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お嬢様の贈り物



トレゾールさんのお店『輝く海底(ソットマリーノ)』を後にする。


トレゾールさんはこれから花を売りに出店を開くそうで、いそいそと準備を始めていた。優しい声で『またおいで』と言ってくれたトレゾールさんに別れを告げ、私たちは再びスプリングフェスタが開かれている街を歩く。



「(声が出るようになった・・・・)」



ちょうど医者のフィーリウスさんもその場に居合わせたので、準備を急ぐトレゾールさんを捕まえて診察をその場で行ってくれた。そのフィーリウスさんの見立てでは、もう問題ないだろうということだった。


その事実が嬉しくて、私は自然と顔を綻ばせる。隣を歩くウィリアム様が、そんな私に深緑の瞳を向ける。



「どうしようか、魔術師のショーは昨日で終わっているから店を見て回る?」


「(そうっ、だぁ・・・・・・・見逃したんだった・・・・)」



ショーどころではなかったとはいえ、魔術師様に会う機会を逃した事実に私は頭を抱える。


魔術ファンとしては、悔やんでも悔やみきれない状況に項垂れる。その様子にウィリアム様がクスリと微笑む。そして腰に手を添えると人混みから外れ、後ろを歩いているブライトさんたちを待った。


すぐにブライトさんたちと合流する。オルトゥー君はブライトさんかフィーリウスさんに綿飴を買ってもらったようで、嬉しそうにそれを食べていた。



「ブライト」


「はい、ウィリアム様。どうされました?」


「これから魔術師に会いに行くが、ブライトたちも来るか?」


「え・・・・・」


「え・・・・・?」



にこり、と微笑んでウィリアム様がブライトさんへと伝える。


そういえば、ウィリアム様が『魔術師様はしばらく街に滞在する』と言っていたことを思い出す。あの時はベッドの上でパニックになっていたので、すっかり忘れていた。


ウィリアム様の言葉に私はぱぁっと顔を明るくし、ブライトさんたちは驚いた表情を浮かべる。しかし魔術師様と会える貴重な機会を逃すまいと思ったらしく、ブライトさんだけでなくオルトゥー君やフィーリウスさんもこくこくと頷いた。


皆の表情に、ウィリアム様がにっと歯を見せて笑う。



「決まりだ。馬車を用意しよう、私の屋敷にいるはずだから」


「私が用意します。オル君、行こう」


「うん!」



ブライトさんとオルトゥー君が駆け出して行った。その様子に私は『できるだけ早急にお願いします』と身勝手にも手を合わせて願った。


フィーリウスさんがウィリアム様へと歩み寄る。そして丸々とした顎に手をおくと、感心したような表情をウィリアム様に向けた。



「いやいやぁ、さすがは公爵家のご子息。偉大な魔術師様を屋敷に滞在させるとは」


「大事なお客様ですからね。それに、ジェニファーがショーだけで満足しない可能性もあったので。・・・まぁ今回は会えずじまいでしたから、そうしておいてよかったと思っています」


「・・・・・・」



確かに、私ならショーで顔を合わせただけでは物足りなかったはずだ。できれば一日中魔術について質問したいとさえ思っている。


そんな私を予測して、ウィリアム様は屋敷に滞在してもらっていたらしい。その心意気に感謝するが、それよりも前にウィリアム様の気遣いが照れ臭い。


思わず俯く。ウィリアム様が私を前から抱きしめ、頭にキスを落とす。フィーリウスさんは、ただただにやにやと笑って私たちを見た。



「はいはい、そうですかぁ。ジェニファー様のことをよぉくお分かりのご様子で」


「ええ」


「お二人を見ているとね、私も妻を大事にしなきゃと思うんですよ。いいなぁいいなぁ若いって」


「ぜひ今度屋敷に奥様といらしてください。歓迎しますよ」


「それはそれは・・・・その際はぜひジェニファー様もご一緒に」


「ああ、それは名案ですね」


()()()()()()でね、お互いに語り合いましょう」


「ええ、ぜひ」



聞こえない。聞こえない。


私はフィーリウスさんの含みのある言葉に耳を塞ぐ。その様子をウィリアム様とフィーリウスさんがにこにこと微笑みながら見ていたらしいが、知らない。


そこにブライトさんとオルトゥー君が戻ってくる。人通りを避けて別の場所に馬車を用意してくれたらしい。それを聞いて私たちも人混みを縫うように歩きながら、馬車へと向かう。



「(ウィリアム様のお屋敷か・・・久しぶりに行くな・・・・)」



以前お邪魔した時は、二人の可愛らしい天使が出迎えてくれた。アメリーちゃんとアニエスちゃんは元気だろうか。もし会えたら嬉しい。あの天使は、本当に可愛いから。


皆で馬車に乗り込む。そしてそのままウィリアム様のお屋敷へと向かう。


どこからか火花が散ったような大きな音が聞こえる。フェスティバルも大盛り上がりな街は、その様子を見ているだけで楽しくなってくる。それはオルトゥー君もなのか、窓枠に腕を乗せて外を食い入るように見つめていた。


