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お嬢様と赤いドレス





「おぉ、ついに『預言者(プロフェシー)』様の祟りの理由がわかりましたか」


「はい。どうやらその理由は洞穴にあるようなのですが、そこへ連れていっていただくことは可能でしょうか」


「洞穴へ・・・・あそこは村人以外立ち入り禁止なのですが・・・・」



朝になり、朝食も済ませた私たちは村長の家を訪ねる。すでにウィリアム様やブライトさん、マークさんは一足先にフォーさんと共に洞穴の近くで待機をしている。ただ、その洞穴の前には氷属性の魔術でそれ以上先に進めないようになっているらしく、代々村長が保有している木製の雪の結晶のようなアクセサリーがなければ解除することができないとのことだった。


まずは村長とその洞穴まで向かい、待機していたウィリアム様たちが馬を使って駐屯地まで向かうということになっている。


その村長が、洞穴まで私たちを案内してくれるか。それが鍵となっている。


もちろん、力づくでアクセサリーを盗むという手もあった。しかしその案を私が提案した瞬間、ケイトだけでなくウィリアム様までもがじとっとした目を向けたので、すぐに取り下げた。それに、もしそんな物騒なことをすればこの村で生活をしているフォーさんに迷惑がかかるかもしれない。


ということで、穏便に村長へお願いをしに来たのだが、あまり村長の表情は芳しくない。このままでは時間を食うばかりで、軍に要請をかけられない。


事実を伝えたところで、村長がその話を信じるとも限らない状況に、私は愛想の良い笑みを引きつらせながら村長へと一歩歩み寄る。



「いいのですか?預言者様がこのままお怒りを鎮めなければ、また村の男性が連れて行かれます」


「・・・・・・」


「放っておけば村は壊滅します。近くにプレジという街があるようですが、あそこはこの村に見向きもしないようです。孤立無援となった村を治める村長様が、村のために何もしないままでいいのですか?」


「それは・・・・・」


「まさかあなたの代で村を終わらせるおつもりではないのでしょう」


「・・・・・・」


「私も、預言者について文献を書く際に、このカルム村の途絶えた歴史を記したくありません」


「・・・・・分かりました」



そう、渋い顔をして村長が頷く。一緒に家を訪ねていたケイトが顔を明るくする。


お年を召しているからか、ゆっくりとした動作にせっかちになった私が急かすように肩に手を置く。そこからの支度はとてつもなく早かった。


村長とともに家を出る。朝まで降り続いた雪に足をとられながら、村の左手にある雪道を行く。しばらくその道を歩いていると、前方に目を凝らさなければ見逃してしまい、そのままぶつかっていただろう大きな門が見えてきた。


氷で作られているのか、その門に触れるととても冷たかった。人が縦に三人並んでも見上げるほどに大きい門には古代文字のようなものが日の光でキラキラと輝いていた。ふむ、これは大変興味深い。


門はただ木々の真ん中にあるだけだ。少し道を逸れて歩いていけば向こう側へ行けるように思えるが、おそらくこの魔術は門を中心に横に手を広げているようで、目には見えないがずっと続いているようだった。



「(時間があったら調べたい・・・・正直今すぐ調べたい・・・・)」


「お嬢様」


「・・・・コホン、・・・村長様、どうかお急ぎください」


「はい」



村長が胸元にあるアクセサリーに触れる。それをゆっくりと門にあてた。瞬間、ヒュウと冷たい風が吹き、ついで門が向こう側へとゆっくり開く。おお、なんという芸術!


その様子に思わず私は両手を握りしめてキラキラと目を輝かせる。後ろでケイトが何か言っていたがよく聞こえなかった。終いには脇腹を肘で突かれる。


私は仕方なく村長へと視線を向けると、入っても?と伝える。村長も村の行く末を案じているのか、皺くちゃな手を前へと差し出し、入ることを許可してくれた。



「では、洞穴まで案内いただきたく」


「はい。分かりました」



村長と共に門の向こう側へ向かう。


ちら、と後ろを振り返る。するとそこには、村長が門を通ったことで閉じかけている門の間をすり抜けようとしているウィリアム様たちの姿があった。馬を引き、できるだけ足音を立てないようについてきているようだった。


