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お嬢様と魔獣使い




「デューアっす」


「エナマティ」


「ベティーヌでっす!」



そう挨拶してくれる面々に、私はウィリアム様の横に座り会釈をする。がたいの良い男性がデューアさん、片目が潰れている男性がエナマティさん、そして今もふわふわと静電気で髪を揺らしている男性がベティーヌさんだ。


にこにことこちらを見る面々に、コンフィアンス様が「鼻の下を伸ばすな」と忠告する。それからひとりがけのソファで足を組み直すと、つまらなそうに肘掛けに頬杖をつきながらこちらを見る。


フランクな方ではあるが、その瞳も髪色も綺麗な銀色だ。失礼な言い方かもしれないが、座り方を変え、優雅に微笑みでも浮かべればお嬢様が放っておかないような方だと思う。特に母やケイトはその容姿にうっとりとすることだろう。


そんなお美しいコンフィアンス様がむすっとした表情で口を開いた。



「どうぞ、質問いくらでもしてやって」


「あ、ありがとうございます・・・・では・・・・」



考えてきた質問をどれから聞くか考える。以前、コンフィアンス様に得意属性は何かと聞いた際、『軍人は無闇に教えない』と言っていたので、それ以外の質問をしようと思う。


自分の手をじっと見つめ、そわそわとする私にウィリアム様が微笑む。そしてそんなウィリアム様を羨ましそうにコンフィアンス様が睨む。



「で、では、皆様のお仕事に関して聞いてもよろしいでしょうか?」


「仕事・・・・そうっすね、主に騎士団の奴らと害獣駆除しに行ったり、王族が他国に用事で出かける時の護衛をやったりすることが大半ですかね」


「害獣・・・・例えば、どのような魔獣ですか?」


「魔獣、動物関わらずですけど、俺たちは魔術使えるんで優先的に大物の邪竜(ラージュイル)とか、魔狼(オルセルー)とかの討伐やってますよ」



丁寧にデューアさんが教えてくれる。邪竜と言えば活火山の麓にいるとされている火属性の精霊だ。しかし精霊と言っても人に懐くことはなく、召喚魔術を使っても契約はできない。あまりにもその力が強大かつ凶悪すぎるからだ。


そんなものを相手にしているとは。


この方たちは本当に人間なのか。まるで貴族のお嬢様では経験できないようなことを仕事にしている面々に私は聞いた本人だというのにぽかんとしてしまう。


その表情にデューアさんが嬉しそうに身を乗り出して口を開く。



「一昨年討伐した邪竜はでかかったっすよ。邪竜はこの世に数百体いると言われてますけど、そん中でも一際でけぇし力強ぇし、一夜で街三つ吹き飛ばすような奴でした」


「なんと!」


「俺たちコンフィアンス兄貴の部隊に所属にしてるんすけど、俺たちだけじゃ足りないからって四つも部隊増やしてなんとか討伐できました。ただ力が強すぎて殺すことはできなかったんで、氷漬けにして地下深くに埋めました」


「そ、それは・・・すごいですね・・・」


「いやー、あん時はエナマティの防御魔術がなかったら俺死んでたと思う」


「お前びびって水属性の魔術ちょろちょろ出してただけだもんな」


「いつもの大放水はどこ行ったんだよって笑ったわ」


「う、うっせーな。邪竜の討伐初めてだったんだよ」


「初めてだからってあれはねーわ、ね!兄貴!」


「そんな柔に育てたつもりはないぞデューア」


「兄貴・・・・・勘弁してくださいよ」



ケラケラとエナマティさんとベティーヌさんが笑う。そしてコンフィアンス様も頬杖をつきながらにやりと笑う。デューアさんは恥ずかしそうに頭をぼりぼりと掻いた。


いや、もう次元が違う。まるで御伽噺だ。物語を読み聞かせてもらっているのかと勘違いしてしまう。しかし、彼らはそれを仕事としている。きっと危険も付き纏うだろう。


魔術師様がいるから、私たちは平穏に過ごせているのだと改めて感じる。スペンサーの領地やコールマン公爵の領地は王都に近いということもあり、邪竜などが出ることはないとしても、少し遠出をすれば山や海に辿り着く。その山や海にも魔獣や精霊はいくらでもいる。いつ何が起きるか、本当なら分からないのだ。


それを未然に防いでくれているのがコンフィアンス様やデューアさんなのだとしたら、お礼を伝えるべきだと思う。偽善者だと罵られるかもしれないが、それが守られている者の責務だ。


私は興奮したまま膝の上で拳を握ると、ぐっと身を乗り出す。



「あ、あの」


「なんすか?」


「いつも私たちに危険が及ばぬよう尽力していただき、本当にありがとうございます」


「・・・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・・」



急に黙り込んでしまった面々に頬を引きつらせる。急に恥ずかしくなって俯く。膝の上に置いた指を意味もなく動かすと、くすくすと笑い声が耳に届く。や、やはり間違ったことを言ってしまったのだろうか。


