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お嬢様に予告





「きっと動き回りますよね、今日はキュロットスカートにしましょうか」



いそいそと専属使用人がクローゼットに入ってごそごそと洋服を探している。その間、私はベッドの上で優雅にモーニングティーを飲む。知恵熱もすでに治っており、幾分か思考もはっきりしてきたがまだ眠い。ぼんやりと朝日を眺めているとケイトが開けてくれた窓から爽やかな風が入ってくる。風を得意属性としているからか、穏やかな日は気分が良いし、強風の日はどうしても虫の居所が悪くなったりする。


そうなると、光を得意属性とするウィリアム様は朝方なんだろうか。なんて意味もなく考える。


そして頭を抱える。



「(何かと思考がウィリアム様に寄っている気がする・・・・)」



顔を青ざめ、ひしっとシーツを握りしめる。顔が引きつく。最近周りに影響を受けて何かと無駄に苦手な分野について考えてしまうから困る。今日もケイトに起床の呼びかけをされたが、「私はウィリアム様が好き」とか連呼され飛び起きた。何か呪術でもかけようとでも言うのだろうか。



「はいお嬢様、こちらなんていかがですか?」


「ケイトが選ぶものに文句を言えるほど詳しくありません。それでお願いします」


「もうっちゃんと見てください!」



ケイトが洋服をいくつか手に持ってベッドの傍へと歩み寄る。右手には膝丈よりも短いひらひらとしたフリルの白地スカート、そして左手には足首まで隠れる薄茶色のプリーツスカートを持っている。


縦線がいくつも入っているプリーツスカートをじっと見つめる。そうしていると、ケイトがプリーツスカートを両手で持って、腰回りをぐっと開く。するとスカートの中に、足を分けて入れられるように布がつけられていた。



「スカートのように見えますが、キュロットスカートと言って男性のように跨いで履くんですよ」


「へぇ・・・・・」


「これならお嬢様が浮かれて走り回ってもスカートが捲れて下着が見えることはありません」


「なるほど、ケイトは本当に洋服について詳しいですね」


「えっへん!」



胸を張るケイトにクスクスと笑う。わざわざ今日の見学会のことも考えて洋服を用意してくれる使用人に主人として労いの言葉をかける。本当にケイトはできた使用人だと思う。少しお節介なところがあるが。


プリーツスカートを指差す。ケイトは頷くと、ベッドの足下にそれを置いた。ついでに薄茶色のスカートに似合いそうな紺色の丸襟シャツも一緒に置く。もしケイトが使用人でなければ、洋服店でも営んだらいいとなんとなく思った。


ケイトが選ばれなかったフリルのスカートを眺める。おそらくそのスカートも、キュロットスカートなのだろう。しかしあまりにも丈が短いので着る気にはならない。むしろ選択肢にも入らない。


しかしケイトはそう思わないようで、口元に手を置くとにしし、と嫌な笑い方をした。



「生足、お見せになったらいかがでしょう?お嬢様足も細いですからきっと似合うと思うんですよねぇ」


「・・・・短いです、却下です」


「そう言わずっ、ふわふわ揺らしてウィリアム様を悩殺しちゃいましょうよっ」


「しません。下品ですよ、ケイト」


「あら、男性なんてそんなものです」


「そうかもしれませんがっ・・・・!」


「下着が見えるか見えないか・・・ふわりとスカートが捲れるたびに目がどうしてもそこに行っちゃうんですよ・・・・なのでウィリアム様がスカートを押さえながら言うんです、『これ以上綺麗な足を見せつけるなら、襲っちゃうよ』って・・・・きゃーっ!もっと言ってーっ!」


「いい加減にしなさい!」


「はぁい・・・・ウィリアム様喜ぶと思うんだけどなぁ・・・」



知るか。脳内お花畑のケイトと話をしていると頭が痛くなる。私はベッドから立ち上がると、さっさとシャワーを浴びてしまおうとシャワールームへと向かう。ぽいぽい服を脱いでしまい、素っ裸になって蛇口を捻る。しかしそれを見ていたケイトがバッと駆け寄ると、火を得意属性としているからか水を張った湯船に右腕を突っ込む。そして魔力を放出し、ぐつぐつと沸騰させていく。いや、ぐつぐつさせたら私が煮えてしまうのだが。