ウィリアム様と目が合う。コクンと頷かれる。それに私も無言で返事をすると、わざと村長が後ろを振り返らないようにその背中に手を寄せ、ゆっくりと押した。


そうしていると、前方に洞穴が見えた。村長が言っていたように、その洞穴は凍っていた。中を覗き込んで見れば、青々と結晶のように輝く氷がどこまでも続いているようだった。



「滑りますから、気をつけてください」


「はい」



村長と共に洞穴へと入る。後ろでフォーさんがウィリアム様たちを見送っている。馬に乗ったウィリアム様が手綱を引いて走り去っていくのが見えた。


成功だ。あとは駐屯地まで向かい、軍に今回の事件の顛末を伝えてもらいプレジまで来てもらえればいい。


あと少しだ。その気持ちを押さえながら、正直これ以上は無意味な演技を続ける。村長はすっかり私を学者か何かだと思っているようで、掌に火属性の魔力を放出し、明かりを灯しながらまっすぐ進んでいく。すると少し先に開けた場所があった。そこには日の光が差し込んでいるので、どこかに穴が空いているのだろう。



「これ以上は私たちも足を踏み入れたことがありません。この先は預言者様の寝床へと続いております」


「おぉ・・・・これは・・・・」


「ここは『氷の子(グラソン)』に授ける魔力の欠片を集める場所です。この土に、預言者様の魔力が込められた石のようなものが埋まっているのです。氷を削り、土を掘り起こし、私たちは欠片をいただいております」


「なるほど・・・・・」


「あまり長居はしないほうがいいでしょう。預言者様もお怒りですし、ここは特に冷えますので」


「・・・・・・」



確かに、ここには日の光が届いているというのにとても寒い。辺りが氷で覆われているからだろう。すぐに私は地面へと手をつけ、調査を行っているように演技する。その様子をじっと見つめる村長の表情はとても不安げだ。


あまりこれ以上煽るのもよくないと判断し、すぐに地面から手を離すと村長ににこりと微笑みかける。しかし笑っただけで答えを言わない私に村長が眉を顰める。その村長に手を差し出すと、再び戻るように伝える。



「ジェニファー様、それで、それで預言者様はなぜお怒りなのですか」


「それについては、預言者様の寝床に近いここでお伝えすることはできません。村に戻ってからお伝えします」


「は、はい・・・・・」



まぁ、伝えるつもりはないのだけど。嘘をついてしまって申し訳ないという罪悪感があるが、それでも仕方ない。ウィリアム様たちが戻るのを待って、軍が全てを終結してくれたら適当なことを伝えるようにしよう。


洞穴から出る。そして村まで三人で戻る。すると村の外れでフォーさんが待っていた。私とケイトはフォーさんへと歩み寄ると、先ほどの作戦通りの行動に声を掛ける。



「フォーさん、うまくいきましたね」


「ええ。あとは優男さんたちがうまくやってくるのを待つだけね」


「はい」



力強く頷く。ウィリアム様は公爵家のご子息だ。駐屯地にそのような尊いお立場の方が、証拠を持ち寄せ事のあらましを伝えれば確実に軍は動いてくれる。


そうなればジャンティーさんを助けられる。フォーさんもそれが分かっているからか、にっこりと赤い口紅を塗った唇を綺麗に上げた。


と、そこに遅れてやってきた村長がフォーの姿を見て驚いたように声を掛ける。



「フォー、どうしてこんな村の外れにいるんだ?」


「ああ村長、ジェニファーたちと村を出るのが見えたから待ってただけよ」


「そうか・・・・おや、こんなところに馬の蹄のようなが跡が・・・・」


「く、熊か鹿でも出たんじゃない?」



雪に残った足跡に村長が怪訝な目をフォーに向ける。私たちはできるだけ平静を装いながらにこにこと村長に微笑む。まずい、ばれるのだけはまずい。


まだ何か言いたげな村長に、私は情報をまとめたら家に行くとだけ伝えてフォーさんと共に家に戻る。ああ、やっぱり少し申し訳ない気持ちになった。


なんとか家まで戻ってきた私たちは、一気にどっと息をついた。そして長テーブルへと向かうと、皆どすんと椅子に座った。その様子に、目が覚めた門番が驚いた表情をしていたが、今は声をかける余裕もない。



