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お嬢様と本





時間が惜しい。


もう夜も遅いということで、明け方から門番の様子を確認しようとなったが、フォーさんに当てがわれた二階の客室にいてもそわそわして眠れなかった。隣で眠っているケイトも、寝付きが悪いのか何度も寝返りを打っていた。


私はむくりと起き上がり、客室にある窓に吹き付ける雪をぼんやりと眺める。やっぱりこのまま眠れそうにない。そのままベッドから出て、一階段へと降りる。すると、一階の長テーブルに寝そべる門番が見える。その傍にはブライトさんとウィリアム様がいて、二人とも器用に椅子の上で腕を組んで目を閉じていた。


公爵家のご子息にそのような格好で眠っていただくなんてこと、通常であれば有り得ないことだ。それでも客室は一室しかないと、女性陣にベッドを譲ってくれた皆には感謝しかない。


こつ、と私のブーツの音に、ウィリアム様が目を覚ます。ウィリアム様も仮眠程度しかしていなかったのか、私の姿を見るとすぐに立ち上がり、歩み寄ってくれた。



「寝ないで平気かい」


「ええ・・・・門番が気になって」


「・・・・お茶でも淹れよう」


「いえ、ウィリアム様にそのようなことは・・・」


「何かやっていた方が私も気が紛れるから」


「・・・・・・」



きっと、ウィリアム様も怖かったと思う。囮になるということは、自ら命を敵に差し出すようなものだ。たとえウィリアム様のように強靭なお心を持っていたとしても、きっと生きた心地がしなかったと思う。


そのような役をしていただいてしまったことが申し訳ない。しかしあの場の最適解は、あれしかなかったとも思う。嫌な循環だ。このような負のループは、二度と引き起こしたくない。


フォーさんがいつも使っていると思われるキッチンでウィリアム様が湯を沸かす。その間、私は気を失ったまま眠っている門番へと視線を落とす。起き上がった瞬間暴れる可能性もあるので、長テーブルに縄でくくりつけているが、本来であればそんなことはされなくてもいいはずだった。それが、何かを理由に思考を奪われ坂を滑り落ちてしまうような状況を、もしこの門番が知ったらどう思うのだろうか。



「(何をしようと企んでいるのだろうか・・・・・)」



アントリューという女性と、ルナルドという男性。あの二人の会話には、多くの情報があったように思う。私が目にした大砲だと思われる金属製のもの、そしてそれをアントリューは『私の作品』と言った。あのような大砲を、ただの観賞用に造るとは思いづらい。


使うはずだ。街を、いや国を落とすつもりで使うはず。そうとしか思えない。


しかし、それならカルム村の『氷の子(グラソン)』の力を借りずとも、あのプレジという街の人だけでも人手は足りるような気がする。おそらく、街の人はほぼ全員『(アンセクト)』と呼ばれる魔術か何かで操られている。その数は百以上だろう。それだけあれば、氷の子は必要ないのでは。



「(氷の子の力が必要なんだ。・・・・あの時、ルナルドは何と言った・・・・?)」



顎に手をおいて、思考の海に浸かる。あの二人の会話を思い出す。夜更けに、きっと二人は別の場所で会話をしていたのだろう。その内容は、あの大砲の造作工程の進捗。その内容に、アントリューは待ちきれないとその作業の様子を見に来た。


そして、その時物音にアントリューが気づいた。その音はルナルドによれば、あの街中で見た男性のようにドアに体をぶつけているのだろうという話だった。それを聞いて、アントリューは何と言った。


『傷一つつけてはだめよ?大事な餌なんだから』



「(餌・・・・・・餌?・・・・・)」



餌とは、捕食するつもりなのだろうか。だからそのような言い方をしたのか?それとも、氷の子を餌に誰かを呼び寄せようとしている?いや、それは考えづらい。呼び寄せたいのなら、あのように固く門を閉ざす必要はない。だとしたら、やはり捕食するつもりなのか。


そこまで考えて、大砲のつくりを思いだす。本来、大砲は銅や鉄を使って作る。だからその色は黒ずんでいることがほとんどだ。しかし、あの大砲は金属でできているようだった。白や金、銀のような色を持つ大砲は、最初見ただけでは何かわからなかったほどだ。


