにウィリアム様が繋いだ手に指を絡める、少し引き寄せる。



「こんな気持ちになったのは初めてだよ」


「・・・・・・」


「なぜ君は他のお嬢様と違うんだろうね」


「(そんなの私だって知りたい・・・・)」


「ここまで誰かに心を乱されることは今までなかった」


「・・・・・・・」


「でも、楽しいよ。君といると」



木々が風に揺れて音をたてる。その音へと耳を傾けるウィリアム様が上を向く。その横顔を私はじっと見上げる。ふわふわと風で揺れる前髪から視線が逸せない。今までだって前髪が揺れるところなんて今まで何度も見たというのに、今日はどうしてこんなに気になるのだろうか。


あまりにもじっと見ていると、その視線に気づいたウィリアム様が片眉を下げながらにこりと微笑む。そして繋いだ手にキスを落とすと、再び前を向いて歩き出した。


きゅ、と繋いだ手に力を込められる。



「君を愛しているからだろうね」


「・・・・・・」


「何をされても楽しいと感じるのは。どうしようもなく腹が立っても、許せてしまえるのは」


「・・・・・」


「だって、君から離れたら何もなくなる。許さなかったら、もう君は私の前に現れない」


「ウィリアム様、あの」


「だからジェニファーは、ずっとずるいお嬢様でいて」


「・・・・・」


「私を繋ぎ止めておいてよ。離れるはずがないと、ずっと私に思わせるくらい」



繋いだ手を眺めながら微笑む。それから私の前髪にキスを落とすと、ニッと口角を上げた。


私は前髪に手を触れながらウィリアム様を見上げる。その様子にウィリアム様はクスクスと笑いながら歩みを進める。


繋ぎ止めるなんて、難しい言葉を使わないでほしい。私とウィリアム様では経験値が違うのだからそんなことを言われても困る。だいたい、繋ぎ止めるとは物理的な意味で言っているのか。鎖でも使えばいいと言うのか。いや、そういうことではないだろう。


どうしたらいいのか分からないので俯いたままウィリアム様の横を歩く。



「(繋ぎ止めるって、何・・・・?)」



どうやったらいいのか、そこまで考えてハッする。まるで本当にウィリアム様を繋ぎ止めたいような口ぶりだった。それに気づいて慌てて口を手で隠す。本当に私はどうしてしまったのだろうか。母に『普通のお嬢様』と言われてからというもの、どうしても意識をしてしまう。


ぶんぶんと首を横に振って気を紛らわす。急に横でわたわたとし始めた私にウィリアム様がきょとんとする。だけどすぐに真っ赤な顔で眉を下げる私に気づくと、深緑の瞳をうっそりと細めた。



「お人形さん」


「・・・な、なんでしょうか・・・・」


「覚悟しておいた方がいいよ、私は君を繋ぎ止める方法を知っているから」


「・・・・・っ」


「繋いだら、もう逃げられないよ」


「・・・・・」


「逃さない」


「・・・・・・」


「はは、ごめんね?ずるい男で」



ご自身のことを『ずるい』と言うウィリアム様は本当にずるいと思う。元々賢い方だ、そしてずる賢い方でもある。天使の皮をかぶった悪魔になることだってある。その度に私は困惑するのだ。


ああ、もう嫌だ。


胸を押さえる。『早く言ってしまえ』と心臓に食らいつく『あいつ』が叫ぶ。だから私はウィリアム様の愛情と同じだけの感情を持っていないと答える。そもそも愛とは何だ、絵本のような『真実の愛』などどこに売っているのか。家庭教師だってそれが何か教えてくれなかった。



「(ああ、前に進まない・・・・)」



ぐにゅりと気味の悪い感覚が、次第にズキズキと動きを変えていく。それが嫌で顔を顰めるが、何をしてもその痛みは消えることはなかった。


そうこうしている間にティミッドさんのいる棟へと辿り着く。大きな黒いドアがあるだけの入り口はとても薄暗い。そのドアをウィリアム様が開く。ひょい、と顔を覗かせるとティミッドさんがいたようで私の背中を押した。


私も中に入る。魔虎(ティーグルー)の檻とは別の檻の前でティミッドさんが屈み込み、魔獣に餌を与えているようだった。その横顔はとても優しい。


ティミッドさんへと向かって歩み寄ると、足音で気づいたのかティミッドさんが慌てて立ち上がる。その拍子に餌が入った袋を落としてしまい、その場にばらまいてしまった。



「あ、す、すみません・・・・」


「い、いえ・・・こちらこそ急にお邪魔してしまい申し訳ありません」


「・・・・・・」



ティミッドさんと同じように私も餌を袋へとしまう。照れ屋なティミッドさんは私を見ると顔を赤らめて必死に唇を噛みしめていた。誰だって急に人が現れたら驚くだろう。だから気にする必要なんてないのに。