「(ひとまずこれでなんとかなる・・・・・)」



早くウィリアム様が軍を連れてきてくれるのを待ち遠しく思う。


フォーさんが湯を沸かしておいてくれたのか、すぐにお茶を出してくれた。マグカップを受け取り、それに口をつけると冷え切った体を温めてくれた。


ケイトもそれを受け取ると、目を細めながら口をつける。



「・・・・・・・」



今回の旅ではケイトに怖い思いばかりをさせてしまった。いつものようなお調子者らしい姿もあまりなく、きっと緊張しっぱなしだったと思う。私は椅子をケイトへと寄せると、そっとマグカップを差し出した。



「・・・・お嬢様?」


「乾杯です。ひとまず作戦は成功したので」


「・・・ふふ、乾杯です」


「乾杯」



屋敷に戻ったら、ケイトに休みをあげよう。ゆっくり羽を伸ばしてもらえたらと思う。ケイトのことだから私が何かしないか心配だとか言うかもしれないが、たまには実家にでも帰ってくつろいでもらいたい。彼女だって使用人である前に、女性なのだ。私につきっきりでは休む時間も少ないはず。特に魔術好きなお嬢様の使用人であれば。


私があまりにもにこりと笑いながらケイトを見るものだから疑問符を頭の上に浮かべながら首を傾げている。その様子が可愛らしいのでさらにクスクスと笑えば、ケイトが「なんですか」と笑った。やっぱり彼女には笑顔が似合う。


ケイトも私の大事な『仲間』だ。その仲間が辛い思いをしているのであれば、助けてあげたい。私はそっとケイトの頭に手を乗せると、何度か撫でる。すると珍しいことを私がしているからか、ケイトが目を見張りながら私を見た。



「お嬢様・・・・・」


「たまにはいいかなと」


「・・・・ふふ、まるで小さなウィリアム様がいらっしゃるようだわ」


「・・・・・ウィリアム様?」


「はい。いつもお嬢様の頭を撫でられるでしょう?」


「・・・・・・」


「未来の旦那様に感化されるお嬢様は、とても可愛らしいですわ」


「む・・・・そんなことはないです」



だいたい、ウィリアム様は未来の旦那様ではない。それはケイトたちが勝手に言っているだけだ。


しかし最近、ウィリアム様に抱きしめられてもあまり冷静を欠かなくなったような気がする。もしかして私は天使のようなウィリアム様に順応しはじめているのか?それはいいことなのか?


思わず顎に手をおいて考える。するとその様子を見ていたケイトがケラケラと笑った。



「あの方は本当にお優しく、そしてお強い方ですね」


「・・・・そうですね」


「今まで見てきた貴族の中でもダントツです。相手を敬い、使用人の私にまで気をかけてくださるお姿は、まるで聖魔女のようです」


「それはその通りだと思います」


「だからこそ、人の悪い部分にも気付きやすい方だと私は思うのです」



その言葉を聞いて、昨日のことを思い出す。プレジに向かうために作戦を練っている最中、その様子に私はなぜこんなにも元気なのだろうかと思った。それに対し、ウィリアム様は『仲間だから』と言った。仲間が危険ならば、たとえ困難だとしても助けるのが仲間だと。その言葉が私は嬉しかった。今まで手にすることのなかった、数値化も目にすることもできない感情を授かったとさえ思った。


しかし仲間とは、屋敷に籠もりがちな私だけでなく、ウィリアム様も手にすることは難しいのだとも言った。ウィリアム様のお近くには、その尊いお立場を利用しようと貴族たちが群がる。それをウィリアム様は煩わしいと思っていた。


人の悪い部分にも気付きやすいとは、きっとそこにも通じていると思う。



「もともと、あの方は人の感情の動きにも気付きやすいと思います」


「そうですね・・・・ブライトさんも、人との間に線を引く方だと言っていました」


「そのような方だからこそ心を寄せるお嬢様も多い。だけどその感情までもをウィリアム様は気付き、線を引かれる」


「・・・・・・」


「でも、お嬢様はその線の向こう側にはいません。ウィリアム様と同じ線の中にいるんですよ」


「・・・・そうでしょうか」


「ええ、ケイトが言うのですから間違いありません。お嬢様が()()()()()()、ウィリアム様はその存在を決して離そうとはしないのです。線の内側に入れても煩わしくない。むしろ尊いとさえ思うようなお嬢様だから、そのお傍にいられるんです」



