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お嬢様は大好物




ブライトさんのお店『ブランシュ・ネージュ』へと向かう前、ウィリアム様と向かいにある洋菓子店へと入る。すでに何回か利用しているということと、その際ウィリアム様も付き添いすることが多いので店主が私たちに気づくと嬉しそうに歩み寄ってきた。


口髭のある店主が白い帽子を脱いでにこにこと微笑む。私も日差し避けの帽子を外すと、片手で裾を掴んで会釈をした。



「こんにちは、ジェニファー様。本日もご来店ありがとうございます」


「ごきげんよう。こちらこそいつもこちらのお菓子を持っていくと喜んでもらえるので助かっています」


「ありがとうございます。本日は何を買いに来てくださったんですか?」


「ううん・・・・まだ悩んでいるんです」



オルトゥー君は良い意味で雑食だ。好き嫌いなく何でも食べる。以前、ブライトさんが切りかけのパンをそのまま捨てずにいたものを、オルトゥー君が黴が生えているかも確認しないでぺろりと食べてしまったところを見ている。オルトゥー君の胃はとても強いのだと知った。


そんなオルトゥー君が喜ぶお菓子とは。何でも嬉しそうに食べてくれると思う。美味しい美味しいと頬を膨らませて顔を綻ばせる様子を思い浮かべると自然と笑みが溢れる。



「それなら、こちらはいかがですか?新作なんです」


「ん?」


「シュークリームです。おひとつ味見してみませんか?」


「・・・・いただきます」



店主が硝子張りのケースからシュークリームと呼ばれるものを取り出す。そして皿に乗せて差し出してくれる。それにお礼を言ってから受け取ると、まじまじとシュークリームを見つめる。


つん、と指先でつついてみる。まずは形状確認だ。ふに、と爪が埋もれたがある程度強度がある。手に乗せてみると中に何か入っているのか重みがあった。


何が入っているのだろうか。私はすぐに店主へと視線を向けると、無表情のままシュークリームをまじまじと見つめる私がおかしいのかクスクス笑いながら店主が言った。



「中にはクリームが入っています。砂糖や卵、牛乳などを混ぜてつくったクリームなので、甘いですよ」


「なるほど・・・・」


「どうぞ一口召し上がってみてください」


「・・・・はい、いただきます」



シュークリームを口へと運ぶ。すると口よりも大きいシュークリームが唇に当たる。そのふわふわとした感触に驚きながらも少しだけ齧ってみる。すると、中からとろりとクリームが溢れてきた。


おぉ、美味しい。


甘いが、甘すぎることはない。もぐもぐと舌の上でシュークリームの生地とクリームを転がすとなんともいえない美味しさが広がっていく。


思わず頬に手を添えてじっとシュークリームを見つめる。その様子に店主が嬉しそうに微笑んだ。



「どうです?」


「・・・美味しいです。初めて食べましたが、またいただきたいと思ったほどです」


「それはよかった。よろしければ、お土産に買って行かれませんか?」


「そうですね、これは喜んでもらえると思います」



商売上手な店主にうまく乗せられて、私はシュークリームを四つ購入する。あとでお茶を飲む時にでも皆で食べよう。


店主が紙箱にシュークリームを詰めているのをぼんやり見ていると、店先で待機をしていたウィリアム様がこちらへと歩み寄る。そっと長い腕を伸ばし、私を後ろから抱きしめると私の手に乗っているシュークリームへと視線を落とす。と、というか抱きしめる必要はあっただろうか。



「ああ、シュークリーム?」


「ご存知でしたか」


「うん。妹たちが好きだからよく買うよ」


「そうなんですね」



ウィリアム様の妹であるアメリーちゃんとアニエスちゃんがシュークリームを受け取り、顔を綻ばせながら頬張る姿を想像するとときめく。あの二人は本当に天使だから。


ほわほわとアメリーちゃんとアニエスちゃんを思い浮かべながら、シュークリームをじっと見つめる私にウィリアム様が美しい深緑の瞳を細める。


そして、皿に乗ったシュークリームをひょいと手に取った。


先ほど私が一口齧ったシュークリームをウィリアム様がじっと見る。公爵家のご子息に私の食べかけを口にされるのも申し訳ないので私は振り返ると、そっと皿を差し出した。



「ウィリアム様」


「うん?」


「ウィリアム様の分も買いましたから、どうせなら新しいシュークリームを召し上がってください」


「うん、でもこれはもうジェニファーは食べないんだろう?」


「味見ですから・・・・」


「じゃあ私も味見だけ」


「でっ、でしたら新しいものを用意していただきますから」


「・・・・・・」


「・・・・・・」



どうか返してください、と目で訴える。その視線にウィリアム様が何を思ったのかは知らないが、瑞々しい唇を薄く開いて片方の口角を上げた。その表情に私は見覚えがあり、そういう時のウィリアム様は意地悪なのであまり目を合わせたくない。