「ちょっと冷ましますから待ってくださいね」


「・・・・シャワーだけでいいですよ」


「だめですよ、ウィリアム様にお会いするのに」


「シャワーと湯船で何か違いがありますか」


「大きな違いがあります!このお湯にはお肌に良い成分を溶かしてあるんです!」


「・・・・・」


「お嬢様を抱きしめるウィリアム様がそのすべすべなお肌にうっとりするんです!大事な作業です!」



私のためではなく、ウィリアム様のためというところが癪だ。水属性の魔力で適温にしたケイトが私の腕を掴んでそのまま湯船に漬け込む。ぐしゃぐしゃと薔薇の香りのシャンプーで頭を洗い、これまた薔薇の香りのするボディーソープで鍋底のように洗われる。痛い。


わしゃわしゃ髪と体を乾かされ、いつものように洋服を着替える。ヘアセットは軍の施設にお邪魔するのであまりお洒落をすると悪目立ちしかねない。そのため簡単に一つにまとめてくれたが、もちろん簡単といっても編み込みがされている。


そして、すでに匠の技となっているケイトの化粧によって完成となった。


「高いヒールだと歩き回りづらいので、今日はオペラパンプスにしましょうね」



そう言ってケイトがクローゼットから靴を取り出す。足の甲の部分に大きなリボンのついた黒い靴はほぼ段差がない。確かにこれなら走り回れる気がする。


何から何まで至れり尽くせりだが、これぞ貴族の特権。何をしなくとも、綺麗に着飾ってもらえるという部分では貴族に生まれてよかったと思った。そして、ケイトが私の使用人でよかったと思う。


ケイトが嬉しそうにぱちぱち手を叩きながら私を眺める。



「んふふっ・・・・今日も可愛らしいですわ」


「・・・・いつもありがとうございます。ウィリアム様に上手だよと褒めていただきましょうね」


「やだ、ケイトが褒められてどうするんですか」


「だってケイトが頑張ったんですよ、私はただ着せてもらっただけです」



カバンにメモ帳や手鏡、ハンカチを入れながらケイトにそう当然のように伝える。すると嬉しかったのかケイトが目に涙を浮かべながらこちらに駆け寄ってきた。そしてそのまま抱きしめられる。



「最近ウィリアム様の影響かしら、お嬢様がお優しいわ・・・・・!」


「・・・・本当にそう思っているだけです。もしケイトがいなければ私は一人でお化粧もできませんから」


「お嬢様・・・・・」


「だからずっと私の使用人でいてください」


「・・・・ゔぅっ・・・はいっ!ケイトはずっとお嬢様の使用人でいたいですぅ!ゔぅ!」



お嬢様、とえぐえぐ泣いているケイトの背中に腕を回してぽんぽんと叩く。なぜこうなったんだったか。よく分からないがケイトが喜んでいるのならいいか、とぼんやり掛け時計を見上げる。すると、出発時間の五分前となっていた。


慌ててケイトから離れ、時計を指差す。ケイトも時間に気付き、急いでエントランスへと向かうとジョージさんがちょうど父のお見送りをしているところに出会した。


王都に出かけるためいつもより早い支度をしたおかげで私も父のお見送りができそうだ。ジョージさんの横に並ぶ。そして馬車の中にいるのだろう父を呼ぼうとしたところで、その馬車の後ろに、もう一つ馬車が止まっているのが見えた。私の視線に気づいたジョージさんがにこにこと皺くちゃな顔を綻ばせる。



「ウィリアム様が先ほど到着されました。今は旦那様とお話をされています」


「あ、そうなんですね」



少し顔をずらして馬車の間を見る。するとジョージさんの言う通り、朝日を浴びてきらきらと輝くウィリアム様とその美しさに蕩けている父が見えた。


二人ともにこにこと微笑んでいるので、何か楽しい世間話でもしているのだろうか。あまり邪魔をするのも申し訳ないので、ジョージさんの横でケイトと一緒に様子を見守る。


父がウィリアム様の肩に手を置く。ウィリアム様が頷く。ここからでは会話が聞こえないので何を話しているのか気になる。公爵家のご子息の肩に手を置くなんて無礼です、父。


ははは、と二人が笑う声がここまで聞こえる。なんだ、何がそんなに楽しいのだ。



「・・・・・・・」



そうやって私が食い入るように見ていると、ジョージさんとケイトが同じような顔でこちらを見る。その顔には「父親と彼氏の会話って気になりますよね」と書いてあるような気がした。それが嫌でそっぽを向く。