どうしてそこまで自信を持って言えるのか分からない。でも、ケイトとはもう十年以上一緒にいる。ケイトがそう言うのならそうなのだろう、とどこか他所で思った。


ケイトはマグカップを見つめながら話しを続ける。その横顔は本当にウィリアム様を信頼していることがよく分かった。



「私だって、ウィリアム様がもっとちゃらんぽらんで、世間知らずのお嬢様を誑かそうとするような方だったら応援なんてしません」


「・・・・・・」


「でも、そんなことない。ウィリアム様は、誠心誠意お嬢様を愛してくださる。だからケイトはウィリアム様を応援しているんです」


「あ、愛・・・・・」


「きっとお嬢様も、認められないでしょうがウィリアム様に憧れているんですよ。だから知らずのうちに仕草を真似しているのだと思います」


「・・・憧れている・・・・」


「はい。あの方は、誰もが憧れるような方ですからね。その一番近いところでその姿を見られるお嬢様が、真似てしまうのも無理はありません」


「・・・・・真似るつもりはないです」


「まぁ、では無意識ということですねっ。とても良い影響ですわ!」


「・・・・・・・」



そんなことはないと思う。でも、今までの私だったらケイトの頭を撫でようなどとは思わなかったかもしれない。そうなると、やはりケイトの言うことが正しいのだろうか。


あまり腑に落ちないところもあるが、この場にはウィリアム様もいないしケイトがそれを他言しなければばれることもない。いや、でもケイトは屋敷では()()()()と呼ばれるくらい言いふらしだ。あまり良い未来が想像できない。


とりあえず口止めはしておこう。そう思った私がケイトに手を伸ばす。するとその手を掴み、ケイトがにこりと笑う。



「どうか、ウィリアム様が戻ってきたら私にしてくださったように頭を撫でて差し上げてください。できれば抱きしめるとかキスをするとかを希望しますが、まだお嬢様には無理でしょうから」


「・・・・なぜ頭を撫でるんです」


「だって、この旅の功労者はウィリアム様ですもの。お嬢様から危険を遠ざけるために、お命をかけて囮をなさったウィリアム様はまさに紳士の中の紳士!今も軍を派遣するために馬を駆け駐屯地まで向かうお姿は誰もが見惚れるほどのお美しさでしょう」


「・・・・・・・」


「そんなウィリアム様が求めるものはただお嬢様お一人。んもうっなんてロマンチックなの!」


「(だめだ・・・・ついていけない・・・・)」


「ですからっ・・・・いいですかお嬢様!」



グイッと身を乗り出してケイトが私を見下ろす。私は思わず手を胸の前に寄せ、これ以上近づかないように塀をつくる。


しかしそれでもケイトが興奮するように鼻息荒く私をキラキラした目で見る。その目がうざったい。顔を背けるが、両手で頭を鷲掴みにされて身動きが取れなくなった。ああ、本当にこの使用人は使用人にしておくにはもったいない。演説家にでもなったらいいさ、来世。



「ウィリアム様が戻られましたら、ちゃんと労って差し上げるのです!」


「・・・・・」


「頭に手を添えて、『よしよし』です!いいですか!」


「・・・・・・」


「いいですか!」


「・・・・考えておきます」


「今ならその後ハグもつけましょう!」


「何を叩き売りのような真似を!」



思わずつっこみを入れれば、後ろで話しを聞いていたらしい門番がクスクスと笑った。キッチンで支度をしているフォーさんまでもがケラケラ笑っている。オルトゥー君は昨日も夜遅くまで起きていたからか、今はフォーさんの寝室で眠っている。もしオルトゥー君がいたら、さらに騒がしいことになっていただろうから、よかった。


ーーーーコンコン


そんな茶番を繰り広げていると、フォーさんの家の赤いドアを誰かがノックをした。誰だろうか、村長か?早く結果を教えろと言いに来たかもしれない。そう思い私が椅子から立ち上がろうとすると、フォーさんがタオルで手を拭きながら私へと視線を向ける。