それからしばらく馬を走らせて、大きなお屋敷の門へと入る。いつ見ても広い敷地だ。スペンサー家の屋敷なんてすっぽりと入ってしまう。


その広大な敷地を眺めていると、エントランスの前で馬車が止まる。そしてエントランスからドアマンが駆け寄ってくる。いつぞやのドアマンだった。


ドアが開き、ウィリアム様が先に外へ出る。そして私へと手を差し出す。その手を掴むのがドアマンの手前照れ臭くておろおろとしていると、フィーリウスさんが私の背中をぐいぐいと押した。


手を掴むどころか、身を寄せることになってしまう。その様子をドアマンが嬉しそうに顔を綻ばせて見ていた。しかし私が男物の洋服を着ているから、少し驚いていた。



「ウィリアム様、お早いお戻りですね」


「ああ。魔術師様はまだいらっしゃるか」


「はい、そのように聞いております」


「執事を呼んでくれ、案内してほしい」


「かしこまりました」



ドアマンは私とウィリアム様をちら、と見てから再び早足に去っていった。


その頃には皆も馬車から降りていた。ウィリアム様を先頭にエントランスへと入る。煌びやかな装飾と、高価そうなソファが置かれているエントランスに、いったいどれだけの財力があるのかと舌を巻く。


ぼんやりとその装飾を眺めていると、ウィリアム様に肩を叩かれた。なんだろうと後ろを振り返る。すると優しい瞳を向けながらにこりと微笑んだ。



「着替えようか、いつまでもその格好で歩くわけにもいかないだろう?」


「あ・・・・ですが服は持ち合わせていないです」


「ちょうどジェニファーに贈ろうと思っていたワンピースがあるから問題ないよ」


「え・・・・・」


「君のお母様が手紙で言っていたんだよ。『娘は洋服や宝石にまったく興味がない』と」


「(・・・・お母様・・・余計なことを・・・・)」


「せっかく綺麗なんだから着飾ればいいのに。服ならいくらでも用意するよ」


「い、いえ・・・お金がかかりますし・・・・」


「・・・君を思って用意したんだ、着てくれないかい?」



そう、眉を下げて言われると言葉に詰まる。美しいウィリアム様におねだり、というかお願いを言われるとどうしても断る気にはなれない。いや、服を用意してもらっている私が断るなんて失礼極まりないのだけど。


私は俯きながら頷く。こうなったら私も何かウィリアム様に贈ろう。いつもお世話になっているし。



「(何がいいかな・・・・・)」



私が頷いたことで了承を取ったと思ったのか、ウィリアム様がブライトさんに何か伝えてから背中を押す。そして長い廊下をずっと進み、階段を上り、いくらか角を曲がって行くとウィリアム様の自室だと思われるドアの前までやってくる。


さすがは広いお屋敷だ。もうどうやって来たのか覚えていない。公爵家のご子息が過ごす部屋だから、そんな簡単にエントランスから向かえる場所にあるはずないか。防犯のためだろう。


そんなことを考えながら、ドアを開いてくれたウィリアム様の後ろに続いて部屋に入る。私の部屋と同様、不要なものがないその部屋は使用人たちが綺麗に掃除をしているのか、埃一つ落ちていなかった。



「・・・・・」



ふわり、とウィリアム様がいつもつけている香水の香りが鼻に届く。どこもかしこもその柔らかい香りでいっぱいだ。まるでウィリアム様に抱きしめられているような感覚になり、照れ臭くて俯く。


ドアの前でぼんやりと立ちつくしている私にウィリアム様が長い腕を伸ばす。そしてソファに座らせると、ぽんと頭を撫でた。


ウィリアム様が大きなクローゼットを開く。壁に備えつけられたクローゼットには、所狭しとスーツが並べられていた。さすがはファッションリーダーだ。スーツだけでなく、靴もその日の気分で変えているのか、棚に用途ごとに分けているようだった。



「(いやいや、何を私は観察しているんだ・・・・)」



人様のクローゼットを眺めるなんて、失礼すぎる。私はバッと視線をクローゼットから外そうと反対側を見る。すると、なんとそこにはベッドがあった。



「(ひぃいぃ・・・・・!)」



ベッドにはあまり良い記憶がない。どこを見ても、そして息を吸ってもウィリアム様を感じてしまい、私は顔を手で覆ってなんとか堪える。も、もう二度とウィリアム様の部屋には近づかないと誓う。


顔を手で隠してぷるぷると震える私にウィリアム様が顔を向ける。そして何か思うところがあるのか、ワンピースの入った箱をテーブルへと置くとソファに座る私の前までやってきて、屈み込み腰に手を回す。