「どうして食べさせたくないの?」


「・・・・どうせなら新しいものを食べてほしいからです」


「本当にそれだけ?」


「・・・・・・」


「うん?」


「わ、私が・・・一口齧ってますので・・・・」



ぐにゅり、と『あいつ』が嬉しそうに這いずり回る。それが嫌でワンピースの裾を掴みながらそっぽを向けば、ウィリアム様が見えないところでぷるぷると震えていた。


それからにんまりと微笑み、ウィリアム様が私の顔を覗き込む。



「そっか、君が食べたものを私が食べると思うと意識しちゃうんだね」


「ちっ、違っ・・・・・!」


「そう聞こえたけどな」


「・・・・・・違い、ます・・・」


「意識したらいいよ、嬉しいから」



私は困ります。とウィリアム様を睨む。しかし、私の思いは届かずウィリアム様がひょいとシュークリームを口に運ぶ。そして私が齧ったところは別の部分を食べた。


そうか、別に同じところから食べるとは限らないのか。


それなら何も心配いらなかったじゃないか。私は変に構えてしまっていたようだ。ホッと胸を撫で下ろし、お皿を握る手にぐっと力を入れる。その様子を見ていたウィリアム様が生温かい瞳を向けながら私の頭に手を置き、再び覗き込む。



「うん、美味しいね」


「そ、そうですか・・・・・」


「・・・ふふ、・・・同じところ食べてほしかった?」


「っ・・・・だ、断じてそんなこと!」


「はは、そう」


「・・・・っ〜・・・・・」


「ははは、可愛いなぁ」



にこにこと機嫌が良さそうに微笑むウィリアム様に、紙箱にシュークリームを詰め終わった店主が同じように顔を綻ばせながら歩み寄る。


その紙箱を受け取ると、私は赤くなった顔を見られたくないと店先へと視線を向ける。


ウィリアム様が店主へとお礼を伝える。店主もウィリアム様と話せることが嬉しいのか、胸の前で手を合わせながらにこにこする。



「ウィリアム様、いつも当店を贔屓にしていただきありがとうございます」


「いえ、妹たちも喜んでいますから」


「次回の新作が完成した際もコールマン公爵のお屋敷へお届けにまいります」


「はい、楽しみにしています」



なるほど、コールマン公爵の領地にある洋菓子店なので、公爵家の息がかかっているのか。新作が出るたびに誰よりも先に食べられるなんて幸せ者だ。貴族の、いやコールマン公爵の特権とでもいうのか。


父も領地に洋菓子店を招いてくれたらいつだって食べに行けるのに。そんなことを考えながらウィリアム様がこちらに来るのを待つ。しかし相性がいいのかウィリアム様は楽しそうに店主と会話を続ける。



「今日のシュークリームはいつもよりクリーム多めにしてみたんです。いかがでしたか?」


「ええ、口にクリームが広がるのでとても良い案かと思います」


「ありがとうございます。ジェニファー様にも美味しいと言っていただけましたし、今後も続けていこうと思います」


「ええ」


「ぜひ、お二人の好物の一つに加えていただきたいです。いかがでしょうか?」


「そうですね・・・・・」



そこで一度言葉を区切る。そして店先で待機をしていた私へとウィリアム様が視線を向ける。瑞々しい唇を薄く開き、目を細めるその婀娜やかな表情に店主が口髭を隠す勢いで手を添えた。



「私の好物は彼女ですから、それ以上はないかと」


「・・・・・・・!」


「そ、・・・・っそうですか!ははは!そうですよね!これは失礼いたしました!」



私と店主が真っ赤な顔でウィリアム様へ視線を向ける。ウィリアム様は私の挙動不審な態度を満足げに眺めると、真っ赤な顔をする店主ににこりと微笑んでこちらへと歩み寄る。



「行こうか」


「は、はい・・・・」



腰に手を添え、ウィリアム様が楽しそうに店を出る。店主は暑くなったのか顔をぱたぱたと手で煽いでいた。私はといえば、『好物』と言われてどうしようもなく息苦しい思いをした。


それからすぐにブライトさんのお店へと顔を出す。ブライトさんとオルトゥー君が私たちに気づくと、工房から顔を出して歩み寄ってくれる。しかし私の様子に気づいたブライトさんがにやりと笑うとウィリアム様へと顔を向けた。



「ウィリアム様、とてもご機嫌がよろしいようですね」


「分かるか」


「はい。そんな顔をしたら他のお嬢様が放っておきませんよ・・・・ああ、ジェニファーお嬢様以外には興味がないんでしたか」


「興味どころか目が行かないかな」


「ええ、そうですね。よかったですね、お嬢様」


「(そこで話を振らないでくれ・・・・・)」



思わず顔を手で覆えば、ウィリアム様とブライトさんが嬉しそうに、というかにやにやと笑って私を見下ろした。もう嫌だ、このままだと死ぬ。



「オルトゥー君・・・・」



私はオルトゥー君へと歩み寄り、手にしていた紙箱を差し出す。オルトゥー君は私の様子に鋭い視線をウィリアム様に向けていたらしいが、すぐに表情を変えると嬉しそうに私から紙箱を受け取った。