私よりフォーさんの方がうまく立ち回れるか、そう思いフォーさんを見守る。そのフォーさんがドアノブに触れる。そして外へとそのドアを開けた。


瞬間、崩れ落ちた。



「ジ、ジャンティー・・・・・・!?」


「・・・・・・・」


「ジャンティー!?・・・・うそ、なんで・・・・ジャンティーなの!?」


「そうだよ、帰ってきたんだ」


「うそ、嘘よ・・・・なんで、・・・・ああジャンティー・・・・!!」



そこには、この場にいるのが信じられない人が立っていた。フォーさんが愛してやまないジャンティーさんが、すこしよれた服のまま、ドアの前にいる。フォーさんは腰が抜けたのか、地面に座り込んだままジャンティーさんへと手を伸ばす。その手に飛び込んだジャンティーさんがゆっくりとか細い体を抱きしめた。


どうやって。


私やケイトは口元を手で覆いながらその光景に言葉を失う。生きていた。それは素晴らしいことだ。しかしなぜ、今このタイミングで。どうやってあの塔から抜け出したのだろうか。



「フォーさん・・・・・!」


「ああジェニファー!帰って来たよ!ジャンティーが帰ってきた!」


「え、ええ・・・・でもどうやって・・・・・」


「塀に穴が空いているところを見つけたんだ。そこから抜け出してきた。でもまだ村の奴らが残ってて・・・・」



そう力なく微笑むジャンティーさんにフォーさんが何度もキスの雨を降らす。それを嬉しそうに受けるジャンティーさんの姿に、私は驚きのあまり立ち上がっていた体を再び椅子に戻した。ケイトが泣いている。それもそうだろう、ずっと会えなかった夫と妻が再び抱きしめ合っているのだから。


その様子に私もホッと胸を撫で下ろす。だけど、僅かな疑念が残った。私の悪い癖だ、そう思って疑念を振り払おうとする。



「まだ街に村の奴らが残ってるんだ、どうにかして助け出してやらないと・・・・」


「まだみんな生きてるのねっ!?」


「ああ。でも衰弱してる奴もいる。()に食われて意識がないから動けなくて・・・・」



そう言って項垂れるジャンティーさん。疲れ切ったその表情は暗い。そんなジャンティーさんの頬を両手で包み、身を寄せるフォーさんが涙をボロボロ溢しながら何度も頷く。


確かに感動の再会だ。なのにどうして私はこんなに気持ちが晴れないのだろうか。やはり胸に巣食う疑念がどうしても消えない。


だって、今の言葉はおかしいじゃないか。


そもそも、どうして街の人が全員『(アンセクト)』によって思考を奪われているのに、ジャンティーさんだけそれを逃れて帰って来られたんだ。その中、どうやって村の人が衰弱しているかを把握しているのか。門番はアントリューに襲われて以降の記憶を一切持っていなかった。


しかも、なぜ門番でさえ気づかなかった蟲の存在を知っているのか。


私はゆっくりとフォーさんへと歩み寄る。これがただの杞憂であれば何も問題ない。でももし、私の憶測が正しければ、この方はジャンティーさんじゃない。



「すぐに助けに行く!い、今ーーーーーー」


「フォーさん!」


「ジェニファー・・・・・?」


「・・・・・」



フォーさんの腕を掴み、ジャンティーさんから離す。フォーさんが私の様子に驚いて振り返るが、それでも私は腕を引き続け、ジャンティーさんから離す。


ゆっくりとジャンティーさんが優しい笑顔を浮かべながらこちらへと手を広げる。それはフォーさんを呼び寄せるものだ。だからフォーさんがその胸に飛び込もうと足を動かす。



「フォーさん」


「なによさっきから、ジャンティーが戻ってきたのにどうして傍にいさせてくれないの!」


「・・・・・では、確かめさせてください」


「は、はぁ?」


「お二人しか知らないお話を、ジャンティーさんにしてみてください」


「・・・・・・・」



私の異様な雰囲気に、この旅で一緒に行動をしてきたフォーさんが少なからず何かを察知する。しかしそれを認めたくないとでも言うように、フォーさんがジャンティーさんを見つめた。


ぐっとフォーさんの服の袖を引っ張る。お願いだ、ただ確かめるだけでいい。もし私の読みが外れているのなら後でいくらでもお詫びをする。だからお願いだ。


その気持ちが届いたのか、フォーさんがゆっくりとジャンティーさんに歩み寄る。しかし数メートル離れた場所から、そっと声をかける。グッと両手を胸の前で握り締めて、震える声で呟く。