そこでケイトがわざとらしく咳払いをする。その声にウィリアム様と父が気付き、こちらへと顔を向ける。ウィリアム様が途端にお嬢様がうっとりしてしまうような柔らかい笑みを浮かべた。ケイトがジョージさんの肩をばしばしと叩く。ジョージさんは叩かれたことによってぐらぐら揺れながらも優しい笑みを浮かべたいた。



「ジェニファー」


「ああジェニファー、こちらに来なさい」



おいでおいで、と父が私を手招きする。ケイトが私の髪を最後に整えて背中を押す。そして一度ウィリアム様に膝を曲げ会釈をする。ウィリアム様も丁寧にお辞儀をしてくれた。


父へと歩み寄る。父が私の肩に手を置いてにこりと笑う。



「今ウィリアム殿とお食事会はいつにしようか話していたんだ」


「(あ、そうか、お食事会に誘ったんだった)」



コンフィアンス様とお話しをした帰り、ウィリアム様を食事会に誘ったことを思い出す。あれからばたばたと月日が流れてすっかり忘れていた。


忘れていたとは言いづらいので、「いつにしましょうか」と父に声をかける。父はカバンから手帳を取り出すと、土日の予定を確認した。手帳には予定がびっしりと入っていて、やはり父もスペンサー家の当主なんだなとなんとなく思った。予定が真っ白な私とは大違いである。



「ウィリアム殿、再来週の日曜はいかがですか?」


「再来週・・・・一度確認してみます。おそらく夕方からなら空けられると思います」


「ありがとうございます。当日はスペンサー家一同でお迎えをさせていただきます」


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


「ウィリアム殿はもう息子のようなものですからなぁ」


「はは、嬉しいです」


「一度ちょっとお義父さんって呼んでみてくれないかい?」


「お義父さん?」


「くぅっ!いいなぁいいなぁ!ジェニファーもそう思わないかい?」


「・・・・私は父ではないので」


「つれないなぁ・・・ウィリアム殿の方が優しい・・・・」


「・・・・・・」



ああそうですか、娘よりもウィリアム様の方が可愛いですか。と意味もなくムッとする。その表情にウィリアム様が柔らかく微笑みながら私の背に手を添える。そうされると何だかこちらがムキになっているのかと思う。なんだろう、ウィリアム様は人の本音を引き出す魔力でも出しているのだろうか。


私は一つ息をつくと、ウィリアム様派の父へと視線を向ける。そして重たい口を開く。



「・・・・私はお父様の娘ですので・・・・私だって毎日お父様と呼んでいます」


「ジェニファー・・・・っ!」


「ぶっ・・・・」



父に力一杯抱きしめられる。その様子をウィリアム様がにこにこと微笑みながら眺める。やはりウィリアム様は前世か来世天使なのだろう。そうでなければ私がこのような言葉を父に伝えるはずもない。



「そうだな、そうだよジェニファーは父さんの可愛い娘だよ」


「・・・・・はい、そうです。私はお父様の可愛い娘です」


「うんうん、ウィリアム殿のお義父さんは強烈だけど、ジェニファーのお父様はじんわりあったかいなぁ」


「そうですか」


「父さんはぜひとも二人に毎日呼ばれたいです」


「はは、私でよければいくらでも呼ばせていただきますよ」


「ウィリアム殿・・・・!」



ウィリアム様がご機嫌よろしくそう父に伝える。笑顔と一緒に言われたからか、嬉しそうに頬を赤らめた。どうして赤らめる。


しかしウィリアム様が眉を下げながら顎に手を置く。そしてちら、と私を見下ろす。私はその視線に身構える。最近ウィリアム様のことを考える時間が多いのでどうしても構えてしまう。