びく、と私が黙ったまま反応する。その様子に見えないところでウィリアム様が薄く唇を開き、ニヒルに微笑んだ。



「ジェニファー」


「・・・・・・」


「ワンピース、用意したよ。靴もあるから一度見てほしい」


「わ、分かりました・・・・ですが、どうぞお手を離してください」


「どうして?」



つつつ、と腰に回された手が脇腹をなぞる。こそばゆくて体を捩れば、近くでウィリアム様が吐息を零したのが分かって余計に顔を手で隠す。


両手で腰を掴まれる。ソファが少し揺れる。私の右半分の体が深くソファに沈んだから、ウィリアム様が片足をソファに乗せたのだと思うが、見られない。見たくない。見たら死ぬ。


耳に唇が寄せられる。軽く耳たぶを甘噛みされて、変な声が出そうになる。その様子に赤く熟れたような熱を帯びた瞳をウィリアム様が向ける。



「ジェニー、どうして手を離す必要があるの?」


「・・・・た、立ち上がれないからです」


「起こしてあげようか」


「だ、・・・・っ大丈夫です」


「・・・ジェニファー」


「・・・・・」


「もしかして、私のこと意識してる?」


「・・・・っ・・・・ーーーーー!」



その言葉に、私はバッと手を外す。すると思ったよりも近い場所にウィリアム様の美しいお顔があって驚く。顔だけでなく耳も首も真っ赤にする私に、ウィリアム様がねっとりと深緑の瞳を細めた。


断じて、断じて意識などしていない。


ただ、この部屋にいるとくらくらするだけだ。何だ、ウィリアム様は部屋に女をだめにするお香でも焚いているのか。


ぶんぶんと首を横に振る。そうする私に跨がるようにソファへ両膝を乗せたウィリアム様が頬に手を添えながら上から見下ろす。ソファの背にぽすん、と寄せられる。ぐっとウィリアム様自身も身を寄せるためほとんど隙間がない。



「お人形さん?」


「い、い、意識などっ・・・!断じて!断じて!」


「ふふ・・・そうか、してくれて構わないんだけどな?」


「(美しいお顔で首を傾げないで・・・・!)」


「そうやって、私だけ見ていればいいよ。どこにも行かないから」


「・・・・・・・」


「他の男なんて見ないでいい。意識なんてしたら許さない」


「・・・ウィ、ウィリアム様・・・・」


「君は私のものなんだから」


「・・・・・・」


「ふふ・・・・あっち向いてごらん」



顎に手を添えられて、無理やりベッドの方へ向けられる。その仕草の意味がなんとなく分かって、分かるからこそぐぐっと反対へ顔を向けようとする。


そんな私にウィリアム様がさらに身を寄せる。ソファに押しつけられる。もう逃げられない、そう心のどこかで思った。ぐにゅりと『あいつ』が嬉しそうに這いずり回る。それが嫌で眉を顰める。その眉にキスを落とされ、ウィリアム様が艶やかな唇を開いた。



()()()()()()()ね?」


「・・・・っ・・・・」


「・・・・ふふ・・・・ねぇジェニファー」


「・・・・・・・」


「・・・・・毎日着ているから分かるけど、男物の服って脱がしやすいんだよ」


「待っ・・・・・!」



するり、とシャツを撫でられる。そのままシャツがベルトで締め付けられているのに簡単に捲れてしまう。その手を止めるためにバッとウィリアム様の腕を掴む。


ウィリアム様が婀娜やかに微笑む。ぐっと身を乗り出して真上から私を見下ろす。



「うん?」


「待っ、待ってくださ・・・そ、それ以上何も言わないでください・・・!」


「どうして?」


「ど、どうして?」


「うん。ジェニファーが私の部屋にいるのに、邪魔する者もいないのにどうして話しかけたらいけないの?」


「そんなの・・・・そんなの・・・・」


「・・・・・・」


「そんなの・・・分かりません・・・・」



顔を真っ赤にしながら、ウィリアム様から視線を外す。その恥じらう姿にウィリアム様が余計に煽られているとも知らずに。


捲れたシャツの間に、手が入ってくる。急いで腕を掴む手に力を込めると、ウィリアム様が額を寄せる。そのまま間近で美しい深緑の瞳とかち合う。ゆるゆると魔力を込めているのかその瞳の色が若紫へと変わっていく。


『君は私のもの、私も君のものって意味だよ』


私の推測の上をいく意味が込められていたその行為に、これ以上顔は真っ赤にできないと言葉に詰まる。瞼へキスと同時に魔力を込められる。きっと今頃ウィリアム様を見つめる私の瞳は深緑に変わっていることだろう。



「教えてあげるよ、君は浅はかだから教えてあげないと分からないよね」


「・・・・・・」


「私と話していると意識してしまうから、それが嫌なんだよ」


「・・・・・」


「そこまで意識していて、どうして『答え』に辿り着かないのかな。不思議だよ」


「・・・・ウィリアムさ・・・・」


「まぁ、・・・そうだね、言葉はいらないかな・・・」



これからすることは。そこまで言ってウィリアム様が私の口に親指を入れる。そのまま下に引かれて、あんぐりと開いた口に縮こまった舌を見つけると、親指の腹でぐっと押された。思わずくぐもった声を出せば、その声もろとも吸い込むようにウィリアム様の唇が寄せられる。