「ねぇジャンティー」


「なんだいフォー」


「あんたが消えた日、寒かったよね、空はどうなっていた?」


「そうだな・・・・確か雪が()()()()()降っていたかな、慌てていて覚えていないよ」


「じゃ、じゃあ私があんたと結婚するって決めた日に、あんたはなんて言った?」


「え?」


「あんたの言葉で結婚を決めたんだ。絶対に忘れたなんて言わせないよ」


「・・・・・・」


「・・・・・」


「そんな面白くもない話、覚えているわけないじゃない」


「・・・・っ・・・・・!?」



口元に手を添え、クスクスと笑いながらジャンティーさんがそう言う。先ほどの声色とは全くの別人がジャンティーさんの体を使って喋ったかと思ってしまうほどだった。


フォーさんが悔しさのあまりボロボロと涙を零す。その涙を、ジャンティーさんはまるで嘲笑うようにクスクスと笑い、そして突然その場に倒れ込んだ。


急なことに部屋にいた全員が驚く。しかし、その驚きがおさまるより前に、赤いドアの端に人影が映った。その人影は赤いドレスを着ており、雪深いカルム村に不釣り合いな赤いピンヒールを履いた女性だった。



「(アントリュー・・・・・・)」



間違いない。彼女だ、絶対に。


どうしてアントリューがここにいるのか、昨日は私の様子に気づいている様子はなかった。しかしあれだけ大々的に街の中で暴れたから、気づかれてもおかしくはないと後悔する。でも、どうしてここにいると気づいたのか。


あまりにもピンポイントに現れたアントリューに、私たちは言葉を失ったまま立ちすくむことしかできない。そんな私たちがおかしいのか、アントリューはクスクス笑ったままドアを抜け家へと入る。



「ごきげんよう、皆々様。ああ、フォーさんとジェニファーさんだったかしら?そのお二人の名前はしぃっかりと覚えたわよ」


「・・・・あんた、何者なんだ」


「あら?昨日私の可愛い執事ちゃんが大きな鼠が入ったって楽しそうに言っていたから、あなたたちかと思ったんだけど・・・違う?いいえ、違わないわね。だってあそこに出来損ないの門番さんがいるもの」


「・・・・・・」


「門番さんにはね、私の()()()()()()()()()()()から、ここまでたどり着けたのよ」



そう言って、再びクスクスと笑い出したアントリューは、近くの椅子に座ると手に持っていた扇子を開いてこちらへと視線を向ける。確実に今私を見た。そしてほくそ笑んだ。


こちらの情報を不必要に与えるべきではない。この女は確実に正気じゃないはずだ。今すでにフォーさんと私の名前は知られてしまっている状況だが、ケイトやオルトゥー君の名前は決して出さないように心がける。


まるでこちらの警戒を警戒だと思っていないアントリューに、底知れぬ恐怖を感じる。数ではこちらの方が多い。でも、確かにこのアントリューからは魔力を感じる。それが意識的なのか無意識なのかはわからない。でもその膨大な魔力を肌で感じる。この女は、危険だと本能が言う。



「ねぇジェニファーさん?」


「・・・・・・」


「そこで倒れている男性ね、最近入った新入りさんなの。塔まで連れて行く間に目覚めたみたいでね、私の姿を見た瞬間何を言ったと思う?『お前みたいな奴、すぐに捕まって死ぬ!』とか言うのよ」


「・・・・・」


「だからね、お仕置きで『蟲』を与えたの。そうしたらね、もう何も言わなくなってただただ金槌を振っていたわ」


「・・・・・・」


「どうやら門番がお目覚めみたいだから、蟲の存在には気づいているのよね?あの蟲、結構孵化させるのに時間がかかるから重宝しているの。ここにあるんでしょう?門番の体で生育したから、その体にしっかり魔力の残骸が張り付いてて分かるのよ。ねぇ、返してくださらない?」


「・・・・・・・」


「いやねぇ、お話もまともにできないのねぇ?」



クスクス、クスクスとアントリューが笑い続ける。その様子にフォーさんが殴りかかろうとするが、やはりフォーさんもアントリューから膨大な魔力を感じるのか、動くに動けないようだった。


どうする、この場を切り抜ける方法は何だ。


私は考えを巡らせる。しかしどの方法をとってもアントリューが魔術を使ってしまっては最悪の状況しか生まれない。どうにかしてアントリューに魔術を使わせず、捕まえるもしくは退散してもらう、あるいは私たちがこの村から逃げる方法を考えないと。