そんな私に口角を上げると、ウィリアム様は父へと悲しそうな顔を見せつけた。



「ああ、ですがジェニファーが認めてくれなければ私は一生お義父さんとは呼べないですね・・・・」


「・・・・・!」


「残念です。こればかりは私でもどうしようもありません」



ウィリアム様の囲い込みに父と地獄耳のケイトがすぐさま反応する。どこからかかつかつ、とヒールの音もするので母がエントランスへ向かっているのだろう。そのヒールの音があまりにも素早くてどれだけ早足をしているのかと驚いた。


父とケイトが目配せをする。ケイトがこちらへと駆け寄る。そして私の両手を掴むと、鼻息荒く顔を近づけた。



「なんということでしょうお嬢様、ウィリアム様が悲しげな顔で嘆いていらっしゃいます」


「ジェニファー、人と言うものは時に残酷な選択をすることもあると思う。しかしこれはあまりにも酷すぎると父さんは思うよ。ウィリアム殿が非常に、非常に悲しむことをジェニファーがするなんて」


「ケイトはお嬢様を極悪非情なお嬢様に教育した気は全くありません。どうか、どうかお慈悲を・・・」


「・・・・・・」



ここで私が認めたら、問答部用でウィリアム様と婚約することになるのだろうか。


母が遅れてやってくる。ジョージさんから状況を説明され、それを把握すると目をぎらぎらとさせながら私へと歩み寄り、がしっと肩を掴んだ。



「ジェニファー、お母様は分かっています。ジェニファーは本当は物わかりの良い子だと」


「・・・・・・」



父や母、そしてケイトの圧力に私は言葉を失う。何がなんでもこの場で決着をつけたいらしい。だったら政略結婚でもしてくれたらいいのに。それでもスペンサー家は娘の意思を尊重するようで、決してその言葉を使わない。


内心だらだらと冷や汗を垂らす。ウィリアム様が呟いた一言で、この団結力である。一人で立ち向かえる圧力ではない。領民が王族を訴えるくらいの意気込みで行かないと。


どうしよう、とおろおろする。ぐにゅりと現れた『あいつ』に胸を押さえながら父や母のぎらつく目を見つめる。


そこに、囲い込みを始めた張本人のウィリアム様が救いの手を出した。



「ジェニー」


「は、はい」


「まだ待ってあげるよ」


「・・・・・・」



にこり、とウィリアム様が微笑む。その笑みに私は疑問符を浮かべる。『もう待つのはやめた』と言われた気がするが、やはり待ってくれるのだろうか。しかし待つということは、決して婚約を諦めたということではない。ただ先延ばしにしただけだ。


それに気付き、眉を下げる。今の私では、ウィリアム様の気持ちに応えることはできない。



「(なんだ、『今の私』って・・・・)」



まるで、そのうち私は受け入れられるようになると。そうなりたいと思っているような言葉だった。


片眉を上げ、片眉を下げるという複雑な顔をする私にウィリアム様がクスクス笑いながら頭にキスを落とす。そして手の甲に唇を当てた。



「君にとっては大きな問題だろうから、急かすつもりはないよ」


「・・・・・」



ウィリアム様の言葉にスペンサー家が一気に落胆する。ケイトと母がとぼとぼとエントランスへと戻って行く。朝日を浴びて白くぼやけていた。父も同じようにため息をつく。あなたたちはどれだけ本気で私を納得させようとしていたのか。


私は一人ウィリアム様の言葉にホッと胸を撫で下ろす。しかし、それを嫌うように手を掴んでいたウィリアム様がそっと私を引き寄せる。そしてそのまま抱きしめられる。



「ジェニファー」


「・・・・・・」


「その代わり、覚悟して。その時が来たらもう君の意思に関わらず私は動くよ」



エントランスに戻ろうとしていた母とケイトがバッとウィリアム様を見る。父は近くにあった馬車をばしばしと叩いていた。


私は強い眼差しをこちらに向けるウィリアム様にあんぐりと口を開けたまま驚く。なんだろう、今ウィリアム様がとてつもない爆弾発言をした気がする。直接的な表現は避けたものの、分かるものには分かる。