全て袋にしまったあと、ティミッドさんに愛想笑いを向ける。そうするとティミッドさんがまた袋を落としそうになるので慌てて両手を広げてティミッドさんに近づく。



「う、うわぁっ」


「・・・・・・!」


「す、すみません!何でもないです!大丈夫です!すみません!」


「(そんなに謝らなくてもいいのに・・・・)」



バッと私から離れたと思えば、胸を手で押さえながらウィリアム様へと視線を向ける。その視線を受けてウィリアム様が光の当たらないところでにっこりと微笑む。冷え冷えとした感情を感じ取ったティミッドさんはすぐに顔色を戻すと私ではなく、ウィリアム様へと歩み寄った。



「す、すみませんウィリアムさん」


「いいえ?何のことでしょう」


「(ひえぇぇ・・・・怒ってるよこれ・・・)」


「それより、ジェニファーがあなたに用があるようなのですが」


「え?あ、俺ですか?コンフィアンス様じゃなくて?」


「・・・・・コンフィアンス殿には用はありませんので」


「そっ!そうですよね!え、えっとジェニファーさん何でしょうか?」



これ以上ウィリアム様の傍にいると凍る。と思ったティミッドさんが顔を青ざめながらこちらへと戻ってくる。ここからでは何を話していたのか分からなかったが、ティミッドさんの怯えように私も戦慄した。


お互いにおろおろしながらウィリアム様を見る。ウィリアム様はただただ美しく微笑んだ。



「こ、こえ〜・・・・・」


「(いったい今の間で何をしたんだ・・・・)」


「え、っと・・・何か俺に用があるということでしたけど」


「ああ、実はベティーヌさんのお話にあった御伽噺についてなのですが」


「何か思いついたんですか!」


「・・・・いいえ」


「そ、そうですか・・・・」



明らかに期待の目を向けていたティミッドさんが一瞬でしゅん、となる。その様子に本当にモディリーさんのことが好きで、告白したいんだな。と他所で思った。


私はカバンから絵本を取り出す。そして『告白シーン』が書かれたページをティミッドさんに見せる。モディリーさんが望むとされている、ティミッドさんにとっては大事なシーンだ。


絵本を手渡すと、すごく真剣な眼差しでそのページを読んでいる。一字一句記憶から消えないようにとぶつぶつ呟きながら読む姿に、私もしっかり告白できるようサポートをしたいと気持ちを改める。



「ティミッドさん」


「はい?」


「ベティーヌさんの話では、おそらくモディリーさんは御伽噺が好きだということでした」


「おそらく・・・・?」


「はい。使用人の方が話していたのは多分、モディリーさんだけど違う可能性もある。多分やおそらくという状態でこの話を進めることはできないと判断しました」


「・・・・・・」


「なので、これからウィリアム様と王宮に参ろうと思います」


「えっ」


「そこでモディリーさんから話をうかがい、真実かどうか確認します」


「・・・・どうしてそこまで・・・・」


「・・・・?どうして・・・?そうしないとティミッドさんが困るからです」


「・・・・・」



そこまで言うと、ティミッドさんが驚いた表情のまま固まってしまう。確かに驚くような内容だ。王宮に潜入ともなれば王族に危害を加えるのではないかと勘違いされて誤って殺されてもおかしくない。でもそこについてはウィリアム様がいるので問題ないと私は思っている。


なのでそれについても伝えると、ティミッドさんは次第に安心するように表情を和らげると眉を下げながら頭をぽり、と掻いた。



「そ、そうっすか。なんか本当ありがとうございます・・・こんな俺のために」


「ティミッドさんにはお世話になりました。それにコンフィアンス様にもお世話になっていますし、お二人にお礼をしたいなと思っているので・・・・」


「(ジェニファーさん、それ以上兄貴の名前出さない方がいいです・・・)」


「それに・・・・あなたの勇気はすごいと思いましたから・・・・」


「・・・・ジェニファーさん?」



後ろで見守っているウィリアム様の表情がコンフィアンス様の名前を出した途端冷え冷えとしたのを見ていたティミッドさんがおろおろとしながら私へと手を伸ばす。しかし、私が急に小声で呟いた言葉にぴた、と止まる。