そう思っていると、一番近くに座っていたベティーヌさんが私の前まで歩み寄る。そして床に膝をつくと私の顔を覗き込んだ。その表情は今にも吹き出しそうなのを我慢しているようだった。



「ベティーヌさん・・・・」


「い、いやぁっ、すみませんジェニファーさん。俺たちお礼言われるのに慣れてなくて。こ、こういう時どんな顔したらいいのか分からないんすわ。決してジェニファーさんがおかしいとかじゃないんで安心してください」


「・・・・・・」


「みんな同じ顔でぽかんとしちゃったもんで、それが笑えただけです」


「・・・・なるほど」



あはは、とお腹を押さえてベティーヌさんが笑う。その表情は困ったように眉を下げていて、おかしいのか悲しいのかよく分からないものだった。


ベティーヌさんが一頻り笑い終わったところでもう一度こちらを見上げる。そして静電気のせいでふわふわと髪を揺らしながらにっこり笑う。



「どうしても中央司令部なんて堅苦しいところで仕事してると、お偉いさんから討伐目標数は達成したのかとか被害を抑えられなかったのかとか嫌味言われるんすよ。それに騎士団の方が国民にも親しみがあるからどうしてもお礼はそっちに取られちゃうんで、あんまりお礼言われたことないんす」


「・・・・・・」


「あと俺小さい頃からこの髪だから怖がられて。触ると静電気が走るから痛いってよく虐められたもんす」


「・・・・そんな・・・」



おそらくだが、ベティーヌさんは雷属性を得意属性にしていると思う。その力があまりにも強いから、人よりも属性の能力が出てしまうことで虐められるなんておかしい。むしろ褒められるべきだ。この国の宝だと言われるべきだ。


そこまで考えるとどうしても眉が下がってしまう。その表情にベティーヌさんも眉を下げた。



「ほら、俺名前も女っぽいから。俺のお袋が根っからの聖魔女信仰者で、聖魔女の力を分けていただくために女っぽい名にしたらしいっす。男だと受け取れないから。そのおかげなのか、たまたまか俺は他の人より強く生まれた。いろいろ悩んだ時期もあったんですけど、兄貴に拾ってもらって今は楽しく軍人ライフ送ってます」


「そうなんですね・・・・」


「そのおかげでジェニファーさんにも会えたし、お礼も言われたし、俺ってば幸せ者です」



ベティーヌさんの柔らかい表情に私も自然と笑みが溢れる。ふわりと微笑む私にベティーヌさんだけでなくコンフィアンス様やデューアさんも「おっ」と身を乗り出す。そして凝視する。ウィリアム様は隣でにこりと冷え冷え微笑んだ。



「俺らこそ感謝してんすよ。ジェニファーさんや他の人がいないとおまんま食いっぱぐれちまう。せいぜい税金泥棒だとジェニファーさんに愛想つかされないよう頑張ります」


「ふふ・・・・はい、お願いします」


「へへ。うっす!」



ふわふわと髪を揺らしながらベティーヌさんがソファに戻る。そんなベティーヌさんの腕をばしばし叩いて迎えるエナマティさんとデューアさん。コンフィアンス様も、その面々に優しい目を向けていた。


その様子に、私は『仲間なんだな』とふと思った。ウィリアム様やケイトを仲間だと感じている私と同じように、コンフィアンス様やベティーヌさんは仲間同士。世間話をする友人ではなく、とても強いもので結ばれていると思う。


今日、見学させてもらえて本当によかった。



「・・・・・・・」



このような機会をつくってくれたウィリアム様とコンフィアンス様に感謝してもしきれない。もし、私がウィリアム様に出会っていなかったら、ここを訪れることもなかっただろう。


ウィリアム様へと顔を向ける。ウィリアム様もその視線に気付き、柔らかく微笑む。その笑みに『あいつ』が嬉しそうに尻尾をばたつかせた。



「・・・・・・」



『あいつ』が言葉を得たように叫ぶ。『今更ウィリアム様のいない世界に戻れるのか』と。


屋敷に引きこもり、研究室に入り浸る私に戻れるのか。いや、戻れない。これだけ鮮やかな世界を見せられては、もう戻ることなんてできない。ウィリアム様の傍にいればいつだって、いつまでも私の知らない世界を見ることができるだろう。



『ともに支え合おうと言っただろう?』


『胸に宿る病はその後どうですか?』


『ウィリアム様に愛されている自覚をもう少し持ったほうがいいわよ』


『君を愛しているんだ』


『人形は、心を得たので世界を見て回りたいのです』


『今はその世界を、ウィリアム様のお傍で見られたら、それでいいと私は思うのです』



「・・・・、・・・・・」



様々な声が頭に響く。そして『あいつ』が『難しく考えるから余計に見えなくなる』と言う。


口を手で覆って眉を顰める。『あいつ』が私の喉から出てきて何かを呟こうとする。それを必死に抑える。何が私を抑えるのかと本能が言う。言ってしまえば認めたことになると理性が言う。認めるとは、何を認めるのか。