つまり、そういうことだ。



「分かった?」


「・・・・・」


「うん?」


「・・・・わ、分かりました」



いや、分かっていいのか。衝撃的な言葉に私は混乱しながらこくこくと頷く。やっぱり理解してはいけなかったような気がする。


父と母、そしてケイトとジョージさんがやったーやったーと手を上げている。ウィリアム様も嬉しそうに頬を赤らめながら微笑む。


待ってくれ、まだ私が何も分かっていないから。


早くしろと私を取り巻く環境が急かす。なのに私は一歩も前に進んでいない。この状況で覚悟を決めろと言われてもウィリアム様の期待には応えられない。私にはウィリアム様が持っていて、私が持っていない感情がある。その感情の名前を知っていても理解しなくては本当の意味で頷くことなんてできない。



「行こうか、あまり遅れるとコンフィアンス殿が困るだろうから」


「は、はい」



ウィリアム様の馬車に乗り込む。まだ困惑したままの私が窓から父や母へと視線を向ける。その心配というか、戸惑う表情に父や母も急に態度を変えて娘の様子を見守る。


私を乗せた馬車が屋敷から去っていく。父と母が顔を見合わせて眉を下げる。



「旦那様、ちょっとやりすぎたかしら・・・・」


「ああ、まるで売り出される子羊のようだったな・・・」


「ケイト、どう思う?」


「ケイトも少し心配です・・・今まで乙女心なんて別の生き物が持ち得ている感情だと思っているようでしたから、急な変化に戸惑っているのでは・・・・」


「でも、もうウィリアム様も覚悟を決めているようよ」


「そうでしたね・・・・」


「『その時』って、いつなんだ」


「分かりません・・・・お嬢様のためにできることって何でしょう・・・・」



スペンサー家が再び会議を開こうと決めている時、私は馬車に揺られてぼんやりとウィリアム様の言葉を思い浮かべる。


ウィリアム様はこちらを見ず、窓枠に肘を置いて景色を眺めているようだった。直接的な表現は避けたものの、やはりウィリアム様はずっと待つつもりはないのだろう。思えば、ウィリアム様と出会った頃から待ってくれていたような気がする。


その間、私はただそのウィリアム様の優しさに甘えてきた。


いつだったか、確か銀杏の葉が綺麗に地面に敷き詰められていたから秋のことだと思う。ブライトさんのお店『ブランシュ・ネージュ』に向かう途中、ウィリアム様が私の手を腕に絡めながら言ったことを思い出す。


『待つというのも、辛いものだ』


あの頃から、すでにウィリアム様はこうなることを想像していたのだろうか。賢い方だ、きっと気づいていたに違いない。その頃、私はウィリアム様が何に対して待っていて、そして辛いのかが分からなかった。けれど今なら分かる。


『追うというのも、たまにはいいものだね』


追いかけていたのは、私の感情だ。普通のお嬢様ならすぐに手が届く感情が遠いと感じたウィリアム様は、その私の感情を追いかけた。その距離はある程度『仲間』という言葉によって縮まったと思う。でも根本的な部分は見えない壁で阻まれた。だから、もう追いかけるのはやめて、その場で待つもやめて呼びかけることにしたのだ。


その見えない壁を取り払うか、乗り越えてこちらに来いと。



「・・・・・・」



そこまで推測して、私は額に手を添える。今までないと信じてやまなかった感情を今すぐ引き出すことなんてできない。根本的な部分が、私でさえ見えていないのだから。


その見えない壁の名前とは。どこかに、文献を漁れば出てくるのか。



「(分からない・・・・・)」



ウィリアム様にあって、私に足りない感情の名前とは。


それが判明した時、私は私らしくいられるのだろうか。それも分からなくて怖くなる。ケイトがせっかく綺麗に整えてくれた前髪をくしゃ、と握る。


その様子を、窓の外を眺めていたはずのウィリアム様がじっと見つめる。私が腕を組んで悩んでいる様子に口元を手で隠して微笑む。


悩めばいい。悩んだ末に、気づけばいい。


その時の私の表情が楽しみだ。と仄暗い深緑の瞳をうっそりと細め、再び視線を窓の外に移す。



「・・・・・・」


「・・・・・・・・」


結局、王都に到着するまでの間、私とウィリアム様はそれぞれ物思いに耽った。



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