ず、と舌を吸われる。親指が口から離れて首元へと下ろされる。そのまま鎖骨の上をぐりぐりとされると意味の分からないこそばゆさがあった。捲れたシャツの中で長い指が腹部を撫でる。ずくん、と下腹部が急に重くなる。『あいつ』が歓喜の声を上げる。



「・・・・っ・・・・・」



そこでようやく『あいつ』の名前を知る。あいつは、ウィリアム様を意識する私の感情そのものだ。


嫌だ。嫌すぎて眉を顰める。私でなくなるような気がして必死に胸を押さえる。その手を掴んでウィリアム様が吐息を零しながら再び私の下唇を食む。リップ音なのか水音なのか分からないその音が耳に届いて思わず塞ぎたくなる。


ソファに寄せていた背中にウィリアム様の熱い手が添えられる。その手が後頭部を撫でると、余計に密着をして舌の根元まで食べられているような気がした。


窒息死しそうな私の顔を見て唇を離したウィリアム様がその唇を舌舐めずりしながらうっとりと微笑む。だめだ、もうこの人を天使だとは思えない気がする。魂を奪われる。殺される。



「息しないと苦しいだけだよ」


「・・・・っ・・・」


「・・・真っ赤だね・・・可愛い」


「・・・・待っ・・・・」


「・・・待てと言われて待つと思う?」


「・・・・・・」


「もう待たないと決めたんだ。待たずに奪うよ」


「・・・お、おやめください」


「はは、やめないって。もう分かってよ」


「・・・・・・」


「君を愛しているんだ」



その言葉に思わず目を見張る。好きではなく、愛の言葉を告げるウィリアム様に驚く。


わなわなと唇を震わせれば、その下唇を食まれる。再び行為に戻ろうとするウィリアム様になんとか抵抗しようとするけれど、力が抜けていて思うようにならない。


だめだ、もう止められない。



「・・・・・・・」


「・・・・・」



そう思った瞬間、神の助けが聞こえる。ドアがノックされた。ウィリアム様が分かりやすく眉を顰める。そして一度ドアへと視線を向けると、再びこちらへ顔を向けた。


大きなため息をついて、ウィリアム様が頬に手を添える。そして極上の笑みを浮かべながら私の頬にキスを落とした。



「ベッドと魔術師どちらがいい?」


「・・・・・ま、魔術師様です」


「だよね・・・・はぁ、いつも邪魔が入る」


「(た、助かった・・・・・)」



ウィリアム様がそっとソファから離れる。そして乱れた髪を整えながらドアを薄く開き、外にいた執事と何か会話をしている。


そしてその会話が終わると、にこりと笑ってドアを大きく開いた。



「私は外にいるから、そこのテーブルに置いてあるワンピース着てね」


「・・・・・・・」


「分かった?」


「は、はい・・・・・」


「・・・・ふふ・・・・・」



婀娜やかな微笑みを残してウィリアム様が部屋から出ていく。私はぽかん、としばらくそのままソファの上で固まっていたけれど、そうしていると先ほどのことを思い出してしまうのですぐさま立ち上がり、テーブルの上の箱を掴むと勢いよく服を脱いでワンピースを着る。


いつだったか、晩餐会の時に用意してくれたドレスに似ている、紺色のワンピースだった。袖のないそのワンピースがすうすうと火照った体を冷ましていく気がした。



「・・・・死ぬかと思った・・・・」



『あいつ』が悔しそうに鎮まっていくのを感じながら、乱れた髪を簡単に整え、グロート卿にお借りした服を手にしながらドアを開ける。


すると、いまだに婀娜やかな表情を浮かべていたウィリアム様の色気にやられている執事と、ドアの横で腕を組みながら壁に寄りかかり私を待っていたウィリアム様と目が合う。そしてすぐに逸らす。



「うん、似合ってるよ」


「・・・・あ、・・・ありがとう・・・・ございます」


「それじゃあ行こうか」


「・・・・・はい」



顔を手で押さえながら先導する執事の後ろを歩く。その間ウィリアム様からの視線を感じる。ワンピースを見ているようで、とてもご機嫌そうだ。


それから廊下をまた進み、階段を下がって、角をいくつか曲がりドアの前へと到着する。執事がドアを開く。するとブライトさんやフィーリウスさんが私とウィリアム様へと顔を向ける。


私の姿が変わっていることに気づいたのか、フィーリウスさんが胸の前で手を合わせながらにこにこと微笑んだ。



「ジェニファー様、とてもお綺麗ですよ」


「・・・・あ、ありがとうございます」



まだほんのりと頬を赤らめながら俯く私にフィーリウスさんが何かを感じ取ったらしい。それはブライトさんも同じようで、にやりと微笑むとご機嫌なウィリアム様へと視線を向けた。