特殊な鉱石、たとえば魔鉱石を使っていれば、その鉱石によってはあのような色になると思う。魔鉱石ともなれば、その成分の中に魔力が含まれている。コールマン公爵の『誉れ海路を征く女神(セイントメールデーア)』にも、ふんだんに魔鉱石が使われていた。そのおかげで魔獣に襲われることもないと言っていた。


つまり、あの大砲はその体に鉛の塊を入れて襲撃するのではなく、魔力をため込むためのもの?いや、ため込むだけだったら大砲の形である必要はない。つまり、あれは放出させるためのもの。



「(氷の子は氷属性の魔力を保有してる。おそらくその魔力は通常では保有していない量だ。きっとこの村の人は、普通の人より魔力が多い・・・・)」



そこまで考えて、嫌な予感がする。まさか、あのアントリューが言う『餌』とは、そういうことなのだろうか。


そうなると、あまり時間はないと思う。人間の体から魔力が失われるのは、血液を抜かれるのと同等だ。抜けた魔力の量によっては、失血死同様死ぬことだってある。



「はい、どうぞ」


「・・・・・・・」


「・・・・ジェニファー?」


「ウィリアム様・・・・・・・」



お茶を淹れてくれたウィリアム様から、マグカップを受け取る。しかし私が無言のまま受け取ったからか、不審に思ったウィリアム様が私の顔を覗き込む。そして眉を顰め、不安げな表情をしていることに気づくと、私を近くの椅子に座らせ、その手を握った。


言うべきだろうか、これは全て私の憶測でしかない。でも、一人で抱え込んでいられるだけの余裕がないのも確かだ。



「ジェニファー、言える範囲でいいから教えて」


「・・・・・・」


「私たちは仲間だろう?」


「・・・・・・」



『仲間』と言われると、どうしてか安心する。この体を預けてもいいと思ってしまう。言葉には力が宿ると言うが、本当にそうなんだな。私は膨らんだ不安を心から抜いていくように、ウィリアム様を見上げる。眠たげな瞼の下に転がる宝石のような深緑の瞳がゆっくりと細められる。


握られた指を、きゅと握り返す。



「あの塔の中で見たものを説明したいです」


「うん」


「・・・・塔の中、講堂だと思われる地下で、村の人たちが何かを造っていました。私の見立てでは、大砲だと思います」


「・・・・・・」


「その大砲はおよそ十五メートルはあったかと思います。鉄などでは造られておらず、おそらく魔鉱石などを使い、その体は白や金に光っていました」


「・・・・まさか、国に攻め込むつもりか・・・・」


「・・・可能性はあります」


「信じたくはないな・・・・だが君が言うのだから真実なんだろうね」



そう言うウィリアム様に、私は力なく頷く。もし国に攻め込むなんてことになったら、確実に戦争になる。そうなったら、この国はどうなってしまうのだろうか。想像さえできない。


私はふるふると顔を振ると、今は説明をしなければと再び口を開く。



「・・・・このカルム村にいる男性、『氷の子』と呼ばれる方たちばかり街に連れ去られました。・・・・実は、あの塔の中でアントリューとルナルドという男女を見かけました。その二人が話していた内容が気になります」


「・・・・・その二人に姿は見られた?」


「いいえ・・・・それはないかと」


「・・・・話を続けて」


「はい。・・・・作業をする男性を、アントリューは『餌』だと言いました」


「・・・餌・・・・・」



そこまで伝えると、ウィリアム様が顎に手をおいて考え込む。聡明な方だ、きっと私から伝えた情報だけで私以上に考えが及ぶと思う。じっとウィリアム様を見つめる。すると、一度視線を下げたウィリアム様がゆっくりとこちらを向く。柳のように美しい眉を下げ、私の手をぎゅ、と握る。それだけで、もうお気づきなのだとわかる。


あのアントリューは、氷の子から魔力を抜き取りあの大砲にその魔力を注入しているのではないか。


どうやってそんなことをするのかはわからない。でも本当にこの憶測が正しいのであれば、一大事だ。一大事どころではない、国が揺るがされる可能性だってある。多くの命も、犠牲となるだろう。



「もう、私たちでは手に負えないな・・・・・」


「・・・・・はい」


「・・・・・・・」



ウィリアム様が私を引き寄せる。そして抱きしめると首元に顔を埋めた。いつもならそんなことをされると固まってしまうが、今はそうは思わなかった。


ウィリアム様は一頻りそうすると、私の頬に手を添えて額にキスを落とす。それからもう一度抱きしめた。



「君に何もなくてよかった・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・・・」



とくん、とウィリアム様の心音が耳に届く。その音を聞いているとどうしても安心した。規則的に鳴り続ける心音に、そっと耳を寄せる。そうすると背中に回る手に力が込められる。