そうやって思考の海に浸かっていると、アントリューが扇子をパチンと鳴らした。



「じゃあ、ゲームでもしましょうか、ジェニファーさん」


「・・・・ゲーム?」


「そうよぉ?私も殺し合いは好きじゃないの。それに今は蓄える時期だから、あまり魔力を使いたくないのよねぇ・・・・ほら、女ってメンテナンスが大変じゃない?」


「・・・・・」


「あなたたちは、私から彼や村の人を取り戻したい。私はあなたたちが誰の力を借りて、邪魔をしてきているのか知りたい。だってあなたみたいなか弱い女の子だけじゃ、これだけ立ち回れるとは思えないもの。きっと後ろ盾がいるのよね?それは誰なのかしら。私すっごく気になるの」


「・・・・・・・」


「ね?ゲームで勝負をしたら楽しいし、恨みっこなしでしょう?」



そこまで言って、アントリューが長テーブルの向かい側に座る。頬杖をついてこちらを眺めるその姿は、まるで緊張感も恐怖も感じられない。ただただこの状況を楽しんでいるようだった。


しかし、迂闊な行動をしてしまえばこの場の皆に被害が及ぶ。そして、軍を呼びに行っているウィリアム様たちにも迷惑がかかってしまう。


今は、時間稼ぎをするのが最適解だ。私はゆっくりとアントリューの向かいに座ると、じっとその目を見つめた。その二重瞼の下に転がる、赤黒い瞳を。




「後ろ盾はいません。私やフォーさんで街に潜入したことは認めます」


「あら、急に喋り出したわね」


「あなたが言う後ろ盾とは、自警団を指しているのですか?」


「どうかしらね?もっと大きな存在かと思っていたけれど、その様子だと自警団なのかしら」


「(軍だと伝えれば確実に何か勘づかれる。無駄なく的確に嘘をつく必要がある)」


「でもあの街の自警団は私がみーんな蟲で馬鹿にしてあげたから役に立たないわね」


「ええ・・・・・なので別の街に助けを求めようと思っています」


「助けを求めて私に立ち向かえるのかしら」


「分かりません。あの門番から取り出した蟲を持って行こうとしましたが、取り出す時に殺してしまい、役に立たない状況で正直手詰まり状態でした。そこにあなたがやってきて、さらに事態は悪化しています」


「ふふふ・・・・そうよねぇ?それが()()()()ねぇ?」


「・・・・・・」



にやり、とアントリューが笑う。こちらが嘘をついているとわかっているのだろうか。


思わず拳をグッと握る。だけどできるだけ冷静に努める。ここでボロを出せばどうなるか分からない。私は無表情のままアントリューを睨み付ける。クスクス、と彼女は笑うばかりだった。



「昨日ね、私の可愛い執事ちゃんが街に女物の洋服が落ちているのを見つけたの。その洋服、あなたには大きすぎると思うのよね」


「それなら私のだよ、予備で一着持って行っていたのを落としたんだ。変装用を」


「本当に?・・・・ここに男がいるんじゃなくて?」


「・・・・いないよ、あんたに奪われたんだからいるわけないだろ!」


「ああ、そうだったわねぇ?ごめんなさいね?」


「くっ・・・・・」


「あははははは!」



アントリューが一頻り笑うのをただ眺めることしかできない。それでも何か手立てを考えなければ。私はアントリューを睨みながら、それでもなんとか笑みを浮かべる。するとアントリューが驚いたように眉を上げた。