「ジェニファーお姉さん、俺のためにお菓子買って来てくれたの?」


「・・・・はい、お手紙に最近顔を見せないとありましたので、そのお詫びです」


「だったらお菓子じゃなくてお姉さんからお詫びしてもらいたい!」


「は・・・・・」


「会いたかったんだからねーっ!」


「うぐっ・・・・」



ぎゅう、とオルトゥー君に抱きしめられる。ぐりぐりと胸元で顔を埋めるオルトゥー君に、そこまで待たせてしまったかと私も背中に腕を回して頭を撫でる。きゃっきゃと嬉しそうにオルトゥー君がしてくれるので余計に私も嬉しくなってぎゅう、と抱きしめる。



「私も会いたかったです」


「でしょ?俺に会いたかったでしょ?」


「はい、とても」


「(ふっ・・・・勝った・・・・!)」



にやり、とオルトゥー君が私の見えないところでウィリアム様に勝ち誇った表情を向けた。その様子にウィリアム様がにこにこと微笑む。目は笑っていなかった。


ウィリアム様とオルトゥー君の言葉にならない火花にブライトさんが苦笑いを浮かべながら、オルトゥー君が受け取った紙箱をひょいと掴む。そして中にシュークリームが入っていることに気づくと、雰囲気を変えるように手をぱんと叩いた。



「お茶にしましょうか、お嬢様」


「そうですね。あ、手伝います」


「いえ、いいですよ。お嬢様はウィリアム様とお待ちください。オル君、行くよ」


「え〜、まだお姉さんといちゃいちゃしたい」


「やめなさい」



私から引き剥がされたオルトゥー君がずるずる引きずられながら店の奥へと消えていく。


その様子を笑いながら見送っていると、ウィリアム様が私の背に手を添える。そしてそのまま工房の近くの丸テーブルへと案内する。ウィリアム様専用の椅子に腰掛けると、内ポケットから手紙を出した。


そうだ、今日は日程調整のためにお会いしたんだった。


すっかり忘れていた私もケイトが用意した手帳をカバンから取り出す。もちろん、私の手帳にはまるで予定など入っていないから必要ないのだが。



「君の苗字が分からなかったみたいでコンフィアンス殿から君宛の手紙を預かってる。まずそれから見る?」


「は、はいっ」



魔術師様からのお手紙なんてそうそういただけるものではない。私はウィリアム様から手紙を受け取ると、ゆっくりとその便箋を開いた。


そこには、コンフィアンス様の非番の日と、施設のリスト、そして私が何を見たいかについての質問が綴られていた。その施設のリストに書かれている場所なら見学をしてもいいのだろう。


私はうきうきとしながら、手帳のメモ欄にリストを書き写す。そのリストのどれもが私を興奮させるものばかりで、思わず胸の前で手を合わせうっとりと手帳を見下ろす。


その様子にウィリアム様が眉を下げながら微笑む。何が書いてあるのか気になるのか、ウィリアム様が身を寄せたので私も見やすいように便箋を差し出す。



「なんだって?」


「はい、見学をしていい施設について教えていただきました」


「よかったね」


「はい・・・・・!」



にこにことウィリアム様に微笑む。いつも無表情な私の花が咲き誇らんばかりの笑顔にウィリアム様が口元に手を添えてそっぽを向く。それから咳払いをし、再び手紙へと視線を落とす。


そして、ある一文をウィリアム様が見た瞬間目を見張った。



『見学が終わったら二人で食事に行こう。いい店知ってるから連れて行ってやる』



「・・・・・・・・」


「・・・・ウィリアム様?」


「(だから嫌だったんだ・・・・)」



ウィリアム様が頭に手を置いて項垂れる。ウィリアム様が美しいお顔に影を落とすところはあまり見ないので、私はおろおろと意味もなく両手を前に差し出す。その手をウィリアム様は掴むと、そっと身に寄せた。



「ジェニファー」


「はい?」


「・・・・・いや、なんでもない」


「・・・・・?」


「・・・一日空けられる日程は限られるから、私の予定に合わせてもらいたいんだけどできるかい」


「ええ、特に予定はありませんので問題ありません」


「・・・・楽しみだね」


「はい!とても!」


「・・・・・・」



私の言葉に項垂れるウィリアム様に疑問符しか浮かばない。


そこにブライトさんがお茶を持って現れる。オルトゥー君が二人分の椅子を持ち寄せて、私の横でシュークリームを頬張る。口いっぱいに食べている姿を見ていると、やはり想像通りだったと笑みが溢れる。



「美味しいですか?」


「うん!お姉さんありがとう」


「こちらこそ、いつもありがとうございます」


「へへへ・・・・・」


「オル君、すぐ抱きつかない」



皆でお茶を飲む。こうやってゆったりと過ごしている時間が好きな私にとって、とても楽しい昼下がりの午後だった。


しかしウィリアム様はそうではないようで、顎に手を置いて物思いに耽る姿に私だけでなくブライトさんも心配な目を向ける。



「・・・・・・」



何もなければいいのだけど。そう思ったのは私か、それともウィリアム様か。



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