もうこの旅は終わりだ。これ以上は、私たちではどうにもできない。


ウィリアム様が囮になると言って、姿を消した時は本当に頭の中で何かが崩れるような音が聞こえた。足に力が入らなくなって、息ができなかった。もうあんな思いはしたくない。仲間を失いたくない。フォーさんのように愛しい夫がいなくなってしまっては生きている意味がない、そこまでの感情は持ち合わせていないが、それでもウィリアム様の言う『仲間』を失うのは、辛い。



「・・・・・・」



そのためには、軍を呼ぶ必要がある。軍を呼ぶには証拠が必要だ。


私はゆっくりとウィリアム様から離れると、テーブルにいる門番へと視線を向ける。ウィリアム様も私の視線に気づいたのか、私の手を握ったまま門番へと近づく。



「この男を調べれば、何か分かるかもしれないね」


「はい・・・」


「・・・そのアントリューとルナルドは他に何か言っていたかい」


「・・・・街の人を『蟲』と言っていました」


「蟲・・・・・」


「その蟲の力で、このように思考を奪われていると」


「・・・・・・・」



蟲というくらいだから、この体に何か得体の知れないものが巣食っているのだろうか。まさか脳を食べているとか言わないよな。それはさすがに気味が悪すぎる。


ウィリアム様が顎に手をおきながら考え込む。そして何かを思い出したように、こちらへと視線を向けた。



「思考を奪うということは、意識を奪うということだよね。意識は脳が覚醒しているから起きるはず。君が持ってきていた東洋の本に、そんなことが書いてあった」


「・・・・・ああ、あの『魔力のツボ』について書いてある本ですね」


「うん。あれ、今ここにあるかい」


「はい」



ウィリアム様から離れ、木製のソファの上に置いておいたトランクを開ける。そして洋服の下に入れていた本を取り出し、それをウィリアム様に手渡す。ぺらぺらとページを捲り、先ほどおっしゃっていた部分が記載されているところを指差しながらウィリアム様が話を続ける。



「脳の神経が指示を出すことで人は意識的に歩き、走り、食事を取る。だけど無意識でも人間は心臓を動かすことができる。それは潜在的なものだ」


「はい」


「しかし、極度の緊張やストレスにより、自律神経が乱れると人は意識的にその鼓動を速めることもある。そうなると、体内の魔力が揺れ、暴発する。それをツボを押すことで緩和させる」


「はい・・・・・」


「君の言葉を借りると、これは憶測でしかないがもしこの男が意識を奪われていることで自律神経に蓋をしているとする。その蓋を外すことができれば・・・・」


「・・・・おぉ・・・・!」



なんと賢いのだろうか。まさかこの数分でこの考えに至るとは。


やはりウィリアム様は賢い。ただの貴族のぼんぼんではないのだ。私は思わずウィリアム様の言葉に目をキラキラとさせる。まさに、まさに!そうなのではないだろうか!


月属性の魔術なら、幻覚を見せることはできるが持続性は限られる。それを半月から一ヶ月ほど持続させるなんて今の世の魔術師では不可能だ。もしそれをやってのけるなら、定期的に小難しい月属性の魔術を街の人全員に施すことになる。月属性は未解明な部分も多い。扱える人も少ない中、あれだけの人数に施すとなれば、その人の魔力が先に枯渇する。


となれば、これは魔術ではない。何か別のものだ。ウィリアム様の言葉は、おそらく正解に等しい。


私の表情がみるみるうちに明るくなっていく。それを目を細めながらウィリアム様が見下ろす。彼から手渡された東洋の本を抱きしめれば、その様子がおかしいのかクスクスと笑いながら私の頭にキスを落とした。


私は腕の中にある本をじっと愛しいもののように見つめる。もし、執事長のジョージさんが私に魔力のツボについて話していなければ、この本を持ってくることなどなかった。


まさに、まさにジョージさんは至高の存在!