「おやおやぁ?」


「ウィリアム様、随分ご機嫌良さそうですね?」


「はは、分かるか」


「ええ、ええ、もちろんですとも。医者の目を甘く見ないでください」


「ふふ・・・お嬢様、お綺麗ですよ」



ブライトさんに褒められるが、もう何も言いたくない。


そんな私に何かあったのだと気づいている面々がにやにやと笑う。男性なんてそんなものだ。破廉恥め。


ウィリアム様が私の背を押す。そして部屋の中央まで連れて行く。するとそこにはソファに座るフード付きの黒い白衣のようなものを着こんだ髪の長い男性がいらっしゃった。


銀の長い髪が頬に垂れている。顔つきもお美しく、魔術師様というよりは尊いお立場の貴族だと思ってしまう。


その魔術師様と目が合う。私の存在に気づくと、組んでいた足を外して立ち上がる。そして片眉を上げながらニッと微笑まれた。その表情はどこかフォーさんに似ていた。



「こんにちは、お嬢さん」


「・・・・ジェニファーと申します」


「ウィリアム君から話は聞いてる。なんでも魔術が好きなんだって?」



ワンピースの裾を掴み、膝を曲げて会釈をする。そうすると魔術師様も丁寧にお辞儀をしてくれた。


見た目の儚いお姿よりも、ずっとフランクな話し方をする魔術師様に圧倒される。ほんのりと魔力を感じるので、そのお力も強いのだろう。


思わず尊敬の目を向けながらこくこくと頷く。すると魔術師様が嬉しそうに顔を綻ばせて私をソファに座らせた。魔術師様は一人用のソファに座る。



「俺はコンフィアンス。これでも王都軍直属の魔術師なんだわ。結構偉い立場なのよ」


「はい、どうぞよろしくお願いします。コンフィアンス様」


「うんうんよろしく。それで?俺に何を聞きたい?君可愛いから何でも答えてあげるわ」


「あ、ありがとうございます」



にっこり、と美しい顔で微笑まれる。なんだろう、その銀の髪と同じ薄い瞳の色が今は怖い。


思わず引きつった笑みを浮かべれば、二人掛けのソファにウィリアム様も座る。先ほどのこともあるのでできれば距離を取りたいところだが、二人掛けなのでそこまで広さはない。


意識しない。意識すれば『あいつ』がやってくる。


こほん、と咳払いをしてコンフィアンス様を見る。にこり、とまた微笑まれる。その笑みに私だけでなくウィリアム様も顔を引きつらせた。



「わ、私魔術師様にお会いするのは初めてなのですが、いくつか質問しても?」


「どうぞどうぞ」


「えっと・・・・・」



いざ魔術師様を目の前にすると用意していた質問が飛んでしまう。おろおろとする私にウィリアム様とコンフィアンス様が優しい目を向けていたらしいが、焦っている私は気づかなかった。



「えっと、魔術師様の得意属性は何ですか?」


「んー・・・軍人は得意属性を敵に知られると不利になるから教えないんだよね」


「あ・・・・それは失礼しました」


「でもいいよ、ジェニファーちゃんには教えてあげる。得意属性は月属性だよ」


「なんと!」



月属性はまだ未解明の部分も多い。その月の光のように、あたりを儚く、そして怪しく照らすということもあり、影や幻覚など攻撃的な力を持っている。


まさか月属性を得意属性とする人に生きているうちに会えるとは。


私は驚いて声を張り上げる。そうするとコンフィアンス様がけらけらと笑った。



「そっ、それは・・・すごいですね・・・・」


「でしょ?うねうね君の影も動かせるよ」


「おぉ!」



私の足下にあった影に手を翳す。すると、私の影が意識を持ったようにずずずと動いた。なんという力か。すごすぎる。すごすぎて言葉にならない。


思わずキラキラとした目をコンフィアンス様に向ける。その瞳を受けてコンフィアンスさんが嬉しそうに顔を綻ばせる。



「どうよ?俺ってばすごいでしょ」


「はい!すごいです!」


「いいねいいねぇ、もっと褒めてよ。可愛い子に褒められると俺も嬉しいから」


「ぜ、ぜひ他にも見せていただけないでしょうか!」


「あれ・・・・?振られた?可愛いって分かりやすく言ったんだけど」



なぜか悲しんでいるコンフィアンス様など無視をして身を乗り出す。そうするとウィリアム様の腕が腹部に回された。そしてそのまま引き寄せられる。


驚いてウィリアム様を振り返れば、眉を顰めていた。



「ウィリアム様・・・・・?」


「あまり近づかないよ」


「あ・・・・すみません」


「・・・・・・・」



ムッとしているウィリアム様に、はしたないと叱られた気がして冷静になる。


しかし、ウィリアム様が確実にコンフィアンス様に嫉妬していることに気づいている面々は、ただただにやにやと笑っていた。オルトゥー君も、今回はウィリアム様の肩を持つのか目を吊り上げてコンフィアンス様を見ている。