「あら?ジェニファーさんはまだ元気があるみたいねぇ」


「・・・・・先ほどのゲームですが」


「ええ、やる気になったの?」


「はい。・・・・ただ、勝負の内容を変えさせていただきたいです」


「どんな内容?」


「私が勝ったら、あなたたちは村の人だけでなく街の人も傷つけることなく解放する」


「・・・・・いいわよ、まだ誰も死んじゃいないから勝負になるわ。それで?あなたが負けたらどうなるの?」


「・・・・・蟲をお返しします。私のことは、煮るなり焼くなり好きにしていいです」


「ジェニファー・・・・!!」



フォーさんが叫ぶ。ケイトも私の名前を呼びたいようだったが、ケイトも機転がきくので私の情報を与えないように必死に口を押さえているようだった。


それでいい。さすがはケイトだ。


私はそのことに安堵しながらも、アントリューに笑顔は絶やさない。するとアントリューはクスクス笑うのをやめ、手に持っていた扇子をテーブルに置くと、手を差し出した。



「やっぱり私の蟲ちゃんを持っているのね」


「・・・・・はい」


「・・・・いいわ、あなた結構頭も良さそうだし、煮るなり焼くなり好きに使わせてもらうわ」


「・・・・では、いいですね」


「ええ、もちろん」



それを聞いて、心の中で力強く頷く。蟲は今ここにはない。そのゲームでどれほどの時間を稼げるかは分からないが、蟲を持っているウィリアム様が兵士を引き連れて戻ってくるまで、耐えればいいのだ。もし私が負けても、蟲もその頃には戻ってくる。私は嘘をついていない。


そのことに気づくこともなく、アントリューが何かを思い浮かべるようにどこかを見つめる。そしてポンと手を叩くとにんまりと笑った。



「何のゲームがいいか迷ったんだけど、最近はまっているお遊びを思い出したわ」


「・・・・・・」


「『数並べ』って知ってる?」


「・・・・・九マスの中に数字を入れていくものですね、数独とも呼ばれていたかと」


「そうそう。私最近ね、頭の体操にいいからって執事ちゃんが言うものだからやってみたのよ。そうしたら、すごく面白くって。だからそれをあなたにやってもらいましょう。その間に私があなたにクイズを出すわ。それに答えられなかったら、即終了。数並べが完成しなくてもあなたの負け。どうかしら?」


「・・・・クイズはどのような内容ですか。あまりにもあなたに良いハンデしかない気がします」


「そうねぇ?じゃああなたみたいなか弱い女の子が知らないようなものにしましょうねぇ?」


「(ハンデだと言っているのに、『知らないもの』を出題するつもりか・・・・嫌な性格だ)」


「何がいいかしら?教養やマナーについて出しても、きっとわかっちゃうわよねぇ?きっとあなた、いいところのお嬢さんなんでしょう?」



ううん、と手を合わせて眉を顰めるアントリュー。しかし、私は心の中でほくそ笑む。今まで自分の趣味が原因で人から引かれることはあっても、それが世間に向けて役立つことはなかった。でもこの瞬間、この状況を考えれば、この人生の選択は間違っていなかったと確信する。


にこり、とアントリューに微笑む。そして私は力強く言った。



「・・・・・例えば、魔術などですか」


「あら!それはいいわね!お嬢さんなら、魔術のことなんて知らないわよねぇ?」


「・・・・生きるために必要な魔術程度なら知っています。あなたに有利な状況なので、少しくらいは私にもハンデを与えてほしいです」


「ふふ、そうね?じゃあそうしましょう」



そう言って、アントリューが扇子を持つ。そしてその扇子の先端をテーブルに向けた。


瞬間、その扇子から火属性の魔力が放出される。テーブルは木製だ。そんなことをされては焦げてしまう。みるみるうちに、八十一マスの枠が作られる。そして数個ばかり、数字が入れられた。


あまりにも少ない数字の数に、私は眉を顰める。こいつ、とことん嫌な奴だな。



「それじゃあ始めましょう。フォーさん?お茶でも淹れてくれないかしら?」


「・・・・・・」


「あらいけない、私苛々するとすぐ人を殺しちゃうのよ。あまりいい癖ではないとはわかっているんだけどね?」


「・・・・分かったわ」


「ふふ、ありがとう。それじゃあジェニファーさん、どうぞ始めて」


「・・・・・・」



私は立ち上がり、テーブルに描かれた数字を見つめる。数独はあまり得意ではないが、そのマスに入る数字は決して隣り合わず、偶然などは存在しない。私好みの内容だから、時間をかければ確実に答えに辿り着けるはず。


勝つ。絶対に。


アントリューは私が不利な状況だと思っているだろうが、私はあいにく普通のお嬢様ではない。そのことが誇らしいと思ったのは、私だけではないはず。後ろでケイトが身動ぎをする。きっと心の中で応援でもしてくれているのだろう。父や母、そしてケイトが私の魔術好きを禁じなくてよかった。



「(勝つ・・・・・そしてウィリアム様が戻ってくるまで時間を稼ぐ)」



自分の首がかかっているようなものだ。絶対に負けられない。


私はフォーさんが出してくれたお茶を一口含むと、一つ目の数字をマスの中に書き入れた。




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