「私は、あまりそういうことに詳しくないので・・・・・」


「(ああ、だからウィリアムさんは気が気じゃないんだ・・・)」


「ティミッドさんはご自分の気持ちに気づかれた上で、その気持ちをモディリーさんに伝えたいと思った。その勇気を出す姿に何かしたいと私も思いました。私では力になれない部分も多いですが、魔術に関してなら何かお役に立てると思います」


「ジェニファーさん・・・・・」


「なので、心からその告白が成功することを願っています」



そう伝える私の表情にティミッドさんが頬を赤らめる。恥じらう蕾がその花弁を太陽の光に向かって開くような表情は、とても美しいとティミッドさんが思う。そして、その太陽が誰なのかも分かる。


ティミッドさんがもじもじと手を握りながらこちらの瞳をじっと見つめる。今にもモディリーさんのために用意した告白をしそうな表情に驚く。い、いや私はモディリーさんではないので練習に使わないでもらいたい。


そんなことを意味もなく考えていると、ティミッドさんがわなわなと唇を震わせながら呟く。



「ジ、ジェニファーさん」


「は、はい」


「お、俺モディリーさんが好きです。最近告白するんだって決意したら余計に好きだって思います」


「そ、・・・そうですか・・・」


「男の俺が言うのもおかしいんですけど、誰かを好きだと思う気持ちって急に溢れてくるんだと思います」


「・・・・・」


「しかもその気持ちって、消えたり薄れたりするどころかどんどん増えます。気になって、その人を意識していた気持ちが一気に爆発するんすよ。別に話しかけられたわけでもないんすよ?ただモディリーさんが庭の近くで洗濯物干してて、その時にちょっと笑ったところ見たら急に爆発したんです」


「・・・・・」


「爆発したら、もう止まらなかったっす」


「・・・・そうですか・・・・」


「はい!なんで、ジェニファーさんも俺みたいに鈍感なのかもしれないですけど、すぐに気づくと思います」


「・・・・・・」


「詳しくなくたって、誰かを好きになる気持ちは止められないっす。そこに初心者も上級者も関係ないと俺は思います!」


「そうですか・・・・」


「うっす!俺、ジェニファーさんのためにも告白成功させてみせます!」



ニシシ、と歯を見せて笑うティミッドさんに私は苦笑いを浮かべることしかできない。やっぱりティミッドさんは乙女心をよく分かっていると思う。私と比べても、お嬢様として相応しいと感じる。


だから余計に、ティミッドさんがきらきら輝いて見えた。


好きになる気持ちは止められない。その気持ちに気づく時は自分のことなのに驚くべき反応が起きる。その気持ちはどんどん募って行って、溢れることを止めない。


私の知らない感情をティミッドさんは知っているのか。それがなんとなく、羨ましいと思った。



「これから王宮に行くんすよね?ウィリアム様の使用人の役をするんだったら、その洋服だとまずくないっすか?それじゃあどこから見ても上品なお嬢様っすよ」


「・・・・ですが服はこれしか持っていなくて・・・」


「うーん・・・・あ!それなら確か暮れの出し物で使ったひらひらした使用人服がありますよ!」


「・・・・え”・・・・?」



ティミッドさんの言葉に眉を顰めながら見上げる。しかしティミッドさんはなぜかわくわくとした表情で私の背中を押すとウィリアム様と一緒に外で待つよう言う。


ま、待ってくれ。ひらひらした使用人服とは。



「毎年暮れに魔術師の奴らとパーティーやるんすけど、その時に出し物やるって決まってて、去年は全員で女装したんすよ!兄貴は嫌だって言って着なかったですけど、ベティーヌがめちゃくちゃ張り切って化粧もしてましたよ!」


「・・・・・・」


「確か俺の部屋に残ってるはずなんで、今から持ってきます!」


「い、いえ・・・あの・・・」


「すぐ戻りますから!」


「(ま、待ってくれぇぇぇ・・・・・)」



ひらひらした使用人服など着たくない。無駄にティミッドさんへと手を伸ばすが何を掴めるわけでもなかった。がくり、と肩を落とす。あまりひらひらとしたものは好きではないのだ。確かに使用人服を着ていたほうが目立たないで済むかもしれないが、そこまで形にこだわらなくても問題ないと思う。使用人だって出かける時は普通の洋服を着ていることもあるし。


そう思うが、すでにティミッドさんの姿は見えない。顔を青ざめながら外の景色を見ていると、クスクスと隣から笑い声が聞こえる。じとっとした目のままウィリアム様へと顔を上げれば、とても愉快だと言うように顔を綻ばせていた。