私とウィリアム様を見ていたコンフィアンス様も何か気づくところがあったらしく、膝の上に肘を乗せるとそのままの姿勢でニッと笑った。



「ふーん、なるほどね」


「・・・・・・」


「わざわざ俺を公爵のお偉いさんが呼ぶから何かと思えば・・・・・」


「・・・・何か?コンフィアンス殿」


「いや?これはおもしろくなってきたと思っただけだよ、ウィリアム君」



にこり、とコンフィアンス様がウィリアム様を挑発するように微笑む。その表情を受けたウィリアム様が対抗するように柔らかく笑う。


言葉ではない何かが、そこに火花を散らせていた。


私は早く質問をしたいので、それに気づかない。というかどうでもいい。


再びコンフィアンス様に声をかけようとするが、コンフィアンス様が急にソファから立ち上がってしまった。



「悪いけどそろそろ帰るわ。さすがにこれ以上王都から離れるとまずい。ウィリアム君がどうしてもって言うから待ってたけど、仕事溜まってるんだよね」


「そ、そうですか・・・・・・」


「なんだよジェニファーちゃん、俺が帰っちゃ嫌だ?」


「・・・・・もう少しお話をしたいですが、お仕事があるなら仕方ないです・・・・」


「(なんだよこの子、全然笑わないけど仕草が可愛いんですけど)」



どうしよう帰りたくない。と手をぷるぷる震わせながらコンフィアンス様がそう思っているとも知らず、私は残念だと俯く。そんな私にウィリアム様が肩を抱いて頭にキスを落とす。


そして、にっこりと微笑んでコンフィアンス様を見上げた。



「どうぞ、お見送りします」


「・・・・ああどうもぉ?」


「はい、こちらこそ」


「ふん・・・・あ、ジェニファーちゃん」



有無を言わさないウィリアム様の視線にコンフィアンス様が眉を顰める。しかし、何か思いついたように私へと視線を向けると、ウィンクをされた。



「今度ジェニファーちゃんに手紙書くから俺の職場に遊びにおいでよ、案内してあげる」


「ほ、本当ですか!?」


「おう!魔術師の執務室から専用の鍛錬場までツアーしてやる」


「ぜ、ぜひお願いしたく!」


「よし決まりな。そん時はジェニファーちゃん一人でーーーー」


「わぁ、楽しそうだな。私も着いて行っても?」


「・・・・・ウィリアム君は呼んでないけど」



分かりやすく嫌そうな顔をウィリアム様に向けるコンフィアンス様。


ウィリアム様はその表情ににこりと笑うと、肩を抱く私の顔を覗き込む。そして眉を下げながらじっと深緑の瞳を向けた。



「私も魔術については興味があるから行きたいんだけど、ジェニファーは私が着いていったら邪魔かな」


「いいえ、そんなことは・・・・・」


「呪いについても何か調べられるかもしれないし、軍の施設は王宮の横にあるからついでに図書館にも寄れると思うんだよね」



そう言われると、確かになと頷く。魔術師様なら呪術についてもお詳しいだろう。それに王宮の図書館なら、いくらでも呪術について記されている文献があるはず。


いい機会だ。ウィリアム様の言う通りだと思う。


そう思った私はこくんと頷くと、コンフィアンス様を見上げた。



「ぜひウィリアム様とご一緒にうかがわせていただければと思うのですが」


「(そんな目で見るなよ・・・・・)」


「・・・・・だめでしょうか」


「・・・・いいよ」


「ありがとうございます・・・・!」



ぱぁっと顔を明るくしてコンフィアンス様にお礼を伝える。花が咲くような笑顔にコンフィアンス様が胸を押さえて言葉に詰まる。ウィリアム様はただにこにこと笑っていた。目は笑っていなかった。



「分かった・・・・手紙は二人に書く。招待状入れておくから、捨てるなよ」


「はい!」


「いいお返事ですねぇ!?じゃあ俺帰るから!またねジェニファーちゃん!」



がしがし、と頭を撫でられる。その強さに驚いてコンフィアンス様を見上げれば、ニッと笑われた。やっぱりどこかフォーさんに見えた。血縁関係はないと思うけど、多分性格が似ているんだと思う。


それから皆でコンフィアンス様を見送ることになった。エントランスまで向かい、馬車に乗り込んだコンフィアンス様を眺める。



「またな、久々に軍のむさくるしい奴らじゃなくて可愛い子と喋れて俺も楽しかったわ」


「こちらこそ、お忙しいのに機会をいただきありがとうございました」


「うん、じゃあ握手な」


「はい」



コンフィアンス様が馬車の窓から手を差し出す。私も駆け寄ると、魔術師様との握手という尊い行動に感動しながらきゅ、と握る。


にこり、と綺麗な顔でコンフィアンス様が笑う。なので私も自然と笑みを零す。


その表情にコンフィアンス様がぷるぷると震える。そして何を思ったか、私の腕を引くとそのまま手の甲にキスを落とした。


ウィリアム様からフィーリウスさんまで揃って全員ぎょっとしていた。もちろん私もぎょっとする。そんな私の頭をまたぐしゃぐしゃと撫でると、コンフィアンス様は愉快げに微笑みながら去って行った。