「君がこの本を持ってきていてよかった」


「・・・・・・・」


「さすがはお人形さーーーー」


「ジョージさんっ・・・・!また今回も私を救ってくださるのですね・・・・!」


「・・・・ジェニファー?」


「ああっ、やはり私にはジョージさんが必要です!」


「・・・・・・」



ぷるぷると震えながらどこかを見つめて歓喜の声をあげる私に、ウィリアム様が無表情のまま佇む。あまりにも喧しい私に、近くで眠っていたブライトさんがバッと顔を上げた。寝室で眠っていたフォーさんや、子どもだし問題ないだろうと一緒に眠っていたらしいオルトゥー君が目を擦りながら現れる。


しかし私はもう本が可愛すぎて頬擦りをする勢いで本を抱きしめる。



「ウィリアム様・・・・お嬢様、何かあったんですか」


「・・・・・ブライト、ジョージとは誰なんだ」


「・・・・・・ああ、なるほど・・・・」


「・・・・嫉妬なんて浅ましいが、そうせずにはいられない」


「(はは・・・・そろそろ教えて差し上げたほうがいいだろうか)」



そのような会話がされているとも気づかず、私は早速門番へと近づくと、外部から刺激を与え意識を取り戻してもらう方法を本の中から探す。


イラストで描かれている人の体に、魔力のツボだという点がいくつも載っている。その点の横に解説が記されており、そのツボを押すとどのような効果があるのか分かる。ジョージさんが私に教えてくれたのは、頭痛に効くとされるツボ。その頭痛は父や母の画策が少しずつ実り始めているといった気持ち悪いものを目にしたことによるものだった。


つまり、頭を悩ませていた。頭には、そういった感情や意識に関係するツボがいくつもある。



「これだ・・・・・・!」


「お姉さん、まだ太陽も昇ってないのに元気だね・・・・」


「オルトゥー君!これで門番が目を覚ますかもしれません!」


「えぇ?」



意味が分かりません、といった具合に私を見るオルトゥー君ににこりと微笑む。するとそのいつもとは様子の違う私にどきっと胸に手を当ててオルトゥー君が固まった。そして徐に手をこちらへ伸ばすが、私はそれにも気づかず門番へと振り返る。後ろでオルトゥー君が腕をすかしたようだった。


ふむ、それでどうやって刺激を与えるか。


ツボを押すだけではきっと強さが足りない。そうなれば、魔術を少し使ったほうがいいだろうか。私は久しぶりに雷属性の魔術を使おうと掌に小さな火花のようなものを散らつかせる。


すると私が何をやろうとしているのか気づいたらしいウィリアム様が心配そうに歩み寄ってきた。そんなウィリアム様にそれはもう溢れんばかりの笑顔を向ける。大丈夫だ、任せてください。というかやらせてください。やりたいです。


その花が咲くような笑顔に、ウィリアム様がかけようとしていた言葉を止める。しかしやはり心配なのか、隣で見ていてくれるようだ。



「お人形さん、魔術を使ってツボを押すのかな」


「はい!この本に、そこを押すだけで全身に効果があるツボが載っていました!ただ、ツボを押すだけだと刺激が弱いかもしれないので、外部からの刺激も与えてみようかと」


「・・・・・・私がやろうか」


「え・・・・?でも、ウィリアム様は・・・・」



ウィリアム様が魔術を使うのは、自分もしくは人以外の物体や魔獣か、『例外』の私だけだ。街の人に囲まれても、その力をすぐに使おうとはしなかった。まだあの時、ウィリアム様は逃げる余力があったのだと思う。


出会った時、ウィリアム様は魔力を使いたくないと気持ちをあらわにした。それを使ってくれるというのか。正直、細かい作業は風属性を得意属性とする私には不向きなものだ。できれば自分でやりたいが、相手が生身の人間なので、器用な人がやったほうがいいと理性が言う。本能は今にも手を出しそうだが。


いいのだろうか。そういう気持ちでウィリアム様を見上げる。するとやはり、何か思うところがあるのかウィリアム様が眉を顰める。しかしすぐにこちらへ視線を向けると、にこりと美しく微笑んだ。



「君の傍にいるなら、私も変わらないといけないと思ったんだ」


「・・・・・・」


「私も『あの日』のままでいられない。君を守ると誓ったから」


「(あの日・・・・・?)」



そこまで言うと、ウィリアム様が私の前髪を掻き分け、額にキスを落とす。その額に私は手を当てながら、今の言葉の意味を考える。ウィリアム様が言う『あの日』が、これだけ魔力の質も量も人並み外れる方からその機会を奪ったのか。