「ウィリアム様・・・・」


「いいじゃないか、その方が怪しまれずに済むだろうし」


「それはそうですが・・・・」


「君は私の使用人になりたいんじゃなかったの?」


「・・・・そうですが・・・」


「なら問題ないよ」


「(問題あります・・・・)」



私の表情を楽しんでいるらしいウィリアム様がクスクスと笑う。それが嫌で頭をくしゃ、と掻き毟るとそっぽを向く。使用人の服を着ているところをウィリアム様に見られたくないとなんとなく思う。


ティミッドさんが使用人服が入っている袋を持って戻って来る。そしてその袋を私に手渡すと、物置へと案内してくれる。こ、ここで着替えろと言うのか。



「外でウィリアムさんと待ってるんで、誰も覗かないように見張っておきます!」


「い、いや・・・・・」



ぱたん、とドアが閉まる。静まりかえった物置で使用人服の入った袋をそっと開ける。そしてぞっとした。エプロンがひらひらしている。レースで編まれている胸元にもフリルがついていて、とても可愛らしい。ケイトならきっと喜んでこれを着るだろうが、私はできれば毎日商人の息子のような格好で過ごしたいと思うほどずぼらな人間だ。


は、恥ずかしい。


しかし受け取ってしまったのなら仕方ない。覚悟を決めて、服を脱ぐと少しだけ大きいシャツに腕を通す。袖にもフリルがついていて可愛いらしいが、私が着ても全く可愛いとは思えない。むしろ歯が浮く。


ひくひく頬を引きつらせながら黒のワンピースを頭から被って、その上からエプロンをつける。白頭巾も袋に入っていたが、それはさすがに頭につけたくない。


ふぅ、と大きなため息をつき頭を抱える。別にここまでする必要はないと思うのは私だけなのだろうか。


意気消沈しながらドアノブを回して外に出る。すると壁に寄りかかってウィリアム様と会話をしているティミッドさんと目が合う。瞬間、真っ赤な顔でウィリアム様の肩をばしばしと叩いた。公爵子息の肩を叩くとはやりおる。



「やっば、ウィ、ウィリアムさん・・・!」


「・・・・・・ふむ」


「・・・笑うなら早く笑っていただけると助かります」



ぎゅう、とウィリアム様の腕を掴むティミッドさんが鼻の下を伸ばしている。そして隣に並ぶウィリアム様は顎に手をおいて何か考え込んでいるようだった。


恥ずかしくてエプロンを握り締めながらそっぽを向く。顔が熱い。どうせ真っ赤になっているのだろう。それが嫌でぱたぱたと手で扇ぐ。


ティミッドさんがきゃあきゃあ言いながらウィリアム様の腕を掴む。そしていくらかぼんやりとしていたウィリアム様がその手をやんわりと外してこちらへと歩み寄る。


それから私の服の袖を掴むと、無表情のまま薄い唇を開く。



「本当に私の使用人になるかい?」


「真顔で言わないでください・・・・余計に恥ずかしくなります」


「君なら専属にしてもいいよ」


「・・・・結構です」



本気なのか冗談なのかよく分からない顔で言われ、私はげんなりとしながら掴まれた袖を引っ張る。もうこれは覚悟を決めて向かうしかない。私は使用人服が入っていた袋に今まで着ていた服とカバンを突っ込む。そしてそれをティミッドさんへと差し出す。少しの間、ここに保管しておいてもらうためだ。


それをティミッドさんが受け取ろうと腕を伸ばす。だけどそれよりも前にウィリアム様が攫うように袋を奪い取った。そして胸元にしっかりと抱える。


それから再び私の袖を掴むと、くいと引き寄せて間近でふわりと微笑んだ。



「だめだよ、私の使用人の服が入っているんだから」


「ウィ、ウィリアム様」


「旦那様って言ってごらん?」


「・・・・・い、嫌です」


「私の使用人なんだから言うことを聞かないとだめだろう?」


「ウィリアム様っ・・・からかわないでください!」


「はは、はいはい」



前髪を上げ、リップ音と共にキスが落ちる。その様子にティミッドさんが胸の前で拳をふるふる震わせる。私はと言えば睨むように前髪を押さえてウィリアム様を見上げる。だけど眠たげな瞼がゆっくりと下ろされ、なんとも言えない婀娜やかな瞳を向けられると見ていられなくてすぐに顔を逸らす。


それから袋を抱えたままウィリアム様が歩き始める。そんなウィリアム様にまだ言いたいことがある私が立ち止まったままなのを確認すると、こちらを振り返り、長い腕を伸ばし手を差し出す。



「おいで、私の可愛い使用人」


「・・・〜っ・・・・・」


「(ウィリアムさんマジでかっけぇ・・・!兄貴って呼びたい!)」



暗い部屋に外から初夏の日差しが入り込む。まるで光の中へと誘うように手を差し出す姿に私だけでなくティミッドさんまでもが固まる。やはりあの方は天使なのか。人ではないのか。