「・・・・・・・」



乱れた髪を触りながら、ぼんやり馬車を見送っているとウィリアム様にその頭を撫でられた。いつもアニエスちゃんとアメリーちゃんのヘアセットをしているからか、ケイトと同じくらいの時間で綺麗に整えてくれる。


それから、ウィリアム様がため息をつきながら私を見下ろす。とても疲れているようだった。



「・・・・・ウィリアム様?」


「・・・・今回は、君の好きなものだから嫌な予感がする」


「・・・・・・?」


「嫌だなぁ・・・・・」



はぁ、ともう一度ため息をつきながら私を抱きしめる。その様子をブライトさんとフィーリウスさんが眺め、一波乱ありそうだなと内心思っていたらしい。


それから私たちもお屋敷を後にすることになった。馬車を用意してくれたウィリアム様とともにブライトさんやオルトゥー君を店の前まで送り、フィーリウスさんのお屋敷の前でお別れをする。今回ブライトさんやフィーリウスさんには迷惑をかけてしまったから、また何か贈ろうと思った。


最後に私の屋敷まで送ってくれたウィリアム様とエントランスまで向かう。夕暮れが近づいている屋敷はところどころ明かりがついていた。


エントランスから父や母、そしてケイトとジョージさんが顔を見せる。なぜか皆頭の上にお祝い事で使うコーンハットをつけていた。


ああ、そういえば今日は宴なんだったか。


浮かれている父や母の様子にうんざりとしながら歩み寄る。そんな私の格好が紺色のワンピースになっていることにケイトが目敏く気づく。そしてこそっと耳を寄せられる。



「そのお洋服、ウィリアム様からの贈り物ですか?」


「・・・・男性の服のままコールマン公爵のお屋敷にいるのは失礼なので着替えただけです」


「んもうっ、採寸もしていないのにどうしてそんなにぴったりなお洋服を用意できるのかしらぁ?」


「・・・・母が手紙で伝えたんじゃないですか?」


「本当にそうかしらぁ?あの長い腕で()()したんじゃないかしら・・・・オホホホ!」


「(うざったい・・・・・)」



思わずケイトの足を踏みたくなる。それを器用に避けたケイトが美しいウィリアム様へと視線を向ける。釣られてそちらを見れば、コーンハットを被ったままウィリアム様と話している父と母の姿があった。



「ウィリアム殿も参加しませんか?きっと楽しいと思います」


「はい、参加したいのですが屋敷を長く離れたので仕事を片付ける必要があって・・・・次の機会は必ず参加させていただきます」


「そうですか・・・・・」


「はは、そこまで悲しまなくても・・・・」


「いやね、もう息子のようなものだから、一緒に食事をしたいと思っているんですよ」


「スペンサー殿・・・・・」



どこからつっこみを入れればいいのか分からない父に私は駆け寄る。待て、息子とは何だ。そしてウィリアム様も嬉しそうにしないでもらいたい。


母も父に寄り添ってこくこくと頷く。そんな二人にウィリアム様が照れ臭そうに頬をぽり、と掻く。



「・・・・・・・」



その様子に私はウィリアム様がお母様と長らく顔を合わせていないことを思い出す。自慢するつもりはないが、私は父や母と仲が良い。過保護すぎるとさえ思っている。そんな私たちを見て、ウィリアム様は何を感じているのだろうか。


『あの日』を思い出していないだろうか。


『あの日』がなければ、きっとウィリアム様とお母様は今も仲良く過ごしていたのだろう。でも起きてしまったことは変えられない。私たちを見るたびに『あの日』を思い出しているのなら、支え合うと決めた私ができることは何だろうか。



「・・・・・・」



そっとウィリアム様に歩み寄る。


そうするとウィリアム様だけでなく、父と母もこちらを見る。コーンハットを被ったひょうきんな姿に少々ムッとしながらも、ウィリアム様へと顔を上げる。



「ウィリアム様」


「・・・・うん?」


「・・・・・その、・・・・」


「・・・・・・」


「い、いつでも・・・・いらしてください。たまにはゆっくりお食事でもしましょう」


「・・・・ジェニファー」


「ジェニー・・・・・」



いつもは伝えないような言葉を呟いたので、急に照れ臭くなる。せっかくいただいた紺色のワンピースをぎゅう、と握り締めながら赤くなる顔を見られたくなくてそっぽを向く。


しかし、話し出してしまえば最後まで言わないと歯切れも悪いというもので。


私はそっぽを向いたまま、ウィリアム様に伝える。



「いつも外出ばかりですから・・・・ゆっくりお食事をしたことがなかったなと・・・・」


「・・・・・・」


「いつもお世話になっていますし、おもてなしをさせていただきたく」



そう伝えると、幸せを噛み締めるように眉を下げながらウィリアム様が両手を広げる。そしてそのまま抱きしめられる。父と母は感動しすぎてお互いの肩をばしばし叩きながら泣いていた。娘の成長に感動しているらしい。