私が考えている間、ウィリアム様が何度か手を開いたり閉じたりを繰り返す。そして眠ったままの門番の頭に手を乗せる。それからこちらを振り返った。



「そのツボはどこ?」


「あ・・・・はい、ちょうど頭頂部です。窪みがあると言われています」


「・・・・・ここかな」


「・・・・・」


「・・・・・・」



ぶわり、とウィリアム様の魔力が部屋に広がる。その優しい揺れに皆驚いた様子でウィリアム様を見た。


ウィリアム様はゆっくりと手に力を入れる。すると、そこから小さな火花が散った。パチパチ、と紫色の火花が門番の頭に触れる。瞬間、門番の目が見開かれる。



「っ・・・・・」


「なっ、何が・・・・!?」



ブライトさんがウィリアム様を庇うように腕を掴んで後ろへと引き寄せる。縄で縛られた門番が苦しそうに体をテーブルの上でばたつかせる。それを男性陣が押さえ込む。


物音に起きたらしいケイトが二階からこちらを見下ろす。私は何があってもいいように、オルトゥー君を抱きしめると門番から離れた。



「ゔぅ・・・・っ・・・・ゔぅっ・・・・・!」


「・・・っ、こいつ・・・力が強い・・・・」


「ウィリアム様!足を!」


「ああ・・・・!」



誰も口を開かない中、ガタガタとテーブルの揺れる音が部屋に響く。


そうしていると、しばらくした後に門番が苦しそうに顔を歪めて大きく口を開いた。そして、その口から信じられないものを吐き出す。何かの幼虫だった。



「ぎゃーっ!」


「ひぃぃぃぃ!」



オルトゥー君とケイトの悲鳴がほぼ同時に耳に届く。私も羽のある虫や蛙なら問題ないのだが、うにょうにょ動くタイプの虫は苦手なので顔を引きつらせながら部屋の隅へとオルトゥー君の肩を掴んだまま向かう。


しかし、フォーさんは平気なのか近くにあった壺を手にすると、吐き出され床で動く幼虫目掛けてその壺を振り下ろす。



「ジェニファー!」


「は、はい!」


「蓋!蓋とって!」


「蓋・・・・!蓋・・・!?」


「そこ!暖炉の上!」


「は、はい!」



急いで暖炉へと向かい、木の蓋を手にしてフォーさんへと走り寄る。すぐにそれを受け取ったフォーさんが壺の中で動いている幼虫を傷つけないように蓋の裏側をつかって器用に入れてしまう。そして蓋をした。


皆、街から帰ってきた時のように黙り込む。私は掌ほどの大きさもあった幼虫の姿を思い出し、ぞぞぞと身震いする。鳥肌が立っている。気持ち悪い。オルトゥー君も同じなのか、両手を胸の前に上げたまま、口元を歪めていた。


ウィリアム様とブライトさんはさすがは少年から美しい青年に成長したということで、あまり虫に嫌悪感はないのか、フォーさんがぱかりと蓋を開けて見せてくれたその虫を見つめて何やら会話をしていた。



「(なんだあの大きさは・・・体が白くて・・・線が入ってて・・・・)」



うぅ、思い出しただけで毛が逆立つ。思わずごしごしと腕を摩っていれば、それに気づいたらしいウィリアム様がこちらへ歩み寄った。そして私の顔を覗き込むと、なぜか悪戯っ子のようなあどけない表情を浮かべた。



「・・・苦手なんだ?」


「・・・・羽があれば問題ありません」


「苦手なんだね?」


「む・・・・・苦手というわけではありません」



負け惜しみというわけではないが、確実に私が幼虫を苦手としていることを面白がっていると思われるウィリアム様に苦手だと知らせたくない。その一心でムッとした表情を向ければ、ケラケラと笑われた。そして私の頭に手を置く。



「これはいいことを知った」


「・・・・まさか私に悪戯するおつもりで・・・・今までご迷惑をかけてばかりだから」


「いいや?家庭菜園をする君が、幼虫を触らないよう取り除いてあげようと思って」


「家庭菜園・・・・・?私はしておりませんが。薬草なら植えていますけど」


「ふふ、『まだ』ね」


「・・・・・・ウィリアム様?」



まさか、ウィリアム様が未来を想像してそう言っていたなど知る由もなく、私はただただ首を傾げる。そんな私に天使のような柔らかい笑みを浮かべるウィリアム様が優しく目を細め、先ほど起き出したケイトがうっとりと両手を胸の前で合わせていたらしい。