これ以上からかわれたくない私は急いでウィリアム様の後ろを着いていく。一応ケイトを見て育ったので使用人が主人に対してどうあるべきかは分かっているつもりだ。いや、あまり使用人らしくないケイトを参考にするのは良くないかもしれない。


頭を下げ、ウィリアム様の横に並ばないように気をつけながら後ろを歩く。司令部の門を出る時、受付所の係員がこちらに気付きそうになったので慌てて顔を背ける。するとその様子を見ていたウィリアム様がふわりと微笑むと私の袖を掴んだ。そのまま係員に見えないように背中で隠される。



「もう見えないよ」


「あ、ありがとうございます・・・・」



門を出て、王宮へと向かう。その間ウィリアム様は私の服の袖を掴んだまま歩く。司令部や王宮の近くをうろつく街の人はいないので私の使用人服姿を見られる心配はないが、なんだかどきどきする。この状況を母やケイトに見られたらと思うとぞっとした。


ふと、ウィリアム様がこちらを振り返る。洋服の入った袋を抱えながらこちらを見下ろしたウィリアム様が困ったように眉を下げている。何かあったのだろうか。そう思い首を傾げると、クスクス笑われる。



「ウィリアム様・・・・?」


「いや、本当に使用人みたいだなと思って」


「・・・・・・」


「後ろを歩かれると余計にそう思う」


「・・・・ですが、今は使用人の役なので」


「・・・公爵子息と使用人か・・・・」


「・・・・?はい、その演技をしますが」


「いいね、禁断の関係って感じで」


「・・・・っウィリアム様!」


「はは、ごめんごめん」



クスクス笑いながらウィリアム様が再び歩き始める。その背中をじとっと睨みながら私も王宮へと向かう。すぐに見上げたらそのまま後ろに倒れてしまいそうなほど大きい塔が目に入る。一度王宮を訪れたことがあるが、以前は一般人も立ち入り可能な場所だけだった。


今回は違う。私がしっかりと役を演じきれなければウィリアム様に迷惑がかかるだろう。嫌だ嫌だと言っている状況ではない。



「(素早く行動して、モディリーさんに会って、話を聞いたらすぐ戻る。すぐ着替える!)」


「・・・・・」



ぐっと拳を握る私を横目でウィリアム様が見る。


とてもその横顔は幸せそうだった。



ーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーーー



「え?だから、ウィリアムさんとジェニファーさんですよね?もういらっしゃってますよ」


「はぁ?だったら何で俺に挨拶しに来ないんだよ」


「さぁ・・・コンフィアンスさんが仕事中だと邪魔になるからって言ってましたけど」


「(あんの野郎・・・・わざとだな・・・・)」



コンフィアンスは受付所のテーブルに手をおいてぷるぷると震える。


どうせあの優男が何かジェニファーに言ったのだろう。それくらい分かる。だからこそ腹が立つ。どこまでも馬鹿にするような優男の表情が頭に浮かんで思わず係員の胸ぐらを掴みそうになったところで大きくため息をつくと、宿舎の外へと視線を向けた。


いいぜ、そっちがその気なら俺も遠慮はしない。



「ジェニファーちゃん、どこに行ったって?」


「ティミッドさんに用があるようでしたよ、なのでそこじゃないですか?」


「おう、世話んなったな」


「あ、でもなんかさっきティミッドさんが慌てて宿舎に戻って来たと思ったらすぐに出て行きました。何か持っていたんで声をかけたら「暮れに使った使用人服です!」って言うんでそのまま行かせました。魔術具とか魔鉱石だといろいろ上に言われるんで持ち出すの困るんですよねぇ」


「・・・・・使用人服だと?」


「はい。何に使うんですかね」


「・・・・・ほう?」



なんとなく魂胆が分かってきたコンフィアンスがニヤリと笑う。その表情に何か悪いことを考えているなと係員は思った。


ふら、と受付所を出ていくコンフィアンスに係員は面倒ごとだけはやめてくれと願ったとか。



「待ってろよ、お前が悔しがる顔見に行ってやるから」



確実に奪ってやるからな。


その言葉は、喉の奥で消えた。



.

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― 新着の感想 ―
[一言] ウイリアムとジェニファーの会話がだんだんすごくなってますよねぇ。 天使の顔をした悪魔のような、ウイリアムも好きです。 いつか、ウイリアムのお母さまの顔をジェニファーが直すことが出来たらいいで…
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