「ジェニファー、嬉しいよ」


「・・・・私たちではお母様の代わりにはなれませんが、きっと楽しんでいただけると思います」


「・・・ああ・・・・ああ、そうだね・・・・」



ぎゅう、と抱きしめられる。その強さに息苦しさを感じながらも、そっと背中を摩る。さ、摩るだけだ。決して腕を回したわけではない。


それでも嬉しいのか、ウィリアム様は私を強く抱きしめた。



「・・・・・・・」



その様子を見ているとどうしても胸が締め付けられる。『あいつ』が出てきそうで嫌だと思うものの、お母様のことで悩むウィリアム様の力になりたいと思う。


何をすれば喜んでもらえるだろうか。もっとウィリアム様には喜んでほしい。


私はぴた、と動きを止めて考える。すると私の摩る手が止まったことに気づいたのか、お互いの間に少し隙間を開けて私を見下ろした。



「ジェニファー?」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・?」



喜んでもらえること、洋服が好きなようだから、洋服を贈るべきだろうか。だけど私では流行り物など分からないから、結局意味がない。ではお金を渡すべきか。いや、それはさすがに失礼だ。では何か。


ぼんやりとウィリアム様を見上げる。そうしているとなぜかクスリと微笑まれて頭にキスを落とされた。


そこである贈り物を思いつく。いや、贈り物になるかは分からない。というか、それを考えた時点で『あいつ』が這いずり回りだしたから嫌だ。嫌だけど、それ以外思いつかないし。


そう、これは挨拶だ。ただの挨拶。



「ウィ、ウィリアム様・・・・・」


「うん?」


「屈んでください」


「・・・・・・?」


「は、早く」



意味深なことを言ったきり、身動き一つしない私にウィリアム様が怪訝な表情を浮かべながら少しだけ膝を曲げてくれる。父や母も不思議そうに私を見ている。


ああ、なんだってこうも目撃者が多いところで私もこんなことを思いついたのか。



「ちょっと、」


「・・・・ジェニファー?」


「ちょっと、こっち来てください」


「・・・・・・・」



ウィリアム様の両肩を掴んでこちらに寄せる。私の仕草に両手を広げたままウィリアム様が身を乗り出してくれる。そのまま肩に置いた手に力を入れる。ついでに少しだけ背伸びをする。


そして、ウィリアム様の頬に自分の唇を寄せる。



「・・・・・・・」


「・・・・いつもありがとうございます」



そこまで言って、私はダッと走って屋敷の中に入ってしまう。


私の行動にウィリアム様が両手を上げたままぽかんと固まっているが、知らない。私は知らないからもう寝る。



「・・・・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・・・」


「「「 ギャーーーーッッ!! 」」」



父と母、そしてケイトが叫ぶ。そしてそのままウィリアム様へと駆け寄り固まったままの体をぎゅうぎゅうと抱きしめる。父や母に囲まれてやっと我に返ったウィリアム様が、かぁぁぁと顔を赤くする。その表情を見て余計に喜ぶ父と母。そして涙ぐむケイト。



「な、なんて素晴らしい日なんだ!もう父さんは心臓がはち切れそうだよ!」


「ジェニファーがウィリアム様にキスしたわっ!どうしましょう!にやけて仕方ないわ!」


「んもうっ!もうっ!お嬢様ったらなんて可愛らしいの!ケイトは死にそうですぅ!ゔぅ!」


「いやぁよかったなぁウィリアム殿!もう息子って呼んでいいかい!?」


「もう娘が嫁がないなら婿にでもなってくれたら母は嬉しいです!」


「ケ、ケイトも早くウィリアム様を旦那様って呼びたいでずぅ!」


「ははは・・・・・・」



きゃっきゃと騒ぎながら抱きしめる父や母にウィリアム様が少し戸惑いながらも、嬉しそうに腕を回す。まるでその姿は、本当の家族のようだった。


父がウィリアム様の頭にコーンハットを被せる。照れ臭そうにそれを受け取ったウィリアム様が幸せそうに顔を綻ばせるものだから、スペンサー家はとろっとろに蕩けたそうな。



「娘のことよろしくお願いしますわね、ウィリアム様」


「義父さんに言ってくれたらいつでも助けになりますからね!」


「ははは・・・・・ありがとうございます」



その日、スペンサー家は夜通し宴を開いた。私は部屋で自分のした行為に打ちのめされてベッドから起き上がることはなかった。


屋敷に戻ったウィリアム様は、テーブルの上に置いたコーンハットを幸せそうに眺めた。



「(なんであんなことしたんだろう・・・・・)」


「(そろそろ本気で動こうかな・・・・・)」



社交デビューから約一年、私たちはお互いに大きく変化を迎えていた。




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これにて第五章完結です。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

第五章の詳しい後書きについては『活動報告』にまとめますので、お時間がありましたらご覧ください。


また、『どうにも〜』をシリーズ化します。短編を投稿しましたので、よろしければそちらもご覧ください。


それでは、第六章でお会いしましょう。

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