とにかく、今は門番の様子を見なければ。


そう思い、門番を見れば目が覚めたのか知らない場所、そして知らない人々にきょろきょろと見回していた。その様子は、まるで虚ではない。よかった、覚醒したのだ。さすがはジョージさんである。本当にあの人がいれば私は百人力だと思う。



「・・・・ここは・・・・・」


「ここはカルム。あんたはプレジから連れてきたのよ。何があったか覚えてる?」


「・・・・分からない・・・・ずっと気を失っていたような気分だ・・・・」



それから、すっかり会話もできるようになった門番から話を聞く。皆あまり寝ていないので動きの鈍い頭をなんとか動かしながら、それでもしっかりと門番を見つめる。


門番の話では、今からおよそ半月前、夜中に門の警備をしていたところからの記憶がないそうだ。気づいたらこのテーブルの上にいたとということだった。



「その記憶が途切れる手前・・・覚えているのは・・・ああ、そうだ、夜中に誰かが門の小窓をノックしたんだよ、こんな時間に誰だと思って窓を開けたら、誰かが立ってた。・・・・女だ!フードを被った女がいた。口元だけ見えた。赤い口紅をつけてた。・・・・・そいつが言ったんだよ」


『あなたに夢を見せてあげる』


そこからの記憶がないらしい。おそらく、門番の言う女とはアントリューだろう。その時に何か魔術を施し、体内に『蟲』を入れたのだ。門番を倒してしまえば、街にはいくらでも入れる。それからゆっくりと一人ずつ魔術で街の人の思考を奪っていったのだろう。


そこまで聞いて、私はフォーさんが手にしている壺へと視線を向ける。これは確実に証拠となる。この証拠と、この門番の証言があれば軍も動いてくれる。


そのことをウィリアム様に伝える。すると、ウィリアム様がコクンと頷きフォーさんへと視線を向けた。



「・・・・フォーさん、ここから一番近い駐屯地はどこですか」


「駐屯地・・・・?それならプレジから西にさらに行った先の街にあったと思う。でもそのためにはプレジを通らないといけないよ」


「プレジを通らないで済む道はありませんか」


「・・・・あるにはある。でも村長が許さないと思う」


「・・・・・・」


「言ってたでしょ、村長が客人を山の麓より先には行かせるなって。あれ、その先に氷の精霊の洞穴があるんだよ。村以外の人間は立ち入り禁止になってる。その洞穴の先が街道に繋がってるはずだから、そこを進められればプレジは通らなくても済む。駐屯地までは、多分馬を走らせれば三時間で着くけど・・・」


「・・・・・難しいか・・・・」


「・・・・ジェニファーなら、なんとかできるかもしれない」



そこで私へと皆の視線が集まる。しかし、フォーさんの言葉に私は首を傾げる。私ならなんとかできるとはどういうことだろうか。私はカルム出身ではない。


思わず眉を顰めれば、フォーさんが片眉をあげ、にやりと笑う。やっぱりそういう表情をするとフォーさんが格好良く見える。私もその表情が似合うようになりたい。ケイトが嫌がるかもしれないが。



「村長はあんたを学者か何かだと思ってる。精霊を鎮めるためだとか言えば通るのを許してくれるかも」


「・・・・なるほど」


「・・・・よし!そうとなったら朝になりしだい村長に会いに行こう!みんなも疲れてるだろ、服でも着替えておいておくれよ、私が美味しい朝食を作ってあげるから!」



ばしんと自分の膝を叩いてフォーさんが立ち上がる。その快活な姿に、皆は自然と顔を綻ばせた。そういえば先ほどからお腹が空いていた。脳の働きをよくするためにもちょうどいい。


私はケイトと顔を合わせると、フォーさんの朝食作りを手伝うために向かう。男性陣は軍に要請をするために、どのような情報を伝えるか相談を始めていた。


ーーーーもう少しだ


あと少しで、きっとこの事件も解決する。



そうすればジャンティーさんも救い出せる。村の人も、街の人も。正念場だ。ここを乗り切ればきっと全て解決する。



あれだけ吹雪いていた外は、朝になるとすっかり落ち着いていて、それが何か良い報せを持ってきてくれたような気がした。




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