『そんなの、ーーーーに決まってるじゃない』


一瞬思い浮かんだ言葉が理解する前にすっと消える。いい加減にしろと本能が脈を早める。焦ったいと『あいつ』が騒ぐ。それでも理性が平静を保とうと必死に抑える。抑えて意味があるのか、抑える必要なんてもうないのではないか。『だって、もともと持っているんだから』



「・・・ジェニファー?」


「・・・・あ、・・・」



ウィリアム様が肩を掴む。そして私の真っ青な顔を覗き込む。私の様子に眉を顰めてまっすぐにこちらを見つめる。手を握られる。その手の冷たさにウィリアム様が目を見張る。そして眉を下げ、何と形容すればいいのか分からない、様々な感情が含まれた深緑の瞳を向ける。



「ジェニファー」


「・・・わ、私は・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・・・・」


「・・・・・うん、言って」


「・・・・私は、」


「いやー、急に雨に降られて困りました!」



そこまで言ったところで、部屋にいる者とは違う声が響く。その声に出かかった言葉が喉の奥で消える。ウィリアム様が悔しそうに目を閉じ、それから声のする方へと視線を向ける。


私も釣られてそちらへ顔を向ける。すると、黒い白衣のような上着をバサバサと振るう男性がいた。その上着を持っているということは魔術師様だ。コンフィアンス様がその男性を見るやいなやソファから立ち上がると「待ってたぞ」と言う。



「ティミッド、お前どこ行ってたんだよ」


「え?魔獣の世話してたんすけど・・・・」


「今日俺のジェニファーちゃんが見学に来るって言っただろ」


「えっ、あれ本当だったんですか?てっきり見栄張ったのかと・・・・」


「嘘ついてどうすんだよ。あそこに可愛いジェニファーちゃんがいるだろうが!」


「わっ、お、女の子!」



コンフィアンス様がその男性をティミッドさんと呼ぶ。そのティミッドさんは私の顔を見た途端顔を真っ赤に染める。そして恥ずかしそうに顔を背けた。


もじもじと手を握り締めてはちらちらとこちらへ視線を向ける。まるで幼少期の男の子が初恋の女の子を前にしているようだ。


コンフィアンス様がティミッドさんの様子に大きくため息をつく。そしてその肩に手を置くと、こちらへ視線を向けた。



「ジェニファーちゃん、こいつティミッド。魔獣使いで俺の部下」


「なんと!」



確かに人に懐く魔獣もこの世にはいる。しかし魔獣は気性が荒いものも多く、それを手懐けることは至難の技だと言われている。エギーユちゃんの件で魔狼に出会ったが、まるで人の言葉に耳を貸すようには思えなかった。でも、相性が良いと魔獣使いを主人と認め忠誠を誓うとされている。


まさか魔獣使いに会えるとは。私は先ほどまで青ざめていた顔をぱぁっと明るくすると、ティミッドさんをじっと見つめた。ウィリアム様は「タイミングを逃した」と横で頬杖をつきながらむすっとしていた。


そこまで気が回らない私はぼんやりとティミッドさんを見る。するとコンフィアンス様がティミッドさんを親指で指差しながら私に説明をしてくれる。



「こいつも今日非番だから会わせようと思ってたんだけどさ、こいつすっげぇ照れ屋なの」


「や、やめてくださいよ兄貴!」


「うっせ、本当のことだろ。そんでジェニファーちゃん、こいつ照れ屋だけど腕は確かだから、今から魔獣見に行こうか」


「ぜ、ぜひ!」


「よーし!そういうことだからティミッド、来たところ悪ぃが戻るぞ」


「え、え・・・・・俺ちょっと腹が・・・・」


「覚悟を決めろぉ!俺に花を持たせると思って!」


「勘弁してくださいよぉ・・・・・」



ずるずるとコンフィアンス様に引きずられてティミッドさんが部屋から出て行く。デューアさんやエナマティさんも一緒に行くつもりなのか、膝に手を置くとスッと立ち上がる。


私も置いて行かれないように立ち上がる。ウィリアム様も長い足を動かして横に並ぶ。それだけでびくっと反応してしまう自分が嫌だ。今回ばかりはケイトや母を頼りたい。いや、頼ったら確実に喧しくなる。泣いて喜ぶのではないだろうか。



「(・・・・今は楽しもう、楽しむって決めた)」



談話室から出て廊下を歩く。ティミッドさんが言っていたように、窓の外では雨が降っていた。これから雨足が強まるのか、黒々とした雲が司令部の上にどっかりと乗っている。風も強まりそうだ。そうなると風を得意属性としている私も魔力が増す代わりに気分にムラが出る。


先ほどから不安定なのは、それが原因なのだろうか。



「・・・・・・」



窓の外をぼんやりと眺めながらコンフィアンス様の後を追う。


その様子をウィリアム様が無言のまま見つめていたが、前を歩く私は気づくことがなかった。




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